隠した恋情
子孫継続のために、異性という形で分けられているのは、なんと、悲しくて、哀れで、私は、逆らいたくなる。
言葉なんかに頼らなくても、届くと思ってたよ。でも、浅はかな考えだったみたいだね。
私には、恋愛などという、言葉、行動がとても似合わないし、私の人生には縁のないことだと、思っていた。男は、女の容姿だけしか見ないものだから、とても滑稽な生き物だ。勝手な目測だと、わかっていたけれど、そう思わずにはいられなかった。
私は、可愛い、という表現がとても似合わない容姿をしていた。細いとは言えないスタイル。一重の瞼。薄い唇。綺麗ではない眉毛。唯一、長い睫とすらっとした指だけは、気に入っていた。
4月。私は、高校一年生になった。
恋に浮かれ、スカートをこれでもかというほどに短くし、中学のころには結ぶことが義務づけられていた髪をおろし、香水をつけてみる。世の女の子は、みんなそわそわしていた。
私はそんな子たちに憧れを抱きながら、指定された席に座った。
ふと、私は、ある一人の子に目が留まった。友達作りで一生懸命な教室に馴染まない姿。髪を短く切って、猫背で、スカートがあまり似合わない、どっちかというと学ランが似合いそうな、ボーイッシュな後ろ姿。女の子だった。
「何、読んでるの?」
人見知りの私だが、この時は、気が付いたら話しかけていた。
一瞬、びっくりしたように顔をあげたが、すぐに緊張交じりの笑顔になって、
「この作者、好きなんだ」
ボーイッシュな姿とは逆の、人懐っこい笑顔だった。
この作者は私もよく知っていた。
ぎこちない季節はすぐに通り過ぎ、日差しが暑い季節になった。
「れん、何見てるの?」
校庭を見ていた私の視界が、突然途切れた。
後ろから誰かが私の目を塞いでいる。
この声、この仕草、声の主はすぐわかった。
「何よ、ユズ。校庭見てたんだよ」
答えると、ふうん、と大して興味なさそうな声と共に、猫背が僕の隣に姿を現した。
昼休みで賑わう校庭を、ただボンヤリと眺めていると、「れんー!」と、自分の名前を呼ばれていることに気が付いた。クラスが同じサナエが手を振っていた。私は、「何してるのー」と言いながら手を振り返した。「バドだよー!見たらわかるでしょー!」という返事に、あははと返し、その姿を、馬鹿だなぁと思いながら見ていた。
私の隣にいるユズの心情には、私は、何一つ気にしてはいなかった。
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女は嫉妬に蝕まれている
「ね、次の時間なんだっけ」
私がユズに声をかけると、彼女は、外を睨んだまま、返事をしない。
「ユズ?」
不思議に思い、もう一度声をかけてみると、
「黒板見ればわかると思うけど」
不機嫌な声が返ってきた。
私は、突然態度を変えた彼女の言葉に、少し悲しくなったと同時に腹が立った。
ユズの不機嫌な原因が何なのか、私にはわからないが
一方的な感情を私にぶつけられても困る。
「そうだね、ごめん」
わざとらしく強めに言葉を吐き、自分の席に戻った。
その日から、話を交わさないまま数日がたった。
ユズの不機嫌な原因が、わからない。
私のせいなのだろうか。
それにしても、突然一方的に態度を急変させるのはどうかと思う。
私は、どんどん怒りが積もる一方だった。
自分から何も動かないのは、いけないと思い、ユズに電話をしてみた。
「私が何をしたのか、なんでユズがそんなに不機嫌なのか全く分からないけど、とりあえずごめん」
開口一番こんな言葉しか出なかった自分が憎い。
これは、さすがに怒りを増幅させただけだろうな、と、びくびくしながら返事を待っていると、
『れんはなんも悪くない』
は?と瞬時に返しそうになる言葉が返ってきた。
「…じゃあなんで怒ってんの」
『ただの嫉妬』
「サナエに嫉妬したの」
飽きれ気味に聞くと、ユズは、暫く時間をおいてから口を開いた。
『会って話がしたい』
自分勝手な彼女の、泣きそうな声に、少し胸が痛んだ。
私は急いで彼女の待つ場所へと向かった。
下を向いてベンチに座っているユズがいた。
夕日が彼女の黒いショートカットの髪を照らしている。
「なに」
私は不機嫌丸出しな態度で声をかけた。
ユズは声に気付き顔をあげた。
「ごめん」
その声は語尾が微かに掠れていた。
卑怯だ、と思った。
そんな弱ったような姿で接せられると、私が悪いと言われている気分になる。
「なんで、機嫌悪そうだったの」
一番気になってたこと。私は早く知りたかった。
ユズは、下を向いたままだった。
「れんを、独り占めしたかっただけ」
私は、彼女の独占欲が強いことを知っていた。
以前にも、私が他の子と楽しそうにしているとき、怖い顔をしていたから。
「欲張り」
私は、彼女の黒いショートカットを見ていた。
ユズがふいに顔をあげた。
目が合った。
強い視線。
「そうだよ。欲張りだよ。なに今更」
自嘲気味に笑う彼女に、ドクンと心臓が鳴った。
「寂しかったんだよ」
泣きそうになった。
この言葉が、一番私の心情に合っていると思う。
気が付いたら、ユズの胸の中にいた。
「ごめんね」
ユズはそればっかりだった。
うるさいよ、と言いたかったけど、痛いくらいの腕の力と、ユズの心臓の音を聞いて、言えなくなった。
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素直になんて、なるものか。
次の日、重い足取りをゆっくりと運びながら学校に向かった。
ユズと、顔を合わせるのが、恥ずかしい。
早朝の爽やかな空気を吸い込んで気合をいれて一歩進む。
「おはよう」
ユズがいた。
気恥ずかしそうに下を向く。
「……おはよう」
小声になってしまったけれど、不自然じゃないかな。
どう考えてもいつもの彼女より早すぎる登校に疑問を抱き、質問を投げかけようと口を開いたのと同時に、「早く、会いたかった」
…どうしてそんな言葉が吐けるのだろうか。
羨ましい。
そんな思いが体内で渦巻く私から出た言葉は
「…あっそ」
会いたいなんて私は言わない。
冷たい言葉に後悔して、ちらりとユズを見ると
眉毛を下げて、切ない顔をしていた。
二人のスカートを、初夏の風が揺らした。
ああ、今日は暑い。
変なところが素直な彼女へ、頬を隠しながらわざとらしいため息を吐いた。
「はやく学校行こうよ、ユズ」
できる限り優しく、彼女の手を引いて学校へ向かった。
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隠した恋情