BNE二次創作小説<<スズランの花>>

本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。本作品に登場するキャラクターの性格や行動は実際のゲームと多少異なる場合があります。
学年末試験を控えたある休日のはなし。


 幸福が帰ってくる。
 君影草などという妙に感傷的な別名までついたこの花を好き好んで育てるのは、別にそんな花言葉に惹かれたからではない。小さくかわいらしい白い花が頭を垂れて並び咲くその可憐な印象に反し、根に有毒成分を含んでいることが妙に人間臭くて好きになれたからだ。いや、もしかすると可憐だからこそ内に毒を秘めないと生きて行けないのかもしれない。
 
 苗を買うべく近所の園芸店へと向かう。アパートのベランダから眺めやった時に見えたとおり、どの日陰にももう雪の白さは残っていなかった。どうやらここ静岡では雪の残る景色の方が物珍しかったらしいが、だとしたら連日雪が降っては積もっていた――あまつさえ雪合戦まで出来た――この数日間は天変地異さながらだったろう。
 長く暮らした遠くの村はきっと、未だ深い雪が残っているに違いない。私と姉と祖父、たった三人で暮らしていたあの家では日々の雪かきにも四苦八苦していたが、その必要もなくなった今思うと掌にずしりとのしかかる重さもどこか懐かしい。いや、再びやりたいとは思わないが。雪かきそのものはともかく早起きは苦手だし、その上私や姉にとっては飛べば気にせずとも良いものをわざわざ足を地上に下ろして足跡を残さなければならない積雪は面倒極まりないものだった。家の出入りに翼の力を頼っていたら、たちまち推理小説で良くある雪の密室シチュエーションが完成してしまう。それに祖父は齢重ねても健脚だったが、そうは言って雪の積もる道を気にせずにいられるほどの猛者ではなかった。師匠の話を聞く限り若い時分には雪山踏破もしていたらしいが、その程度の衰えはあったという事なのだろう。私は祖父の若かりし姿も知らない。
 園芸店の店先には土からぴょこんと芽を覗かせた姿が並んでいた。黒いポット一つにつき一つずつ、店頭に並ぶ数はそう多くない。種類も「ドイツスズラン」と記された一つきりだ。やはりと言うべきか、日本産のスズランはあまり多く流通していないようだ。日本の物の方がより小さく、より弱く、育てにくいが故と聞く。
ポット5つをビニールの袋に入れて貰い、ぶら下げた手と反対に購入した液肥を携える。ベランダに用意した腐葉土だけでも十分らしいが念の為だ。今日は休日で危急の用もないのでぶらぶらと、少し街を散策がてら帰ることに決めて普段通る道から横へ折れる。見慣れない家の門から覗く犬の鼻がひくひくとこちらの様子を窺っていたり、綻び始めた梅の花が香りを漂わせていたりとなかなかに趣深い。先ほど尋ねた園芸店にはもう桃の切り枝が並べられていたのはきっと、桃の節句に備えての物だろう。もう雪も融けきったこの街ならば花開くのもそう遠くはあるまい。
足元に落ちた花弁に気付けば左右から生垣が迫り、歩を進める小道がだんだんと狭くなってきていた。この先は行き止まりじゃないだろうなと不安になる。行き止まりなら引き返すだけのことだが、ここまでのほとんど一本道を二度歩くというのはなんとなく悔しい。春先にもかかわらず生垣は緑深く茂り、向こう側は見えないけれど人の気配はしなかった。
 つい、と背後を覗き見る。後ろに続いてきた細い道にも、先へ曲がって続いていく様子の小道にも人の姿はない。
「いいかな……」
 小さな呟きとともに、羽織っていた短丈のコートをはためかせて翼を広げる。あまり羽音が目立たないようにしつつ空中へと浮き上がり、視線が生垣を少し越える程度にして辺りの様子を窺うと、不思議なくらい好対照な景色が見えた。
左手には先ほどから小道の頭上まで枝を伸ばしていた木々の目立つ林が生垣との境目も判らないくらいに続いていて、立ち並ぶ幹の向こうに洋風の屋敷が覗き見える。林の足元はササが生い茂って歩き辛そうで、小道に面している生垣がよく手入れされているのがいっそ不思議な位だ。
一方右手には、こちらはよく手入れされているのだろう、先ほどから香りを潜ませていた梅の木や松の木が小さな菜園の縁に立つ和風かつ生活感のある庭が木造平屋と生垣の間に挟まれていた。縁框から尾を垂らして丸くなっていた老猫がピクリと耳を震わせてこちらへと向け、かすかに目を開けて私の様子を窺っているのが判る。呑気そうに見えても流石に『感じ』の良さは侮れない。
しばらく見つめ合っていると再び目を閉じて、梅の木に足を休める小鳥へと耳の向きも戻した。近くに家人の姿はないがおそらくこの家に住まう猫なのだろう。その振る舞いが妙に板についていた。
どちら側も、すぐに越えて行ける敷地の広さじゃなさそうだ。
垣根を飛び越えての進路変更を諦めて、浮かせていた足を地面に戻す。引き返すのは、やはり悔しい。
もう少し、このまま歩いて行こう。

左手に見えていたものが生垣から明らかにただの林の一部へと変わるころ、右手へ折れる小道が現れた。直進する先には5メートルほども開けずに小さな鉄門が道を塞いでいる。おそらく使われなくなった通用口なのだろう、赤茶けて錆の浮いた柱に絡みついて育つのはヤブガラシ――いや、アマチャヅルだろうか。その先も左側の林がそのまま続いているようで、奥は見通せなかった。
これはとうとう行き止まりに近づいたかと覚悟しつつ、右に折れて歩く。左側は丘の一部を削って道にしたのか土肌が露出した壁になっている。
予想に反してしばらく進むと右側の壁が生垣から土塀に変わり、間もなく車も通れるくらいの道路に出た。慎ましやかな家庭菜園と猫の眠る縁側を持つ家の門も同じ道路へ開いていて、しかしその門はいかにも豪奢で立派な物だった。表の顔と裏の顔、ということなのだろうか。顰め面の裏側にとても暖かい感情が隠されているようで、なんとなく微笑ましく思えてしまう。スズランとは逆だが、こういうのに弱い。
悪くない。風景に抑揚の少ない小道だったがこの街に越してきて初めて『作られた』ものでない自然を見たような気がする。三高平の公園もかなり木々は自由に生い茂っていたが――そしてこれにもまた人の手はかなり関わったであろうが――この小道はどことなく、よく遊びに入った村近くの山に似ていた。
場所は覚えた。またいつか、来ることもあるだろう。
最後に一つ、振り返って深呼吸を残した。


 家に帰り着き、ベランダに用意しておいたプランターへ植え替えを終えたときにはもう太陽はてっぺんを通り過ぎていた。珍しく朝から出かけている姉は、しかしきちんと私のために昼食を作り置いていた。いくら料理ベタな私でもなんとか食べられるレベルの物なら作れるのだが、殊更に姉の想いを無碍にしたりはしない。というわけで、
「いただきます」
 食事を終えたら何をしようか考えながら箸を動かす。実のところ、学年末試験を来週半ばに控えた今やらなきゃならないことなんて一択なのだが。
 レンジで温めはしたものの中にほんのり冷たさを残す里芋の煮物を頬張って、瞳は窓の外を通り過ぎた小鳥を追う。翳る様子の無い青空が今の私には少し障害だ。
 もぐもぐ。
 ごくん。
やらなきゃ……やるべき……やらずには……
「やろう……」
 ため息を食卓に一つ残して立つ。
食器類の片付けをささっと終わらせて、書庫の扉を開ける。別に現実逃避に読書タイムと洒落込むつもりは毛頭ない。教科書やノートなどの勉強道具も書斎机とその傍らの本棚に揃っているのだ。椅子を引いて座り、ぺたんと机の天板にしなだれかかると硬い木の肌触りは冷たく、それでいてどこか暖かい。姉さんに割と無理を言って持ち込んで貰った年嵩の書斎机はひび割れることもなく生きていて、寡黙な風貌をより深くして部屋の狭さに閉口しているようだ。もちろん話し声など一度たりと耳にしたことはない。
 半身寝ころんだ姿勢のまま右手を教科書の山の上、試験用にまとめ直したノートへと伸ばす。身体をずらし、指先を伸ばしてしばらく頑張っては見たもののギリギリ指先が触れる程度に留まってしまう。
――バサリ
一つため息をついて半身を上げるのと同じタイミングで、指先に押されて少し奥へずれていたノートが机から下へと落ちて行った。
 ため息の数が増える。
 持ち上げかけた半身が再び机に寄り掛かる。
「あーあ……」
 別に、勉強すること――新しく何かを学ぶことは嫌いじゃない。私は私自身が色々と知らないことを知っているし、むしろ積極的に知りたいと思う。ただ、試験の為の勉強は覚えることが第一義にあるようで好きになれないのだ。
 足元に滑り込んだ感触は、ノートに挟んでいたカラー下敷きの冷たい硬さ。緑のマーカーに重ねることで化学式や歴史年代などもろもろを隠してくれていたそれが今は足の下にいる。
「サリチルさんは両性具有、フェノールでもありカルボンさんでもある。フェノールだからFeCl₃と反応して赤紫にもなるし、NaHCO₃と反応もする……」
 拾い上げるのが面倒になったので顔を机に埋まらせたまま記憶を頼りに暗唱してみることにした。「~~酸」を人間っぽく呼ぶことで覚えやすくなったようなそんな気がすると、実践している。それでもスムーズには行かなくて、所々つっかえるたび背中の翼が何かをかき寄せるように空を泳いでいるのが自分でもわかる。
「異性体はくっつき方が違う物と、向きが違う物。幾何異性体はシストランス、光学異性体は鏡合わせ。輪っかの時は椅子と船……」
 ああ、なんだ。結構覚えられてるじゃないか。正直なところ化学が一番の苦手教科だからこれなら。
 そう心の内で呟いたその瞬間が油断だったのか。
「ヨードホルム反応……」
 ぽんと口を突いて出た単語の内容がひっぱり出せなくなって困り果てる。条件と反応式、何を思い出さなきゃいけないかは思い出せるのにそこから一歩も進まない。無言で唸りながら悩むこと数分。
「ダメか」
 諦めて立ち上がる。まずは椅子を引いて足元に滑り込んでいた下敷きを拾い上げ、続けて机の右手へ回ってノートを拾い上げようとしゃがみこむ。落ちたノートは半ば書斎机の物入れの下へ隠れるようになっていたけれどすぐに見つかった。予想通りだ。 
 そして、予想外は。
 机の下にもう一冊本が滑り落ちていたこと。
 ノートを拾い上げたその手で触ると容易く下から引き出すことが出来たそれは、引っ越しの時に隠れてしまってそのままだったのだろうか、ここしばらく目にした覚えのなかった小説だった。小さいころはよく読み返していた物語なのに今はもう記憶の奥の方に仕舞い込まれて、主人公の男の子よりもヒロインのふりしてライバル役に身を転じる女の子の方が格好良くて熱中していたことくらいしか思い出せない。
 子供向けの割にはなかなかの長編――分厚い本だったから、よくこんな隙間に入り込んでいたなと思う。昔は重く感じたこの本も今では随分手頃な重さになっていた。ノートを机の上に戻して空いた両手で、思い出の重さを確かめる。
表紙をめくるとペリペリと、仕舞い込んだ年月が音を立てる。
「懐かしいな」
 そう口にしたときにはもう、遅かったのかもしれない。
ページを捲る手は止まらない。
文章を追いかける目は次を求める。
そう、もう遅い。
既に物語の扉は開け放たれていた。


「ステラ、晩御飯できたわよ~」
誰かの声が私を呼んでいる。そう気が付いて背を振り返れば、姉さんが書庫の扉を開け放ち私の方を眺めていた。

何時に帰ってきたのだろう。
というより、今は何時だ?私は何時間くらい本に夢中になっていたんだ??
机の影に座り込んだ私の傍らに本の小山が出来ている。
本から顔を上げたまましばらく現状を把握できなくて固まっている私に、
「準備万端なのね」
姉さんはにっこりと微笑んで言った。
脳裏にスズランの花が咲く。
……こういうところも、好きなんだ。

BNE二次創作小説<<スズランの花>>

原作⇒『Baroque Night-eclipse』 http://bne.chocolop.net/top/
ゆっくりと、ゲームをプレイしつつ書き進めて行きたいと思います。

締切とかが迫ってくるとつい逃避したくなるよね!(ダメ、ゼッタイ。

BNE二次創作小説<<スズランの花>>

本作品はPBW『Baroque Night-eclipse』の二次創作小説です。 学年末試験を控えたとある休日

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-07

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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