びゅーてぃふる ふぁいたー(10)

対決Ⅱ―Ⅱ

 じいさんがゆっくりとしゃがんだ。膝が痛いのか、顔をしかめている。齢なんだ。齢をとると、筋肉や関節が痛くなる。ゲームの中でも同じなのか。いやにリアルな設定だ。あたしに同情を誘う気か。そして、落とした荷物を再び、ビニール袋に入れようとしている。
 じいさんの全財産。立って半畳、寝て一畳、スーパーのビニール袋のひとつの荷物。所詮、人間に最小かつ最大に必要な物は、それぐらいじゃないだろうか。あたしだって、荷物はない。この体自体がお荷物だ。服や武器は全てプレイヤー、つまり、ゲームのソフト、マザーが準備・調達してくれる。借り物だ。
 いや、体だって、プレイヤーのその都度の選択によって変わる。じゃあ、脳、意思だけがあたしの所有物なのか。意思だって、本当は、マザーが考えていることを、あたかもあたしが考えているように思い込んでいるだけなのも知れない。じゃあ、あたしって、何?
 じいさんの荷物の中に、武器になるようなものはなかった。くだらんものばかりだ。もちろん、じいさんにとっては、大事なものだろう。いや、大事だから、宝物だから、人間がもち歩いているわけではない。どうでもいいもの、だからこそ持ち歩いているのだ。本当に、大事な物は、どこか、人の目につかないところに隠しているはずだ。だが、その宝物も、どこに隠したかわからなくなる。本人の存在が消えれば、どこにいったかわからなくなる。つまり、本当に大切な物も、本当は、大切なものではないということだ。
 あたしは注意深くじいさんを見つめる。荷物を落とし、拾ってから、こちらに攻撃してくる様子はない。互いの距離一メートル。先に攻撃すべきか、敵の出方を待つべきか。目は一点を凝視し、相手の動きを注意深く観察する。だが、足は踵を浮かし、爪先立ちで、膝はやや曲げ、柔軟な姿勢だ。いつでも攻められる。いつでも逃げられる。
 じいさんがこちらを見た、ぼさぼさの長い髪、それも、長い間、髪を洗っていないのか、百本、二百本が塊の束になって、鬼の角のようになっている。
 以前、ゲームプレイヤーが呟いているのを聞いた。そのプレイヤーは、覚せい剤の常習者で、出所後も、警察からマークされていた。たまたま、コンビニに置いてある自転車を所有者の承諾なしに借りて乗っていたところ、警官に職務質問され、捕まってしまった、その時、覚せい剤の常習者リストに載っていたため、尿検査を強制された。当然、薬は出なかったものの、警察は信用していないのか、髪の毛を頭全体にまばらに五十本ほど抜かれ、酷い目に会ったと言っていた。このじいさんの髪の毛もまとめて抜けば、危険な毒素が出るかもしれない。
 薬漬けの目があたしを見る。卑猥な目だ。あたしの体を舐めまわしている。それに呼応するかのように、口からは涎をたらしている。凶気だ。汚らわしい。早い段階で、勝負をつけないと。あたしの精神までがじいさんの凶気の薬漬けになってしまう。
「うおあおあおあ」野性の声が発せられた。言葉にならぬ声。人が言葉を創り出す以前の声。だが、この咆哮も言葉だ。感情の生出しの声。
 じいさんがビニール袋を振り回して襲いかかって来た。先ほども見たように、ビニール袋の中には、凶気になるようなものは入っていない。それでも、じいさんは、ビニール袋を武器にして、あたしに向かってきた。避けるあたし。じいさんの顔に、腕に、足に、一撃を喰らわすのはたやすいことだが、つい、相手がじいさんだと言うことで戦意が湧いてこない。
 もちろん、これは、マザー側の作戦だとわかっている。あたしにしろ、目の前のじいさんにしろ、所詮、マザーが作りだした幻影なのだ。そんな幻影に、いちいち感情を持っていてもしようがない。姿かたちがじいさんでも、あたしの敵であることに間違いない。あたしを倒そうとしていることに変わりはない。
 キックだ。あたしの右足が出た。じいさんのわき腹に当たる。その場に崩れるじいさん。わき腹を押さえている。苦痛にゆがむ顔。やりすぎたか。あたしの心に動揺が走る。思わず。「大丈夫ですか」と声を掛けそうになる。
 お笑いだ。戦闘相手に同情して何になる。これも幻影なのだ。本当に、生身のじいさんが痛がっているわけではない。じいさんは痛みがあるにも関わらず。相変わらず、卑猥な目で、涎をたらしながらあたしを見る、セーラー服とミニスカート。あたしがキックした際に、下着が見えたのかもしれない。それを喜んでいるのか。じいさんが、もっともっとという顔で、手でキックを手招いている。変態だ。それならこうしてやる。
 左足が出た。ハイキックだ。じいさんの首の後ろに当たる。いわゆる、延髄蹴りだ。じいさんが前につんのめった。そのまま、膝から崩れ落ちる。首の後ろを抑えるじいさん。あっさり、決まった。決まりすぎだ。だからこそ、不安になる。画面の右隅の相手のエネルギーを見る。ゼロパーセントだ。勝負ありだ。いよいよ、最終決戦だ。次のステージにはマザーが待っているはずだ。
 あたしは、這いつくばったじいさんの横を通り過ぎようとした。その時だ。あたしは床に倒れた。いや倒された。足が、足が動かない。じいさんだ。エネルギーゼロのじいさんがあたしの足首を掴んでいる。
 相手をきっとにらみつける。じいさんは、えへへ笑いで、涎を垂らして応える。まだ、戦えるんだ。このじいさんはマザーの回し者だ。エネルギーがゼロでも、マザーが命令すれば戦える。所詮、幻想の戦士だ。そうとなれば、完全に叩きつぶすしかない。

びゅーてぃふる ふぁいたー(10)

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対決Ⅱ―Ⅱ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-07

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