僕の彼女は牙なき者の牙になった

プロローグ

プロローグ

「わたし、これに応募する!」
隣を歩いていた美玖(みく)が、突然上方を指さして言った。一体どうしたんだ、と思いつつ僕はその指の先を見た。
「求む、正義の英雄(ヒーロー)(ヒーロー)」
 そこにはそう書かれていた。その横には少し小さめの文字で「牙なき者の牙になるのは、君だ!」と書かれている。
 僕は一瞬何が書かれているのか理解ができなかった。確かに書かれている文字は読めるし、内容も分かる。しかし、「正義の英雄」を「募集」する広告が、この今の日本という国において行われるということが理解できなかったのだ。
「う、うん……」
 だから思わず僕の反応が微妙な感じになってしまったことは、誰も非難できないと思う。むしろ、大多数の人間が同意してくれるのではないだろうか。いや、してください。
「なに、その反応!」
 ただ、隣を歩いていた美玖だけは僕のお願いが通じなかった。恐る恐る彼女の顔を伺ってみると、不満たらたら、怒り心頭に発すという表情で僕を睨んでいた。
「いや、だってさ……」
 僕は思わず言い訳をしようとして、後悔した。このような行動は、彼女に対しては逆効果だ。いや、女性一般に対して逆効果なのだろう。
 こう言う状況に陥る度に、何度も何度も反省してきたことだが、なかなかそれが生かされることはないようだ。このまま一生生かされることはないかもしれない。自分のうかつな性格が恨めしい。
「ほら、そうやってすぐ言い訳しようとする!」
 案の定である。僕はそれから暫く口答えをしないように、美玖から尋ねられたときだけ必要最低限で答えるようにすることを心に誓い、頭を垂れた。
「私が正義の英雄にはなれないって言うの!?」
「いや、そんな事はないよ」
 むしろ、正義の英雄向きだろう。それは間違いない。
 浅海(あさみ)美玖。高校二年生。僕の家の隣に住む、所謂幼なじみである。
 身長150センチで体重は標準よりやや重い。ただ、それはぽっちゃりというわけではない。彼女のそれは、筋肉の重さだからだ。
 彼女は小学校一年生の時から剣道を習っていた。習い始めたきっかけは何なのか、それは僕にも教えてくれない。しかし、元々真面目であった彼女は、剣道に夢中になった。そしてめきめきと実力をつけていった。
 剣道の先生曰く、「元々素質があったのだろう」ということであるが、中学校に入る頃には浅海美玖の名前は県内に知れ渡るほどになっていた。
 そして初めて出場した県の大会で優勝、とはさすがに行かなかったけれども、いきなりベスト4にまで食い込み世間をあっと言わせた。
 彼女は自惚れやではなかったし、その時も僕に対して「これが実力だよ」とサバサバと笑っていた。しかし内心は凄く悔しかったらしくて、誰も見ていないところで涙を流していたし、それからただでさえ人一倍練習をしていた彼女は人二倍人三倍努力するようになった。
 その結果、一年生の新人大会で初優勝を飾ると、それから中学校すべての大会で優勝するという伝説を残してくれた。中学校三年生では、全国大会優勝も果たした彼女は全国までその名を知らしめた。
 高校に入っても彼女の活躍は続き、高校1年の時は惜しくも優勝を逃したものの、今年のインターハイでは見事個人戦優勝の座を勝ち取った。剣道の名門でも何でもない、ただの進学校に進学しておきながら、である。
 高校進学時には色々あったらしいが、「私はここの高校一本で行きます」と僕と同じ高校に進学してきたときはさすがに吃驚した。僕はてっきり剣道の名門校に進学すると思っていたからだ。
 そんな彼女だからこそ、正義の英雄には向いているだろう。実力は申し分ない。不正を見て見過ごすことができず、ついついやっかいごとに顔を突っ込んでしまうくらい、正義感も強い。
 それに、美玖は昔から「警察官になりたい」と言っていた。正義の英雄というのは彼女の目指すものとベクトルが一緒だ。
「美玖が正義の英雄になれなかったら、候補はだいぶ絞られるかな」
 一応、現在の15歳から18歳までの剣道をしている少女の中、と言う狭いカテゴリの中であるが、その中で彼女は日本一であるから当然だ。
「そんな事はないと思うけど」
 ただ美玖は理想が高いというか、目指しているものが果てしなく上なので(この前は「次の目標は剣道日本一」と言っていた)そんなことを口にする。
「別に強い人が全員正義の英雄を目指しているわけじゃないだろ?」
「そうかもしれないけど……」
「それに美玖は頭も良いし」
「そんなことはないと思うけど……」
 これまた謙遜ではなく、そう思っているのが美玖の凄いところだ。一応県内屈指の進学校で学年10位以内をずっとキープしておきながらである。剣道の練習も毎日欠かさず何時間もやっているというのに、この成績なのだ。一体どうやったらこんなハイスペックな人間が生まれるのだろうか。神様が能力値のパラメーター配分を間違ってしまったんだろう、としか思えないほどだ。
「それに美人だ」
「それは関係ないと思うよ!」
 と僕は思いっきり右手をはたかれた。バシンッ、と強い打撃音があたりに響く。それと同時に、僕の右腕には鈍い痛みが伝わってくる。彼女の鍛えられたしなやかな肉体から繰り出される打撃はかなり強烈だ。僕は美玖の幼なじみでこの打撃になれているけれども、普通の人には耐えられない痛みだろう。
 なれているとは言ったが、やはり痛いものは痛い。顔に出したら美玖が気にしてしまうから、表情には出さないようにしつつ彼女の顔をこっそり伺う。
 これまた予想どおりというか、夕焼けもかくや、と言うほど真っ赤になっている。単純に照れているんだろう。いい加減、こういうのにもなれて欲しいんだけどなぁ、と思うのだけれども。とはいえ美玖のこんなところが可愛いのだけれども。
「そんなことないよ。わたしより美人な人なんてたくさんいるんだから」
 そうして、おきまりのこの科白。もにょもにょとした曖昧な言葉。ちょっぴり嬉しい気持ちもあるんだろうなぁ。
「確かにそうかもしれないけど」
 僕はちょっと顔を背けて素っ気なく言ってみる。
「ほら!」
 美玖は僕の言葉に対してすかさず反応をする。
「零くんだってそう思ってるんじゃない」
 ちなみに零というのは僕の名前だ。どうでも良いことだけど。
「でも、僕にとって美玖が一番だから」
 美玖の顔を真っ正面から見つめてそんな言葉を呟く。
 効果はてきめんだ。彼女の顔はみるみる真っ赤になっていく。殺気とは比較にならないくらい赤く、赤く。人間こんなに真っ赤になれるんだなぁ、と感心してしまう。
「しょ、しょんな恥ずかしいこといわにゃいで」
 恥ずかしさのあまり、頭がオーバーヒートしてしまったようで、言葉が怪しい。
「だって、僕の可愛い彼女ですから。僕にはできすぎた、ね」
「もぅ……」
 彼女は顔をうつむいて、すたすたと歩き出す。まるで僕のことを忘れてしまったような早足で。
 正直、彼女の早足についていくのは大変なんだけども、そんなにない美玖と一緒に帰れる時間を無駄にするわけにも行かない。僕は精一杯の早さで彼女についていく。
 情けないかな、小走りをしてようやく僕は彼女に追いついた。
「ちょっと待ってよ」
 もう少しで息が切れそうな僕は、なんとかその言葉を紡ぐことができた。
 その言葉に反応したか、彼女の歩く速さがやや緩やかになった。
 顔はまだうつむいたまま。ひたすら足下を見つめながら歩く、といった様子だ。
「美玖」
 僕の言葉に彼女は反応しない。まだまだ照れによるオーバーヒートから回復できないようだ。まぁそうなるだろうと分かって言ってことだから気にしない。僕は一方的に彼女に話しかける。
「さっきも言ったけど、美玖は僕にとってできすぎた彼女だ。正直、どうして僕が美玖から告白されたか、未だに理解できていないからね。幼なじみというのがアドバンテージになるかどうか分からないけど、それでも僕には分不相応だと思うばかりだよ」
 そんな事をずらずらと並べ立てる。何だかちょっと胡散臭い言い方になっているけど。
 美玖はそんな僕の言葉に対して「そんなことない」なんて言っている。「そんなことない」なんて言ってくれるけど、僕のどんなところが好きなのか、どんなところに惹かれたのか、どうして僕に告白してくれたのかいっこうに教えてくれない。僕としては自分にちょっとでも自信を持つために、その理由を何とか教えて貰いたいところなんだけども。どうにもそれは恥ずかしいらしい。その話題になると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。ちょうど今みたいに。
「ちょっとそこら辺の芸能人やアイドルなんかには負けないくらい美人だし。剣道では高校全国一。それ以外のスポーツもそつなくこなすし、学業も上々。正義感も強い。将来の夢は警察官。こんな人間が正義の英雄になれなくて、一体誰が正義の英雄になれるっていうのか。僕には想像もできないよ」
 彼女の方を伺ってみるけれども、ずっと顔はうつむいたままだ。ちょっとくらい反応があるかと思ったけれども。
「だから、絶対に美玖なら正義の英雄になれると思うよ。まぁ、こんなのを募集することに怪しさは感じるけれども、パッと見たとき、主催に文部科学省とか書いてあったと思うし、日本国がやっているみたいだから大丈夫じゃないかな。僕の反応が微妙だったのは、それが原因。別に美玖が正義の英雄になること自体は賛成だよ。もっとも、そうなってしまったら美玖の活躍が世間に広まって、美玖の人気が大爆発。そのことで僕から美玖が遠くなってしまうはずだから。そのことが少し不安というか、寂しくなっちゃうなぁ何て思っちゃうけどね」
「そんなことはない!」
 美玖が僕の言葉にようやく反応した。顔は真っ赤なままだが、その瞳は真剣そのもの。いや、少し怒りが混じっているようにも見える。
「どんなことがあっても、わたしが零くんから離れていくことなんてない!」
 彼女はハッキリとそう言い切った。なるほど。僕の不安に対して少し憤ったのか、と僕は冷静に納得する。我ながら、ちょっと嫌な性格かなぁ、と思う。こんな僕の、とやっぱり思ってしまうけども、これは口にしない。
「それに、わたしなんか人気が出るわけないよ」
 僕にしたら全く理解不能な自信のなさがここでも顔を出した。うちの学校だけではなく、近隣の学校にもファンクラブを持っているのに。そのファンクラブから、嫌がらせやら攻撃やらを僕は毎日受けているというのに。(美玖には内緒だけども)
 ここまで言ってしまうと謙虚と言うよりむしろイヤミに感じる人間が多いだろうに。小学校、中学校と変な好意の寄せられ方(好きな人に意地悪をしてしまう、と言う子供にありがちな奴だ)をされていたから仕方ないのかもしれないけれども。
「そうかもしれないね。正直、正義の英雄と言っても一体何をするのかよく分からないわけだし。もしかしたら、ローカルヒーロー的な活躍かもしれないしね」
 最も、主催が文部科学省だったらそんな事はないだろうけれども。
「そうそう。それにもしも大活躍しても、わたしはいつも、いつまでも零くんが……」
 あっ、という感じでまたうつむいてしまう。その後の言葉は容易に想像できる。しかし、こんな調子でよく告白できたものだ。僕のことが好きになったことも不思議だけども、そのこともまた不思議で仕方ない。
「何はともあれ、正義の英雄。いいと思うよ。絶対に受けなよ。僕は全力で、美玖を応援する!」
 力強く言い切る。
「……ありがとう」
 美玖は僕に顔を真っ直ぐに向けた。目には強い意志があふれている。
「わたし、絶対に正義の英雄になるよ!」
 笑顔でそういった彼女の顔は、彼氏の僕から見てもとても魅力的で、素敵なものだった。
 それから開かれた正義の英雄コンテスト。意外とたくさんの応募者が集まったらしく、選考はかんり難航したらしい。また、インターネットでその様子が徐々に話題になっていった。最初は冷やかしが大部分だったようだが、そこに集まった人間の容姿やら特技やらキャラクターやらにだんだんと注目が集まるようになって、次第いったらしい。なんでも、ファンサイトまでできていたようだ。
 最後の方はインターネットでその様子を配信して、かなりの数の視聴者数をたたき出した。僕もその数に入っている。そして、最終的に選ばれたのは3人だった。
 一人は山居(みどり)。20歳の大学生で男。凛々しい顔と見た目に沿わぬそのパワーで女性の人気を一身に集めていた。
 二人目は二見(ルナ)。25歳の女性。大学の研究室で機械技術の研究をしていたらしい。3人の中で最年長にして頭脳担当である。スッとした容姿にストレートの黒髪。細い赤のアンダーリムの眼鏡が理知的な印象を与えるが、実はドジっ子というところが、インターネットのオタクたちに大ブレイクした。ステロタイプってのはとても大切だ、ということを何より示してくれた人だ。
 そして最後の一人。インターネットでは全応募者の中で最大のファンサイトを生み出し、某大手ニュースサイトの非公式投票では、2位を大きく離して圧倒的な票数で「貴女が選ぶ正義の英雄にふさわしいのは」一位を獲得。発表の際にはインターネット掲示板とつぶやきサイトが圧倒的な情報量に耐えきれずダウンしてまう、という伝説を生み出したその人。その名は、浅海美玖。僕の彼女だった。
 こうして、僕の彼女は牙なき者の牙になった。

僕の彼女は牙なき者の牙になった

僕の彼女は牙なき者の牙になった

Twitterの診断メーカーで出たタイトルからアイディアを膨らませて物語にしてみる予定です。以前後悔していたものもあるのですが、内容をリライトして心機一転スタートです。基本的にライトノベル然としたものを目指しています。ややシリアスなものを考えていますが、軽いやりとりを楽しめる楽しいものにしたいと思います。力不足の部分はあると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-07

CC BY
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