鬼壺さま 

・・伝奇小説の形を取っていますが
見ようによっては邪恋小説なのかも知れません。

鬼壺さま 序

田舎のテレビ屋をやっていると・・
時折奇妙なものに出くわす。

深い山間の集落や離島の村などに稀に其れは在る。

例えば・・集落特有の言い伝え、
芸能の形を借りた呪詛の如き秘祭。
異様にさえ見える一種の習俗

県境の山並みを分け入った一本の林道の突き当り
すべて屋号で呼び合う十数件の集落。

其処に平安時代以前からの古謡に合わせ
まだ少女の年頃の=巫女=が舞う=神楽=が在り
其れは近々に国の重要無形文化財指定は
まず間違いない、と言われるほどの
歴史的にも民俗的にも希少な芸能神事だ・・
と、匿名の情報提供が私の元に入ってきたのは大分以前。

種々の情報ルートを駆使し事実を確認した後
其の噂はしっかりとした確証に変わり
地元の感情を刺激せぬよう最小限のスタッフを率い
私が其の地区に入り込んだのは丁度初夏のころ
平地では聞きなれぬクマゼミの声が聞こえ始めていた。

その日、6年に一度の=姫神楽(ひめかぐら)=が奉納される。

其の事実を確認してから交渉に入り、
村役場やら県、地元出身の代議士から、果ては文科省まで
あらゆる伝手を使い尽くして数か月・・
ようやくに地元の撮影の許諾が出たとあって
私をはじめスタッフは其れなりの興奮を感じつつ
職業的期待に胸を躍らせ、其の集落に赴いた。

其処は僅か数十件の民家より他に何もない山奥の孤立集落で
週に2度の移動車両スーパー以外に外来者はほぼ皆無。
その代わり昭和初期のような牧歌的な田舎風景が
緑濃い山裾の自然に囲まれて息づいているような地区。

住人は老人ばかりかと想ったが意外にも壮年も多く
限界集落という訳ではなさそうだったが、僻村は僻村で
役場も駐在もひとつ手前のバスの来る大きな集落にあり
子供たちは寄宿する形で其の集落の小中学校で学ぶとか・・

流石に電話こそ在るものの自動販売機すら見当たらぬ
長閑を絵に描いたような・・何処か懐かしい感じの場所。

村に入って暫くは、私たちもテレビ屋根性を忘れ
まるでこどもの頃の夏休みに返ったように
清冽な水の流れる小川に手をつけて山水の冷たさに喜んだり
昔ながらの茅葺の屋根の連なりに歓声を上げたりした。

こりゃ、案外、楽しい取材って事になるかもな・・

何とも牧歌的で街とは違う時間の流れる此の村に魅かれながら
私たちは何処か幸運の予感さえ覚えつつ、村の中央に向かった。

事前に調査した周辺の住人や近村の役場職員によれば
其の神事は深夜から始まり暁闇に至るという事で
私たちも半ば野宿か車中泊の撮影行という
強行軍の覚悟での取材行ではあったのだが・・

役場の職員から、最初に此処を訪ねろと言われた
集落の区長の老人は存外好意的に迎えてくれ
挨拶と多少の世間話を交えた雑談の末
スタッフ一同を自宅の離れに一夜置いてくれると言い
如何にも善良そうな表情で笑った、

いい事があるかな、という予感が当たった気分で
私はますます此の僻村が心地よい場所に思えてきた。

「しかし、宿まで一瞬で確保しちゃうなんて・・
 灘島さん・・噂どおり、=年寄相手=だと強いっすねえ。」

若手のスタッフが奇妙に感心したように呟く。

「流石、伝説の=人ったらし=って
 言われるだけの事はありますってか・・」

往時の私の渾名は=人ったらし=という存外に剣呑なものだった。

とは言え、別に魅了(チャーム)の魔法を持つ異能者
などと言う最近流行(はやり)のRPGのキャラのような法螺話ではない。

どんな気難しそうな相手からも
会話する中で、放送に必要な核心に触れる一言や
素人の飛び切りの笑顔を引っ張り出してくる・・という
ベテランアナウンサー顔負けのインタビューアーには必須な
天性の=愛嬌=と=好感度=を合わせ持つ男という評判を

「人っ蕩(たら)しの灘島・・頑固爺い殺しの灘島。」

などと、業界らしく物騒に表現したものに過ぎぬのだが・・・

私は其のころ、ローカル民謡番組のディレクターもしており
古謡・俗謡や古くからのしきたり、祭りや旧跡などに
年齢のわりにはかなり詳しかったりした事も在って
老人の語る昔話の雑談などにわりと簡単に付き合うことが出来た。

其のあたりが今回の優遇に繋がったと
此の若いスタッフは言いたかったのかも知れない。

だが、往時、血気盛んで無謀さと情熱とにあふれていた私自身は
此の隠れた伝承芸能を映像に残したいという熱意が
村人に伝わったからだ、と、密かに確信していたように想う。

ある意味、若さと愚かさと勢いに満ちていた日々だったと
今、此処に記しながらも幾分懐かしさを禁じえないが・・・

其の頃の私は・・四十路を前にしてなお、こころの何処かで
妙に熱く、結構真摯に=青春=していたのかも知れぬ。

「まあ、今回はいい人に当たったってとこだねえ・・
 それより、本番始まると待ったなしだから前ロケ充分にしよう。

 本番はNG効かないから・・念入りに機材チェック宜しく。
 
 あと、風景と雰囲気ね・・明るいうちにT君と押さえておいて。
 如何にも長閑って感じのイメージ強調で長めの尺がいいな。」

案内された離れで寛ぐスタッフの尻を叩き
本編の姫神楽にインサートする景色ロケと
イメージカット漁りを同行のサブ・Dに命じてから
私自身は=姫神楽=の行われるという村の社に向かう・・

此の手の撮影仕事は事前の段取り把握が重要なのは勿論だが
この種の今まで秘されたように知られていない神事などの場合
神事関係者だけでなく現地の一般の参加者からも情報が取れれば
より撮影時に絵が撮りやすく話も作り易い場合が多い
故にそういう=地ネタ=を把握しておくことも私の重要な仕事だった。

村の社は此の山深い集落の、さらにどん詰まりの山腹に
まるでへばり付く様に建っている古色蒼然な白木造りの建物で
参道はごく簡単に並べた石畳の数十段の急な階段の上・・

鳥居は此れも白木の古びた代物で・・其の中央には扁額らしきもの。
其処には薄れかけた墨痕で=贄(にえ)神社=と在る。

一瞬で私は此の神社に魅せられた。

神社の名前がまず珍しかったという事もある・・
贄(にえ)=の名をもつ神社は全国でも十指に満たない
地名から採られた稲荷系の社などに其の数少ない例があるのみ。

だが此処は祀神(まつりかみ)は稲荷ではなさそうで
多分、地付きの鎮守か何かなのだろうと思われたが
此処の地名や近隣の其れには・・=贄(にえ)=の字は無い
其の点がまず、不思議といえば不思議のひとつ。

そして何より此処に来て初めて判った事がある。

私が此処までの電話取材や周辺取材の中で聞いた
此の神社の名前が、扁額(へんがく)の其れとは異なっていた事。

確か・・=おにつぼさま=・・文字は定かではないが
周辺の住人達は此の神社をそう呼んでいたような・・

何処か幾分の畏れと奇妙な嫌悪感、微妙に嫌な薄笑いを伴って

「ああ、テレビ局さん、おにつぼさまは、あんまり拝まん方が・・
 ご利益無くても、まあ、=もっけ=は喰(く)らわんで済むからねえ。」

村役場の総務課の中年親父との電話取材で聞いた言葉が
其の時、脳裏にふっと浮かび上がってくる。

神域を語るとは思えぬ幾分不遜な態度で語られる
参拝する事を周囲からあまり勧められぬ神社・・
其れも神社本庁の記録からも欠落したような僻村の社・・
興味をそそられる事象はまだまだ此処にはありそうだ。

「本格的なドキュメント作れそうだな・・此処。
 今回を切っ掛けに本腰いれて撮ってみるかなあ・・

 しかし・・=もっけ喰らう=・・か。 
 東北弁が混じってるのか?・・此のあたりだと。」

=もっけ=とは東北の一部の方言で言う=ものの怪=
化け物、幽霊、魑魅魍魎などの異界のものの総称。

此の県境の集落なら、まあ使われても不思議な言葉ではないが・・・
私は此の長閑さと森閑さに会わぬ気がして苦笑した。

息を切らせながら足早に石段を登りつめると
神社の鳥居の奥には想像以上の静謐で清浄な空間が広がっている。

自然石を使い山水を引いた、今時、古風で希少な水盤で
嗽手水(うがいちょうず)を作法通り済ませ、
まず、鳥居の前から社殿に向かい一礼すると
此れも作法どおり・・息を整えて参道の端を進む。

社務所など無い社殿のみの神域に
不似合いな大きさのかなり作りこんだ神楽舞台が
参道横の東北方向に建っていた。

ただ、何処か此の神楽舞台は他の神社と違う感じがする。

「・・造りは至極普通の能舞台風だが・・
 妙だな・・何故、神楽殿まで総白木造りなんだ・・」

其の建築様式や古風な趣の神域の風情に
微妙に興味を覚えつつ、参道を進んだ突き当り
拝殿は午後の日差しに翳るようにひっそりと佇み・・
=二礼 三拍手 =と参拝作法が記されている。

此れも正直今まで一度も体験したことのない参拝の儀礼だった。

二礼・二拍手・三礼なら兎も角も・・三拍手?

地祇でも天神でも無い、奇妙な柏手の数に当惑しつつも
郷に入っては郷に・・という例え宜しくきちんと背筋を伸ばし
私は此の奇妙な神社に参拝する・・無論、仕事の成功を祈って。

森閑とした森に綺麗に三つの柏手が響き・・
私は何時になく敬虔な思いに打たれて佇立した。
荘厳で犯し難い雰囲気が確かに此の神社には在った。

空気や佇まいがそうさせるのだろうか・・
其れと此の幾分異様な参拝の方法が・・。
私は、ふと、此の社の有様を思いめぐらして物思う。

此の神社は良い・・原初の神秘(くしび)が、
未だ保たれた風情がありありと感じられる社だ。
何よりも此の神域の空気感・・周囲の自然との調和具合。
多くに知られず地元で護られてきた故のことか・・。

いつも以上に長く深く神前に額づいて
息をゆっくりと吐き、おもむろに頭を上げたその時・・
後ろの神楽舞台の影から本当に鈴を転がすような、
か細く切なげな声が・・=呼んだ=。

「だあれ・・其処に居るの・・もしかして・・
 =おにぃさま=なの?・・=おにつぼさま=に来たの?」

私は一瞬驚き幾分戸惑ったが、其の声の主の
衣装身形(みなり)を見て幾分安堵し納得もする

・・其の声の主は巫女装束の少女・・神域に相応しい姿の少女だった。

ああ、もしかして、此の子が・・今夜、此処で踊る=巫女=か。

私は少女を見るとも無く見つめ、その容姿を観察した。

年の頃はまだ13歳に満つか満たぬか・・整った幼顔
胸はかなり膨らみかけているが全体に漂うのは華奢な稚(いとけな)さ。
黒目勝ちの瞳は遠目ながら妙に潤んで見え、何処か深い湖のような光を放つ。
動作の端々に漂う天性の気品と言うか=無垢=な風情。

其れは・・=人ならぬ杜(もり)の精=と呼ばれても頷けそうな印象の少女だった。

此の子、絶対、将来いい女、いや=美女=になるな・・
今でも既に大したものだけど、=鄙には稀=って代物か。

かなり妄想の入った感想を抱きつつも私は・・
職業柄愛想良く其の少女の問いに答えようと口を開きかけた、その時・・・

その少女は何故か顔色を変え、なんとも可愛げな慌て方で
私を押し止(とど)めるように口元に指を立て・・
大きな瞳を懸命に開くと其の鈴の鳴る声で

「=お願い=・・=お願い=は・・
 日の在るところで言っちゃだめなのっ・・。
 =・・・・=に見られてしまうからっ・・だめっ・・」

其の剣幕と如何にも愛らしい振る舞いと声のアンバランスさに
私は思わず素直に子供のように少女に何度も頷(うなづ)き返す。

そんな私を安堵の表情を浮かべて
少女は見つめなおし・・じっと見つめ続け・・
ふっと、表情をやわらかく緩(ゆる)め

先程より幾分低めの、甘さを含んだ声で語りかけてきた。

「ねえ、=おにぃさま=は・・夜のお神楽に来る?・・

 そしたら・・・わたし・・踊った後、=お願い=きけるかも。

 来てくれる?・・むらのやつらは・・ぜったいいやだし・・

 =おにぃさま=だったら、やさしそうなひとが・・」

理由は判らないが、何処か恥じらいを含んだような小声で少女はそう言うと
現れた時同様に其の神楽殿の蔭にふいっと隠れてしまった。

出会いとも居えぬ一瞬の出来事・・私は午後の境内に残された。

在るものは激しくなってきた蝉の声、さらに強くなる初夏の陽射し。
正直、白昼夢を見たかのよう・・私はひと時少女の面影を探す。
其の少女への強い興味を一瞬でこころに刻み付けられてしまったようだ。

恐らくは、彼女は其の神楽殿の中に戻ってしまったのだろうな。
ならばあの神楽殿に入り込めば多分あの少女に再び会える筈(はず)・・
白木造りの神楽殿はひっそりと陰翳を纏って其処に建っている。
多分さっき少女が消えた後ろのほうに入り口か何か在るのだろう。

追ってみようか、いや、やっぱり・・止めたほうがいいのか・・

何故か其れは=してはならないこと=の様に思えた。
理由は判らぬが、其の神域の空気がそうさせたのかも知れない。
其れに、夜、此処に来れば・・と言っていたな、あの少女は。

私は心中でそう呟いて神楽殿の前から歩み出す・・あの少女に魅かれつつも

そのあと、暫く私は本殿の周りを歩き回り、
草むしりをしていた地元の氏子を見つけて
その夜の姫神楽の凡その段取りを聴くことに成功する。
実直そうで悪く言えば田舎臭いその壮年の氏子が言うには
この=贄(にえ)神社=の神楽は深夜の宮入りから始まり
暁闇を迎えるまで此の山腹の社の神楽殿で行われるそうで
其の時は此の集落の男は全員此の社に集まり朝まで過ごすらしかった。

「まあ、夜通し、素面でだから、夏でなきゃ辛いわなあ・・」

男はそう言うと白い歯をむき出すように妙に下卑た笑いを見せる。

また、理由は判らぬが、見物も神楽の衆も全て、神楽の間は
社から去ることは極めて厳しい禁忌(タブー)となっていて
その夜は守り番と称する老人と村の女性のみが残る・・とも言った。

「最近、色々物騒だで、下の村の駐在が来てもくれっけどなあ・・
 まあ、酒飲んで寝てるだけだから、世話は無えわさ。」

日焼けした氏子の男は何処か小馬鹿にしたような口調で締めると
しげしげと私の表情を伺い、逆に私に問いかけて来た。

「・・あんた、さっき、姫御前(ひめごぜ)と話(はな)さったね?
 ・・あの、白拍子装束の=あれ=のこった。
 あれ、あんたに、何か言うたか?・・いや・・大したことは・・そうか・・
 
 で?・・=夜に来い=?・・ほほう、ほう、そうか・・そう言うたんか。
 
 そりゃ、また・・あんた、じゃあ・・=魅入られ=たもんじゃな・・。」

男の口調に幾分の憐憫と更に下卑たニュアンスが臭(にお)う。

「あんた、もう嫁は?・・おらんのかね、まだ・・
 そりゃあ、ああ、いい=ご縁=なこったでな。
 
 いや、羨ましいわ、=おにぃさん=・・あれのなあ・・
 
 まだ、ありゃ、誰の手も入らん=ひ○○=じゃって。」

最期の一言は何故か口ごもったように聞き取れなかったが
其の男はそう言い残すと何とも淫猥で微妙な笑みを浮かべ
何故か慌てるように其の場を立ち去ってしまう。

何のことかはよく判らぬが・・あまりよい気分ではないな・・・

私は独り言をこぼしながら再び神社の周辺を探索し始める。
が、他に話の聴けるような村人も簡単には見つからず
仕方なく私は=贄神社=の周囲もロケ方々散策してのち
初夏の長くなった陽が山裾に暮れかかるころ、
漸くスタッフの待つ区長の家の離れへと戻ったのだが・・

其処には、出かけた時と異なる、奇妙な雰囲気が漂っているように思えた。

まず、先ほどは姿を見せなかった区長の老妻と娘らしき女性が
戻った私に、湯殿の用意が出来ているから・・と、勧めるのだ。

其れも結構柔らかな物腰ながら執拗かつ懇願するようにしつこく。

僻村の撮影の際、こういう=好意=を無碍(むげ)に断ることは
撮影をスムーズに進められぬ要因ともなりかねぬのが通例だ。

結局、=お言葉に甘え=て私は、其の貰い風呂に浸かる羽目になる。

案内されたのはまるで時代劇のような白木の檜の湯船で
私もその珍しさと案外な居心地の良さに暫く本気で寛(くつろ)いだ。
まだ、作って間もないかのような檜の湯船になみなみと満たされた
透明な湯は、清冽で何処か青い野草と陽射しの香りがした。

決して其れは不快な匂いではなく、一種のハーブ系入浴剤のような
何処か気分の沸き立つような爽快さを持った=香り=。

手足を伸ばして寛ぐと夜の仕事も失念しそうなほど心地よく
先程の女たちの執拗さも忘れ、本気で感謝したくなるような湯加減で
私は何時に無く満足し、其の=入浴=を終え、服を着ようとする。

が、脱いだはずの服が、不思議な事に湯殿の脱衣篭から消えていた。
何故かポケットの貴重品は篭にそのまま残されていたので
泥棒とかの類の仕業とは思われなかったが、ちと、此れでは困る。

周囲を探すと、脱衣篭の奥の棚のようなところ、飾るように
何というのだろう、短い袴のような装束と浴衣のような上衣が在った。

私は・・暫く躊躇はしたものの・・
此れに着替えて風呂場を出る羽目になったのは
まあ、必然と言うか仕方の無い事だった。

離れのスタッフの前に其の装束で現れた私は
案の定凄まじい笑いと立て続けの質問に晒された。

「ち、チーフっ・・此の修羅場前にして・・コスプレっすかあっ!」

カメラアシスタントの素っ頓狂な絶叫で全員が爆笑する。

まあ、田舎取材に慣れっこの連中だっただけに
こういう奇妙な体験もこれまでに無くはなかったから
ひとしきりかなり危ない冗談の対象にされたりもしたが
あとは普段の仕事のように本番の撮影の打ち合わせに入り
そして私たちはそれほどの違和感無く=深夜=を待つことになった。

すっかりと夜になった午後8時ごろだったろうか・・
区長の老人は突然、母屋の座敷に我々を招きいれ
祭り前の=お清め=と称して、上機嫌で酒まで我々に振る舞い
精進の料理ながら祭りに見合った馳走を相伴させてもくれた。

「上に上がると飲み食いも朝まで・・できぬからの・・皆さんも。
 まあ、大したものは無いが、腹を拵えて下されや。

 ああ、大将・・よう似合うのぉ・・此れも仕来りでなあ。
 =外のもん=には、その=浄衣(じょうえ)=を着てもらうんじゃ。
 
 今回はお仕事に触ろうから・・形だけ、大将さんにな。
 あんたの服は洗ってお返しするで・・まあ、一献酌んで、ほれ。」

如才なく我々を持て成す区長とその家族、親族。

宴のような夕餉のような宴席が終った夜更け・・
儀礼でなく本心から礼を言う私たちに鷹揚に笑うと
区長の老人は居住まいを正しておもむろに言う。

「さて、=おにぃ=、いや、皆さん・・
社に行かれる時刻じゃが・・その前に・・の。」

「ああ、皆さんに願いが在るのじゃが・・
 その、灯りな・・社に上がるまでは燈さんでくれるよう、
 其れだけ、特に願おうて・・じゃあ、参るかのお。」


幾分ほろ酔い加減の区長の老人は私たちにそう言うと
小さな松明の如き手燭と風呂敷包みを手にする。
かなり大き目の其れは=祭りの装束=だという事だった・・
何でも其の装束は神社の中以外では着てはならないのだとか・・

区長は私たちに先んじて社へと続く村道へゆっくりと歩み去る。
時刻は既に夜更け近いころで、村の中はひっそり静まっていた

「じゃあ、道中、バッテリー、使えないってことっすか・・
 暗視モード、此れ・・粗いんだよなあ、大丈夫かなあ。
 旧型の79(ななきゅー)だし・・ヤバイかな?」

不安げに言うカメラマンに私は無言で深夜の村道のほうを指し示し、
逆に軽く揶揄するような口調で言いかえす・・

「え? 此のシーンに=ライト当てる=ってか? Aよ。」

「あ、確かに、こりゃあ・・野暮ってもんで・・
 それにしても・・好い絵だねえ・・灘島さん。」

其処には神社に向かって、小さく揺れる明かりの列が
深夜の山麓の暗闇の中に点々と淡く輝きながら続いていた。
其れはまさに夢幻のなかに浮かぶ異界の灯のようにも見える。

仕事の顔に変わったカメラマンが無言でレンズを向け
私たちは急ぎ足で其の光の列を追うように出発した。

街に慣れた人間の目には田舎の夜道が暗い
・・しかもこの村にはほんの申し訳程度に
古びた電球の街灯が辻にあるのみだ。

足元に苦労しつつ神社に辿り着くころにはもう夜半で
山上の社はぼんやり篝火の明かりで染まっている。

急ぎ足で暗い石段を上り、昼間訪れた社殿へ向かう。
幾分息を切らせて登り終えた其処には・・

「うひゃあ・・こりゃあ・・す、凄(すげ)えや・・」

スタッフの一人が思わず呟くほどの大量の篝火が
神楽殿と参道、そして社殿の正面を煌煌と照らす様に燃え上がり
村の男たちが一様に黒い紗の如き出で立ちで居並んで居る。

「ま、まるで、秘密結社の集会ですね・・此れ・・
 ひょっとしたら俺たち、凄いのに=当たっちゃった=んじゃ・・」

「見ろよぉ・・あの刀と槍・・ほ、本物じゃあねえ?」

「まさか?・・一応、警官も来る祭りって言ってたぞ・・」

興奮して口々に呟くスタッフを制止すると私は無言を促す。

実はこのような時に限って予想外のトラブルが起こり易いのだ・・
此の手の秘祭とも言い得る儀式にカメラが初めて入る場合。
其の希少さや映像的価値に此方が幾分以上に興奮しているような場合。

所詮、テレビカメラなんて代物は決して日常には在り得ぬ存在で
言ってみれば究極の余所者で部外者、悪意を持ってみれば邪魔者だ。

其れに如何にか撮影の許諾にまで漕ぎ着た、とは言え
このような僻村の=村(ムラ)社会=は極めて閉鎖性も高い。

そして中では必ずしも一枚岩で住人の意見が揃っているとも限らない。

部外者の受け入れをすんなり認めるものが在れば
其れを最後まで快く思わぬものも必ず居る。

そんな中で撮影を行おうとするなら、目立たず堅実に、が吉だ。
スタッフの不用意な行動や発言、いつもの所作ひとつが
結構とんでもないトラブルに繋がることも決して稀ではない。

せっかく此処まで漕ぎ着けた、最初で最後かも知れぬ機会である
当然、此方から潰すような騒ぎは・・正直御免だし許されない。

「ああ、聞いてくれ・・この先必要以上の会話は控える、私語は無論厳禁だ。
 段取り通り、神楽中心に回せるだけ回せ、三脚はあの位置で据える。
 全員、ちと気を引きしめてやってくれ・・=神事=なんだからな、此れ。」

「朝まで回しっぱなしで行けるようにしてあります。
 此の明るさなら、どアップ以外照明要りませんし
 あ、音は常時ガンマイクで拾いますから・・静か大歓迎です。
 動きも必要最小限に留めるよう、ライトも盗んで(こっそり)。」

幾分興奮気味に答えたカメラマンに頷き、撮影開始を告げると
私は此の情景を脳裏に焼き付けるべく押し黙って立った・・。

此れは私特有の癖のような行動で、
此の映像の放送に使う原稿を書くために必要なイメージを
己が目に刻んで置くためにあえて撮影中は殆ど
クルーに細かい指示なぞ出さず、撮影対象に集中する・・と言う、
まあ、ある種、此れも儀式のような行動だったのだが

此の日の=神楽=の撮影現場での私の偽らない心中を言えば
いつも以上に、此の行事を邪魔されずに見届けたいという
ある種の止み難い=好奇心=に駆られていたせいでもある。

原因は・・昼間会ったあの妖精の如き・・少女だ。

あの子が、杜の妖精の如き嫋やかで気品のある肢体の巫女が
幽玄でまた野趣に溢れた此の空間で=舞う=姿を
是非己が眼に焼き付けておきたいと強く想ったからに他ならない。

そして、時は過ぎ・・何かの合図でも在ったものか
=贄神社=の闇を照らす幾つもの大篝の蔭に
潜むように佇立していた村の男たちがゆっくりと動き始める。

恰(あたか)も何かの輪踊りのように緩やかな弧が
黒尽くめの男衆によってゆっくりと神楽殿を囲むように描かれてゆく。

何故か皆、神社の拝殿を決して=見てはならぬ=と申し合わせたように
同一の方向、南西の方向を向いたまま・・幾分緊張した様子で彼らは立つ。

「社殿に背を向ける・・珍しいな・・。」

思わず胸中で呟いた私の耳に、何処かから笛と笙、鼓の音が
寂び寂びとした謡(うたい)のような古謡をのせて聴こえてきた。

 伊弉諾 伊弉那美 始(はえ)の神
 四方の嵐の強ければ あえの沖まで ひと渡り

 四方の嵐や 姫神の 吐(と)く =おんとこい=

 露や 涙や 御贄(にえ)の御様(おんさま)
 葦原の中津に 神さかりて 齎(もたら)し給え 

其れは今まで聞いたことも無い・・
神楽と言うよりは、梁塵秘抄にでも在りそうな
平安期の俗謡のようにも聴こえる韻律。

「謡(うたい)でも神楽でも・・
 いや、祝詞(のりと)でも無いか。

 其れに・・神前で謡(うた)うには・・
 
 ちと、・・何(なん)だ・・

 妙に意味深な・・下卑てないが色っぽいというか・・」

何処か妙に俗気のある古謡の一節が終わるごと
神楽殿を取り巻いた男たちは声を揃えるが如く

=おんとこい~ おんとこい~=

という聴きなれぬ唱和を声を張り上げるようにして繰り返す。

そして篝に照らされた神楽殿の四方幕が切って落とされると・・
其処には昼間見たあの少女が・・片手に鈴を持ち、立っていた。

黒髪を後に束ね、幾分の紅を唇に引いただけの凛とした表情。
少女の立つ舞台の一部だけが、奇妙に光り輝いて見えるほどに
其の端整でしかも稚(いとけな)い容貌は神秘的だ。

笛と笙、鼓の音が微妙に緩やかな・・啜り泣くような曲調に変わり
其の哀調のある神楽に合わせて少女はゆっくりと舞い始める。

其れはまるで夢幻世界から降りてきた天女のごとき儚(はかな)さで・・
私は一瞬で魅入られたように其のゆるやかな動きに引き込まれた。

此れはまさに一見の価値どころか、芸術性さえ感じさせる優雅さと気品。
杜の深奥から誘う、人ならぬ妖魅の誘惑の如き奇妙な高揚感さえ其処に漂う。

其れは何故か精神の深奥にある暗いものに響いてくるような
清浄さと妖しさを兼ね備えた一種魅惑的な何か、と言っても良かった。

「こ、こいつは・・多分、凄い掘り出し物かも知れんぞ・・
 此の神楽も、あの、そう、踊っている=あの子=も。」

典雅で幽玄に闇に響き、篝に木霊していた神楽の音が
幾分躍動的な変拍子の鼓の連打を境に変容する。

徐々に勢いを増し、拍子も早くなり、荒々しさが少し滲(にじ)む。

其の時、変化した曲調に合わせたかのように
唐突に少女の動きが・・=変わった=。

其の動きと言うか振付は清浄さと妖しさのバランスを失し
一気に=妖しさ=、いや、=奇妙な淫靡さ=の方向に傾く。

本県の離島芸能に=つぶろさし=と言う奇祭がある。
正直、往時の放送コードぎりぎりと言っても良い=映像=で・・

行われることは豊穣を祝い、豊作を感謝する田楽神楽の一種だが
ひょっとこ、即ち猿田彦と、お亀、つまり天鈿女(あめのうずめ)が
かなりあからさまな仕草で踊りつつ絡み合い、じゃれ合い
男女の性行為の最初から最後までを模すという=奇祭=だ。

神楽を舞う少女の動きは、幾分其の=つぶろさし=にも似た
腰の動きと脚の開き具合に嫌らしさを滲ませたものに変貌しはじめる。

其の気品さえ感じる容姿と稚い肢体にからはまず想像も付かぬ
野卑で淫猥な動き、明らかに周囲を誘い込むが如き表情。

神楽舞と言うよりもアメリカの地下酒場で踊られるポールダンスを
凄まじく猥褻な方向にしかも淫靡にシフトしたような=舞=

膨らみかけた乳房を誇示するが如く両手で持ち上げ
何者かを愛撫するような手つきで虚空に掌を走らせ
下腹部の女性器の位置をはっきりと認識させるポーズで
全身を捻(ひね)り、腰を落とし、脚を開いては
ゆっくりと愛おしむようにくねらせて律動させる。

時折天を仰ぐように首をのけ反らせ、吐息の如く唇を開き
瞳を何か堪えるかのように閉じで歔欷の如き荒い息を吐く。
其の瞬間、幼い整った表情は苦悶に似た恍惚のそれに時折変わる。

其れは明らかに女体の官能を模した、神楽にはおよそ似合わぬ振付だ。

しかも踊っているのがあたかも杜(もり)の樹の精の如き、
儚(はかな)げで幼い肢体の気品さえ感じさせるような少女だけに
其の妖艶で淫猥とも言っても良い秘められた神事の舞は
男の本能のなかにある、残酷な嗜虐性を直(じか)に刺激する。

此れは・・今まで・・秘されていた・・訳だ・・。

呆然と呟く私、目は其の少女の神楽舞から離すこともできぬまま。

先程からビデオを回し続けているカメラマンには
15倍のズームレンズのお蔭で彼女の表情がアップで判る。

普段なら私様に、と、画像の携帯モニターも出すのだが
終夜撮影になるやもという事前予測から最低限のバッテリー消費に留めるためと
此の秘祭の参加者を極力刺激せぬためと言う理由で今回あえて出していない。

故に、今、少女の表情が克明に判るのはファインダーを覗いている彼だけ・・

実は先程から、私は、正直其の事を酷く後悔したい気分にさえなっていた。

事実、大概の出来事を撮るのには慣れっこのはずのベテランで
誘拐現場から大物政治家のスキャンダル会見までこなし
常に冷静で安定した映像を撮り続け、精密機械とまで呼ばれた奴が・・

本番1発の緊張感溢れる撮影の最中(さいちゅう)に
在ろうことか時折、普段洩らした事も無いような
荒い息を吐き、興奮しているのが此処からでも判る。

「こ、此れ、昼間放送出来ねえかも知れねえ・・・」

「くっそ・・子供のくせに・・なんて、こいつ・・
 ・・エロい顔しやがるんだ・・堪らねえぞ・・チビちゃん。」

プロにあるまじき、音を拾っていることさえ
一瞬忘れたかの如き奴さんのかなり大きな=独り言=が
高鳴る神楽の楽の音に混じって聴こえるが・・

私は其れを制止することをしなかった、いや、出来なかった。

彼同様の、いや、それ以上の、
ある種、性的な妄想と欲望に確実に支配され、
少女の動きから一刻たりとも目が離せないのだ。

何時しか少女は手に持った鈴を口に横咥えにする

既に其の稚い貌はほんのりと紅潮して艶麗の域の表情だ。

後ろで纏めた黒髪を頭ごと振り動かすように荒々しく揺らし
時折、感に堪えたように、其の唇を恍惚状態の如く緩く開きながら
あからさまに、獣が交わる時に似せた姿勢、四肢で体を支える
=交尾=の体位に・・=四つん這い=に徐々に姿勢を変えてゆき・・。

両手が床に付き、体の安定が定まったと見るや、
凄まじく淫らに、後ろから実際に犯されて居るが如き
真に迫った野獣的な律動を再現しはじめる・・其の幼い表情を陶酔と歓喜で満たして。

「おんとこい~ おんとこい~ 満たせ給へ おんとこい~。」

神楽の合いの手は既に詠唱から絶叫に近いものに変わっている
村の男たちの表情には=淫靡=の色がやはり浮かぶ。
だが、其れと同時に、何処か畏れを感じているような
暗く怯えた眼差しが神楽殿の中央、恍惚の表情で
獣の如き=性交=の動きを模して舞う少女に向けられていた。

凄まじい声と狂乱の様相を呈した鼓、太鼓の乱打
耳に痛いほどの高音域で吹き鳴らされる篳篥と思しき笛。
見るものの全てを=獣=に堕としかねぬ淫靡な=舞=

完全に惹きこまれ、境内の闇の深奥に佇立するのみの私・・

程なく神楽の=頂き(クライマックス)=が来た。

篳篥(ひちりき)に似た横笛が
女性の官能の果ての喜悦を模したように
=ひぃーっ=と聴こえる音色で強く吹き鳴らされる。
獣の姿勢で全身の官能を表現しきった少女は
其の肢体を信じられない柔軟さを以って海老反りに反らせると
次の瞬間、どうと音を立て、神楽殿の舞台の床に仰向けに崩れ落ちた。

纏めた艶やかな黒髪がはらりと解け、篝火の明かりに綺羅と光る。
乱れた襟元から覗き込めそうなほどの胸の膨らみが
烈しい息遣いで上下しているせいか殊の外豊かに実って見える。

緋色の差袴(さしばかま)故、さらけ出されては居ないものの
太腿の半ば近くまで捲れ上がった裾から覗く脚は乳白色の象牙のよう。
滑らかで淫靡な緩やかな曲線と其れに続く腹部の微妙な隆起は
男の嗜虐心を酷く昂ぶらせるが・・国宝級の浮世絵のように美麗さも失わぬ。

不思議な微笑を浮かべたまま、全身をさらけ出して
恰もこの社の名前にある、ああ、=贄(にえ)=のように横たわる
少女の下肢は、時折、快感の余韻のように細かく打ち震える。

ただ、何も出来ず、呆然とそれを見つめる私の眼前、
黒装束の男たちが先程から神楽殿の壁に立てかけてあった
数本の槍と刀・・いや、其の造りから言って太刀(たち)と呼べそうな
反りの掛かった刃を天にかざすが如く、悉く左手に持ち、
一斉に、一糸乱れず、神楽殿に向かって殺到した。

「おんとこい~ おんとこい~・・おんとこい~・・おんとこい~」

そう声高に唱えながら彼らは神楽殿の舞台に荒々しく走り上がり、
倒れた少女の周囲、槍衾(やりぶすま)刀衾(はぶすま)の人垣を作って
其の恍惚と淫靡に満ちた=贄(にえ)=の姿を覆い隠す。

あの人垣の中、凄まじく獣的で嗜虐欲を満たす行為が次々と行われるのか、と
思わず息を呑みそうなほど、男たちの表情と勢いは野卑で無残なものだった。

=仕手(して)は 此処に 歓(あけ)び
 連れは 何処に 早や 神(かむ)降(くだ)りし =

無伴奏の詠唱のごとき、祝詞にも似た謡が遠く聴こえ
次の瞬間・・・境内の全ての篝火が・・一気に=倒された=。
灯りに慣れた目は、漆黒の闇のなか、戸惑い困惑する。

「あっ、馬鹿野郎っ!・・み、見えねえじゃねえかっ。
 T、ライト焚(た)けっ、バッテリー焚(た)けっ
 全部だ・・早くっ!・・あのチビに当てろっ・・」

狼狽して叫ぶカメラマンの口調は既に撮影対象が見えぬから、と言うより
先程までの興奮の対象が見えず、此の先の成り行きも判らぬ事への
雄としての本能的な怒りの叫びのようにしか既に私には聴こえなかったが
無論、私自身も彼同様の心境同様の興奮と眩惑の中に堕ちていた。

其の時だ・・いきなり何者かの数本の腕が後ろから。

動きを封じられ口に麻布のようなもので猿轡を実に手際良く咬まされる。
必死に訳も分からずそれでも抵抗し暴れる私を抑える力は酷く強い。
耳元で何処かで聴いたような声が低く囁(ささや)いているのが聴こえた。

「ああ、御運が良いのう・・極楽往生じゃて。
 
 まあ、=おにぃさま=に見込まれたがあんたの運じゃ。
 作法通り=おんとこい=お手助け仕(つかまつ)る。

 此れも=ご縁=じゃと思うて恨まずに逝き成されや。」

何処か含み笑いでもするかのように響く其の声にかぶさるように、
また、其の何処か酷薄で邪な笑いを覆い隠すが如くに
周囲の闇の中から吹き上がるような凄まじい数十人の絶叫が響いた。

「おんとこい~おんとこい~ 贄のおんかた~ 
 にえどこにて 歓(あけ)ばせ給え おんとこい~」

それに混じるスタッフの怒号と切れ切れの悲鳴の中、
私は何故か意識が一気に遠くなり・・・

奈落に落ちていくような感覚に襲われ・・・

=贄=神社の暗がりの中で、完全に意識を失った。

                             続く。

鬼壺さま 弐

どれ程の時間が経過したものか・・
ぎい・・と、大きな扉の如きものが閉まる音。

意識を取り戻した私は、こわばった身体を厭いながら
何も見えぬ暗闇の中でなんとか身を起こす。

其処はどうやら木の床の上・・掌には冷たい木の感触が。
正直何が起こったのか、そして今如何なっているのか

・・瞬時には理解不能だった。

ああ、あの少女の・・妖媚とも言える神楽舞に魂を射抜かれたのか?

それ以外の記憶が幾分朦朧として・・頭の芯がぼおっとする?

いや、さっきの闇のなか、後ろから抑えられ咬まされた猿轡・・

あれからは覚えのあるケミカルな匂いがしていた・・。
今も襟元に幾分漂う其れは・・古い時代に麻酔に使われたエーテルの匂いだ。

多分、私はあの神楽舞のクライマックスの直後何者かに拉致された・・・
・・・そして気づけば・・此の漆黒の闇の中に独りで放置されて居る。

嗅がされたと思しき古風な麻酔薬の残り香に混じって
私の身体からは仄かに奇妙な、だが、不快ではない匂いがしている。

闇の中で目を慣らすように彷徨わせながら現状を把握・認識すべく
必死に意識を研ぎ澄まそうと試みる私は其の香りに覚えが在った。

ああ、此れは夕方入ったあの風呂の薬湯の香りだ・・・

何処か青臭い野草の、いや、夏の茂みとせせらぎの匂いのような
何故か郷愁と幾分の興奮を覚えさせる不思議な香り・・
思ったより強いのか・・まだ、この時点で此の状況で・・香るとは。

在り難いことに呼び起こされた其の記憶は、同時に入浴時の解放感と
何とも微妙な安堵、落ち着きを闇の中の私にもたらしてくれた。

まだ、命までは取られていないようだしな・・手足も動く・・か。

よし、兎も角、何処か此処が、其れがまず・・判らんと・・・。

冷静さを取り戻した暗闇の中、さっきは気づかなかったほどだが
こく幽かな、空気の流れ、風のような空気の動きが顔に感じられた。

其れは蹲(うずく)まった姿勢の私の頬をゆるやかに撫でている。

また、私は・・夕方、区長の家の風呂場で無理やりに=着せられた=
時代じみた奇妙な衣装の丁度袖のふくらみの辺りに
何かが・・幾つか入っているのに、今さらのように気が付く。

溺れる者は藁どころか髪の毛でも掴む・・

手探りで取り出すと・・ああ、自分のマンションの鍵。

そうだ、此れと財布は・・離さずに持って出たのだったな。

一文無しは免れたがこれじゃ当座の役には・・

そう思って落胆しかけたとき、鍵に付けっぱなしにしていた
かなり大きめのキーホルダーが・・がちゃり・・と音を立てた。

「あ・・そう言えば此れ、確か、
 ・・捻ると・・こう・・えっと・・」

其の、妙に無骨でメタリックなシルエットの代物は・・

先月末に作らされたテレフォンショッピングの物撮(ぶつど)りで
結構皆が面白がり、価格を値切って現場品を買い込んだ面白グッズ。

アメリカ陸軍開発と言う触れ込みのアルゴン・ランプを仕込んだ
セーフティライト、とか言うサバイバルグッズもどきの携帯ライト。

夜間の屋外撮影で機器の操作時に便利か、と
常時、鍵にくっつけて置いたのがこんな時に重宝するとは・・

暗闇の中、私は独り、状況を一瞬忘れて小さく笑い声を挙げた。

・・怪我の功名を100倍で実現しやがったなあ、此の=エロライト=。

此れを私が=エロライト=と周囲に吹聴していた理由は
当初の目的から大きく其の使用法がずれ、怪しげなキャバ風の店で
お姉ちゃんの胸元ならまだしも、スカートの中だとか
いや、もっと妖しく淫猥な個所の辺りを酔って覗くというような
不埒(ふらち)極まりない行為に活用していたからだったが・・

此の状況下、=エロライト=は案外強力な、本来の力を発揮する。

点け、と願いを込め・・其の鉛筆ほどの太さの金属筒を捻ると
かちりと言う音とともに、眩しいほどの光の輪が暗闇に拡がった。
アルゴンランプの光量は長時間継続こそしないが強烈だ。
一瞬暗闇に慣れた目が眩むような光の輪が周囲の壁に出現する。

白木の延べ板で覆われた結構広い空間、床も同様の板敷。
ああ、此処はあの神社の=拝殿=のなかだ・・間違いない。

だったら・・どうにかして・・  此の壁をぶち壊してでも外に・・
手薄そうな場所を探し、=エロライト=をあちこちに向ける私。

だが、次の瞬間、私はちいさく声を上げて凍りついた。

「こ、此の、穴は・・いったい・・な、何だ?・・」

照らされた白木の板壁の一方の様相が著しく異様で奇怪なのだ。

まあ、本来、其処は・・神社本殿であれば大概の場合
鏡なり剣なり勾玉なり・・御神体が安置されている筈の
まあ、俗に言うならば奥津城(おくつき)あたり。

「・・い、岩の・・ああ、崖にへばりついてたな、此の本殿。

 それにしても、普通、塞ぐだろ、こんな大穴・・
 
 しかも、ご神体置くべき場所に穴開けとくなんて罰当たりな・・・」

黒々と深く、闇の中にさらに濃く闇を抱えた様なその一角は
縦横数メートルに壁が無く、崖の岩壁がむき出しになった空間で
更に、其処に・・奥が見えぬほど深い=穴=がぽっかりと開いていた。

「・・どれ・・先はどの位・・  ・・・    ・・・・
 こりゃあ・・尋常の深さじゃ・・ないな。」

先程の頬を撫ぜた微風は・・どうやら其処から吹いて来ている。
と、いう事は、間違いなく行き止まりでは無い・・可能性が高い。

ただ、結構強烈で人に向けるなと注意書きされた此の軍用ライトで
めいっぱい照らしても届かぬほど奥まで=穴=は続いている気配。

こんな拝殿、今まで見たことも聞いた事も無いぞ・・おい・・。

ちょっと驚き、暫くの間、呆然と佇立していた私だったが
ふと、気を取り直して今後の方策を思案しはじめる。

第一に・・此のまま此処に居たところで状況が好転するとは思えんな。

第二に・・もし壁をぶち壊してもさっきの拉致犯が見張っている可能性もある。

第三に・・今の状況で此の板壁を俺が通れる大きさに破るには・・・
     時間も掛かるだろうし、誰かに気づかれる可能性が大きい。 

第四に・・さっきの捕まった状況から思うに、犯人は複数だろうし
     多分、あの村の誰か、いや、昼間からの村人の奇妙な態度からして
     村全部がグルと言う可能性も・・あの声も何処かで聞き覚えあるしなあ。

と、すると・・安全とは限らぬが、まあ、最善と思しき脱出路は、と言えば
必然的に此の剥き出しの岩壁に空いた微風の吹いてくる穴・・という事になる。

「消去法だと・・此処かあ・・気乗りはせんがなあ。
 
 ただ、此処で頑張って居座っても事は進まんな。

 幸い身体は無事そうだし・・行くしか・・ねえか・・おい。」

苦笑に近い開き直った笑いを無理に闇の中で浮かべると
思いっきり厭そうにやれやれと呟いて覚悟を決める。

出たとこ勝負で行くしか御座んせんな・・ご一同・・って・・

ああ、俺だけか・・連中は無事かな・・クルーの連中は。

スタッフの状況を思うほど私が在る意味糞度胸を決め込み
普通なら周章狼狽しパニックになりかねぬ状況の中で
存外に落ち着いて居るように見えるのには訳が在った。

実はテレビ屋で現場家業していると想像以上に危険な目にも会うのだ。

移動時の交通事故、撮影現場の予測不能な突発事故は日常まま在ること。

時に河原での大凧合戦の撮影時、大凧の綱で首の血管切られかけたり
撮影で乗っていた漁船が転覆し秋の海で全員海水浴という風流も在れば
移動時に誘拐立てこもりの現場に偶然遭遇したばっかりに
報道が間に合わぬとノーマルなレンズのカメラで接近させられた結果
中から放たれた改造拳銃の跳弾がカメラレンズを直撃し
帰社後、総務と上司から理不尽にも問責された事さえある。
ごく普通の番組屋の私でさえ其の程度の経験はさせられていた。

お蔭で哀しいかな・・大概の事には驚かぬ莫迦・・が出来上がったという皮肉。
だが、この奇妙な事件に巻き込まれた分に於いては此の職業的鈍感さが幸いした。

まあ、其れ以上に、己が突然・・
此のような、ちと危ない状況に晒されてさえ
今言った職業柄以上に、その、
私の持って生まれた莫迦本性が
=好奇心=と言う度し難い代物のほうが
強かったという事だったのかも知れぬが。

私は意を決し、壁の大穴におずおずと入っていった。

幽かに吹きつける微風は確かに此の=穴=の奥から来るようだ。

入ってみると其の=穴=は予想以上に大きく、ちょっとした岩窟の規模。

岩が剥き出しでは在るものの何処か人の手が加えられた形跡があり
壁面其れ自体は微妙に湿って居たが、足元は逆に乾いた砂で覆われている。

まあ、先程のどさくさで靴を無くしていた私には歩きやすくて好都合。

先の見えぬ洞窟に入り込み、無言で砂の上を歩き続け
時に一息、砂上に座り込んで休息したりもしつつ・・

何処かに在ってくれ、出口、と願って歩いて15分ほどだったろうか・・

小さな玩具のような=エロライト=のバッテリーが心細くなりかけたころ
眼前の洞窟の側面と天井が緩やかに広がり始め
其の奥の方、かなり向こうにだがぼんやりとした明かりが見えた。

すわ、出口、と勢いづいて近づいて行くと、その明かりが時折揺れる。

明らかに其れは人口のものと思しき炎の揺らぎに思えた。

まだ夜明けには至らぬはずだから・・、いや、其れも判らない。
時計は暗がりで襲撃拉致されたときに紛失し、いや、奪われたか・・・。

時間の計れるものは手元から消えていて、此の暗闇、此の洞窟だ。

あの灯りは出口かも知れず、そうじゃない可能性も半分以上ある・・が
どうやら此の先には此処までと違う何かが存在するのだけは確かだ。

・・後に戻るよりは、まだ、進む方がまし、ってとこですか・・・

突撃玉砕も辞せずな連隊長の如き心境で呟くと
私はゆっくり手持ちの明かりの照らす範囲を
すぐ足元の白砂の上にまで狭めて行き、最後は・・
不要な音を立てぬようそっとスイッチを切って袂に仕舞う。

先の方は明かりが灯っているから目を慣らしながら行けば見えそうだし・・
其の後を考えれば・・=エロライト=のバッテリーも残しておきたい。

だが、其れ以上に重い理由は・・
此の先に明かりが在るという事実から考えられる事。

あの灯りの処には、十中八九何かあり誰か居るであろうと言う推測だ。

とりあえず今の状況で、其処に在る・居るものが何であれ
私に気づかれずに近付ければ、まず、其れに越したことは無い。
其処に居るのが危険なもの悪意のあるものだとしたら尚更の事。

先手必勝、準備万端、行動迅速、判断明快、・・あと、
ああ・・焼肉定食千客万来・・ち、違うか、此れ。

かなりな緊張によるやけくそ状態に半ば陥りつつ足音を忍ばせ
乾いた白砂の上を静かに裸足で踏みしめて壁伝いに身を隠しつつ
ゆっくりと、其の、明かりの見える出口らしき部分に近づく。

吹いてくる微風は明らかに前より強くなってきた・・
微風と言うより、扇風機の微弱程度のはっきり感じるそよ風に・・

そして、其の風には、覚えのある何かが強く混じっている。

「・・あれ、また・・此の香り・・あ、夕方と同じ・・」

此れだけ強く香ってくると何処か扇情的とさえ言えそうな
青い香りが其処から、灯りの見える場所から香ってくる。

茂った雑草の草いきれの匂い、
清冽な渓流の水辺の匂い、
朝の夏空の空気の匂い
微妙に、何とも淡いときめきを思わせるような=蒼い香り=

場違いにも、其の時、私の脳裏に何故か思い浮かんだのは・・

幼馴染の少女の薄い夏服からすんなりと伸びた
白い太股と育ちかけた胸のふくらみ
シッカロールのような甘い
子供から大人になりかけの女の子の香り。

何故か、傍に寄られると妙に嬉しいくせにむず痒い微妙なときめき。

今、思えば其れは、恐らく・・
私が始めて感じた=性的な魅力=のフラッシュバック。

ヰタ・セクスアリスの最初の萌芽の幻影のようなものだった。

瞬間、脳裏に・・=夏の媚薬=・・そんな言葉が浮かんだのは
職業柄のコピーライトの悪癖故だったかも知れぬが・・

出来は悪くないコピーだよな・・無事に戻れたら何かに使おうか・・

い、いや、そんなもん悠長に考えている場合か、此の・・莫迦。

ふと、浮かんだ性的幻想と其処から派生した娑婆っ気を粉砕し、
気を取り直すと・・あらためて・・ゆっくり静かに近づく。

此の岩窟のもう一方の出口と思しき灯りの漏れる結構大きな穴。

開口部は3メートル四方は在りそうで其の奥の空間は明かりに満ちている。
洞窟の中からは明度差で景色が判らぬ程の=強い=明かりだ。

息を殺し、私は其の岩窟のぎりぎり外れまで進むと
そっと顔だけを岩陰から出すようにして光の漏れる空間を覗き込む。

其処には・・思いがけない光景が在った。

上が見えぬ程高いドームのような円天井を持つ、予想以上に広い=岩の部屋=

其の中央に蔀(しとみ)という平安期の畳に似たものを敷き詰めた床があり
其れは高床式の建物のように柱で岩の部屋の底から軽く持ち上げられて建っている。
広さとしては、まあ、十畳間ほどの大きさだろうか・・居心地は良さそうだ。

其の周囲には綺麗に掃き清められた白砂(はくさ)が其の周囲に広がっており
其の箒目(ほうきめ)は神社の神域のような清浄さを秘めた模様を描き
其の白砂の上、高床の座所の四方を・・囲むように白木の鳥居が飾る。

こ、此処は・・神社か何かか?

それとも・・あれ・・誰か・・居る・・!

中央の座所を覆った、透き通った絹のような布の帳(とばり=カーテン)。

其の中には白い多分練絹のような光沢の生地の褥(しとね=布団)が広げられ、
その上に何か、いや、誰かの人影がぽつんと座していた。

蒼い紗の薄衣を羽織った・・儚げな淡い影のようなシルエット。

と、其の時、私の気配に敏くも気づいたのだろうか
其の蒼い影はついと立ち上ると帳(とばり)に近づいてきて
覗き込むように帳の端から白砂の灯りの上に顔を覗かせた。

其処には、あの神楽舞の少女、杜の精のような巫女の少女が
朧(おぼろ)に儚(はかな)げな風情で伏し目がちに、如才無さげに、
誰かを待ちわびでもしたかのように独りで=居た=のだった。

「あ・・、君・・あの、昼間の・・
 あの、夜の・・神楽の・・」

思わず呟いた私の声は存外に大きく此の=岩の部屋=に響く。

其の声に気づき、暫く此方の方を遠目で見ていた少女だったが
岩陰から覗き込んでいた私の存在に気付いたのだろう。

それまでの憂い顔をまるで花の花弁がふわりと開く様に微笑ませた。

「・・・・ほんとに、ここまで・・きた・・の・・」

遠くから少女の鈴の鳴るような声が聴こえる・・其れは幾分の涙声のようだった。

其れと同時に少女は何か招き入れるような仕草で私を誘った。

「昼間の、ああ、あのときの・・=おにぃさま=・・ね。
 
 ねえ・・こっちへ・・
 
 もっとちかくに・・きて・・おねがい。」

少女の声が切なさと甘さを増し、私を招く仕草はあたかも舞。
あの神楽舞、何処か神秘(くしび)ながらも淫靡な舞の前段階のよう。

私は、憑かれたように、現状の異常さも奇妙さも失念して
ふらふらと其の高床(たかゆか)の如き少女の居場所に歩み寄る。

最初はおずおずと、徐々に足を速め、勢いを加えた足取りで。

最後は綺麗に模様付された白砂を荒々しく踏み散らし、
性急に、猛々しく、其の少女の佇立する蔀のうえの練絹の褥に
誘(いざな)われるまま、飛び込むように踏み込んでいた。

鬼壺さま 餐

「・・ぜったい・・来てくれない・・と・・思って・・たの・・」

先程のあの荒々しくも淫靡で奔放な神楽の名残だろうか・・

其処に佇んだ少女の白皙の肌は仄かに紅に染まり
潤んだ黒瞳は一層潤みと深みを増して、何処か扇情的な輝きを放つ。
胸の双丘はまだ幼さを残しているものの柔らかになだらかに膨らみ
緩やかに括れた曲線の続く躰から下肢に至るまで全てが
纏った絹の如き青い薄衣からはっきり覗える妖しさ。

しかも、在ろうことか彼女は・・其の薄絹以外、何も纏っては居なかった。

「・・此処は何処で・・ああ、君は・・誰?
いや・・=何(なに)=?・・あの、神社と神楽と・・ああっ」

何か、此の世のものならぬ異様で抗しがたい圧力。
そんなものに気圧されながら私がそう問いかけた瞬間・・・

神楽巫女の少女はちいさな野生のいきものの如く
己が身を烈しい勢いで私に投げ、獲物を捕らえるようにしがみ付いてきた。

突然の行為に呆然として立つ私の鼻腔に強く香るあの蒼の匂い。
先程から香っていた蒼の匂い・・何処か扇情的な誘惑の香りがする蒼の匂い。

ああ、此の子から・・あの=夏の媚薬=が香ってくる・・のか?
じゃ、麝香猫や鹿じゃあるまいし・・生身の人間から・・そんな莫迦な・・。

少女の突然の行動と、夏の媚薬の発生源の意外性に更に呆然となる私。

すると少女は全身を私に預けるように飛びつきながら強くしがみ付いたあと
あたかも床慣れした花魁(おいらん)か情熱的な異邦の娼婦のように
私の首に其の繊手を絡めながら、耳元で吐息を注ぐように柔らかく囁(ささや)いた。

「わたし?なまえ?・・ひめごぜ(姫御前)?・・ひぃみこ(姫巫女)?
いろんな名前で・・よばれたって・・前にきいたわ・・
本当のなまえは・・ずっとむかしとられたって・・おかあさんが。
でも、そう、・・あいつらは・・ああ、あいつら・・

あのおやしろでおどるときは、=あまのうまずめ=って呼ぶの。 
あのおやしろも・・いや・・あそこのむらのおとこもおんなも・・きらい・・」

少女は憂い顔になると私の首に回した腕にさらに柔らかく力を込める。
二度と其の腕を離すまい、とでも、暗に語るかのような抱擁が続く。

少女の体温と肌の感触を感じながら、私は全身に伝わる奇妙な快美感に戸惑っていた。
薄物と私の衣類越しに触れ合っただけで伝わってくる甘い性的な渇望と疼き。
其れを振り切ろうとあえて少女の呟いた言葉の揚げ足を取るかのように
務めて冷静を装いつつ、私は彼女に厳しめの口調でわざと語りかける。

「=天鈿女(あめのうずめ)=だろ、其れ、本当は。」

「ううん?・・うずめさまは・・にばんめのおねえさん。
 おかあさんは・・そのいもうとの・・ずっとあとの・・むすめの・・。」

唐突に答えるともなくぽつりと呟いた少女の言葉に
・・私は少なからず驚愕する・・あまりに予想外の回答で在るばかりか
明らかに真実、そうだと信じる者のみがもつ響きがあったから。

ただ、其の驚愕のお蔭でが、先ほどからぴったりと私の身体に密着した
此の少女の子供らしい熱い体温の柔肌と甘い香りの危険すぎる眩惑から逃れ
此の状況を冷静に把握せんとする理性を一瞬取り戻せはした、が・・

其れは、己が躰が此の謎の少女の両腕でひしと抱きしめられ
しかも、未だ吐息の掛かりそうなほどお互いの頬を密着させ
佇立したままクリムトの絵のように二人だけでこの場所に居るという事実を
互いの肉体の感触や少女の体温によって五感でより強く感じさせられたうえに
明確に、さらに映像的概念的に脳内ではっきり認識するという結果を呼び起こし

再び、酷く、前以上に、男として精神的・肉体的に私は・・・
興奮の極地に徐々に上り詰めて行かざるを得ない事を思い知らされる。

耳元で・・これ以上無いほどの甘さと柔らかさで囁かれる言葉・・

「ねえ・・おにぃさま・・おなまえは、何ていうの・・
 あ、口伝えどおりに・・聞かなきゃだめ・・なんだ・・
 ねえ・・おにぃさまの・・なまえ・・おしえてほしいな・・」

抱きつき絡みついた姿勢で私を捕らえてそう囁いたあと、
彼女は悪戯っぽく、ちろり、と桃色の花弁のような舌を出し
其の鈴の転がるような声で私の耳朶にさらに唇を寄せ
今度は聞きなれぬ韻律の言葉を、直接、私の耳に吹き込んできた。

=事(こぉと)~問ぅわ~ん・・ 御名(みぃな) 
告げ~たまへ~ おにぃぇさまぁ~・・おにぃぇさ~ぁまぁ~=

聴くだけで魂の蕩けるような、背筋のぞくぞくする鈴の声は
私の耳元で絶妙の速度と抑揚で緩やかに何度も繰り返される。

仔猫の甘え鳴きにも似た甘美な弱さの、抵抗できぬ=誘い=の声。

・・祝詞(のりと)?・・ある種の神言(かみごと)?
・・いや、寿ぎ願い、其れで縛る呪言(じゅごん)?

常世の国から聴こえくる、魂を溶かす神の=睦言=にも似た囁き。

私は、抵抗すらできず、疑問すら挟むことなく
其の甘い問いに、問われるまま、自分の本名を・・ぽつりと口にした。

「あきらけく・・真名(まな)を・・たまわりたもう。
 うふふっ・・うれしい・・臣(おみ)さまって・・いうのね・・。」

囁きと同時に、少女の甘い吐息が意図的に私の耳朶を柔らかく打ち
そして小さな唇が頬に柔らかく押し付けられ、其のまま、頬を這った。
感触はゆっくりと頬から全身に流れ、全身に不思議な快美感を湧き上がらせる。
そして、在ろうことか此の少女は・・其の白珠の如き小さな歯で
今度は私の耳朶を、軽く、そう、俗にいう=甘噛み=をはじめた。
此れは・・正直・・本気で堪ったものでは・・無かった。

思えば、私は・・田舎とは言え一応テレビ屋、まあ一種の色物稼業だ。
真っ当な暮らしの連中からは常に色眼鏡で見られる事も多い。

事実此の歳になるまで独りで此の稼業の日々を暮すなか
まあ、温泉番組で脱がせた色っぽいAVちゃんや
色気づきすぎた水商売のちいママ、熟れたローカルタレント・・
仕事上の付き合いとかから発展した一夜の関係を含め
其れなりの不道徳な女遍歴も片手の指に余る程は在ったし
一応、真っ当な恋愛経験も普通程度の数は熟(こな)していた。

まあ、正直平均値から見ればかなり=後ろ暗く危うい=
三十路の独身男で俗にいう派手な業界人の端くれであり
自慢じゃ無いが、其の、女がらみでは絶対下手は打たんぞ、と言う
論拠のない自信のようなものを密かに持っていた、つまり
そっちの誘惑には経験値上常人より強い、と言う自負があった。

だが、其の少女の柔らかな唇が頬に触れ、耳朶を甘噛みされた途端
そんな四十路前のある意味ワル親父気取っていた私が、だ。
まるで童貞の中学生のように其れだけで興奮の極に達しそうになるばかりか
体の深奥に何とも暴力的で発情した野生の獣のような今まで未体験の
凶暴で冥(くら)い性衝動と嗜虐欲、いや、暴力衝動までが湧き上がり
押さえきれぬ勢いで滾(たぎ)り上がってくるのを自覚してしまう。

=こ、此の子、ああ、考えられる最悪のやり方で
無茶苦茶に穢して蹂躙して・・壊してやろうか。
泣き叫ばせて、そして、此処で、続く限り・・=

愛とか情欲とか言う言葉では表現しきれないほどの暗いパトス(情炎)が
私の全てを燃やし尽くそうとしている・・そんな気分に堕ちいっていた。

其れを察してか否か、纏った薄物一枚すら脱げ落ちそうな性急さで
少女は胸の膨らみから滑らかな腹部、柔らかな太腿までを
ぴったりと私の衣越しに密着させ、押し付け、擦りあげて迫り
両の腕のみか其の下肢までを柔らかく絡み付け、絶妙の力加減で
私に擦り付けながら全身を預けるように体重をかけてくる。
佇立し、縋りつかれて、もう抵抗すら出来ぬ私を
此の少女は柔らかな練絹の褥の上に
纏(まと)わりつくよう押し倒そうと・・
いや、甘く囁(ささや)きながら=縋(すが)り倒そう=とする。

「真名は臣(おみ)って言うのね・・きれいな名前
ね・・おにぃさま・・ねえ・・おにぃさま・・」

何とも抵抗のし難い甘く蕩ける囁きを私の耳朶に浴びせながら。

私を見つめ、悪戯っぽく光る深く潤んだ黒憧
少女らしい肢体から伝わるどこか大人よりも熱い体温
華奢なうなじ、すんなりと伸びた首筋の肌の柔らかさ

呼気のひと吐きから薄物を通して伝わる感触まで
今まで抱いたどんな女も比較にすらならないほど
此の少女の放つ妖しい色香は凄まじく魅力的で淫靡だった。

どんな男、たとえ志操堅固な宗教者であっても
此の少女の醸す、この世のものとは思われぬ色香には
瞬時の抵抗も出来ぬだろうと確信するほど。

此の子が・・自分から・・するなら
・・いっそ、ここで・・・このまま・・。

私は破壊的な程の獣欲が体の奥から湧き上がってくるのを覚える。
此の美肉に無残に牙を立てて食いちぎれと其れは叫ぶ。
もう、其の情欲に抵抗することなど殆ど不可能なように思えた。

だが、一瞬、私の脳裏に・・小さな棘のようなものが引っかかる。

実は、私は・・周囲には秘めていたが、まあ、そっちに目覚めたときから
=すさまじい巨乳好き=と言う、解り易いエロスの持ち主で
しかもどちらかと言えば肉が付きすぎとご本人が思うくらいな
ルネッサンス裸婦画のような豊満な女に惹かれる性癖があり・・・

さらに正直に言うならば、今まで同衾した女性の殆どが同年代か年上で
酷い朋輩や悪友には=女増し好み=とか=未亡人(ごけ)殺し=とか言う
往時全盛の日活ロマンポルノばりの綽名を頂戴したりした男であって・・・

此の手の俗にいう=未成熟系のロリ属性=と言うものが殆ど無かったはずだった。

また、さっき述べたちと不道徳なアバンチュール歴のお蔭かは判らないが
肉体的には、このような想像外の=据え膳=に出くわしたとしても
女だったら誰でもいいです、僕、即、ケダモノになりま~す・・と、頑張れるほどの
見境なさというか・・元気も勢いも失いつつある四十路間近の親父。

其れが此の異様な状況下のなか、いや、其れゆえかも知れぬが
如何に人外の魔物の如き色香と妖美な雰囲気を持っているとは言え
ある意味、未だ=こども=の部分を存分に残した此の美少女に
理性がすっ飛びかけるほど興奮すること自体、変じゃないか?

其の手の薬でも使ったわけじゃあるまいし、酔ってもおらんのに・・・
大体、此の状況で普通の神経ならこうも簡単に興奮など・・・
あれだけの事があってまだ先も見えぬ状況下で・・いや、それだからか?・・

私の中の=職業病の如き客観的第三者視点=が、
無意識に、残っていた理性を微妙に刺激し、思索を発動させ・・

其れがこころに棘のような違和感を生じさせた。

俺ってこんな子に理性飛ばして欲情するほど・・飢えてたか?

確かに私は其の時今まで感じたことの無いほどの
性衝動に突き動かされてはいた、が・・

男という生き物は不思議なもので興奮の極地の状態でも
ほんの髪の毛一筋の事象や違和感に苛まれると
嘘のように獣欲も嗜虐欲も醒めてしまう場合が時として在る。
此の時も恐らくそういう心理が偶然働いたのかも知れない。

そして、一瞬沈静しかけた私の脳裏に、ふっとある光景が思い浮かぶ。

其の小さな違和感が呼び起こした奇妙な記憶のフラッシュバック・・
妙に間の抜けた此の場に合わぬ発想の連鎖の産物・・

燦々と降り注ぐ夏の太陽の下、夏休みの午後。
滴るほどの大汗を拭って私はプールサイドに立っている。

周囲にはテレビカメラを前にして、
はしゃいで飛び回る競泳水着の少女たち。

小学校6年生ともなれば此のご時世だ・・もうすっかり発育し
出るとこは出て括れるとこはしっかり括れていて
しかも、まだ女としての羞恥心が未成熟なものだから
時折在り得ないようなポーズや実に扇情的な行動を
無意識のうちにカメラ前で公然と繰り広げたりしてくれて・・

・・だ、駄目だ、此れ、此のままは絶対に映せねえぞ、優勝インタビュー・・

目のやり場に四苦八苦しつつ、インカムに怒鳴られながら
なんとか其の半裸の小娘たちを整列させようと奮闘する
日焼けしたTシャツ短パンサングラスの若き日の己の姿と
はしゃぐ競泳水着の少女たちてんこもり状態な周囲の状況。

ああ、あのころはまだ夏の陽差しも気にならなかったなあ・・
プールの塩素の匂いは・・此の少女の放つ芳香に幾分似てるかもなあ・・
あの時も少女たちの肢体は・・薄い競泳水着から透けるようで・・・

・・・思えば、夏の県少年少女競泳大会・・
あれで・・そう言えば・・興奮したか?・・俺・・・

此の子よりも充分に=おとな=な子も居たんだよなあ・・

一位取って微妙に舞いあがって、インタビューマイク向けたら
いきなりはしゃいで抱きついてきた子・・居たよな。

其れも十分生育済みみたいなスタイルのあの薄い水着越しの肌の感触・・

ああ、間違いなくロリコンの気は無いって思った気がするんだけどな・・俺。

現在置かれている、非日常な何とも剣呑である意味罪深い状況の中
いきなり脳裏に浮かんできた何とも場に適格のようで不似合のような記憶。
そして、其れが心中に呼び起こしたのは・・かなりシニカルな微苦笑。

此れじゃご都合主義の3流エロ漫画よりまだ・・酷いシチュエーションだわな。

急に苦笑する私を見、少女は一瞬吃驚目になって囁きを止め抱擁を緩める・・。

私は、ようやく其の抗い難い誘惑の連鎖から辛うじて一瞬解き放たれた。
幾分回復した常識と理性は此の状況に本能的な注意信号を鳴らす。

・・違うよな、此れ・・何処か絶対に普通じゃない。
・・ほぼ初対面の男に抱きついて、そういう行為求める女の子が普通居るか?・・
・・愛とか恋とかそういうレベルの感情じゃないだろ、肉欲?・・
・・いや、大体、此の身体、どう見ても何というか=未経験=だろ・・

・・何が違うかは正直判らん、が・・絶対に何か、ヤバいぞ・・此れは。

さっきから感じる、此の子の肌や唇から伝わる戦慄的な程の快美感。
あの、凶暴な衝動さえ起こさせる嗜虐心さえ掻き立てる抗い難いオーラは何だ?
そして、言葉の端々に奇妙な単語や何処か古めかしい古語が現れるのは何故だ。
其れに、まず、あの神楽とあの洞窟と此の妙な岩屋は何なんだ?

あの神楽・・まるで陶酔したような演舞・・鬼気迫るくらいの凄さも
熟練した演者の其れと言うより何かが憑依したような此の子の=舞=も

此の子・・あそこで=あまのうまずめ=って呼ばれるって・・言ったな。
そうだ、まず、一番の疑問・・此の子はいったい誰、いいや此の子は=何?=だ。

瞬時に脳裏に浮かんだ様々なものが遂に私の獣欲を押しとどめた。

私は全身が求める抱擁の継続を辛うじて堪(こら)え
半ば叫ぶような切羽詰った声で少女に向かって言う。

「ちょ、ちょっと、待った・・おちびさん。・・ちょっとタイムっ!・・
 ごめん・・さ、最初ッからこういうの・・俺、多分・・駄目なんだよっ!」

其れでも・・ひしと巻きつけられたしなやかな手脚を振りほどき、
これでもか、と密着した柔らかな体を引きはがそうと試みることは
正直、残っていた理性のほとんどを使い尽くさねばならなかったが
私はかろうじて其の苦行をやり遂げ・・どうにかこうにか・・
少女を練絹の褥(しとね)の上にちょこんと座らせることに成功する。

少女は、私の抵抗がかなり予想外・・とでも言いたげに
其のあどけない表情に幾分不満げな色を滲ませていたが
今度は横座りで私に体を密着させ、全身をもたせ掛けながら
吐息で語る睦言(むつごと)の如く囁きかけてきた。

「・・おにぃさま・・わたしのこと・・きらい?」

先程以上に淫靡に、また、儚げに見えるだけ強烈に・・
此の媚態の誘惑に抵抗できる男なぞ此の世に存在しまいと
思わず確信してしまいそうになる魔性、いや異界の妖花。

再び自分から抱き寄せそうになるのを必死で堪えつつ
私は此の得体のしれぬ、異界の誘惑者の如き少女に対峙する。

な、何か気の紛れるような事でもしないと
・・こりゃ、俺・・堕ちるのは時間の問題だぞ・・

と、とりあえず・・そうだ、こっちから話しかけて・・
実際・・何か喋っていないと、自分でもどうなるか判らん。

此の少女はそう思わせるに足る=危険な香り=を未だ放ちつづけており
さらに積極的すぎる行為に己が身を任せ、主導権取られて居たら
間違いなく数分と持たず、先ほどかろうじて取り戻した理性の欠片さえ
一瞬で雲散霧消してしまうことは・・まあ、火を見るよりも明らかだ。

私は少女の目を逆に見返すようにして、子供を諭す口調で喋りはじめる。

如何に普通じゃ無く、色香の塊のようなオーラを放っていても
此れは、そう、此の子は=こども=なんだわな。
・・あのプールサイドではしゃいでたのとそう違わない、
=抱きしめて=やっても=抱いちゃ=いけない=こども=。

「好き嫌いとかじゃなくて、君の事知らないんだよ、俺。
それなのに、な、何と言うか、その・・こういうのは苦手だから。
あ、そ、そうだ・・まず、君の名前・・聞きたいな・・
君、名前は何と言うの? 俺に・・教えてくれない?。」

兎も角も言葉を途切れさせまいとしながら私が呟いた
苦し紛れの、実に平平凡凡な、初対面の挨拶に近い一言は
意外にも此の妖しくも可憐な少女の興味を惹いたらしい。

「・・わたし?・・なまえ?・・
うん、・・=ひよみ=って言うよ・・
おかあさんも、そのおかあさんも、=ひよみ=。」

=ひよみ=?・・・・幾分以上に変わった名前だな・・
どんな字を書くんだろう、=ひよみ=?・・判らんな。

其れに母親も祖母も同じ名前って、其れも変って言えば変だけど・・
まあ、一族で世襲の名前というのも此の世には存在するし・・

と、兎も角、興味を示してくれたのなら其処を・・・。

少女の反応を見逃さず、私は、再び湧き上がりかけた獣欲を必死に押さえつけ
更に甘さを増し媚びるように潤んだ眼差しに惹き込まれまいと抵抗しながら
其れでも少女の潤んだ黒瞳(こくどう)を真正面から逸らさずに見つめ
職業用の思いっきり優しそうな子ども向けの微笑を作り、問いを続ける。

「ふうん、そうなんだ・・じゃあさ、
・・=ひよみ=ちゃん?だっけ?
・・此処は何処なのかな?
・・そしてこの場所は何なのかな?

そして・・その、=ひよみ=ちゃんの
おかあさんは、今、・・此処の何処かに居るの?」

「おかあさん・・ 
いま・・ 
ここはどこ・・」

どうやら私のごく普通の直裁な問いは、此の異界の妖花の少女にとって
こころの深奥の琴線に触れるような種類のものだったらしい。

先程とは異なり、少女は何故かふっと表情を変える。
幾分曇った、何処か辛そうな、憂い顔に似た色に・・
そしてほんの一瞬、考え込むような風情を見せていたが
すぐに花弁のような唇をきっと結んで私を見つめ
吐き出すような、今度は幾分強い口調で私に答えた。

「じゃあ・・おにぃさま、おはなししたら、
ひよみのおはなし、と・・おねがい・・きいてくれる?
なら、ひよみ、おはなし・・する・・けど。」

打って変わって真剣な表情と切なげな眼差しになった少女。
其の急激な変化を見、凄まじい誘惑のオーラが薄れたのを感じ
安堵と同時にかなりの戸惑いは覚えたものの、私は・・
此の膠着状況を何とか更に好転させようと、必死で頷いた。

「ああ、いいよ・・・まあ、俺が・・
此処で・・出来ることだったら・・・だけど。」

其れは言質を取られぬよう無意識に出た職業的な・・
極めて曖昧である意味狡い、如何とでも取れる返事だったが
何故か少女はほっとしたような笑みを浮かべると
きちんと褥のうえに正座し、居住まいを整え、私を見つめ・・
かなりの真剣さを滲ませた声音と口調で・・

「じゃあ、おはなし、します・・きいて・・=臣(おみ)さま=・・」

少女の私を呼ぶ呼称が何時の間にか先程の=おにぃさま=から、
私の名前に変わっていたが其の時、私に其れを意に留める余裕は無かった。

思えば・・・ああ、其の変化こそ私がいのちを拾う重要なきっかけであり
また其の後の私の人生を変える大きな分岐点だったのだが。

そして・・少女の言葉は、堰を切ったように此の奇妙な空間に溢れ出す。

鬼壺さま 偲

「むかしむかし・・おそらに・・さいしょの神さまがいたの。
=なぎ=さまと=なみ=さまっていう兄いもうとの神さま。

でね、この=あきつま=にきてくらすことにしたふたりは
いっしょに=おかぐら=をしてたくさん子どもをうみました。
 
その子どもは、きれいな女神さまが、四はしら。

うえのおねえさんはきれいでつよくてちょっとこわい神さま
つぎのおねえさんはきれいでおもしろくてちょっとかわった神さま
いちばん、したのいもうとはきれいでちょっとくらくて大人しいの。
でね、したから二ばんめは、すなおでかわいいやさしい神さまだったの。

でも、どの女神さまもあきつまのものたちに好かれていて
みんながみんなお互いきらいじゃなかったから
女神さまはこの=あきつま=で、なかよくくらしていた。

でもね、あるとき、ちょっと、こまったことがおきた。」

・・な、何だ?・・此の・・=日本むかしばなし=は・・

あまりにも突然で予想外な展開に一瞬呆然とした私を見て
此の少女は逆に、己が話に聴き入ってくれていると思ったのか
ますます真剣に其の何処か奇妙な昔語りを続ける。

「四柱の女神さまには、もうひとり、おとこ兄弟のかみさまがいて
 それは、それは・・つよくて、げんきで、どこかかわいくてやんちゃだったの。

 いちばんうえの女神さまは、口には出せないけど
このおとこの神さまがだいすきで、きょうだいでさえなければ
いつでもだきしめられて=おかぐら=されたい、とまでおもってた。

 にばんめの女神さまは、踊るのがだいすき・・たのしくおもしろいことも。
 =みけ=をささげられると、いつもよろこんで踊るの。 
その踊ってるすがたを見るだけでみんなきもちよく、わらいたくなるの。

いちばん下の女神さまはかしこくておとなしくてすこし無口。
はなや木や野のけものにまでやさしいこえをかけてあげるふしぎなかみさま。
だから、やんちゃでちょっとあらっぽいおとうとのかみさまのことは
 すこしにがてだったけど・・けっして、きらいではなかった。

で、三ばんめの女神さま・・おとうとの神さまがとってもすきだったの・・
ちいさくてかわいくて誰からも好かれる、でもいちばんふつうなこのかみさまは
おとうとがうまれたときから、すきですきでたまらなくて、いっしょにいたくらい。
 だけど、お姉さんにえんりょして・・ずうっと言いだせなかった。

 でも、ある時、三ばんめの女神さまは、姉かみさまのいいつけで
 この=あきつま=にひとりでおりてきたときに、
 =あし=の野原で・・弟のおとこ神さまと出あってしまった・・

 弟の神さまも、ほんとうは三番めの女神さまが大すきだったのね。
 =あきつま=の=あし=の野原でふたりだけになって・・・

ふたりは、おねえさんにないしょで、七日七夜、えっとね・・ 

野原のけもののまねをして・・=おかぐら=をしたの。」

其処まで少女の語る民話のような話を呆然と聴いていた私は
其の時ようやく此の話がいったい何を元にしていたのか気付く。

そして気付くと同時に、かなりの驚愕に襲われる。

=あきつま=?・・=あし=の野原?・・おりてくる・・降臨?
其れで一番偉い・・主神が女神って・・其れに・・えっと・・
・・=なぎ=さまと=なみ=さまって・・原初神が居て、此処が・・

此れって、もしかして、日本創世神話か?・・高天原と豊葦原の話なのか?

じ、じゃあ、一番上の女神って・・古事記の主神、
=天照大神(あまてらすおおみかみ)=?

なら、一番下は=月読(つくよみ)=ってことになる。

二番目は?・・=みけ=と踊り・・=みけ=が・・
供物を示す=御饌(みけ)=なら・・供え物と踊り好き。
あ、これが・・=天鈿女(あめのうずめ)=だな。

じ、じゃあ、三番目の妹(いもうと)が・・その・・
此の子の名前と同じ名の・・=ひよみ=・・と言うことだが

そ、そんな神は日本書記にも古事記にも出て来ないぞ。
其れに=天鈿女(あめのうずめ)=はそんなに=神格の高い=神じゃ・・

だ、だが、此の子がこんな話を自分で作れるとも思えない・・

「ひ、ひよみちゃん・・ちょっと、聞いていいかな・・
その、おはなしは・・誰にきいたの・・その・・」

「なあに?・・おにぃさ・・ううん、臣さま・・
おかあさんが、ずうっと、おしえてくれた。」

「おかあさんが・・そ、そう、じゃあ、そのね、
その、弟の神様は何と言う名前?・・」

「・・=すさ=さま・・とってもかわいそう・・」

少女の素直な答えを聞き・・私はほぼ確信する。

間違いない、・・此れは日本創生神話だ・・
其れも異形(いぎょう)の物語として伝承された。

たから・・=すさ=さま・・其れは・・間違いなく・・
=建速須佐之男(たけはやのすさのお)=

日本神話最大の荒ぶる神であり暴風神とも言われる神・・

幾つもの天罪(あまつつみ)を重ね高天原を追われたと記紀にある。
最後は出雲へと追われ数々の土着神話の祖となった謎の神・・
京都で祀られる牛頭天王は此の素戔嗚の本地とも言われる男神。

此の神の乱行が発端で天岩戸神話が出来たと言っても過言では無い神。

しかし、此の少女の語る紀伝では事情が大幅に異なっている。
素戔嗚は此の秋津島に追われて後、土着の神となり妻を娶り
其の後の大和朝廷成立期まで記紀に関わっていく神だった筈(はず)。

此れじゃ、ちょっとした=どろどろの昼メロ=並みの話だぞ。
私は、己の中の記紀の記憶と照らし合わせ、改めて驚愕し考え込む。

だが、此れは在る意味、何と言うか、其の・・・
極めて生々しい血の通った=話=のようにも思えるんだが。
また妙に魅力的でも在る、変なリアリティも持っているし
何より語り手が此のある意味異様な魅力を放つ異形の少女だ。
凄まじいほどの説得力と言うか存在感さえ感じる=神話=。

ああ、もし、此れが本当に歴史を重ね、密かに言い伝えられた
=記紀伝承=だったとしたら・・如何なるんだ?

大袈裟に言えば・・日本の歴史や価値観、ひっくり返しちまうぞ。
此の、極めて直截でインモラルな=記紀伝承=の存在は。

「どうしたの?・・=臣(おみ)=さま?」

其の=神話=のあまりの=重さ=に呆然とし
黙り込んで固まった私は、其れを幾分不満げに見つめる
少女の視線に気付き、あえて笑顔を浮かべて、話を即す。


「ああ、御免ね、・・ひよみちゃん・・ちょっとね。
ね、其の・・お話の続き・・いいかな。」

少女にそう返事を返した段階で、
私は既に状況の異常さを忘れ、本気で
少女の話の続きを欲していた。

安堵したような表情を浮かべると其の少女は
再び祝詞にも似た音吐でゆるやかに語りはじめる。

「だから、ね、一ばん上のおねえさん・・
=まてる=っていう女神はとてもとても怒ったの

・・あめつちがその怒りで真っ暗になるくらい。

でも、ほんとうは、おこったというより・・
そう・・やきもちをやいたの、三番目のいもうと、=ひよみ=さまに。
 そのくらい=すささま=がすきだったのかも知れない。
 
 だから、=すさ=さまを怒らないで・・
=ひよみ=さまをひどく・・いじめた。

 ~おまえのようなふしだらなものは、ここにはおいておけない
  さっさとくらいつめたい=ねぃ=の国に行くがいい~。
 
そういってふかい地のそこの=ねぃ=の国に追ってしまったの・・。
=ねぃ=の国は死んだものたちやけがれた神さまが追われる
地のそこの、ひかりもとどかない、つめたくて暗くてかなしいところ。

そこに追われた=ひよみ=さまは、地のそこの=いかづち=たちに
さんざんにけがされたりたべられたりするだろう、って・・

=まてる=はそう思ったの、同じあねいもうとなのに・・
そうすれば=すさ=さまも=ひよみ=をあきらめるだろうと・・。

でも=すさ=さまは=ひよみ=さまを=ねぃ=までおいかけて行った。
 =すさ=さまは=ひよみ=さまが大好きでたまらなかったから。

そしてそのとき、いちばんしたのいもうと女神さま・・

そのかみさまは暗い地の底の=ねぃ=の国を治めていたの。
=まてる=の言いつけで、生まれた時からずうっと
だから、いつも少しおとなしかったのかもしれないわ。

あまりにふたりが・・あわれにおもえたのね。
=ねぃ=の国に追われた=ひよみ=さまに
だれも悪いことやひどいことをしないように
そっと守っていたの、=つきなしのよみ=に隠して。

でね、=すさ=さまが=ねぃ=までおりてきたとき
三番めのおねえさんをこっそり返してあげたの・・
=まてる=にだまって・・=あきつま=に、=すさ=さまのところに。」

少女は其処まで一気に語ると・・ふうと小さく息を吐き
少し私ににじり寄ると私の目をじっと覗き込んだ。

「ねえ・・=臣(おみ)=さま・・こんなお話は・・きらい?
でも・・約束してくれたよね・・さいごまで聴いてくれるって。」

「・・いや、・・凄いお話だな・・って、ちょっと吃驚したんだ。
でも、正直、聴いていて凄く面白い・・と、思ったよ。
それに、さっき約束したじゃない・・=ひよみ=ちゃん?だっけ
此処で俺に出来ることは何でもするから・・って。」

少女は、大きい瞳をさらに大きく見開く様にして私を見つめ
ちょっと其のしなやかな肢体を震わせたようだった・・

「・・おかあさんのいったとおり・・ほんとうに。
ここで、・・ここにきても・・=おにぃぇさま=にならない
・・男のひと・・本当に居るのかも・・。」

何故か少女の妖絶で甘かった黒い目の表情に微妙な感動の色が浮かぶ。

「じゃあ・・おはなし・・もう少し続けていい?・・」

私が頷くと少女は嬉しそうに私の手を其の小さな掌で
懇願するように、甘えるように、ぎゅっと握りしめる・・

其処には最初の妖艶さや淫奔さのようなものは
不思議なことに少しも感じることが出来なかったばかりか
気づけば少し震えている少女の体の温もりが伝わり
年相応の愛らしさや健気さのような少女らしい美質が
其の掌から私の中に流れ込んでくるようにさえ思えた。

尤(もっと)も、其れは其れで
・・ある意味危険な事、かも知れなかった。

私は先ほどの獣欲とは比べ物にならぬほどの
此の少女へのある種の感情が押さえきれなくなるのを
其の時、既に、はっきり自覚しつつあった。

其れは・・・憐憫にも似た切ない種類の一種の・・・

「でも、一番上のおねえさんの・・=まてる=は、
すぐに気が付いちゃったの・・そのことに。

=あきつま=に=まてる=の光る眼の届かないところは・・
ひとつもないくらい・・強い女神さまだったから。

~あのものをとらえて、かわを剥いで海原の底に捨てよ~

 =まてる=は・・ほとんど、きちがいみたいになってそういったの。

=すさ=さまはそれでも=ひよみ=さまをまもろうとして・・
=まてる=がさしむけた=あまのしこお=たちと闘ったの。

=すさ=さまはとても強かったけど・・けど・・
=あまのしこお=は海のすなの数よりもたくさんおしよせたわ。

=すさ=さまは、=あまのしこお=たちの乗った馬を殺して
そのかわを剥ぎ、むくろを=まてる=の陣屋に投げこんで抗(あらが)った。

~あねぎみが剥けと申されたはこのけがれたいきもののことか~

=まてる=はもうわけがわからないくらいにおこって
ほかのくにからきた=かみさま=までさしむけた。
=すさ=さまをつれてきたら=うずめ=さまをくれてやる・・って
そんな、むちゃくちゃなことまで、いったんだって。

でも、=すさ=さま・・さいご・・とうとう・・負けちゃったんだ。」

何時しか少女の黒い大きな瞳には滂沱の涙が溢れている。

其の声には、微妙な抑揚と韻律が知らず知らずのうちに現れ
私は何かに酔わされたように・・少女の話に頷き続ける。

「=まてる=は=すさ=さまを=ひよみ=さまからひきはなして
この=あきつま=からどこかにとおくに追い放ってしまった。
おこってくちをきかない=うずめ=さまをむりやり
その=よそからきたかみさま=のとこにやってしまった・・。

まあ、その=かみさま=はとってもほんとうは陽気でいいひとで
=おどる=のがじょうずだったから、さいごは=うずめ=さまは
すごくなかよくなってほんとに=めおと=になっちゃったんだけど。

でも=まてる=のしたことは・・ひどいよね・・ほんとうに。

そして、=まてる=は、かわいそうな=ひよみ=さまに、
こう言って、もっとひどい、いやらしい=とこい=をかけたの。」

「=とこい=?・・其れは何のこと?・・何かの・・」

「言われるとそうなってしまう、にくしみとたたりの・・=ことのは=。
すごくつよい、いやだとおもっても・・さからえない=ことのは=。

~この、うすぎたないものよ・・空に日があるところでは
お前は、あたりまえにおまえの子をみごもることはない
 たとえわたしの目が届かぬような暗い地のそこであっても
お前はひとりの子をさずかるならひとりの=にえ=を
この=あきつま=でいちばんいじきたない蟲(むし)のように
おまえの=みけ=にせねばならぬようになれ~

・・って・・=ひよみ=さまに・・=とこい=をかけて・・」

・・少女はそう言って大粒の涙を頬にすっと零(こぼ)すと
崩れるように私の胸に顔を押し当てて、黙ってしまう・・・

其の肩は小さくかすかに震えてさえいるようだった。

そして・・私が其の肩に手を触れた瞬間
堰を切ったように・・見かけの歳よりも、なお幼い、
まるで頑是(がんぜ)なき童女(こども)のよう
いや、歳相応と言った方が正しいのだろうが・・・

其のまま・・私の胸のなかで歔欷(すすりなき)を始めた。

「これ・・おかあさんが・・
わたしに・・いつも・・毎晩おはなししてくれた。

でも・・おかあさん・・もう・・いない・・。」

私は今度は自分から其の少女の細い体を抱きしめる。

そうでもせぬと何処か空気の中に溶けて消えてしまいそうで。
私の胸さえ何故か哀しみで張り裂けてしまいそうに思えて。

少女の身体の温もりを二の腕と胸に感じて
さあ、どの位の時が過ぎたのだろうか・・・

少女、=ひよみ=はゆっくりと涙顔を上げ、
私を見つめてぽつりと口をひらく。

「臣(おみ)さま・・もうひとつだけ
・・お願いがあるの。
・・おかあさんの・・言いのこしたこと・・
=ひよみ=のお願い・・まだ、きいてくれる?・・」

「・・ああ・・言ってごらん・・聴いてあげる。」

私は・・今度は本心から少女に応えた・・そう、本当にこころから。

私の眼差しの本気具合を敏感に感じ取ったのだろうか
少女はあどけない表情に微笑みを浮かべ、私に囁(ささや)く。

「・・この・・=にえどこ=って言うのだけど・・
この=にえどこ=で・・二日と二晩
・・わたしといっしょに・・・=ともぶし=してほしいの。

でもね・・そのあいだ・・ぜったいに・・あのね・・・」

少女は一瞬、先程の妖艶な雰囲気を漂わせると
私の目をじっと見詰め、今度は少し照れたように
頬を幾分染めながら・・ぽつん・・と・・

「むりやりに・・わたしと・・
=おかぐら=しようとしちゃ・・だめ。
やくそくして・・臣さま。」

・・・この場合、彼女の言う、その・・
=おかぐら(御神楽)=が何を意味するか。

あの贄神社での此の子の入神と歓喜の舞に魂を奪われ、
更に此処で魔性のような媚態に魅入られた私には・・直感で判った。

それに、先ほどからの奇怪に変貌した日本創世神話・・

いや、この場合、此の村と此の子の血脈に秘められていた
禁断の=記紀=伝承とでも言うのか・・から思えば
ある意味明白すぎるほど明白な=行為=を示す言葉。

・・き、究極の美味の据え膳・・
おあずけモード発動って事かえ?
 
 浮かんだ妄想に再び湧き上がりかけた獣欲を
 あえて軽薄な口調を想像し必死に堪える私。

「どんな男のひとでも、夜のお宮に来て・・・
=ひよみ=の踊りを見てしまったら
この=おにぃぇのいわつぼ=で
=おにぃぇさま=になって、
はるの=のけもの=のようになる。

=ひよみ=はそういう=けがれ=も、うけたの。
あのやきもちやきで厳しい=まてる=から。

その血のつづくずうっと先のさきまで・・・。

でも、でもね、この=にえどこ=で
・・二日と二晩・・=ひよみ=と・・
=ともぶし=して・・

・・=おにぃぇさま=に・・ならない男のひとが来たら・・
そのひとは・・・その時は・・きっと・・」

少女はそう言うと、意を決したようにすっと立ち上がった

鬼壺さま 

鬼壺さま 

N県にあるローカルテレビ局の郷土芸能史番組担当である主人公は 其の筋の情報から、未確認の秘祭、姫神楽の存在を知る。 クルーとともに撮影に乗り込んだ彼が遭遇し、経験する事象とは。 時の止まる場所で出会うひとりの少女によって紡がれる物語が始まる。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-04-05

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  1. 鬼壺さま 序
  2. 鬼壺さま 弐
  3. 鬼壺さま 餐
  4. 鬼壺さま 偲