心の火

心の火

心の火

 「おや?」
 聞いたことのあるメロディー、それも聞きすぎるほど聞き、それでも聞き飽きないほど聞いたメロディーがテレビから流れた。
「ミュージカルの告知?」
 その予想は大きく裏切られた。そこにあるのは缶コーヒーだった。キリンビバレッジ社のファイアのコマーシャルだった。

 「人は誰でも、心の中に自分だけの火を持っている」(キリンビバレッジ社ホームページより)
 この台詞とともに流れていた音楽が、2005年(日本では2006年)に映画化され、日本でも数度上演されたブロードウェイミュージカル、「RENT」のテーマソングともいえる「Seasons Of Love」である。

 この曲、そしてこのミュージカルには思い入れが非常に深い。

私は高校生の時、吹奏楽部に所属していた。主な活動としては毎年、夏の吹奏楽コンクール、春先の定期演奏会に向けて活動する部である。
とはいえ、私は高校入学当初から吹奏楽部に所属していたわけではなかった。所属したのは高校1年生の1月である。定期演奏会が三月なため、ほとんどその年の力にはならなかった。
ただ、その時、「心の中に火を持った」のである。ほぼ戦力外ではあるが定期演奏会を経験したことにより、その火は強く高く燃え上がっていったのだった。

自分たちが主体となって夏のコンクールを経験し、春の定期演奏会に向けて飛び込み営業のようなことも、理想の演出をするため、自分たちよりはるかに年上の会場の職員の方との会議も、「心の火」で乗り切ることができた、と思っている。

定期演奏会の中でミュージカルを上演するのが私の高校の吹奏楽部の特徴である。
通常は一つの作品を上演するのだが、その年は十数作品のミュージカルのメインテーマをメドレー形式で上演するという形式となった。そこで選ばれた曲にまだブロードウェイで上演されて時間の浅い「RENT」の「Seasons Of Love」が選ばれたのである。

私は踊れなかった。歌えなかった。何度も注意され、練習をしてもついていけず、「心の火」も消えてしまいそうだった。そのとき、この「Seasons Of Love」を聞いて、
「これを舞台で歌いたい!」という気持ちになったのだ。

 紆余曲折あったが、本番の舞台で独唱する部分をもらうことができた。
それからというもの、英語の歌詞、高音域の練習、一人ではあったが必死で行った。当然他の練習や当然学生としての学業も並行して行わないとならない。やはり「心の火」があったからこそでできたのであろう。

しかし、一人での練習にはやはり限界があった。歌詞を覚えることはできても安定して高音域の発声を保つことはできなかった。本番はやはり自分の納得できるレベルまで達していなかった。
 
ただ、引退したのちも「RENT」への興味は失せなかった。まだまだ知名度が低く、取り寄せでしか手に入れることができない時代だったため、近所のCDショップの店頭で原曲のCDを手に入れ、受験生といえども何度も何度も聞きこんだ。英作文の課題にある単語がわからず、頭の中にあった「RENT」の歌詞を引用したらさすがに英語教師に怒られてしまった。

日本で「RENT」の知名度が上がったのはやはり日本での映画化がきっかけであろう。
「Seasons Of Love」を歌う合唱サークルもあるようだ。カラオケにも入っている時代になった。
それでもやはり私の中の十数年前からの「RENT」に対する「心の火」は消えていないようだ。
ずっと前から思っていたが、もう一度「Seasons Of Love」を再演したい、と願っている。同じ舞台、同じキャストは二度と揃わないといわれるが、あの舞台をもう一度、自分の納得いく練習をして、もう一度やりたいと思うのだが、贅沢な願いだろうか。

心の火

心の火

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-04

Copyrighted
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