炉に卒アルをくべよ
「卒業アルバム、通称卒アルはよく燃えるなぁ」
川沿い。冷たい風が一斗缶の中から昇る炎を揺らがせた。
一斗缶の中で燃えている僕の卒アルは、幸か不幸か、僕の身体を温めるために燃えているのではなかった。
不要物を燃やす会。
なぜ僕が思い出の卒アルが一斗缶の中で灰になっているのか。
クラスの女の子の顔が熱でぐにゃりととけて曲がり、まるで悪魔みたいだ。
なぜ。
友人は言った。
高校の同級生の結婚式があったそうだと。
僕は言った。
式には呼ばれちゃないけど、幸せになってもらいたいものだね。
友人は言った。
同窓会で意気投合したそうだと。
同窓会、呼ばれてないね。まぁ行く気もないけど。
友人は言った。
もうかれこれ結婚した同級生も10人くらいか。
僕は言った。
一人目じゃなかったのか。
「人生に憂いを覚えて卒アルを火にくべる理由としちゃ十分だ」
僕は頷く。
僕は、高校の卒業式終わってさ、教科書燃やそうぜーなんて言って騒いでる奴らを馬鹿だって思いながら見てた。
草の上に座った僕が、見上げる空は眩しくて、目を離せずに息をした。
なんだかんだで羨ましかったのであろう? って夜空の星が僕に教えてくれた。
「つっても結婚式なんて呼ばれても行く暇なんてねーけどなァ。クラスの人数が40人。クラス数は3つで120人。毎度結婚式だからって会社休んでちゃ首になっちまう」
呼ばれぬ結婚式の皮算用だね。僕は言う。
「しかし、困ることがある。結婚式に呼ばれないということはだ」
式に呼ばれなかった所で一体何を損することがあるというのか。一般的な幸せアピールに付き合う必要なんてない。
「逆もまた然り」
ゾワリ。
寒空に震えたのでは、ない。僕は手近の雑草を握り締める。
とっくに気がついているのだ。
「こちらが逆に結婚して式に呼んだ時によ」
それ以上、いけない。
「友人席に人が誰も居ないという状態に陥る可能性がある」
一斗缶の明かりはもう殆ど残っていない。
小学校、中学、高校と持ってきたアルバムは全て焼いてしまった。
幼稚園以外のアルバムは絶滅した。
この明かりが消えてはもうここにはいれないだろう。
「かー。星が綺麗だくそったれ」
迂闊に結婚もできねーな、僕は言う。
「まぁだ慌てるような時間じゃない。冷静にシミュレートするんだ。確かに嫁さんは残念なものを見るような目でみてくるだろう。
そして嫁さんの両親も人格的に疑ってくるだろう。
我が両親だって悲しむ。
妹にも哀れまれる。
弟は式にくるかわからんが、事実を知ればそりゃ喜ぶだろう。
会社関係者の……」魂が抜けるような悲鳴が人気のない川に響く。
僕はアルバムを入れてきた袋に、まだ物が入っていたのを思い出す。
この鬱々とした気分を晴らすことのできる魔法のアイテム。
これを忘れるから僕は迂闊だというのだ。
もったいぶって袋からソレを取り出す。
「金麦500ml×6本を2つ、そして大量の漬物だ!」
まさに金色に輝く核弾頭!
「サーチライトのつもりかーーーーっヒャああああ! 」
核弾頭という言葉が禁則的な扱いを受ける昨今であるが、問題は必要なし。まさに神風クオリティと言っても差し支えありません。
これさえあれば、たとえ卒アルの火が消えようと星の明かりで宴ができる。
きゅうり!
とまと!
キャベツ!
パプリカ!
スイカ!
きゅうり!
「きゅうり!」
次々と塩味の効いた漬物を金麦とともに摂取していく。
だが幸せは長くは続かない。
「敵影2つ」
自転車のライトが2つゆらゆらこちらに近づいてくる。
「深夜に二人連れ。警官だな」
通報されていたみたいだ、僕は一目散にその場をはなれた。
韋駄天スプリントを華麗に決めた。
無論火消しゴミの持ち帰りは忘れない。
飲みきれなかった金麦四本を深夜に呼び出された警官へのプレゼントとして、その場に置いていった。
星の明かりが朝焼けの足音に飲まれ始めている。
僕一人の小さな夜が終わりと告げようとしていた。
炉に卒アルをくべよ