びゅーてぃふる ふぁいたー(9)
対決Ⅱ―Ⅰ
プレイヤーがクリックした。シャッフルされる。今度の対戦相手は誰だ。ソフト側は、これまでのあたしの動きを分析して、より強力な相手を投入してくるだろう。さあ、相手は誰だ!
ルーレットが止まった。対戦相手が明るく点滅している。だが、姿は見えない。暗い。戦いの場に出てきた。なんだ、あいつは。背は低く、髪の毛はぼうぼうで、長く肩まで伸びている。女じゃない。服装は、寒いのか、真冬の、それもうす汚れたジャンパーを着込んでいる。うっつ、臭う。これは、一か月以上は風呂にはいっていない体だ。幸いにも、画面上の中でしか臭わないため、プレイヤーは安泰だ。ちょっとこれは不公平だ。敵は、体を清潔にする習慣なんて持ち合わせていないように見える。年齢は、どうみても七十歳以上。力があるようには見えない。
いや、ここで油断してはいけない。ソフト側、マザーが選んだ相手だ。あたしに勝つために選んだはずだ。必殺の武器を持っているに違いない。ほら、手に何かをぶらさげている。スーパーのビニール袋だ。手に持つところが、荷物の重さで細くなり、じいさん、そう、あたしは対戦相手をじいさんと呼ぶことにする。じいさんの指に喰い込んでいる。もっと、他の袋はないのか。だが、再度、あたしはあたしに言い聞かせる。油断するな、と。
袋なんか、どうでもいい。気をつけないといけないのは、袋の中身だ。ナイフか、拳銃か、ダイナマイトか。いや、そんな重いものは入らないはずだ。たかが、スーパーのビニール袋だ。いや、相手を 油断させるため、そんな袋を持っているのかもしれない。用心しろよ。
じいさんがこちらにゆるゆると向かってくる。いよいよ、戦闘開始だ。プレイヤーは、まだ、あたしのスタートボタンを押していない。何をしているんだ。さっさと動かせ。やられてしまうじゃないか。先手必勝だ。この程度の四字塾語くらいは知っているだろう、もちろん、あたしだって、さっき言った高校の教師が、「先手必勝、先手必勝」と呟きながら、あたしの手や足を動かすボタンを押していたのを聞いて覚えただけだ。
そんなことはどうでもいい。あたしは、プレイヤーがボタンを押さなくても、あたしの意思で動ける。だが、最初から動くと、プレイヤーに怪しまれるから、自重しているだけだ。
じいさん、何をする気だ。おっ、じいさんが、ビニール袋を握り返した。ビニール袋から見えるのは、新聞。赤や青の見だしの派手さから言えば、スポーツ新聞だ。薄汚れている。どう見ても、購入したのではなく、ゴミ箱から拾ったものだ。だが、これが相手の手だ。慎重に、用心深く動かないと。
今回の対戦相手は、これまでと全く違うタイプだ。
今までは、どちらかと言えば、力で押してくるタイプだった。それをあたしは撃破した。マザー側も研究を重ね、あたしの弱点をついてきたのか。そう、重でなく、銃でなく、柔だ。だけど、あたしは容赦はしない。相手が老人だろうが、女、こどもだろうが敵は敵だ。弱者のように振舞っているけれど、それは、所詮、仮の姿。ライオンやトラに、猫やネズミの毛皮を被せているようなものだ。弱者こそ、強いのだ。そのいい例があたしだ。
弱者こそ、弱者という肩書を旗印にして、社会を攻撃する。弱者だと全てが許されるかのように。しかし、この世に弱者なんていない。あるのは自分勝手な自己主張だけだ。後は、どこからか大義名分の服を拾ってきて、どう身につけるからだ。
じいさんの動きをじっと見る。本来ならば、先手必勝で、こちらからパンチやキックなどを繰り出し、相手の出方や動きを確かめるのだが、手に持ったビニール袋が気にかかる。多分、相手はこちらが仕掛けるのを待っているのだろう。用心、用心。火の用心。マッチ一本で、人間も、家も、街も焼きつくすことができるのだ。
おっ、じいさんがビニール袋を落とした。こぼれる荷物。じいさんとあたしの距離は二メートル。こぼれた荷物が全て見える。中身は、最初からはみだしていた新聞紙に、半分食べ残した弁当。一体、いつのものだ。これまた、半分飲み残しのお茶のペットボトル。薄汚れた下着。それは、着替えなのか、それとも、着替えた後なのか、よくわからない。
週刊誌もある、これも年気が入っている。何回も読み返したのか、それとも、何回も読み返された後に拾ったのか、どちらにせよ古雑誌には変わりない。枕代わりに使っているのか、それとも、健康のため、肩たたきや、発声練習や、一人でも寂しくないように話し相手に使っているのか。
他には何だ。郵便局と地方銀行の通帳だ。続いて、キャッシュカードも落ちる。色とりどりのカードだ。コンビニか、レンタルCDショップか、スーパーの囲い込み会員カードだ。会員カードを作れるのならば、このじいさん、住所は不定じゃないんだな。風貌等から推察して、てっきりホームレスかと思った。
そう言えば、あたしだって、このソフトの中で生きているだけであって、ホームレスかもしれない。いや、このゲームソフト自体があたしの家で、家の中で、あたしは、同じ住人、同じ家族?と戦っているのだ。勝っても負けても家族をつぶす。家族が一人減る。いやに皮肉な人生だ。
いや、違う。あのじいさんがあたしの家族であるわけがない。あたしもそうだが、あのじいさんも所詮、マザーが作りだした幻影なのだ。家族なんかじゃない。いや、幻影の家族なのかもしれない。幻影の家族間の決闘なのか。
あたしが言うのも変だが、実存の家族って、どんなものなのか。あたしは、画面を通じてしか、人間の生活を見ることしかできない。特に、あたしのこの美少女戦闘ゲームのプレイヤーは、画面の隙間見る限りでは、プレイヤー一人しか見えない。プレイヤーに家族がいるかどうかまではわからない。一体、どんな生活をしているのだろうか。彼らの、彼女らの家族とは、どういったものなのだろう?
びゅーてぃふる ふぁいたー(9)