最後の恋をした、冬。
現実。
北海道は札幌市。
雪がしんしんと降り続く冬。
今日で12月に入り、寒さも本格的になる。
冴木 孝臣(さえき たかおみ)はマフラーで顔をうずめ、ポケットに手を入れながら街中を歩いていた。
会社員として働いている孝臣は、12月31日で30歳になる。
髪型は短髪で、眼鏡を掛けているごく普通のサラリーマン。
未だに結婚はしておらず、独身。
彼女もいない。
そして、今日は友人の紹介で彼を含めた男女合わせ6人での合コンという名の飲み会が開かれる。
人見知りな性格を思ってしてくれている事だが、飲み会という場が苦手な彼にとっては苦痛な時間かもしれない。
しかし、断る理由もなかった孝臣は仕事が6時に終わりそのまま集合場所に向かっていた。
職場から徒歩で20分ほどのところ、屋上に観覧車があるビルに着いた。
市内では有名と言ってもいいくらいだろう。
中には、ゲームセンターやカラオケ、飲食店もあり充実している。
6時半から開始。3対3でそれぞれ男女で席に座った。
向かいに座っている女性達を見ると、20代後半くらいでOLっぽい感じだ。
注文したお酒も来て、乾杯をする。
友人の男2人が自己紹介をし終わり、 順番が回ってきた。
「どーも、冴木です。会社員の29です。」
2人が長々としていた中、孝臣は簡潔に終わらせた。
女性たちの自己紹介も済み、皆で食事をしながら雑談。
孝臣は中々輪に入れず食事もそこそこに、煙草を吸い始めた。
「タバコ、良く吸われるんですか?」
たまたま迎えに座っていた、崎宮 薫(さきみや かおる)が声をかけて来た。えぇ、と一言いい煙を吐く。
「臭い嫌だったら消しますけど」
「ううん、大丈夫。私は吸わないけど平気です」
彼女は、27歳のOLで妹と2人で暮らしているという。
この会話を機に、会の最中は薫と雑談を楽しんだ。
どこか気が合うところがあったのか、会話が弾む。
2時間ほどで飲み会は終わり、それぞれ解散した。
「冴木さん!」
帰ろうと歩いていた孝臣は振り返ると、薫が走ってきた。
「どうしたの?」
「これから予定とかあります?もう9時近いですけど」
「いや、行くところもないし帰るよ」
「もし良ければ、私の家で飲み直しませんか?」
ドラマでありそうな展開。暇ではあるが、今日会ったばかりの子でしかもいきなり部屋というのはどういうことだ。
疑問を抱きつつも孝臣は考えた末に、
「君の家に行くのはちょっと、今日会ったばかりだし。飲みなおすのならバーにでも行くのはどう?」
「そうですよね、いきなり家でなんて言ってしまってごめんなさい」
近くのバーに寄り、翌日仕事があるので1時間ほど飲んで別れた。
お会計を済ませ、お店を出た。
「ありがとうございました、バーのお金全部出してもらってすみません。私が誘ったのに」
薫は会計時に頼んでおいたタクシーの後部座席でお礼を言った。
「いえ、バーに行こうと言ったのは俺なので気にしないでください。じゃあ気を付けて」
それじゃあ、と薫はお辞儀をしタクシーを出した。
今日の飲み会は確かに合コンみたいな感じで皆、結婚を意識したものが集まったのだが実際、孝臣はそれほど焦ってもいなかった。
薫はすごく気が合っていい子だとは思っていたが、付き合うというのは頭になかった。
現実、そこまでうまく行くはずがない。飲み直さないかと誘ったのも他の人たちがそれぞれ気に入った子がいて、上手い具合に孝臣と薫が残ったからだと。
バーで飲んだ時、メールアドレスも聞かれなかったので孝臣は気がないとも思っていたのだ。
まだ終電に間に合ったので、地下鉄で帰宅した。
迷い。
翌日、一緒に飲み会に行っていた友人の一人、荒木 陽(あらき あきら)から朝起きると同時にメールが来た。
陽は大学時代からの付き合いで、よく飲みに行ったりしている。
(お疲れ。昨日あの後どうだった?)
(お疲れ様。特に何も、バーで少し飲んで帰ったよ)
送った直後電話が鳴った。
「おはよう、どうした?」
「どうしたじゃないよ、飲み会で雰囲気良かったからてっきりあの後、ホテル行ったんだとばかり」
「馬鹿かお前は、俺はそんな軽い男じゃない」
「でも孝臣の性格だと、年下じゃなくて年上だよな。今までも年上だったし。」
陽は電話口で笑っていた。
「俺のことは良いよ。そっちは良い子いたのか?」
話を聞いたところ、飲み会が終わったあとに一人の女の子が気になっていた陽は、孝臣ら同様飲みなおしに行こうと誘った。
だが、彼女にはすでに彼氏がいたことが分かり、何時間が飲んで帰宅したそうだ。
こっちは真剣に相手探しているのに、彼氏持ちが来るなよと怒っていた。
「そのうっぷんを俺にぶつけるために電話してきたのか」
「そういうこと。仕事前に悪かったな、じゃあまた」
言いたいことだけ言い、陽は電話を切ってしまった。
枕元に置いていた眼鏡をかけ、伸びをした。
「あいつはだめだったかー」
ベッドから降り、朝から熱いブラックコーヒーを飲み眠気を覚ます。ソファーでニュースを観ていると飼っている黒猫のマメキチがニャー、と足にすり寄ってきた。
「マメキチおはよう。ごはんか?」
そう言い頭を撫でるとと、ニャーと鳴き嬉しそうにご飯を用意する孝臣の後をついて回る。
朝食をすませ、スーツに着替えて家を出る。
孝臣は大学からずっと小さなアパートでひとり暮らしをしている。築30年は経ってそうなだいぶ古い建物だ。そろそろ引っ越そうかとも考えているが、札幌はペットを飼えるところが少なく引っ越しに踏み切れない。ここは家賃も安く、ペットも自由で住みやすい環境にはある。
職場から遠いのは不便だが、もう慣れた。
孝臣の仕事は、銀行員でもう7年ほどになる。
部下や上司からも面倒見がいい、教え方がうまいと評判だ。そんな彼が結婚もまだというのを女性従業員は疑問にも思っている。
女性に興味がないのではない。実際に女性とも付き合っていたこともあるし、童貞でもない。
それもすべて年上で、言い寄られて付き合った。と言ってもいいかもしれない。
つまり、自分から告白もしたことがなければ、好きになることが滅多にないのだ。
少し人見知りだが、顔が不細工なわけでもないし、痩せ型でスーツがよく似合う男性だ。
男性からみると、なんて贅沢な人間だと思うだろう。
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それから数週間後。
いつものように自分のデスクで仕事をしていた。
「この書類、部長の机に置いといてもらえる?」
はい、と女性銀行員が孝臣に言われた場所に書類を置く。
パソコンを操作していると、窓口の銀行員が声をかけてきた。
「冴木さん、お客様です」
そこには、合コンで一緒だった崎宮 薫が立っていた。
孝臣はびっくりしたが、薫のところへ行った。
「こんにちは、お仕事中にごめんなさい。少しお話したいなと思って、終わってから時間ありますか?」
「それは大丈夫だけど、よくここが分かったね」
そう話した時に思い出した、バーで飲んでいる最中に聞かれて職場がどこか答えていたのだった。
「あぁ、俺が言ったのか」
「結構酔ってましたしね」
薫はくすくすと笑った。
最後の恋をした、冬。