短編小説 『冷蔵庫の謎』
ある日の朝、私はふと朝食を食べようと冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫、それは食欲という欲求を満たす為に必要不可欠である、魔法の箱だ。
扉を開けた時に広がる、様々な食べ物の共演、それを嫌う物は恐らくこの世にはいないだろう。
今日は何を食べよう、何を作ろう、そんな幸せな考えが冷蔵庫を開く度に私の頭の中で交差する。
しかしそんな、人が生きていく為に絶対必要である冷蔵庫の中で、とても考えられないようなことが
起こったのである。
それは喜んでいいことなのか、不審に思うべきなのか……。
何の予兆も無しに私の目の前に現れたその問題は私の頭を深く深く悩ませた。
「料理が……何故」
私の冷蔵庫に見知らぬご飯、見知らぬおかず……。
作った覚えが無いもの、買ってきた覚えが無いものが、私の家の冷蔵庫の中に入っていたのだ。
それも、この現象が起こったのは今日で二日目。
「また……今度はさつまいもか……」
私は顎に手を当てて首を傾げる。
そしてしばらくその場で頭を抱え込んだ後、下がってきた眼鏡を静かに上げて、
再度冷蔵庫の前で料理たちを見つめながら考え込むのだった。
いつ、誰が、何処で。
この料理を私の冷蔵庫に入れたというのだろうか……。
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一日前。
その謎は、この日突然私の前に現れた。
いつものように朝7時キッカリに起きる私は、ブラックコーヒーを飲むために
台所へと足を運ぶ。
まずはお湯を沸かして朝ご飯である、トーストとバターをテーブルに用意。
その後はお湯が沸くまで今日の新聞を読む。
これが私の朝の起きてから朝食を食べるまでの流れだ。
この日の新聞のトピックス、いわゆる一番の話題は新しいウィルスの発見、
についてのニュースだった。
「ふむふむ、ニオルデウィルスか……」
どうやら人体に入るととても悪い影響を与えるウィルスのようだ。
主に川の奥深くに生息するウィルスで、発生の原因は川の汚染。
川の近くに隣接する畑などに侵入して野菜に感染し、野菜から人間に
感染していくらしい。
そしてそれを食べた人間は食中毒を起こして、一日中お腹の激痛に
悶え苦しむのだそうだ。
「ふぅ、怖い怖い」
私はそんなことをぼやきつつ、お湯が沸いたかを確認する。
ふむ、どうやら沸いたようだ。丸くて小さなヤカンから勢いよく煙が吹き出ている。
私はコーヒーの準備をしてトーストが置いてある皿の横に、そのコーヒーの入ったティーカップを置いた。
「よし、これで完璧」
私は静かに席に座りなおして、手を合わせながら一礼する。
「いただきます」
さて挨拶もしたことだし、食べるとしよう。
私はバターを塗ったトーストを頬張った。
うん、いつもの味だ。
その時、私はふと冷たい飲み物が飲みたくなった。
トーストは口の中の水分を吸収しやすいからだろう。
毎日そうなのだが朝食の際はよく喉が渇く。
「冷たい飲み物、冷たい飲み物……と」
私は席を立ち冷蔵庫の前へと移動した。
確か緑茶があったはずだ。
ガラッ……。
私は冷蔵庫を開けた。
だが、私は何故かその場で固まってしまった。
目を大きく見開き、眉間にシワを寄せ、息を飲む。
冷蔵庫を開けっ放しにしていると電気代がかさむのは承知の事。
しかし、この時の私はそんなことを構っているような心理状態では到底無かったのだ。
不可解な光景、あり得ない光景。
そんな現実味の無い光景が私の目に飛び込んでくる。
「な、何だこれは……」
なんと、冷蔵庫の中に作った覚えの無い料理が大量に入れられていたのだ。
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少しして。
私はその大量の料理たちをテーブルの上に陳列させ、
ただただそれを見つめ続けていた。
「うーん……」
いくら考えても謎は深まるばかりだ……。
どんなに考えても考えても、答えは出てこない。
私はこんな料理作った覚えはない。
なのに何故こんなものが私の冷蔵庫に入っている?
「…………」
私は疑問に頭を悩ませるも、目の前の料理が今、ここにあるという現実を
受け入れることしか出来なかった。
まぁしかし、私の家の冷蔵庫にこの料理たちが入っていた以上、
誰かがこれを冷蔵庫に入れたのは確かだ。
とりあえずいろいろな可能性を考えてみよう……。
一体誰が、この料理を私の冷蔵庫に入れたのだろうか。
まず、私は一人暮らしだ。
ここ数十年誰とも付き合ってはいないし、同居もしていない……つまり。
私に料理を作る理由がある人物はまずいない。
家族はいるが、別の場所に住んでいるし、もし家に来ているなら
声ぐらいかけてくれるだろう。
だとすれば、料理を冷蔵庫に入れたのは一体誰だ?
とにかく、何も無しに家に忍び込み、料理を入れていくということは、
何か見つかってはいけない理由があるのでないだろうか。
例えば一番簡単に推測できるのが、ストーカーだ。
私のことが好きでしょうがない料理好きのストーカーならば私に何も言わず、
家に侵入し、勝手にご飯を作っているという可能性が無いわけではない。
「いや、でも……」
私はズレた眼鏡を掛け直し、料理を眺めた。
明らかに量が多い……。
私は一人暮らしだ。それにそんなに大食いでも無い。
なのに何だ、この量は・・・。
その私の視線の先には様々な料理たち、計六皿が見える。
まず、大きなお皿にはアジの煮付け。味が染みている色をしていて非常に美味しそうだ・・・。
ちなみに洒落で言っているわけではない。
そして、次に隣に見えるのが大きなお茶碗に入ったお粥。
お粥、お粥か・・・。
あえて通常の白飯にしないところを見ると、作った人は私が風邪を引いていると思ったのだろうか。
丁寧に三つ葉まで乗せているところを見ると、かなり細かいことを気にする、もしくはこだわる人のようだ。
まぁ、こういうちょっとした気配りは意外と嬉しい。
ま、味気の無いお粥は置いておいて次の皿へと行くとしよう。
次に、お粥が入ったお茶碗の隣に見える皿に乗っているのは、じゃがいもで作られた、吹かし芋。
「……?」
何だ、吹かし芋って。
アジの煮付けときて、お粥ときて、次に吹かし芋?
何だ?まったく関連性が見つけられないぞ……。
もしかして、私の意表を突く作戦、なのか……?
そう思うとこの料理を作った人物、かなり出来るな……。
まぁ、どうせなら吹かし芋に調味料もセットで置いてあると完璧だったのだが。
と、まぁ、そんなことを考えている場合ではないな。
「気にしない、気にしない……」
さて、では気を取り直して次へ行こう。
次はうどんだ。
「うどん、うどん……?」
ふうむ、なるほど……。
和食、和食、芋、和食の順番と来たか。
そして初めての麺類にして、二つ目の炭水化物。
芋も含めれば3つ目の炭水化物である。
ご飯と併用して食べろというのか……。
それはさすがに私のお腹が持たないな……。
「うーん」
これを一気に食べれるのは力士か、フードファイターか、かなりの大食いだけだ。
一目見て分かるのだが、私の体は非常に細身である。
街中で私は太っているか、痩せているか、というアンケートを取ればほぼ百パーセント
痩せていると答える人が大半を占めるだろう。
なのにこの料理の量だ。
まさか、この料理を作った人物は私のことを知らないのか・・・?
もし……もしもだ。
この料理を作った人物が私のストーカーであれば、そんなオーバーに料理を作るだろうか。
ましてやお粥に三つ葉を乗せるほどの几帳面な人物だ。
この量を私が食べることが出来ないと踏まえて作るのは必然ではないだろうか……。
「いや、でも……」
私は深々と目を閉じた。
吹かし芋を作った人間だぞ……。
果たして本当に几帳面と言えるだろうか……。
ふかし芋はただ芋を茹でるだけのシンプルな料理。
悪く言えば手抜きと捉えることも可能だ。
実はこの料理を作ったストーカーは、自分が不器用なせいで
気に入られないかも、嫌われてしまうかも、と考えているのかも。
だからちょっとした細工をして、私に自分を几帳面だと思わせようとした……。
「なるほど、なるほど……」
確かに私は几帳面な人間が好きだ。
ストーカーが私のことを調べ上げていて、そのことを知っている可能性は十分にある。
だとするとより一層、私のストーカーがこの料理を作った、という可能性が高くなる。
この考えが合っていればストーカーの人物像が徐々に見えてくるな。
とにかく不器用で、要領が悪い。
そんなイメージが頭の中に沸いてきた。
私はストーカーの顔をイメージしつつコーヒーのカップを手に取る。
そしてコーヒーを口に運んで一息つくように天井を見つめた。
まぁ、とりあえず推察出来るのはここまで、ということにしておこう。
ではこの件は一旦置いておき、他の料理へと話題を移すことにしようか。
まだ料理は三つ、残っている。
私はうどんの横にある皿を手に取った。
「ふむ、おにぎりか、おにぎり……」
…………
……
おにぎり!?
いや、待て待て……!!!
私は思わずおにぎりの乗った皿をテーブルに置いて、頭を抑えてグルリグルリと
テーブルの周りを歩き回った。
何故お粥があるにも関わらずおにぎりが用意してあるんだ……!?
それも四つ……!
確かに和食と言えば白米だ……。
しかし、これはあまりに多すぎるのではないか……!?
何だ、不器用アピールなのか……?
いや、几帳面に見せる作戦があると考えたのは私だ。
そんなアピールをするはずがない……。
だがしかし、これはあまりにもミスマッチだ……!
どういうことなんだ……この人物は一体何がしたい……?
私の胃を破壊する気なのか……。
い、いやいや待て。
落ち着くんだ……。
まだ料理は二つ、残っている。
それに希望を託してみよう。
そうだ、そうしよう……。
きっとストーカーなりのギャグだったんだ……。
「ふぅ……」
私は何回も深呼吸を行う。
よし、心の準備は完璧だ……。
気を取り直して次の料理へ行こう……。
大丈夫、大丈夫……。
…………よし!次は!
「カレーライス……」
ぐ、ぐはああっ……!
私は胃をえぐられるような錯覚に陥った。
カ、カレーだと!?
それに、カレーはカレーでもご飯付きのカレーライスじゃないかっ!
お粥!おにぎり!カレーライスッ!
炭水化物多すぎだろうがオイ!
私はテーブルに置いてあったトーストを噛み千切って悔しそうに天を仰いだ。
あ、あまりのミスマッチングの応酬に私の胃と頭が破裂しそうだ……。
「ぐぐっ……」
いや、でも、でもまだ料理は一つ残っている!
最後こそ、最後こそ私を納得させる結果が待っているはずだ……!
さぁ、最後は、最後は……!
…………
……
…
「枝豆……」
……
…………
……。
酒のつまみ……?
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次の日。
私は結局あの大量の料理を食べることなく日をまたいでしまった。
この日もいつものようにコーヒーとトーストを用意し、新聞紙片手に私は天井を見上げている。
あの料理たちは非常に良い出来で美味しそうなのだが、やはり誰が作ったのかも分からない
料理を食べるのは気が引けた。
あの料理たちはまだ冷蔵庫の中にひっそりと眠ったままだ。
これからあれをどう処理するか。
捨てるのも何だか悪い気がするし……。
まったく、ありがた迷惑とはまさにこのことか……。
「はぁ……」
朝一番にも関わらずため息が零れ落ちた。
いやしかし、この日もどうも府に落ちないことが山積みである。
何でだろうか。
また、冷蔵庫の中身が増えているのだが……。
少しして、私はさらに新規で増えた料理をテーブルに並べていた。
また……またである……。
今度は四品。
セロリスティックに酢昆布、シーザーサラダにさつまいも、そしてバニラ味のソフトクリーム。
見ただけでも分かるが、今日のラインナップは昨日の路線とガラリと見栄えが変わった。
野菜中心のあっさりとした料理が多い。
この料理を作った人物が、私の冷蔵庫の中身を見て私が料理を食べていないと言うことを知り、
軽い料理に変えたのだろうか……?
とりあえず料理を作った人物は非常に極端な人間だということが分かる。
やはり不器用な本質を隠すのは無理のようだな。
「うむ……」
……しかし……。
今回も他の件で突っ込みどころ満載なところばかりだ。
まずは白いソフトクリーム。
通常、ソフトクリームやアイスクリームというのは「冷凍庫」と呼ばれる場所に
入れるのが一般的だ。
しかし、この人物は何故かソフトクリームを「冷蔵庫」に入れているのだ。
おかげでソフトクリームは完全に溶けてしまっていて、セットで付いていたコーンは
溶けたソフトクリームの中で原型を留めることなくフニャフニャになってしまっていた。
これじゃあソフトクリームじゃなくて、バニラジュースじゃないか……。
とても食べ……いや。
飲めたもんじゃない……。
もしかしてこの人物、ソフトクリームを食べたことが無いのか……?
いや、こんなに料理が出来るんだ。
ソフトクリームの存在を知らない方がおかしい……。
まさか、天然を装っている、とか……?
もしそうだとしたらこの人物は一体どの路線へ向かおうとしているのだろうか……。
まぁ、そんなことは良いんだ。
問題はまだ、もう一つある。
それは、さつまいもだ。
まただよ、また芋だ。
この人物はどんだけ芋が好きなんだろう。
昨日のふかし芋といい、今日のさつまいもといい……。
素材も多少偏っているのは間違いないな。
ん、でも待てよ。
素材が芋に偏っている、とすればだ。
もしかして、もしかすると……。
私は嫌な想像を働かせながらも、先程の溶けきった白いソフトクリームの皿を手に取った。
そして念入りにその白い液体を見つめて、慎重に匂いを嗅いだ。
「この匂い……!」
私は驚愕した。
この甘い匂い、確かにソフトクリームだ。
しかしこれは明らかにバニラの匂いではない……!
芋だ!
何だ、何なんだ!これは!
芋が好きなのは分かる。しかし、何でわざわざ芋味のソフトクリームを作るんだ……!?
この人物の思考がよく分からない!
料理を知っているのか知っていないのか、それも曖昧な感じだ。
正直何を考えているのかがまったく読めない人物と言っていいだろう。
「うーん、難しいな……」
私はガクリと頭を落とし静かにコーヒーを口へと運んだ。
しかし、二日連続で続いたこの謎の冷蔵庫事件も謎が深まるばかりだ。
ストーカーか、そうじゃないのか。それも分からないままだし……。
何か、手がかりは無いものだろうか……。
考え込みながら目を瞑る私の頭の中には、昨日の出来事と
今日の出来事が蘇ってくる。
料理、冷蔵庫、ストーカー……。
新たに導き出せるこの謎のヒント、それを私は必死に頭の中で考えていた。
何か、何かがあるはずだ。この謎を解く、何かが……。
………………
…………
……。
その時、私の頭の中にある一本のロジックが通った気がした。
「そうか、もしかして……!」
私は急いで冷蔵庫から昨日の料理を取り出した。
そしてそれを、これまた慌てたように急いで、ある順序に並べなおした。
「なるほど、な……」
私は納得したように眼鏡を上げた。
そして勝ち誇ったように腕を組み、小さな笑みを浮かべるのだった。
一見、何の関連性も無いように見えるこの料理たち。
しかし、ある法則によって、この料理たちは一つに繋がっていたんだ。
至って単純明快。
その法則とはズバリ、五十音順だ。
別名「あいうえお順」とも呼ばれる。
昨日の料理を思い出して欲しい。
昨日、私の家の冷蔵庫に入っていた料理は……。
「アジの煮付け」、「お粥」、「吹かし芋」、「うどん」、「カレーライス」、「枝豆」。
これは一見何の関連性も見当たらない料理たちだ……しかし。
これをある順序によって並べると……。
「アジの煮付け」、「吹かし芋」、「うどん」、「枝豆」、「おにぎり」、「カレーライス」。
頭文字が五十音順、またの名をあいうえお順となるのだ。
無論、「吹かし芋」は「芋」と読むことを仮定している。
こう考えると今日、冷蔵庫に増えた分も五十音順となっている可能性があった、が。
勿論、それも解決済みである。
「さつまいも」、「シーザーサラダ」、「酢昆布」、「セロリスティック」、「ソフトクリーム」。
と並べれば、見事に「サ行」の完成である。
しかし、この考え方にはちょっとした疑問もあった。
もしこう考えた場合。すっぽり「か」、から「こ」の四文字が抜けてしまっているのである。
ア行とサ行は完璧に並べ終えた。
しかし、カ行だけが中途半端に残ってしまっている。
「どういうことなんだ……」
私の考えが間違っている、ということなのか……。
「うーん……」
私は再度、頭を悩ませた。
良い答えが出せたのだと思ったのだが……。
そう思いながら私はふと、おにぎりに目線が行く。
「んー……」
おにぎり、おにぎりか……。
私はおにぎりを見つめて考えた。
何処かに何かしらヒントがあるはずだ。
それを考えれば自ずと答えは見えてくる……。
おにぎりは全部で四つ……。
全て均一の大きさで海苔が巻かれている。
……しかし海苔は関係ない。
とすると……。
……
四つ……?
「待てよ……」
私はハッとしておにぎりの乗った皿を持ち上げた。
「足りないのは四文字、おにぎりの数も、四つ……!」
私はもしかしてと、急いで全てのおにぎりを半分に割った。
中にはそれぞれ違う具が見える。
きんびらごぼうに、栗、おかかに昆布……!
「これだ……!」
これで丁度カ行の、キからコまでの頭文字が見えた。
しかし、おかかだけは何とも府に落ちない・・・。
「き」、「く」、「こ」、が出揃った今、何故また「お」……?
いや待てよ……。
これは「おかか」と呼ぶのではない……。
「削り節……」
そうだ、削り節だ……!
おかかではなく削り節!これで説明がつく……!
「よし……」
私はコーヒーを一口すすって安堵の表情を浮かべていた。
まだこの謎は完全には解決していないが、散らばった謎の欠片は
少しずつ私の手の中に集まりつつある。
しかし、これが意味することとは一体何なのだろう。
ア行から順番に料理が冷蔵庫に入れられていく。
こんな手間をただのストーカーがやるとは思えない。
と、すると。
これはストーカーではない他の者の仕業……?
「うーん……」
私は腕を組み空を仰いだ。
今こんなことを考えても仕方が無い、か。
結局、いくら考えても誰がこの冷蔵庫に料理を入れているのかは分からない。
私はこの謎を残した人物が誰なのか、ということを考えるのをやめた。
と、なるとだ。
やはりこの謎の法則性について、もう少し深く考えてみる必要があるな。
一見意味も無いような料理の法則性か……。
五十音順……これが意味するもの……。
意味するもの……。
……
「ん……」
私は小さなあるひらめきに眉をピクリと振るわせた。
実はこの法則性、こう考えることが出来るのではないか。
「ん」に到達した時にはどうなるのか、と……。
このまま五十音順に進んでいけば、勿論最後には「わをん」の列へたどり着く。
ここに行き着いたその時、この謎の冷蔵庫事件は一体どうなる?
もしかして、答えは五十音順の最後にたどり着いたその時、分かるのでは無いだろうか。
「……だとすると。」
あと少し、一週間程度待てば謎が分かるということになる。
「よし……」
私は目を瞑ってこの謎を冷静に考え、結果、冷蔵庫の謎を
少し放置してみようという考えに踏み切った。
料理の頭文字が「ん」に到達したとき、何かが変わる……。
きっと、何かが変わるはずだ。
しかし……。
一つ大きな問題がある……。
「この大量の料理……どうしよう……」
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次の日。
この日も結局、冷蔵庫の中身は新しい料理で埋め尽くされていた。
勿論、私の推察通り今回は料理の頭文字が全てタ行のものが入れられていた。
この推理が当たって私は喜びを隠し切れない。
しかし、この今まで出てきた大量の料理たちを、私はどうしようかと非常に迷っていた。
誰が作ったかも分からない料理たちだが、立派に作ってあるところを見ると
どうも捨てるという選択肢に至らない……。
そんな悩みに悩んだ私は、結局。
怖いと思いながらも料理を食べてみることにした。
まずは恐る恐るカレーを一口。
渋い顔で口を動かしたが、徐々にその顔が
驚きの表情へ変わっていくのが自分でも分かった。
「美味しい……!」
そう、実に美味だったのである。
私は次々に他の料理へと手をつけた。
そんなことをしていく内に結局、ほとんどの料理を一日で平らげてしまった私は、
戸惑いの反面、次の日の料理も密かに心の中で楽しみにしているのだった。
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数日後。
タ行の料理が冷蔵庫に入れられてから二日が経った。
相変わらず、過ぎた二日間の間でも今までと同じように冷蔵庫の中には料理が入っていた。
ナ行の料理と来て、この日はハ行の料理。
白米、冷麦、フライドチキン、へぎそば、ホットドッグという感じ。
それにしても、相変わらずバランスの悪い選び方だ……。
麺類が二つにパンにご飯。
炭水化物の目白押しである。
これはどう食べたもんか……。
とりあえず冷麦とへぎそばは普通に食べるとして、問題は白米。
おかずがまったく乗っていないただの白米なので単品で食べてもすぐ飽きてしまうだろう……。
まぁ、唯一おかずになりそうなフライドチキンと一緒に頂くとするか。
「よし……」
今日も美味しく頂きます、と。
私は行儀よく椅子に座り、料理に一礼をして箸を動かした。
冷麦、美味しい。
へぎそば、美味い。
ホットドッグ、美味……。
やはりどの料理を非常に美味しい。
これは箸が進む進む。
私は大喜びで口に食べ物を運んでいく。
しかし、この大量の料理を食べながら私は、自分の心配をするのであった。
ここ数日、私は過度に食べ物を食べ過ぎている……。
実は最初に冷蔵庫の中に料理が入っていた時から比べると五キロ程体重が増えてしまったのである。
これだけ大量に料理を食べていれば誰でも想像できた結果だが……。
まぁ、太ってしまったのは仕方ない。
元々私は痩せているから少しぐらい太っても大丈夫だろう。
私は箸を動かしながらニコリと笑い、おもむろに料理を食べ続けるのだった。
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さらに次の日。
この日は麻婆豆腐に味噌ラーメン、蒸しパン、明太子にもずく酢。
うーん、実にマ行。
メジャーな物から選択が渋いものまで多種多様だな。
出来れば明太子と一緒に食べれる主食が欲しかったが……。
「あ……」
もしかして昨日の白米は……今日の明太子の為に……?
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さらに次の日。
この日は私にも予期せぬ異常事態が起こってしまった。
突如、私のお腹に激痛が走ったのだ。
私はトイレに籠もったまま何でこんな状況になったのかを必死に考えた。
「くっ……腹が……」
そんなことを考えている間にもお腹はズキズキと痛む。
何で……何で……
……
……ズキッ!
ハッ……!
その時、激痛の瞬間に、ある新聞記事が脳裏に過ぎった。
「そういえば……」
5日前の新聞の記事に、新種のウィルスの記事があったな……。
その名もニオルデウィルス……。
まさか・・・そのウィルスが料理の中に潜んでいたんじゃ……。
何処だ……!
昨日の料理か・・・!?
入っていたとしたら麻婆豆腐か味噌ラーメンだろう。
あれには大量の野菜が入っていたからな……。
な、何にせよ……不覚だった……。
「っ……!」
……それにしても、痛い……!
お腹が引き裂かれるように痛い……!
し、しかしあのウィルスは加熱すれば息絶えるはず……。
普通に料理をすれば何も問題ないはずなのに……。
何故残っていたんだ……。
ま、まさか!
この謎の料理たちは……!
新種のウィルスの力を確かめるための人体実験だったんじゃ……!
だ、だとすると・・・!
今までの料理にも、入っていたということなのか……!
「く、くそぉ……!」
……。
数時間後。
「ふぅ……」
どうやら……。
ただの食べ過ぎだったらしい。
トイレにしばらく篭って出すものを出したら、
すっかりお腹はスッキリしてしまった。
まぁ、よく考えれば食べすぎだったし、ここ数日トイレも
あまり行ってなかったからなぁ……。
なんにせよ、良かった良かった……と。
あ、そういえば。
忘れていたが、今日の料理を食べよう。
ちなみにこの日の料理は「ヤ」行で、ラインナップは焼きそば、湯豆腐、よもぎ餅だった。
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次の日。
この日は料理を食べる前に家の玄関へと来ていた。
実は、前々から玄関の扉が壊れて開かなくなっているのだ。
扉を直してくれる業者に電話を掛けようとしたが電話もなぜか繋がらないし、
本当にどうすればいいのか……。
これでは家に閉じ込められているのと一緒である。
とにかく、家で出来ることがないからひたすら料理を食べ続けているわけで、
本当に暇というかなんというか……。
とにかく今日も冷蔵庫の中身を確認して朝食を食べることにしよう。
この日は「ラ」行。
らっきょう、りんごパイ、ルッコラ、レモン、ロールケーキという品揃えだった。
いや、それにしても……。
やはり極端だな。
今回は主食と呼べるものが一つも無い。
どちらかと言うと、デザートが多いか……。
ルッコラ単品に関しては……どう食べればいいんだ……。
ハーブなんだぞ、これ……。
「うーん」
まぁ、らっきょうをつまみながらじっくりと考えるとするか……。
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そして……運命の日。
私はこの日、自分でもビックリするぐらい朝早く起きた。
いや、正確には緊張して眠れなかったというべきか……。
とにかく、この日という日を待ち焦がれていた。
私は、冷蔵庫を開ける為の心の準備を行う。
何度もラジオ体操をし、何度も深呼吸を行った。
ついに……ついにこの日がやってきたんだ……。
今日は五十音順、最後の列となる「わ」行の日である。
今まで大量の料理が私の冷蔵庫の中に入れられてきた。
その謎に私は今までずっと頭を悩ませ、考え抜いてきた……。
それも今日で終わる……!
全ての謎が……全ての謎が明らかになるんだ……!
私は何度も何度も深呼吸を繰り返して、自分を平静に保った。
そして、全ての心の準備を終え、手を震わせながらも、冷蔵庫の扉に手をかけたのだった。
「ゴクッ……」
緊張に私は息を飲む……。
これで……これで終わる……!
これで……終わるんだ……!
……。
ガチャッ……!
私は勢い良く冷蔵庫の扉を開けた!
…………
……。
「…………?」
あらわになる冷蔵庫の中身。
その中にはある料理が一つ、冷蔵庫の隅に目立たないように置かれていた。
私はそれを見て思わず唖然とする。
わ、わ、わ……。
「…………わんこそば?」
私はそのそばの入った小さなお椀を手にとって首を傾げた。
最後の料理が……これ?
わんこそばというのは通常、小さなお椀に少量のそばが入っていて、
それを完食したら担当の人がすぐさま空になったお椀に新たなそばを
入れてそれを繰り返す……という料理のはず……。
しかし、これは・・・。
お椀に少量のそばが入っているだけ……。
これじゃあ、わんこそばとは言えない!
単なる少量のそばだ!
私はあまりに拍子抜けする最後の料理に、思わず跳ね上がった。
そして、小さなお椀に入っていた少量のそばを怒りをぶちまけるように
一気に口に放り込んだ。
それを私は目を瞑ってじっくりと味わう。
最後の料理……これが、最後の……。
くそっ、何でこんなに悔しいんだろう……。
何で目からこんなに涙が溢れるんだろう……。
何でこんなに悲しいんだろう……。
「めちゃくちゃ……美味しいじゃないか……」
私は最後となるこの料理を本当に時間をかけて味わった。
もう、終わる……全てが……。
全てが……。
……。
その時、私の頭上で大きな振動と同時にとてつもない衝撃音が鳴り響いた。
「な、何だ……!?」
私はあまりの大きな揺れにその場に倒れこむ。
そして、怖いと思いつつも何故か明るくなった天井を見上げるのだった。
そこには、目を疑うような光景が……。
なんと、とてつもなく大きな二人の人間が、こちらを不思議そうに見つめていたのだ。
片方は妙に体が赤い。
そしてもう片方はこれまた妙に体が青い。
「あれ、そんなに大きくなってないじゃないか。」
青い人間の方がそう言って眉をしかめた。
これは……なんだ……?
困惑する私を尻目に二人の大きな人間は口論を始める。
「炭水化物を与えれば太るって参考書に書いてあったんスけど……」
「たんすいかぶつ?お前!じゃあ昨日の料理は何だったんだよ!まったくもって炭水化物じゃなかっただろ!」
「い、いやだって……。ラ行の炭水化物、思いつかなかったんですもん……」
「この、馬鹿野郎!」
「ひぃ!すいません!おかしいなぁ、50音順を目安に料理を食べさせれば太るって説明書に……」
私はその大きい人間たちのやり取りに思わず唖然としてしまった。
人間、同じ人間なのか……?
それにしては、あまりにも大きすぎる……。
それに、さっきの会話も訳が分からないぞ……。
「……あっ」
その時、私はその大きな二人の人間の頭上にあるものが
付いていることに気が付いた。
「つ、角……?」
角らしきものが付いている……。
つ、つまりあの大きな生き物は人間では……ない?
だとすると……。
角が生えていて人間の形をしているものといえば……。
「お、鬼……?」
私は混乱した。
この世に……鬼なんているわけない!
現実的な話ではなくなっている!
その時、二人の鬼がいきなりこちらに振り向いた。
私は思わず、その二人の視線に腰を抜かす。
赤鬼はジロジロと私を舐め回すように見つめると、
おもむろに空を眺め始めるのだった。
「おい、もう少し大きくするまでコイツはお預けだ。これじゃあ腹の足しにもならん」
「ごめんなさい!もう少し飯を与え続けます……。」
そう言い残した腰の低い鬼は、静かに家の天井を手に取る。
そして、何事も無かったかのように、その天井を閉じるのだった……。
一人残された私はしばらく途方に暮れていた。
私は……私は……これからどうなるんだ……?
あの鬼のような二人……。
あの二人は私を食べようとしていたのか……?
ぎゅっ。
「あ、痛い!」
私は夢であることを願って自分の頬をつねった。
しかし、願いは叶わず頬の痛みはしっかりと感じ取れた。
夢でもない、ということは……。
信じられないが現実ということになるな……。
「は、ははは……」
私は不気味に笑いながらも、冷蔵庫に残っていたらっきょうを一つ、
手に取るのだった。
そして天井を見上げて静かに目を瞑った。
とりあえず、これは緊急事態だ。
クヨクヨなんてしていられないだろう。
このままではあの二人に食べられてしまうことは明白だ。
このらっきょうをつまみながら、此処からどう脱出するかを
じっくりとそして迅速に考えるとしようか。
私はらっきょうをおもむろに頬張って顎に手を当てた。
そしていつものように考える……。
「えーとまずは出口の確保だが、はてさてどうするかなぁ……。
あ!あそこから抜け出せるだろうか……?」
………………
…………
……。
~冷蔵庫の謎 終わり~ 執筆 2013年5月24日
短編小説 『冷蔵庫の謎』