庭にマグマができました3。

「お腹に子供ができました」
「はい?!」
 妻が玄関に出迎えているのを見て、またとんでもないことを言うのだろうと身構えていたのだが、妻の言葉は私の想像をはるかに凌駕するものだった。
「子供って、誰の子?」
 私がそう言うと、妻の眉間に氷河のクレバスのような深い溝ができた。
「あなたと私の子です」
 その通りだ。私は驚きのあまり、なんて愚かな質問をしてしまったのか。
「もう3ヶ月目らしいです」
「3ヶ月?」
 私はそんなに長いこと、妻の妊娠に気づかなかったのか。
 3ヶ月と言えば、ウニだとプリズム幼生期くらいではないか。
「それで僕はどうすればいいのかな」
 私の言葉に、妻の眉間のクレバスがさらに深くなった。
「聞かなきゃ分からないの」
「すみませんでした」
 その通りだ。私はなんて愚かな質問をしてしまったのか。
 数秒前と全く変わらぬ反省が頭をよぎった。

 夕食の後、私と妻はテーブルに向かい合って座っていた。
「今日、病院に行ったら、お医者さんから体に負担をかけないようにと言われたの。だから、あなたにも家事を手伝ってほしいの」
「分かりました」
 私は妻をこれ以上怒らせないように素直に従う事にした。
 大体、楽器屋の仕事は楽だし、残業もない。
 家事の一つや二つ増えたところで全く差し支えない。
「まずは買い物」
「はい」
 重いものを持つのは胎児にとっても、妻にとっても良くない。
 これは私がやるべき仕事だろう。
「それと皿洗い」
「はい」
 冷たい水を触るのも、体に良くない。
 これももちろん私の仕事だ。
「あとは掃除と洗濯とゴミ捨て、それに……」
「ちょ、ちょっと待って」
 私が話をさえぎると、妻は不機嫌な目をこちらに向けた。
「何よ」
「それはあまりにも多すぎるんじゃないかな。とういより、それだけやったら他に家事なんてないんじゃないの」
「マグマの保護及び観察」
「……」
 なるほど。それは確かにかなりのウェイトをしめているかもしれない。
「でも、僕だって仕事があるし、全部やるってのは厳しいと思う。もちろんお腹が大きくなって大変になったら僕がするからさ」
「うーん」
 妻は腕を組み、黒目を上に向ける。
 私は必死だった。
 ここで引いてしまっては、私の自由な時間が一切なくなってしまう。
「分かったわ。確かにいきなりこれだけ家事をお願いするのは無茶だったわ」
 私はほっとした。やっぱり話せば分かるものだ。
「じゃあ、とりあえずは買い物と皿洗いと掃除、これだけよろしく」
「……」
 さりげなく、かなりの量の家事を任されたような気がする。
 でも、マグマの保護及び観察がないだけましかもしれない。

「子供ができた?!」
 楽器店に店長の叫び声が響いた。
 冷やかしに来ていた客が、その声に驚き、そそくさと店を出て行った。
「妊娠3ヶ月目らしいです」
「本当か?! いやあ、お前に子供がなあ」
 店長のいかつい顔から笑みがこぼれた。
「こうしちゃいられねえ。今日は祭りだ、祭り」
 そう言うと、イスからバッと立ち上がり、持っていた音楽雑誌を投げ捨てた。
「酒だ酒、今日は全て俺のおごりだ」
「ちょっと……」
「そうだ、前にいい酒が入ったんだ。山口のお酒でさあ、これがおいしくてよ」
「店長……」
「ちょうど2階の倉庫に置いてたんだ。今持ってくるからちょっと待っとけ」
「店長!!!!」
 私が叫ぶと、店長の体はビデオの一時停止のように固まった。
「まだ、営業時間中です」
「はい……」
 店長は叱られた子供のようにしょぼくれて、イスに座りなおした。
「そっか、お前に子供がなあ……」
 音楽雑誌を再び読み始めた店長は目を細めてにやけていた。
 こんな時間から酒を飲みだすのは困るが、自分のことのように喜んでくれる店長を見て嬉しくなった。
「でも、店長。子供ができた途端に何だか妻が我儘になった気がして。危うく家事を全部押し付けられるところでした」
 実際は半分は押し付けられてしまったのだが。
「我儘だあ? お腹に子供がいるんだから少しくらい多めに見てやれよ」
「確かにそうですけど」
「それに子供が産まれたら嫁は女じゃなくなるんだから、今のうちに自由にさせてやれよ」
「女じゃなくなる?」
「ああ、そうだよ」
 店長は小指で耳の穴をほじくりながら、大きくあくびをした。
「じゃあ、何になるんですか」
「それは、母親だよ」
「母親……」
 私はこの前テレビに出ていた、ひょう柄の服を着て紫色に髪を染めたおばちゃんを思い出した。
 その人はデパートのバーゲンセールの時に、人ごみを押しのけながら野獣のような咆哮をあげていた。
 あれが母親というものなのだろうか。
 確かにあれは女ではない。人間かどうかも危ういところだ。
「まあでも、嫁さんの喜ぶことでもしてやれば良いんじゃないかな。そうすりゃ、機嫌が良くなって我儘もなくなるんじゃないか」
「なるほど」
 私は妻が喜びそうなことを考えてみた。
 マグマをもう一個増やしてみようか。それこそ面倒な仕事が増えそうだ。 

 家への帰り道、妻が喜びそうなことを必死に考えていたが、全然思いつかなかった。
 3年間も一緒に過ごしているが、彼女の考えていることはいまだに分からないことが多い。
 本人に直接聞いてみようか。
 そんなことを思ったが、それこそとんでもない我儘を言われそうだ。
「旦那さーん」
 背後から声が聞こえたので振り向くと、加奈がこちらに走ってきていた。
 両手にはスーパーの袋を持っている。
「こんばんは。会社の帰りですかー」
「はい、そうです。そっちは買い物ですか」
「そうなんです。スーパーのタイムセールでいっぱい買っちゃいましたー」
 加奈は買い物袋を肩の高さまで上げ、少女のようなあどけない笑みを見せた。
 背中には、赤ん坊のくるみが寝息をたてて眠っている。
 どうやら彼女の場合は子供を産んでも女のままだったみたいだ。少なくとも人間ではある。
 私たちは家までの帰り道を並んで歩いた。
 あまりに荷物が重そうだったので、私はスーパーの袋を一つ持ってあげた。
「僕の妻が喜びそうなことって何だと思いますか」
「奥さんの、ですか?」
 私の質問に加奈はうーんと唸った。
 BBQ以来、妻と加奈は毎日、女子会なるものを開いていた。
 もしかしたら私の知らない情報を聞き出しているかもしれない。
「マグマの話する時はすごく楽しそうですけどね」
 残念ながらその案はもう却下されている。
「他には?」
「他ですか。うーん。あ、そういえば結婚式をしたいなって言ってましたよー」
「結婚式?」
「はい」
 意外だった。
 私と妻は金銭面の理由で結婚式を挙げていなかった。
 妻ともその件については話し合いをし、それ以降は結婚式の話も出ることはなかった。
 納得したものだとばかり思っていたのだが、そうではなかったみたいだ。
「それじゃ、私はここで。荷物ありがとうございましたー」
 いつの間にか、加奈のアパートに着いていた。
「ああ、はい」
 私はスーパーの袋を渡し、加奈に別れを告げた。
 結婚式かあ……。
 私はその場に立ったまま、上空を見上げた。
 暗くなり始めた空に、一番星が輝いていた。
 
「名前どうしよっか」
 夕食を黙々と食べていた私は、妻の言葉に箸を動かす手を止めた。
「名前って、子供の?」
「うん」
 そうか、そういうことも考えないといけないのか。
 子供ができたというだけで浮かれていて、そんなこと頭に入っていなかった。
「そうだね。マグマ君なんてどうかな?」
 妻がギロリとこちらをにらんだ。
「冗談です」
 だめだ、だめだ。
 妊娠中はただでさえ精神が不安定なのだから、くだらないことを言ってはいけない。
「でも男の子か女の子かまだ分からないしね。いろいろと候補を考えたほうがいいかな」
 妻がひとり言のようにつぶやいた。
 私は妻のほうを見た。
 子供ができたら、この二人で過ごす時間もなくなるのか。
 この生活が永遠に続くものと思っていただが、そんなわけはないんだ。
 そう思うと、何気なく話している時間も貴重に思えてきた。
 そういう意味でも、子供が産まれる前に結婚式をしてあげた方がいいのかもしれない。妻が女でなくなる前に。
「結婚式をしないかい」
 夕食を黙々と食べていた妻は箸を動かす手を止めた。
「結婚式?」
「うん。僕ら式を挙げてなかったじゃない。子供が産まれちゃうとできないから今のうちにどうかなと思って」
 ふーん。彼女はご飯を口に運び、もぐもぐと咀嚼し始めた。
 気のせいか、いつもよりも噛む回数が多い。
「でもお金がないんじゃないの。前もそれが理由で挙げれなかったんだし」
「前、電車のつり革で見たんだけど、今は結婚式も数万円でできるらしいよ」
 最近ではお金がない人でも式を挙げられるように、安い価格のウエディングプランができたみたいだ。それくらいなら私の安月給でも何とかなる。
「でも私、呼べるような知り合いなんてほとんどいないし」
「少人数でやったらいいんじゃないかな。小規模の方がお金も安くつくだろうし」
 妻は人差し指をあごにあて、じっと考えていた。
 目線はテーブルの一点で止まっていた。
「そこまで言うなら、やっても良いかな」
 唇をすぼめて、すました口調で言った。
 やった。私は釣りで大物を引き上げた気分になった。
 彼女は無表情を装っていたが、頬がひくひくと引きつっていた。

「結婚式に参加してほしいんですけど」
 私が言うと、居眠りをしていた店長がバッと目を覚ました。
「結婚式? 誰の?」
「僕と妻のです」
「お前の? 何で?」
 店長が裏返った声を出す。目は半分も開いていない。
「実は僕ら、結婚式を挙げていなくて。子供が産まれるとできないだろうから、今のうちにしておこうと思って」
「ああ、そう。まあ、いいけど」
 店長は伸びをして、大きなあくびをした。
「それで、店長には司会をお願いしたいんですけど」
 伸びの姿勢のまま、店長の顔だけがこちらを見た。
「俺で、いいのか?」
「はい。ぜひお願いします」
 店長は立ち上がってこちらに近づき、バンバンと肩をたたいた。
「お前の頼みってんなら、何でもやってやるよ」
 店長は間近でどや顔を見せてきた。
 私は愛想笑いだけ返しておいた。

 結婚式については着々と決まりつつあった。。
 日にちについてはちょうど来月に結婚記念日があるので、その日にし、場所は自宅のリビングを使用することにした。
 参加者については三宅夫妻と店長を誘おうということになったのだ。
 結局、結婚式のプランも自分たちで決めることにした。
 数万円でさえ我が家では貴重だからだ。

「実はもう一つお願いがありまして……」
 私は店長の顔色をうかがいながら、慎重に言葉を続けた。
「何だ、言ってみろよ」
「結婚式で店長のバンドに演奏をしてもらえないかと」
 その瞬間、店長の目がきらきらと輝きだした。
「おう、任せとけよ。お前のためなら、一肌でも二肌でも脱いでやるよ」
「ありがとうございます。それと申し訳ないんですけど、予算がかつかつで演奏代金は払えそうにないんですけど……」
「そんなの構わねえよ。お前から金なんて取れねえよ」
 店長は再び、私の肩をたたく。
「ありがとうございます」
 私は深く頭を下げた。
 何だか分からないが店長はすこぶる機嫌がいいみたいだ。
 今なら何でも承諾してくれるのでは? そんな考えが頭をよぎった。
「最後に、結婚式でお金がかなり飛びそうなんですよ。なので給料を上げてもらえないですかね」
 私が言うと、店長は仏のような笑顔をこちらに向けてきた。
「それは、無理」
 ですよね。人生はそんなに甘くなかった。

 結婚式当日、タキシードに着替えた私は、洗面所の鏡にうつる自分の姿を眺めていた。
 タキシードは亮のものを借りたため、少し丈が長かった。
 ちょっと、みすぼらしいか。
 でも、主役は妻なのだから、そこまで気にする必要はないか。
「お、旦那さん。さまになっていますね」
 リビングに行くと、食事の配膳をしていた亮が、陽気な声を上げた。
「いえいえ。服に着られている感じですよ。それより何から何までありがとうございます」
「これくらい大したことないっすよ。お二人にはいろいろとお世話になっているので」
 料理は全て三宅夫妻が作ってくれた。部屋の飾り付けについても。
 この二人の協力がなければ、結婚式はできなかっただろう。
 ピンポーン。
 家にチャイムの音が響くのを聞き、私はすぐに玄関に向かった。
「おめでとさん、これはお祝いだ」
 玄関にはスーツ姿の店長が立っていた。
 両手に持った一升瓶をこちらに差し出してきた。
「ありがとうございます」
 私は一升瓶を受け取り、深々と頭を下げた。
「おめでとうございます。今日はよろしくお願いします」
「お願いします」
 店長の後ろに立つ二人の男が、低い声であいさつをした。店長のバンド、「アラフォーズ」のメンバーだろう。
 片方は長身で、髪の毛が肩まで伸びている。もう片方は背が低く、刈り上げた髪の毛は茶色に染められている。
 若作りはしているが、二人とも見事なビール腹だった。
「こちらこそお願いします」
 私はもう一段階、深々と頭を下げた。
「旦那さーん。こっち来てー」
 加奈の甲高い声が聞こえた。
「はーい」
 私は三人をリビングへ案内した後、加奈がいる部屋に向かった。
 彼女は、妻がウエディングドレスを着るのを手伝っているはずだ。
「どうしましたか」
 ドアの前に立っている加奈に言った。
 彼女はにやりと意味ありげな笑みを見せた。
「見たらびっくりしますよー」
 彼女はゆっくりとドアを開いた。
 私は部屋の中を見た。
 窓からの日差しで照らされた部屋の真ん中に、純白のウエディングドレスに包まれた妻が立っていた。
 いつもはほとんどしない化粧のせいか、非常に大人びて見えた。
「どう、かな」
 妻が上目づかいでこちらを見た。
 私は息を飲んだ。
 そして、おそらく世界中の夫が思うであろう言葉が、頭に浮かんだ。
「世界一きれいだよ」

「それでは、新郎新婦の入場です。皆さん拍手でお出迎えください」
 パパパパーン、パパパパーン。 
 店長のだみ声と共に、入場曲が高らかと鳴り始めた。
 リビングへ続く扉が開き、私と妻は拍手が響き渡る部屋に入った。
 パン、パン。
 クラッカーの音が鳴る。
 誰もが笑顔で、こちらに拍手を送っていた。
 私と妻はそそくさと所定の位置へと急いだ。
「それでは披露宴を始めさせていただきます。司会を務めさせていただくのは、私、浅間英世です。新郎との出会いはかれこれ5年前になりまして……」
「この料理おいしそう」
「あ、それ、私が作ったんですー。どんどん食べてくださいねー」
 店長の自己紹介も聞かず、皆は料理に手をつけていった。
「それではまず初めに、ケーキ入刀を行います。新郎新婦の初めての共同作業となります。カメラをお持ちの方はどうぞ前へ」
 机の上にホールのショートケーキが置かれた。
 このケーキは以前に妻がバイトしていた店で買ったものだ。
 妻と付き合う前、妻に会うために毎日200円のケーキを買いにいっていたことを思い出した。
 当時の給料だと、200円でさえ貴重なお金だった。
 私と妻はケーキ入刀用の包丁を握った。
 ケーキに向かって包丁を下ろし、真っ二つにした。
 カシャ、カシャ。
 いろんな方向から写真をとられた。まるで、芸能人になったみたいだ。
 妻はそれに答えるように、無表情のままでピースサインを作る。
 次はアラフォーズの演奏だった。
 彼らはバンドのオリジナルソングを2曲と、ウエディングソングを1曲演奏してくれた。
 妻は肩を左右に揺らしながら聞き入っていた。
 慣れない鼻歌までしている。
 私はというと、この演奏が近所に響かないだろうかという心配ばかりしていた。
「続きまして、フリートークの時間です。自由に新郎新婦に質問していきましょう」
 はーい。
 手を上げたのは亮だった。
「旦那さんはなぜ奥さんを選んだんすか?」
 その質問に皆の目が私に向いた。
「私は一目惚れだったんですけど、知れば知るほど見た目とのギャップに驚いて。それでもっとこの人のことを知りたいと思って」
 へー。
 一同が小さくうなづく。
「じゃあ、奥さんはなぜ旦那さんを選んだんすか」
 今度は皆の目が妻に行く。
「それは、この人なら裏切らないかなと思って」
 おー。
 ヒューヒュー。
 皆のはやし立てる声が部屋に響いた。
 私は驚いた。妻のこんな本音を聞いたのは初めてだった。
 妻のほうを見たが、その横顔はいつも通り平然としたものだった。
「いやあ、俺も妻と会ったのは20年前だが、一目あった瞬間にビビッときて……」
「あ、この料理、おいしい」
「そうでしょ。それは僕が作ったやつなんすよ」
 皆、店長の話を聞き流しながら、料理を食べ始めた。

 次にプレゼント交換が行われた。
 それぞれがプレゼントを持ち寄り、くじを引いて誰かのプレゼントをもらうというものだ。
 私が用意した安眠枕は店長のバンドの長身の人へと渡った。
 そして、妻が用意した小顔ローラーは私が受け取った。
 ちなみに、店長が用意した夫婦茶碗は、残念な事に店長のもとに戻ってきてしまった。
「それでは最後に、新郎から新婦へのメッセージです」
 部屋中に拍手が鳴り響いた。
 妻が驚いた顔でこちらを見た。
 このメッセージは式次第には本来なかったのだが、妻をびっくりさせようと私が内緒で追加したのだ。
 私はポケットから原稿を取り出し、咳払いを一つした。
「愛する妻へ。あなたと暮らし始めて3年が過ぎました。長いようであっという間な3年だったと思います。
私は今まであなたに何もしてやれず、よく風邪はひくし、下痢はするし、チンピラの上司の愚痴ばっかり言うし、本当に迷惑をかけました」
 てめえ、このやろう。店長が叫び、続いて皆がくすくすと笑った。
「こんなに頼りない、しょうもない夫なのに、あなたは毎日毎日文句一つ言わず私の帰りを待ってくれました。晴れの日も、雨の日も、嵐の日も、マグマが
できた日も、変わらず私のために料理を作ってくれました。感謝しても感謝しきれないです。普段は恥ずかしくてなかなか口に出しませんが、本当にありがとう」
 沈黙の中、皆の視線を感じて緊張が増した。私は一つ深呼吸をした
「子供ができたと聞いた時は心臓が飛び出しそうなほど驚きました。正直、今の気持ちは嬉しさ半分、不安が半分といったところです。
私が父親になるなんていまだに想像できません。立派な父親になれるかどうかは分かりませんが、家族3人の大黒柱になれるよう頑張ります。
これから先いろんなことがあると思います。言い争いや取っ組み合いのけんかもするかもしれません。それでもあなたと一生一緒にいたいです。
誰よりも優しくて、誰よりもかわいくて、誰よりもわがままなあなたを愛しています。こんな夫ですが、これからもずっとお願いします」
 言い終わって少ししてから、拍手が鳴り響いた。
 三宅夫婦は目に涙を浮かべていた。
 店長は声を出して泣いていた。
 私は隣にいる妻のほうを見た。
 私は目を疑った。
 そこにはウルトラマンがいた。
 正確に言うとウルトラマンのお面をかぶった妻がいた。なぜ?
「おい、ちょっと」
 私はお面に手を伸ばした。
 ぐずっ。
 ウルトラマンから鼻をすする音が聞こえた。
「……」
 私は手を引っ込めた。
 このまま、そっとしておこう。少なくとも3分間は。

「それじゃ、全員で写真とろうぜ」
 結婚式がつつがなく終わった後、カメラを片手に持った店長が言った。
「じゃあ、誰かとってくれよ」
 店長はカメラを差し出すが、誰も受け取ってくれない。
「店長さん、お願いしますねー」
「いやでも、俺も写りたい……」
「ばっちり良い写真をとってくださいね、店長さん」
「ちょっと待って……」
「店長以上に写真を上手くとるなんて誰もできないですよ。お願いします」
「はい……」
 彼はとぼとぼと部屋の隅へと歩いていった。
 私と妻を真ん中にして一同が並んだ。
「お前は何を突っ立ってんだ。新郎は新婦をお姫様抱っこする決まりだろうが」
 店長の言葉に、私は顔をしかめた。そんな決まりなんて聞いたことない。
 ふと隣にいる妻と目が合った。じっとこちらをにらんでくる。
 ええい、やけだ。
「ひゃあ」
 私は妻を両手で抱えあげた。
 重い。
 私の骨と皮だけの腕はプルプル震え、ヘルニア持ちの腰は今にも崩れそうだ。
「大丈夫?」
 妻が心配そうな目を向けてきた。
 私は無言でうなづいた。 
 これから私は妻と子供を支えていかないといけないのだ。
 これくらい耐えないといけない。
「はい、じゃあそのままね」
 店長が手を振りながら、悠長に言う。
「店長、早く!!」
 私は必死に叫んだ。腕も腰も足も限界だった。
「いくぞ。はい、チーズ」
 カシャッ。
 フラッシュの光が目にしみた。

 私はソースで汚れた皿を一枚一枚丁寧に洗っていった。
 今日のおかずはハンバーグ、汚れもいつもより頑固だ。
 結婚式をして妻の機嫌がよくなり家事をやらなくてすんだ、なんてことは一切なかった。
 相変わらず、買い物も皿洗いも掃除も私の仕事だった。
 けれども……。
「ねえ」
 私は皿を洗う手を止めて、振り返った。
 テーブルには、1枚の写真を眺める妻がいた。
 その写真は結婚式の最後にとられたもので、妻を必死な形相で抱きかかえる私と、目を真っ赤にし満面の笑みで私の両腕に抱えられる妻が写っている。
「もう1回やらない、結婚式」
「えっ!?」
 私はその言葉に、思わず皿を落としそうになった。
「冗談よ」
 変わらず写真を眺めていた妻の顔には、わずかに笑みがこぼれている。私はその顔をしばらく眺めていた。
 あの日から妻は変わった気がする。
 具体的に何が変わったかは分からないが、間違いなく良いほうに変わった。
 結婚式をやってよかった。心からそう思っている。
 本当にもう1回やっても良いくらい。

庭にマグマができました3。

庭にマグマができました3。

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-04-02

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著作権法内での利用のみを許可します。

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