【死をめぐる欠片】

 ひとつめの欠片とふたつめの欠片は百八十度の対立角にある。ゆえに両者は正反対である。と思われがちだが実は両者は同じ根から生じたふたつの極端である。
「対立、緊張」する両者を「自覚」に導くべく、みっつめの欠片が、両者に対してニ対一の角度に配置される。
「その瞬間」のために、みっつの欠片を配置します。


『アンズアメじゃなくってリンゴアメ』

 やあやあインターネットをのぞいてる諸君、こんばんは、時間がないので急いで書くね。
〈予知夢〉って見たことある?
 それかもっと普通に〈予感〉とかさ、たとえば「あ、この人これからこんなこと言うな」って前もってわかっちゃった、みたいなことって、ない?
 あと、あれ、なんていうんだっけ、そうだ、デジャヴだっけか、「前にもこれ体験したような気がする」ってあれとかさ、あるでしょ?
 ないかな?
 ぜーんぜんないよって人は、忘れっぽい人か、それか、まだ一周目の人なんじゃないかな?
 そういう経験のある人や、ないけどそういうのに興味アリって人に今夜、特別に教えたげましょう、あたしが死ぬ前に、大急ぎで。
 あれってつまりね、〈未来の記憶〉なんだよ。
 おどろいた?
 うん?
 ま、いいや、リアクション待ってる時間なんてないから、一方的に書いちゃうけどさ、さっき神様が来てね、で、あたしに言ったわけ。
「やり直す?」
 ってそう言ったわけ。

 首筋にぽこっとおだんごができたのが半年前、いたくもかゆくもないのでほっといたら、全身に悪いものがまわっちゃったみたいで、もう手術なんてしても意味なくて、放射線あびたりしてきたんだけど、全身いたくていたくてもうダメみたい、ってな今夜になって現れたんだよ、神様が、ほんとだよ。
 で言ったのだ。
「今夜でゲームオーバーなんだけど、どうする、もうやめる、それとも、もっかいやる?」
 ずいぶんライトな神様だけど、あたしの脳みそのレベルにあわせてくれてたのかもね、なんたって神様なんだから、親切なんだ。
「なにをもっかい?」
「人生を」
「アリ?」
「アリだよ」
 あたしは考えた。あのころにもどってやりなおしたいこと、あるよあるある、いっぱいある、トシヤと今度また出会ったら、アンズアメこぼしてデートだいなしにしたりしないでうまくやるよ、それから、首筋におだんごができたら、早めにお医者さんに行ってみてもらうし。
 ってそんなふうに思ったら、さすがは神様、口にださなくても思ったことはちゃんと伝わるみたいで、うんうんと首ふりながらこう言った。「おっけ、んじゃ、やり直し希望ってことで」
 ずいぶん簡単なんだな、だったらもっと前にやり直しとけばよかったよ。
 って思ったら神様はまた言った。
「やり直してきたじゃん? もう743回目だよ、あんた」
 なんですと?
「死ぬ日の晩に、いっつもオイラ、枕元に来てさ、尋ねてきたじゃん、742回もおんなじように、したらいっつもあんたってば、やり直すって言うんだもん、よく飽きないなって感心しちゃうよ」
「えー、そんなの知らないよ」
「そりゃそうだよ、忘れちゃうんだから」
「忘れちゃう?」
「そだよ、だってさ、未来の記憶を持ったままやり直すのってすっごいつまんないじゃん、だから、やり直しのスタート地点、つまり巻き戻した時点の、それよか前の記憶はそのまんまだけど、さかのぼったぶんの記憶はオイラがバクバク食べちゃうんだよ、そんでもって再スタートさせてあげてた、でしょ、思い出した?」
「あ、そういえば」
「ね、死ぬ三時間くらい前になるとちゃんと思い出すだろ?」
 そうだった、あ、そうか、しまった、あたしったらまたアンズアメ食べちゃったんだ!
「そだよ、あそこはリンゴアメが正解だったんだよ、リンゴアメにしとけば、角度は悪くなかったんだから、トシヤくんと結婚できたかもだし、したらストレスまみれでタバコふかしまくったりすることもなく、おだんごもできなくて、もうあとちょっと先までオイラに会わなくてすむ人生になってたかもしんないのさ」
 そうだった。なんであそこでいっつもアンズを選んじゃうんだろ。「よし、次はぜったいリンゴアメにするぞ」
「なあんて決意したってムダだよ、どうせその決意も忘れちゃうんだ、ま、でも描き直した人生が、今度はいくらかでも前より満足のいくものになるといいね?」
 さすがは神様、なんだかんだ言ってもやっぱ親切なんだ。
「さてと、んじゃ今回は何年何月何日の何時何分何秒まで戻す?」
「朝、目が覚めるときをつなぎ目にしなきゃ、みたいな、そんなルールとかあったっけ?」
「ないよ、ないない、いいかい、昨夜の自分と今朝の自分が睡眠で切り分けられてるのとおんなじように、一秒前の自分と一秒後の自分も、ワンフレームごとに切り分けられてんだからさ、どこでつないだって、一秒前までの記憶を残して一秒後から上書きの人生をはじめる、だなんてオチャノコさ、つなぎ目に気がつくこともなく、いつものようにカンタンにやり直せるよ?」
 センパイと付き合う三日前、いや、それともミズアメやさんの屋台の前にしようかな。
「わかってると思うけど、人生がもってる模様は変えられないし、だから出会う人との角度も変えられないよ?」
 そうだった、何度やり直しても、変えられるのはほんのささいな選択だけ、人生には見えないレールが敷かれていて、だから「あっ、こっちに行っちゃうとヤバいなヤバいな」とか思いながらも行かないわけにはいかなかったり、「この人を好きになっちゃダメ、ぜったいひどい目にあうよ」とかわかっているのに好きになっちゃったり、そんなことの繰り返し、未来の記憶をひょんなことから思い出しても「あ、なんかヤな予感」なあんて思いながら、結局はその流れにのみこまれちゃったり、してんだよなあ。
 思い切ってあたしは、あたしの生年月日を神様に告げた。
「ありゃ、はるばる始点までもどるのかい?」
「心機一転やり直したい」
「模様は変わらないんだぜ?」
「少しでもいい方向に、変えられる範囲で変えてゆきたい」
「ご苦労なこった」
 743回目だもん、今度こそうまく生きてみせる!
「おっけ、んじゃ、あと二時間半くらいで死ぬからさ、そのあと記憶まっさらにして、で、ママからオギャ、ってそれでいいかい?」
「うん」
「おっけおっけ、んじゃ、また今度死ぬときまで、さようなら!」

 と、まあそういうわけだ。って以上のことをインターネットに書き込むために、四十度超える熱で鉛みたいに重たい体をひきずって、あたしはがんばったってわけさ、ふぃー。
 おどろいた?
 すごい秘密でしょ?
 信じないの?
 それでもいいよ、神様は、あんたのとこにもきっとやってくるからさ、そのときわかるよ。
 モルヒネと眠剤もいい具合に効いてきたし、んじゃ寝るとしますか。次に起きたときはすべてを忘れてオギャってわけだ。
 ええと、なんだっけ、そうそう、リンゴアメ、アンズじゃなくってリンゴアメ、よし、リンゴアメ、リンゴアメ。
 てなわけでみなさんも、人生の手直しがんばってね、あたしもイチからがんばりなおすよ。
 んじゃね、おやすみ(^-^)/


『階段の幻想としてのタブレット』(『いま、ここにある』)

 宇宙、なんだろうか、真っ暗で、広大で、とほうもない。
 一段一段、あがっていた。
 けっこうあがってきたな、と振り返ると、はるか下から連綿と続いている階段。
 見上げれば、どこまで続いているのだろう、どちらにむかっているのだろう、果てしなく連なる階段。
 と、そんな幻想をもっていた。
 でも気がついたよ。
 自分を外から見てみたんだ。
 そしたら、真っ暗で広大な空間のただ中で彼の足は、タブレットをひとつ踏んでいた。その瞬間、右足がタブレットにのっていた。それだけ。
 左足を出した先にタブレットが現れる。左足がタブレットにのる。右足をタブレットから外す。するとタブレットは消える。右足を出した先にまたタブレットが現れる。
 いま、いま、いま、いま。タブレットはつぎつぎに現れて、つぎつぎに消えてゆく。
 階段なんてどこにもなかった。
 見上げた先にあるのは広漠としたスペースで、タブレットを現出せしめていたのは自らの一歩だった。未来なんて存在しないんだ。
 振り返ると、やっぱり広漠とした空間。過去なんてどこにもない。
 階段とは時間だ。
 前にも後にも時間なんてない。
 記憶。あるのは記憶だ。昨日があったという記憶。去年があったという記憶。それはお釈迦様がいらっしゃっただとか、キリスト様がいらっしゃっただとか、そういう史実と同じくらいのたしかさで記憶の中にのみ存在している。
 記憶はどこにある?
 いま、ここにある。
 書かれたり、作られたり、そんなふうにして遺されたもの、つまり物理的に証拠となる記録、そしてなにより体、新陳代謝を繰り返す体、それらが担保する同一性、という幻想。つらぬいてある、という前提。それが時間を担保していたのだ。
 日記や体はどこにある?
 いま、ここにある。
 同一性なきところに時間はない。
 逆に時間がなければ、同一性なんて問題にならない。
 際限がないからだ。すべてはひとつで区別はなく、主もなきゃ客もなくなっちまう。対象もなければ視点もない。オブジェクトなきところにアイズの生じる道理もない。
 でも、なのに、にもかかわらず、彼はいた!
 その瞬間の痛みとともに、その瞬間の匂いとともに、その瞬間の視界とともに。
 広漠としたスペースの中にいて、瞬間瞬間にタブレットとともに存在していた。階段なんてないのに。
 あがってもいなけりゃ、くだってもいない、いや、つらなってすらいないのに。
 刹那に、彼は、いる。
 よくわからないって?
 平たく書こう。
 覚えているかい?
 昨夜、眠りにおちる直前の自分を。
 注目してみてよ?
 今夜、眠りにおちる直前の自分に。
 そして翌朝において、眠りにおちる直前の今夜の自分が、どこにいるのか、それを考えてみてよ。
 眠りにおちる最後の瞬間の自分、彼を大事に、大事に愛してやってください。

 ある晴れた日に、天高くそびえる大樹の根もとに腰かけて、高校生だった僕は、ふと思って、以上のことばを日記に記した。
 それはどこにある?
 いま、ここにある。


『サードエンジン点火、まもなく体を切り離します』(『ウランエンジン点火、まもなく体を切り離します』)

 六、五、

 永遠の生、という幻想から覚めて、体を、まもなく体を切り離す

 四、三、

 解き放たれて、あらゆるしがらみから解き放たれて、自由になる

 ニ、一、

 今後知ることや認むるもの、その一切は、完全に君だけのもので、他者と、永劫に他者と、分かち合うことはない、つまり君は、

 零

 まったき孤独を手に入れた

【死をめぐる欠片】

【死をめぐる欠片】

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-06-24

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

Public Domain