僕の理不尽な毎日
夢をみているから、現実なんてわからない。ただ、ずっと色が無い灰色の世界。夜が、終わってくれない。
五月一日
最近、毎晩嫌な夢をみるので日記を書いて残しておこうと思う。嫌な夢は口に出せば本当にはならないと誰かが言っていて気がするからだ。
今日は鬼が出てきた。はっきりとは見ていないのでどんな鬼かはわからない。実家の玄関の擦りガラスの向こうに犬がきゃんきゃん吠えていたので、玄関の三和土からみていたら、音もなく黒いシルエットだけがぼうっと浮かんでいた。黒い影のそれは僕より身長が大きくて、二本の長い角がみえた。そいつは玄関のドアノブをガチャガチャすごい音を立てて何度もひいていた。怖くて近寄りたくなかったけど近づいて鍵を二つかけてチェーンロックをかけた。今日の夢はそこで終わった、真夜中飛び起きると普段かかないのに手に汗をかいていた。嫌な夢だ。ちなみに犬なんて飼ったことない。
五月七日
たのしいふわふわした夢をみていたはずなのに急に場面が変わる。今日は玄関の棚の上で飼っているセキセイインコがやけに騒がしいので目をやった。玄関とリビングに通じる廊下の扉にまた鬼のシルエットが浮かんだ。横を向いていた。茫然と立ち尽くしながら鬼の影を見るとこちらを向いた。扉に鍵なんてないのでリビングにいそいで逃げて電話をしようとした。110番をしたのにノイズだけしか聞こえなかった。今日はここで終わり。ちなみに僕はインコなんて飼ったことない。
五月十一日
なんだか変な夢をみる頻度が高くなった気がする。最近眠りも浅いし布団に入ってからなかなか寝付けない。そろそろ病院にいって睡眠薬でももらったほうがいい気がする。あるいは僕は精神的に疲れているのかもしれない。仕事で困ったこともないし人間関係も順調なのに。鬼が廊下に入ってきた。初めてみた鬼は黒い影のままの姿で、まわりに靄とノイズがかかっているような姿をしていた。夢のはずなのになぜかすごく怖くてリビングにまた逃げ出した。電話は無理だったから、リビングでお茶を飲んでいる母親に助けてくれと呼びかけた。近づいて肩をゆすってみると、マネキンだった。
そういえば母は僕が小さい頃に事故で死んでいた。
五月十七日
最近食欲がない。体重をはかったら4キロ減っていたのでさすがによろしくないと思って近くの精神科に行って訳を話した。医者は精神安定剤と比較的強めの睡眠薬を出してくれた。これで安心だ。
五月三十日
薬が効かない。寝れない。つらい。でもあの夢をみるよりまし。
六月十七日
鬼の姿をみる。リビングに来た。手に灰色の大きな包丁を持っている。叫びながらうなされて起きた。起きたらあまりの恐怖で泣いていた。病院に行ったら薬が増えて五種類になった。睡眠薬と安定剤が増えた。相変わらずストレスの原因はわからない。
ろくがつ
薬が効かない。あんなものただのラムネだ。お酒を大量に飲んでやっと普通に寝れる。体重は最初の頃から13キロ減った。
6
いま6がつだっけ かいしゃやめた つかれた おさけばっかりのんでる あさにならないとねれない くすりふやされた 七しゅるい つらい
6
いま何年だっけ おれ会社やめてからどれくらいたつっけ
6おかねない
6つらい はやくおわらせて
やっと終わりがきた。夢の中でリビングにまで追い詰められた僕は鬼をゆっくり見た。なぜかすごく怖かった。でもどうでもよかった。鬼は刃物を振りかざすまでもなく僕のお腹にゆっくりと刺した。痛みはなかった。灰色の包丁に血が溢れてつく。そのままじわじわ広がって床にも血がこぼれる。後で床の掃除をするのが面倒だと思った。
部屋はちらかり放題で、ごみをしばって貯めたままの袋で床がみえない。水ばかりのんでいる。薬と酒が唯一の栄養だ。部屋をノックする音が聞こえた。僕は一人暮らしなのに。何年かぶりに人に会えるのがうれしくて、はあい、と間抜けな声を出す。扉を開けたのは真っ黒い鬼だった。ぼくは嬉しくてにこにこ部屋の真ん中に立っていた。鬼が灰色の包丁でゆっくりお腹を刺す。血が溢れでるけどやっぱり痛くない。やっと終われるんだ。この夢も現実も。そう思った瞬間鬼が手首をぐい、と曲げる。包丁がお腹にねじこまれる。まっていたいいたいはなしがちがうぼくはそんなやめていたい吐いちゃう血がないぞうがぜんぶがいたいくちからないぞうで ああ
7/19 木
新しい就職先が見つかった。医者によると俺はほぼ正常に戻ったそうだ。長かった。最初に自分の記憶にない日記をみたときはおぞましい気すらした。自分でない自分がいるなんて認めたくなかったし「精神分裂病」つまり自分が「多重人格」であることなんて認めたくなかった。だけど結果認めたことが事態の向上に繋がったらしい。もう睡眠薬は必要ないし安定剤も減らしていくらしい。本当に散々だった。もう一人の自分なんてものが居たせいで俺の人生はもうちょっとで取り返しのつかないところまで変わってしまうところだった。お前はもう死んだんだよ。本当に憎いやつだった。俺の人生めちゃくちゃにしやがって。最後に話が違うって言ったな。その通りだよ。憎かったお前をこの手で殺して内臓をぐちゃぐちゃにしてやった。ざまあみろ。今手をみたらなぜか血がかわいてカピカピしていた。近くに柄まで血まみれの柳葉包丁と知らない女が転がっているが気にしない。どうせこれも夢なんだろうから。その証拠に110番した俺の電話口からは知らない男のどなり声しかきこえない。カーテンの隙間から光が漏れている。やっぱりこれは夢だ。遠くから耳障りでよくわからない大きな機械音と車が走っている音がするし。あ、やっと止まった。
俺の世界はいつも夜で色もなく灰色だったから、きっとこれは夢にちがいない。
なあ、そうだろう?
近くに転がっているマネキンみたいな女は死んでいるからなにも返してくれはしなかった。
僕の理不尽な毎日