Ⅵ February

February:1

「BIKESHOPの真木です。」
「ああ、こんにちは。お世話になります。」
「今、お電話大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
「ご注文頂いてましたバイクですが、もうお渡しできるようになりましたので。」
「えー早いですねぇ!」
「昨日メーカーから納車になって今日組みあがりましたので。もういつでもお渡しできます。」
「そしたら~土曜…今度の土日に伺おうと思います。」
「もういつでもお渡しできますから、大丈夫ですよ。」
「そうですか、そうですねぇ…はい、土日に取りにいきます。」
「はい、じゃ、お待ちしてます。」
「はい。ありがとうございました。失礼します。」

二月一日水曜日、昼休みになってすぐに真木くんが電話をくれた。
丁寧ながら、声の雰囲気がちょっと陽気な感じ。
声しか聞いてないのに、彼の表情がなんとなく想像できた。

日曜日に注文、

休み明けの月曜日にメーカーに発注、

火曜日に納車、

水曜日の昼に組み上がったと連絡。

真木くん…

はやいなぁ。

暫く寒くて乗らないから、ゆっくりで全然大丈夫というようなことを言ってたんだけど。
大体の日にち聞いてたらそれくらいに取りに行きますよとも言ったら、
次の週末にはお渡しできますってはっきりその時断言して、お電話しますよって。
連絡もらわなくても大丈夫だよ~風に言ったのに、電話くれるって言ったこと…
電話で、すぐに渡せるからいつ来てもいいよと言ったこと…
早くとりにおいでって意味に感じたり。

意味あるのかなぁ。
もういつでも大丈夫と言われたことがなんとなくひっかかって、
金曜夜に仕事帰りに行ってみようかと思いだした。
真木くん、何か考えがあるのかな。
この前は、来店してすぐに二階に来てくれたの、嬉しかった。帰りになにげに二人で話したのも。



金曜の昼休み、BIKESHOPのHPとツイッターを見ていると、イベント情報がアップされていた。
ホリデーライドと女子ライドについて、今週来週と予定していると。
今までこんなことなかった。
しかも、ホリデーライド、ニ月は毎週あってるようにアップされている。
実のところ、申込があれば毎週日曜にやっていることで、
わざわざイベント情報にのせることもない話だと思うんだけど。

“今週と来週”とデカデカと続けてアップされているのが気になった。
真木くんがこの前私とホリデーライドの話をしたから、アップしてくれたっぽい。
ホリデーライドにすぐ連れて行こうと考えてくれて、
いつでもロード受け渡しできるって真木くん二・三回私に言ったのかな。
そんなことを考え、土日に受け取りに行くと彼に言ったけど、
今日の夜、仕事帰りに取りに行くことにした。

一昨日電話をもらった時点で、“いつでも”って彼が言ったことが気になり、
なんとなく金曜に行こうとは思ってたんだけど…
てことは、今思うとやっぱり、彼がいつでもって強く言ったんだと思う。

店に着いたのは、もう閉店間際の遅い時間だった。
仕事がなかなか片付かず、職場を出るのが遅くなってしまったのだった。
来店すると割といつも真木くんと目が合うのだが、今日は彼の姿さえ見当たらず。
こんな時間だというのに客がちらほらといて、
一見誰も手があいているスタッフがいないように見えたので、
テックスペースまで行ってみると…
真木くんがいた。

「こんばんはーとりにきましたー。」
笑顔で彼に声をかける。
「土日に来るとか言いながらすみません。」
「いえいえ。」
そう言って、すぐに奥から新しい私のロードを出してきてくれた。
「小物何がいるんだっけ?ペダルくらいですかねぇ。」
そんなことを言いながら、彼と一緒に小物を選ぶ。ペダル、ボトルケージ、ドリンクボトル。
「こないだこれがかわいいなと思ってみてたんですよ。」
BIKESHOPオリジナルのピンクのボトルを手に取ると、彼は少し笑顔になって
こっちもうちのオリジナルですよって別のを指さして教えてくれた。
グローブも一緒に選ぶ。なんだかんだと言いながら、サイズのことを言っていると
「それ何サイズ?」
私がはめてみているのを見ながら彼が言った。
「これはSサイズ。」

小物を選び終わると、真木くんがレジにいた今井さんに会計を頼み、
ロードに取り付けが必要なものを持ってまたテックスペースへ。
暫く今井さんと話しながらやりとりしていたのだが、最後は真木くんが外まで見送りにでてくれた。
クロスバイクにつけていたサイクルコンピューターをロードにつけかえようと
取り換え方法を訊いたりしていると、ホリデーライドも毎週やってるんでねと不意に彼が言った。
「冬で寒くても、乗る人はガンガン乗っちゃったりするんですね。
冬はオフシーズンなのかと思ってたけど。」
「そういう人もいますね。」

今日ツイッターやHPにアップされていたことにすぐに気づいて申し込みって言うのも、
まるでいつもチェックしてる感をだしそうでちょっとなんだったから、
ホリデーライドのこと口にしなかったし、申し込みもちょっとしにくかったんだけど。
真木くんがせっかく言ってくれたのに、なんだかうまく返せなくて
ありがとうございましたって言って帰ってきちゃった。

まぁ、真木くんと今井さんに来週くらい友人がこちらにバイクお願いしにくると思いますから
ってまた来る感を少しほのめかしてきたけど。
でも、やっぱり真木くんの言動を思うと、ホリデーライドと女子ライドに
参加しない訳にはいかないなぁ。
明日、さもちょっと考えた風に電話してホリデーライドの申し込みしてみよう。

これでいいかな。
今日、真木くんの笑顔が少なかったのがちょっと気になった。
私の行動がイマイチだからかな。
でも、帰りにちゃんと今日も見送りに出てきてくれた。

やっぱり今週末のホリデーライド、申し込むべきだよね。
自分からなかなか動きにくいんだから、彼の行動に合わせて動くくらいのことしなきゃ。
バレンタイン前にせっかくチャンスを作ってくれたんだから。
それにしても、大丈夫かなぁ。
彼に対してどこまで動いていいのか分からない感もあるんだけど。

ま、今日も真木くんに会えて彼の顔を見れたことはよかった。
彼と二人で買い物してる風に小物を選べたのも楽しかった。
明日、お昼までに申し込もっと。



翌日、正午過ぎに電話をすると、電話口に出たのは真木くんだった。

「高島です。こんにちは。昨日は遅くまですみませんでした。
ありがとうございました。」
「いえいえ。」
「あの、まだよかったら、明日のホリデーライドに参加させて頂きたいなと思って
お電話したんですけど。」
「はい。大丈夫ですよ。」
「あ、そうですか。じゃ、いいですか?」
「九時スタートなので八時五十分くらい、九時前に集合になります。」
「はい。で、あのヘルメットをまだ買ってなくて、HPを拝見してたら…
貸して頂けるのがあるんですか?」
「はい。ありますよ。用意しておきますので。」
「すみません。よろしくお願いします。」
「明日は少し気温が上がるみたいですけど、まだ寒いですから温かい格好してきてくださいね。」
「はい。じゃ、よろしくお願いします。失礼します。」
「失礼します。」

申し込んじゃった。
前に電話で話した時も感じたのだが、声の雰囲気で彼の表情が想像できる。
一見クールな雰囲気の彼なのだが、嬉しい時や楽しい時は
声や表情が明らかに違うように感じる。
そんなことを思っていると、暫くして電話が鳴った。

「BIKESHOPの真木です。」
「はい。あ、どうも。」
「あの、明日の件なんですけど、参加は一名ですか?」
「はいはい。一名です。いいですか?」
「はい。大丈夫です。それだけ、ちょっと確認で。」
「はい。じゃ、よろしくお願いします。」

一緒にロードを購入する予定の友人の話がこの前でていたからか、申込人数の確認だった。
敢えて少し笑いながら、軽くやりとりしてみた。彼、どう感じたかな。
昨日、笑顔が少なかったのが少し寂しかったけど、彼、どう感じたかな。
少し挽回できたかな。大丈夫かな。ま、参加しないより、参加した方がいいし。

・昨日ロード買いました。
・寒くて暫く乗れないと言いました。
・真木くんがホリデーライド少し誘ってくれました。
・買ったばっかりで、乗り方よくわからないから
 軽く練習で一人で申し込みました。
・買った翌日、HPのご案内もりもり風の記事アップを
 みつけたから申し込みました。

という流れ。自然な流れだよね。いいよね。
自然な流れというのは、余計に意識したりしないから、動きやすいよね。
よい流れだよね。明日、がんばらなきゃね。

February:2

その朝、私を最初に見た時の彼の表情が、いつまでも記憶に残っている。


少し離れた場所から、まっすぐに私に向けた視線。


私の姿を見つけた瞬間の不意の笑顔。


優しい眼差し。


彼の目は、いつも私に語りかけているように見える。



集合時間前にBIKESHOPへ着いて表に出ていた花田さんと話していると、
真木くんもすぐに店の中から姿をみせ、こちらへ視線を向けた。

今日の彼は、いつもと違う雰囲気。
私服。ジーパンにスニーカー。茶色のカジュアルな上着。白いかわいいリュック。
いつもより少し背が高く見えたり。
初めて参加する私に、彼が数名で走る際の合図の出し方を教えてくれた。
なんだかワクワクして、自然に笑顔になる。笑顔でうなずきながら、合図を習った。

今日の参加は、私の他に二名いるらしい。引率は彼ともう一人…
まだ引率したことがないと言っていた花田さんも一緒だった。総勢五名でのライド。
先頭を真木くん、最後尾を花田さんが走るとのことで、ロード初心者の私は
花田さんの前を走らせてもらうことになった。

目的地は、市街地とは反対方面。自然が豊かな君島町のわたり公園というところまで。
ゆっくり走って片道一時間半程の道のりだそうだ。
簡単な説明を受けた後に、早速スタート。
さて走りだそうとした時に、ショップ前でカメラを構えている結城さんの姿が目に入った。

今日のライドの写真を撮影しようとしているらしいのだが、私に彼から声がかかった。
「高島さん、隠れてて写らないですよー。」
列の後ろの方にいた私は、丁度前の人の影になっていた。
実は、そのことに気付いていながら敢えてそのままの位置にいたのだが。
「私、写真苦手だから小さくていいでーす。」
サラっとテキトーな返事を返したつもりだったのだが、予想外に周囲の笑いを誘ってしまった。
前にいた人が笑いながら、私が写るように体の向きを変えてくれた。

初心者向けのライドなので、のんびりの行程。
真木くんの服装がライド用ではなく普段着姿だったのは、初心者の私に対する気遣いのようにも思えた。
ショップの立地がどこへ行くにも適したよい場所なのだが、郊外へ向けて走りだすと、目に映る景色はすぐに長閑な風景に変わっていった。
小さな水路に鴨の親子がいるのを見かけ、とても可愛らしい光景に和んだり。

「たかしまさーん、寒くないですかー?」
途中信号で止まった際に、後方の私に彼が声をかけてくれた。
「はーい。だいじょぶでーす。」
彼の顔が笑っている。
私以外の参加メンバーは二人ともそれなりに経験者らしく、今日はロードデビューの私のことを基準にしてくれているような雰囲気である。
それにしても、大丈夫とは言ったものの…やっぱり寒い。郊外へ行く程に寒くなっていく。
何と言ってもまだ2月になったばかり、一年の中で一番寒い時期である。
よりによってなんでこの時期にロードデビューすることになったのか…。
寒い上に、初めての道のりなので先が読めない。
どのくらいのところまで来たのか、まだこの先どのくらい走らなければいけないのか、
そんなことがはっきりしないので先がまだまだ長いように思えてなんとなく疲れる。

自販機が数台ある小さな駐車場を通りかかった際に、先頭の真木くんがバイクを停めた。
一旦休憩のようだ。皆、彼に続いてバイクを降りた。

スタンドがついているクロスバイクはどこにでも停めることができるのだが、
ロードレーサーにはスタンドがない。
ロードを横向きにして適当な場所に立てかけようとしたその時、
真木くんがサッと私の手からロードを自分の手にとった。
「こうやってとめるんですよ。」
前輪を少し自販機の横にくっつけるように立てかけ、
簡単にきれいにロードをとめてくれた。
「へぇ。どうも。」

さて、暫し休憩。皆、何にしようかと自販機で温かい飲み物を選ぶ。私はブラックコーヒー。
飲み物を選ぶ際は、いつでもなんでも大抵ブラックコーヒーなのである。
真木くんは…と目をやると、
「コンポタ。」
軽く笑いながら、彼が言った。ま、寒いしね。確かにスープが温まる。
流石、ライド慣れしてますね、真木くん。軽くウケルチョイス。

それにしても、本当に冷える。
郊外へ出ると、街中より気温が下がってきているのがわかる。
朝のうちは大体気温が低いし。温かい飲み物を口にして、ほっと一息ついた。
そのうち花田さんがヘルメットの下にキャップをかぶっていることに気付いた。
「ヘルメットの下にキャップかぶってる!かわいいね。」
「汗かくからかぶるんですよ~。キャップじゃなくてもバンダナとかターバンとか。」
花田さんがかぶっていたのはフツーのキャップだったのだが、
他にも色んなものをヘルメットの下にかぶると教えてくれた。

「ほら、こんなの。」

真木くんの声がしたので振り向くと、自分のキャップを指差している。
ツバの小さななんだか洒落たものをかぶっている。
サイクルキャップという自転車用の小さなキャップらしい。
白くて小さなツバのサイクルキャップ。英語で何か書かれている。

いつの間にか花田さんとの会話を聞いていたらしく、サラっと会話に加わった。
他にも、少し離れたところに見える看板を指差しながら、
あそこのベーグルおいしいんですよと教えてくれたり。
真木くんは、なんだか小洒落ている感じ。身につけているもののセンス、
おいしいベーグルの情報を知っているところ。ベーグルというところが、ポイント。

こういったことに係らず、男性でありながら、彼は色々な事柄に関してさりげなく
とても微妙な感覚を持ち合わせている。真木くんのこの微妙な感覚については、
わかる人はわかるだろうが、気付かない人は気付かないだろう。
私は、たぶんまだよく彼のことを知らないうちからこの微妙な感覚を感じ取っていたのだろうと思う。
だから、なんだかよくわからないのに彼に妙に惹きつけられていったのだろう。

February:3

わたり公園は、川沿いにあった。
小さく川のせせらぎが聞こえる。ひんやりとした澄んだ空気が気持ち良い。

公園の入口は小さな広場になっており、売店や休憩所があった。
バイクを停め、それぞれが好きなように散らばる。
今日のライドは、引率のスタッフの他は三名という少人数。
その為か、公園に到着してからは特に何分休憩だとかなんだとか言う声かけもなく、
皆が思い思いに休憩を始めた。どのくらい休憩するのかよくわからず、
ちょっと一息ついてから、傍にいた真木くんに声をかけた。

「今、何タイム?」

こっちを向いた真木くんは、なんと言うでもなくフッと笑ってみせた。
写真を撮っていたのか彼がスマホを触っているところに、
うっかり声をかけてしまったようだ。
まぁもう暫くのんびりしそうな雰囲気だったので、売店へ行ってみる。

すると、花田さんや他のメンバーも皆売店にやってきて、お菓子や飲み物を物色し始めた。
どうやら軽くお茶をする時間はあるらしい。
売店のすぐ横にある休憩所で、皆で暫し寛ぐ。
豆腐パンという蒸しパンのようなものを見つけ、かなり興味津々で購入した私。
花田さんは大福。他のメンバーは、中華まんだとかおにぎりだとか
それぞれ好きなものでエネルギー補給。

軽くお喋りを始めたところ、売店からでてきた真木くんもこちらへやってきた。

「なんかお洒落なもの食べてる。」

私がそう言うと、フフッと笑いながら、

「フレンチトースト。」

と言って、立ったまま四角い食パンの形をしたフレンチトーストに噛みつく彼。
さっきのコーンポタージュスープにしろ、このフレンチトーストにしろ、
彼のチョイスはなんだかウケルなぁと思うのは私だけか?

彼は、特に話に加わるでもなくこちらの方を向いてテーブルの傍に立っていた。
皆のお喋りに耳をかたむけてはいるようで、時々何か発言する。
私が東京の友人に教わって自転車に乗り始めるようになったという話を始め、
あっちは色々整備されてたり自転車遊びできるところがたくさんあっていいなぁ
と言うと、彼が口を開いた。

「こっちの方が遊べるところ、いっぱいありますよ。山とか海とか近いから。
向こうは、わざわざ遠くまで行かないとそういうとこないでしょう?」

言われてみるとそう思えた。
真木くんは、県外の出身で進学の際にこっちに来たらしいのだが、
この土地がとても気に入っているようだった。
それは、彼のブログを読んだ時にも感じたことだった。

私は、この土地の出身であるにもかかわらず、実はあまりここを気に入ってはいなかった。
と言うより好きになれなかった。昔から、この場所を離れたいとよく思っていた。
それは、自分の環境に対してしがらみのようなものを、
なにかしらずっと感じてきていたからなのだろうと思うのだが。

しかし、それなりに大人になって客観的な視点を持つようになってきてからは、
この土地に対するそんな思いは昔ほどのものではなくなりつつあった。
そんな時に真木くんのブログを読んで、この土地の良さを教えてもらったような気がした。
彼のこの土地に対する思いを知ることで、ずっとあまり好きになれないままだったこの土地を
とてもいいところだったんだと思えるようになってきていた。
彼の感性が、この土地の素晴らしさを教えてくれたという感じである。

休憩中、真木くんは皆と少し離れた位置にいて、そこからこちらの様子をなんとなく見ていた。
そんな時にちょっと特別な視線を感じた瞬間があった。
私が豆腐パンを一口サイズにして口に運ぶ様子を、楽しそうに見ているような気がした。

なんとなくね。まるで、子供の様子を見ているような視線と言うか。
目は口ほどにものを言うと言うが、余計な話をあまりしない彼は、
目がいつも何かを語っているように見える気がする。

わたり公園でゆっくり休憩した後、ほぼもと来た道を引き返すようにして
BIKESHOPまで戻ってきた。帰りは下りが多かったり、気温が上がってきたりと
行きよりも楽に走れた。また天気に恵まれたということもあり、
ロードでの初ライドはなかなか楽しくてよいものだった。

ショップまで戻ってくると、オーナーがすぐに表にでてきて皆を出迎えてくれた。
帰りも後方を走らせてもらっていた私は、皆に続いて最後の方にショップの敷地内に入り、
バイクから降りた。そのまま壁にロードを立てかけようとした時、
目の前に真木くんの腕がサッとでてきた。

「高島さん、こっち。」

たった今着いたばかりだと言うのに、彼は私の様子に目を配り、
私のロードをすぐに自分の手に取り、引き受けてくれた。

「ここ。」

ロードレーサー用の駐輪スタンドが置いてあり、鉄棒のような形のそのスタンドに
ロードのサドルを引っ掛けて駐輪してみせてくれた。

「ああ、はいはい。イス…じゃなかったサドルをね、引っ掛けて停めるんだ。」

軽く笑いながらそう言うと、彼も微笑んだ。
そんなやりとりをしていると、横から声をかけられた。

「どうでした?」

私と真木くんのやりとりを見ていたオーナーが、
これまた笑顔で初めてのライドがどうだったのかと尋ねてきたのだった。
笑いながら真木くんとやりとりをしている最中に不意に声をかけられたので、
そのまま笑顔で振り向いて咄嗟に返事をした。

「はい。とっても楽しかったです。」

満面の笑みで子供みたいに答えてしまった。そんな私を見たオーナーも真木くんも、
ちょっと満足そうに笑みを浮かべたようにみえた。



今日の真木くんは、ちょっといつもと違う雰囲気だった。

結構男の子っぽかった。意外と声が高い。笑い方が子供みたい。

フッツーにしてるようでなんだかんだと優しかったし、

話しかけるとなんでもちゃーんと対応してくれた。

他の人に話してても、いつの間にか話を聞いていて彼が返事をしてくれたり。

自転車停める時なんかにちょっと怪しげにしてたら、すぐに教えてくれたり。

ショップに帰ってきてからも。

なんだか何気に目配り気配りをしてもらってた感じがした。

帰ってから気づいたけど、ショップのツイッターをアップしてるのはやっぱり彼だった。




”ホリデーライド、目的地の公園に無事到着!走ると体も温まりますねー。”

”BIKESHOP元気に営業中です!今日は日曜恒例のホリデーライドで
お客様と一緒に走ってきました♪郊外まで走ると空気も良くて気持ちいいですよ。
のんびりペースなので、初心者の方も気軽に参加してくださいね~。
本日も皆さまのご来店お待ちしております!”

”楽しいイベントを毎週開催中!イベントスケジュールをチェック!”



今日公園で声をかけた時もスマホ触ってたけど、ツイッターアップしてたんだ。
今までなんだか私に関連してるような気がする内容だったワケがわかった。
やっぱり彼がアップしてたんだ。そっか。それでか。
でも、なんだか…ちょっと…
私に関連してる気がするというより、私のことか?みたいな内容だったり。
それって、周りのショップの人達の目にはどう映ってるんだろう。

真木くん、ショップのスタッフとして話す時はパリッとしてるけど、
仕事の顔とプライベートの顔結構違ってるのかな。ま、きちんとしてるってことだけど。
でも、ちょっと意外な感じ。
ブログやツイッターの感じからすると、おもろい人なのかしら??と思ったり。

で、どうなんだろう…。
いろいろ。
大丈夫かしら。



バレンタイン。あと9日。

February:4

YVAN VALENTIN



片手に乗るくらいの大きさの真っ白な箱には、シンプルに黒いアルファベットが並んでいる。
リボンも何も装飾らしいものはない。
しかし、私の人生史上最高のスペシャルチョコレート。
ロス発の幻のプライベートチョコレート。


明日、彼にチョコを渡す予定。
部屋でビールを片手に、ちょっと考えたり。
どんな顔するかなぁ。



日曜日の夕方、BIKESHOPを訪れると真木くんの姿はなかった。
店内には客が数人いて、スタッフがバタバタと忙しそうに対応している。

結城さんや今井さんが私の姿を見てとりあえず声をかけてくれたのだが、
本当に忙しそうにしているようなので、後からでいいですよと返した。
二人とも客の対応に追われて行ったり来たり。
私に申し訳なさそうに会釈をして、駆けて行った。

今年のバレンタインは平日。
仕事帰りだと遅くなるし、バレンタイン当日にショップへ顔をだすのは、恥ずかしいのでやめた。
そんな訳でバレンタイン直前の日曜日を選んでBIKESHOPにやってきたのだが、
肝心の真木くんの姿が見当たらない。
ショップにいつもいるはずの彼の姿がないと、なんとなく寂しく感じた。

今日の用件は、真木くんにチョコを渡すこと。
しかし、表向きはこの前のライドの帰りに注文しておいたヘルメットの受け取り。
店内をブラブラしながら誰かの手が空くのを待っていると、暫くして花田さんが奥から現れた。
彼女と話していると、今日はスタッフが二人いなくてと言う。

「あれ?えっとレースとか?」

「うーん…オーナーがセミナー参加で…海外に行ってるんですよ。」

「へぇー海外でセミナー参加なんてかっこいー。オーナーさんなんかすごいですね。」

真木くんは?と続けて尋ねたかったが、なんとなく何も尋ねなかった。
花田さんからも彼のことについては、特に話がでなかった。
今日予定されていたイベントのヒルクライム、諸事情により急遽中止というお知らせがHPにでていた。
ツイッターの更新も彼じゃなかった。文章のアップの仕方で気付いた。
何かあったのかな。

チョコ渡したかったけど、仕方ないと渡すのを一旦諦めることに。
ヘルメットはメーカーからの納品が遅くなっているらしく、
もう少し取り寄せに時間がかかりそうだという話だった。

二月末に仕事の関係で試験を受けなければならず、
暫くちょっと立て込んで遊んでいられない次期に突入するからと
花田さんにヘルメットが納品になったら暫く置いていて欲しいとお願いした。
三月になってから取りにくると思うと伝え、この日はショップを後にした。

ここのところなんだかんだと毎週顔をだしていたから、
そろそろ大人しくしていないとなにか周りにサトラレそうな気がして、
仕事も忙しくなるし、2月末に試験もあるし、暫く来れない
という話を花田さんにしてきた。

チョコ渡すタイミング逃しちゃった。
いざ渡すことを考えると、いいタイミングや言う事がうまく思い浮かばなくて。
でも、勇気だして会いに行ったのに。
ま、とりあえず冷凍庫に入れたから、まーだ三月半ばくらいまで食べられるけど。

真木くんの気持ちを考えてみると…

私のことを見ていたこと

見ていたのを気付かれないようにしたこと

この前もとても優しく対応してくれたこと

私の言動にすぐに反応してくれてたこと

ホリデーライド女子ライドの記事を突然アップしたこと

わざわざ見送りに出てきてくれたりするとこ

ロード買う時二階にすぐに来てくれたこと

他にもまぁいろいろ

こういったことから、彼の愛情を感じるんだけどね。

それにしても…
どうすべきなのかなぁ。
彼の言動を振り返ると好意をとても感じるような。
でも、こればっかりはなんとも。
考えてもよくわかんないし。
バレンタインは明日。
奇跡がおきないかな。

February:5



そろそろ限界。



顔見たい。
もう彼が私の日常にならないと限界。
二月初めのライドで楽しくやりとりして以来。
そこらから姿を現わさない私に対して、彼はどんな気持ちなんだろう。

昨日みたドラマでなんだかんだやってて、恋愛のアドバイスする時に
「言ってみないとわからないだろう?」って。
「恋愛に正解ってない。」って。
ある意味そうだけど。
あっけらかんと行動してみた方がいいのかも。

それに、知り合ってから丁度半年。バレンタイン・ホワイトデーというシーズン。
ここらへんが一番いいタイミングだよねぇ。やっぱり。
明日、
取り寄せ頼んでたヘルメット取りに行く。
チョコも持っていく。
リベンジ。
真木くん、久しぶりに私のこと見てどういう反応するかなぁ。

夕方、BIKESHOPを訪れると、珍しくカウンターにはオーナーさんだけだった。
真木くんの姿は、テックスペースにも見当たらない。
カウンターでへルメットを取りに来た旨を伝え、調べてもらっている間、
近くにでていたセール品なんてチェックする。
暫くしてふとテックスペースに目をやると、真木くんを見つけたのだが、
そこにオーナーさんから声がかかった。
二人でヘルメットのことを、サイズがあってないんじゃないかとかなんとかやりとり。
そうこうしてるうちにオーナーさんが奥にひっこみ、入れ替わりに真木くんがレジカウンターにやってきた。

「こんにちは。」

「こんにちは。」

彼は挨拶だけしてすぐ、私に背中を向けて書類か何かを触り始めた。
ヘルメットのサイズがあうかどうか顎紐を調節していたところだったが、
顎紐を触りながら、ほんの少し彼の後ろ姿を見つめる。
後ろ向きのままの彼に、声をかけた。

「コルナゴが、また調子悪いんですよ。」

彼の顔がくるりと私の方を向いた。

「こぎ出すときに思いっきり重心かけたら、それからまた音がするようになっちゃって。
あんまり頻繁だから申し訳なくてよそでちょっと触ってもらったりもしたんだけど。
もうワイヤーを交換してもらったりした方がいいのかなと思って。」

「ちょっと見てみましょう。」

そう言って、彼はカウンターから出てきた。一緒に外に置いていたクロスバイクを取りに行くと、
彼がそのままテックスペースに持っていってくれた。

彼が調整してくれている間、またオーナーさんとヘルメットのことで話す。
微妙にサイズが合ってないから、もうワンサイズ大きいのにした方がいいだろうとの事だった。
暫くすると、真木くんがバイクを持ってきてくれた。

「やっぱりワイヤーが伸びてました。とりあえず調整してみたので、これで様子みて
また調子悪くなるようだったら、ワイヤー交換考えましょう。」

「そうですか。いつもすみません、ありがとうございました。」

今日の彼は…いつものように丁寧だけれど、いつものような笑顔がない。
もう少し、話をふって彼の様子を伺ってみる。
クロスバイクに取りつけていたサイクルコンピュータをロードにつけかえようとしたら、
うまくいかなくて結局まだ部品全部外せないでそのままにしているという話をした。
すると、彼がまたクロスバイクをテックスペースに持っていこうとする。
話をしただけで自分でするつもりだったのに、彼がまたテックスペースに引き返すとは
思わなかったので、ちょっとびっくりして口をひらいた。

「最初に言っておけばよかったですね。何度もすみません。」

調整が終わり、なんだかんだと話しながら、出入口をでたところまで
彼がまた見送りに出てくれた。

「今日はお休みだったんですか?」

「仕事の関係で試験を受けないといけなかったんですけど、
全然勉強してなかったからボロボロ。また受けなきゃいけない。
ヘルメットのサイズがあわなかったから、また取り寄せお願いしたんです。
今度またとりにきます。ありがとうございました。」
そう言って、チョコを渡さないまま帰ってきた。

彼と二人きりになったから、チョコ渡すチャンスだったんだけど。
でも、今日の彼、なんとなく無愛想だったんだよね。
いつもニコニコしてるのに。
だから、なんとなく言い出せなくて。

なんか自己嫌悪。

こないだお店に行った時に、彼がいたらよかったのに。
なんか真木くんいつもよりテンション低めだった。
バレンタインにチョコあげなかったと思って不機嫌なのかも??
でも、私だってどうしていいかわかんないんだよ。
真木くんの気持ちわかるようでわかんないんだもん。

花田さんと少し話してきてまた女子ライドにも参加することにしたし、、
ヘルメットも取りにいくけど。

彼の方から、動いてくれないかなぁ。

ふう。

でも…

不機嫌ながらも、レジカウンターへやってきて私に声をかけたってことは…
やっぱり私に気持ちが向いてるってことかな。
なんで、決定的な行動してくれないんだろう。
私が悪いのかしら。
今日こそ彼にチョコ渡したかったのに。渡せなかった。



… バレンタイン過ぎてから、真木くんの様子が変わった気がする。



ニ月の最後の日に、彼にやっぱりチョコを渡したくてBIKESHOPへ行った。
昼休みにインドアサイクリングのレッスンの申し込みの電話を入れて。
仕事が終わって開始時間ギリギリに行くと、真木くんが奥で接客してる姿が目に入った。
レジカウンターに人がいなかったので、テックスペースにいた結城さんに
ちょっと声をかけて更衣室を借りる。ギリギリだったからすぐにレッスンへ。

終わってからスタジオを出ると、誰かにお疲れさまでしたーとテックスペースの方から
声をかけられたけど、後ろから声がかかったから誰なのかよくわからなかった。

更衣室から出てきて、支払いをしながら花田さんとお喋り。
途中テックスペースをチラミしたけど、真木くんの姿なし。
帰る時にまたチラミすると、彼、テックスペースの中でこっちに背中向けて立ってた。

こんなこと初めて。

帰る時も声かからなかった気がする。
全く話すタイミングもつかめず、花田さんに見送られてそのまま帰宅。
こないだと言い、今度と言い、今までと様子が違うような気がする。
バレンタインチョコあげなかったから??真木くん何か思うとこあったのかな。

この状態でこれ以上そのまましておくと、ダメかも。
彼に気持ちを伝えるべきかも。
彼は自分からは決定的なことは言えないって考えてるのかな。
どうしたらいいんだろう。
真木くんは、私の気持ちよくわからないのかな。
あぁあ~もうどうしていいのかわからない。。

Ⅵ February

Ⅵ February

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. February:1
  2. February:2
  3. February:3
  4. February:4
  5. February:5