理想郷、日本

理想郷、日本

勢いで書いて長いです。もっと表現したいことはあったけど気力がなかったです。

勢いで書いて長いです。もっと表現したいことはあったけど気力がなかったです。

理想郷、日本

   プロローグ

「ヒロシー!!」
遠くの方で声がした。そしてドアが閉められる。それ以来ずっと続く暗闇、ざわめき。どこか遠くに連れて行かれているようだ。洋の仲間は皆、希望に満ちた話をしている。ついに選ばれたのだ。
噂は本当だろうか?いくら希望者が多いとはいえこの狭い空間に押し込められての移動は良いものではない。洋は不安を感じられずにはいられなかった。
多くの時間がたった後まばゆい光と共にドアが開いた。
天国の光、―理想郷か。
洋は考えを止め、河の流れのような行列に身を任せた。

しばらく移動していると嗚咽が聞こえた。
周りも不安からか口数が少なくなってきた。
確か噂には最終試練があると聞いていた。あいつらに色々体を触られたり日課をやらされたりするらしい。これからどうなる。頭のなかで考えを巡らせていると液体が溜まっているところを歩いていることに洋は気がついた。前を歩く上級生が立ち止まった理由が今になって理解できた。健康診断のときもこいつは嫌がってたな。沁みるんだとしきりに言っていたことを洋は思い出した。
今日も逆らわない。今までもそうやって生きてきた。無駄なことは考えず、成り行きに身を任せただ生きた毎日。それが幸いにも今回の選抜に選ばれた理由の一つでもあった。同じ日々を過ごしたあいつらとは違うんだ。洋はいつもそう心の隅で思って過ごしてきた。本当にほんの少しだけ。そうして苦しいことも乗り越えた。それが今報われる。声にならない声はどんどん大きく聞こえてくる。ここにきて不合格になれば僕も絶望するかもしれない、と洋は思った。洋は不安を感じていたのかもしれない。自分の心の弱い部分が出てきたようだ。つまり―優越感に浸っていた。自分を保つために。次に色々と思い出してきた。選ばれた瞬間は天国に行かず本当にみんなと居たいと思っていた。生まれた土地から離れる時も感じたあの感傷。だが伊澤園に住めて本当によかった。一生の付き合いになれるいい奴らと出会えたんだ。先に行って待ってるからな―そう思ったその時何かで身体を挟まれた。下は黒い床?

目の前が光った。比喩ではなく本当に。
平衡感覚がわからない。自分は今立っているのだろうか横になっているのだろうか。
視線を感じる。視線の主はあいつらだ。悪意はない。ただの無である。

洋は悟った。
僕は・・・



   1  ―イギリス、とある家―
 
「パパ!やっぱり僕達も日本に行こうよ‼」
気持ちよく寝ている俺に息子は今日もせがんできた。今朝のチョイスは縛式ステロイド7号機か全く我が息子ながら良いチョイスをしやがるぜ・・・俺は寝ぼけたままそう思った。
「またその話か。ネットでは今日も言ってるのかい?」
「うん!日本は人類が到達すべき社会なんだって‼みんな遊んで楽しく暮らしているから怖い人もいないし幸せなんだって!まさに天国だよ‼」
息子の目は輝いている。ここに天使が居るのだから十分ここも天国じゃないか。
「いつも言ってるじゃないか日本の生活スタイルは人間がダメになるって。それに聖書にも仕事に精を出せって書いているじゃないか。まだわからないかもしれないが働くとは良いものなんだよ。」
「でもパパもいつも言ってるじゃないか!お仕事が忙しくて趣味の読書もできないって。勉強もせず、向上心のない奴は馬鹿だっていつも言ってるよね?お仕事をしなければ読書もできるし僕ともいっぱい遊べるよ!働かなくても勤勉にはなれるよ!」
天使は悪魔のような笑顔をしている。いつのまにこんなことが言えるようになったんだろう。成長は早いもんだな。そこらのおっさんよりもしっかりしているではないか。俺はこの悪魔と一緒なら地獄も悪くないと思い始めた。
「よしどこへ行くにも働くにもとりあえずは飯を食わなければ、腹が減っては・・・」
「戦ができぬでしょ?」息子はどこか得意げに不服そうである。
「そうだよ。ママがもう作ってくれてるだろ?良い匂いがしているよ。先に行ってなさい。パパは顔を洗ってすぐにいくよ。」
「はーい。」息子は小走りでドアに向った。
「ライアン!食事の前は?」
「お祈りの後にいただきます!」
「グッド!」
息子は笑顔ですぐきてねと言いドアを閉めた。
今日も午後からの仕事はやることが多いな。若干憂鬱になりながら俺はベッドから降りた。祖父がライアンくらいの頃はまだ靴のままでベッドに入っていたらしい。今じゃクレイジーだとしか思えない。着ぐるみのカエルさんを脱いだ。
洗面台に向かいひげを剃るためにシャワーでお湯を出した。
外であの子らの声がしている。またいじめているのか。まあしょうがないか、いくら言って聞かせても理解しないし集団行動をしている生き物にとっては当たり前のことだもんな。そう思い俺はかみそりを滑らかに滑らせひげを剃っていく。息子がもし学校でいじめられていてもそう思えるだろうか。否、誰でも自分の子供は可愛い。殺したくなるほどいじめっ子を憎むだろう。 勝手だな。外の子達を思うと自虐にも似た気持ちで苦笑した。
タオルで顔を拭いている時に腹がなった。日本では空腹という概念が無く、配給食以外を食べる機会がないらしいということを思い出した。

 



  2  ―独り立ち―

「今日から伊澤園に住むことになった洋君だ。みんな仲良くするように。」
はーい! 部屋に大きく声が響く。洋は緊張しているからか昨日泣きつかれたからか笑顔になれていない。園長に言われて洋は適当に空いている場所に向った。みんなの視線を感じる。洋は生来のお調子者の性格が沸き立ちうずうずしてきた。空いている場所に着くと早速周りの子達に話しかけられた。どこから来たの?何歳?など普通の質問に答えてる内に園長がそれでは向こうにいこうかと皆を促し外へ出た。今までと同じことをしているが隣に母がいないことに洋は少しの寂しさを感じた。しかしながら質問に追われていると幾分か寂しい気分が紛れた。
ではここで自由に過ごしてくださいねーと園長は汗をかきながら全身青の服を引きずり歩いて事務所に歩いていった。前の園長もそうだったが園長と言う生き物はなんであんな変な格好をしているのだろう。トゲトゲしたところは枝にひっかかるし遊ぶときにも邪魔になるし・・・。さらにここの園長は折檻するための棒も一風変わっているなと洋は思った。大人の人ってよくわからないやと考えながら案内された運動場を見渡した。
「ひろいなー」洋は独り言のように声を発したがみんな聞いてくれていたようで
「でしょー遊具もあるし水道だって自動で水が出てくるんだよ!」
「あっちにはどろんこスペースもあるしこっちがサラ砂!」
「俺いっつもここでションベンするんだ!」
「僕は前の園の方が広かったと思うけどな」
などとみんな思い思いに言葉を返してくれる。うきうきしてきた。弟も早くこっちに来れば良いのにと思った。
「何する?」やんちゃそうな子が言った。
「まずは自己紹介!私みゆ!みゆちゃんって呼んで♪」女の子が言った。
「俺しのぶ」次にやんちゃそうな子が言い次々に新しい名前が聞こえてきた。
洋は他人の名前を覚えるのが苦手なのでわかったふりして適当にごまかした。まあなんとかなるだろうと思っているようだ。
「ひろしくんは何するんが好き?」勇馬という少年が言った。
「なんでもいいけど鬼ごとかかな?」そういうと皆がわあっと沸き
正也が、はいタッチー勇馬の鬼ねと言いながら、走り出した。
向こうではジャンジョンをしてから鬼を決めていたのにこっちではすぐに始まるんだとその斬新さに心躍らせながら必死に逃げた。こっちは女の子も男の子も仲が良いようでみんなわいわいと楽しんでいた。こっちの生活も悪くないかもと思い始めながら次第に洋はみんなと打ち解けていった。

 洋が伊澤園にも慣れてきた頃のある夜、ベットが隣の勇馬が言ってきた。
「ひろし君、知ってる?大きくなったらみんな天国って言われるところに行くために色んな訓練をするんだって。」
「訓練って?」洋は興味があったので詳しく聞くことにした。
「よくわからないけど頭を使ったり身体を逞しくしたりするんだって!僕ご飯そんなに食べれないから嫌だなー」
洋は母にご飯はいっぱい食べて早く大きくなってねと言われていたことを思い出した。今日もみんなより多く食べた。洋は持ち前の賢さで、伊澤園に来てからすぐになじみ、ご飯を食べるときは良い場所を確保した。早食いには誰にも負けない自信があった。厳しかった母にそうするように口うるさく言われてきたからだ。時には動けなくなるくらいに食べて正也に笑われたこともあった。
「そんなこと本当かどうかわからないじゃん。そん時がくればなんとかなるだろ!とりあえず恒例の犬ごっこしよ!」と洋は勇馬に噛み付いた。勇馬は小さな声を上げると笑いながら陽平のベッドに潜り込んだ。こうなればいつものように部屋は大騒ぎだ。みんなで噛みあいながら笑い声が響き始める。

みずほはいつも誰にも噛まれない。顔が整っており男子はほとんど皆みずほのことが好きだからだ。一度そんなこともわからずお調子者の洋はみずほの耳を甘く噛んだ。その瞬間何人もの取り巻きに噛まれ敵意に満ちた視線を浴びることとなった。洋はやはり『賢かった』。やってしまったと言うことをいち早く理解し、咄嗟に今日一番噛まれてやったぜと自虐することにより少し部屋の緊張がほぐれ暖かなムードに包まれた。そこでみずほのお返しだ!との声と共に鋭いが、やさしさに溢れた痛みが足に走った。みずほは性格も良いようで雰囲気の読める子であるようだ。
「しのぶが居たらお前血まみれだったぞ。来て間もないから特別に黙っててやる」というようなことを五郎に言われ洋は学んだ。
「あの子は止めといたほうがいいよ」
段々と痛みが引いてきたときに洋は隣に来た勇馬に言われた。
「そんな感じなんだー今知った。」と笑う洋に勇馬は青ざめながら、
「いじめられっこの大輔知ってるだろ?あいつもみずほを噛んで皆に噛まれたときにマジ切れして以来ずっとああさ。」
「あいつ確かに雰囲気読めないしうざいからなー」洋は吐き捨てるように言った。
「もし今日のことがしのぶに知れたらひろし君もああなっちゃうよ!ああそうなったらどうしよう僕は助けることもできないし隣のベッドの僕もいじめられるかもしれない。先に言うべきだったかな・・・でもひろし君あんまり女の子に噛みにいかないし大丈夫だと思ってたんだよ・・・」勇馬はいじけながら色々と文句を言っている。洋は勇馬のこういう意気地のない、自分だけしか考えないところがあまり好きでなかった。しかし隣ということもあって一番の話相手であるし、二人で居るときは気を使わないで良い相手だから楽であるとも思っていた。
「肝心なのは明日かな?僕から犬ごっこを始めたらみんな普通に接してくれるだろ!まあなんとかなるって!僕嫌われてないし。」と洋は笑いながら言った。
「じゃあ最初噛まれるのは僕?ひろし君加減ないもんなー」と言ったあと二人は笑いあった。
そこでいつもの円筒状の物が部屋に現れた。これを見るとすぐに洋達は眠たくなった。


同時刻―


園長の真澄は仕事を終えてメイドロボットに今日のコスチュームを渡した。ロボットはなれた手つきで洗濯し、アイロンをかける準備まで行っていた。真澄はレトロ趣味である。これは真澄がつけた無駄な機能の一つである。実際には準備しているふりであり体内の洗浄槽に洗濯物を入れてアイロン排出口からコスチュームを出すだけである。しかしレトロな仕様に改造されたメイドロボットは『アイロン』の『コンセント』を差して鼻歌を歌っている。良い匂いがしてきた。洗濯中の洗剤の匂いに冷たく包まれた空間に、蒸気と共に薫る布の香りは心地よい。この匂いを嗅ぐためだけに付けた機能であるが何せ待ち時間が長いのが欠点であった。
やはり無駄な機能だったかな、と匂いに飽きてきている真澄は思い直し週末に機能を取り除くことを決めた。
小学校から帰ってずっとごろごろしていたであろう土荒がおかえりとそっけなく言った。
ただいまと真澄は返事をしたが土荒は見向きもしない。誰のおかげで周りと違う生活ができていると思っているんだ。と怒りと共に心が荒んできた。
また息子を殴ってしまう、そう感じた真澄は足早に風呂場に向かいシャワーで汗を流し、まだレトロ仕様にしていないシャボンの湯船に勢いよく倒れこんだ。あーっ!真澄は幼い頃に見た懐かしい『テレビ番組』特集をみて昭和から平成のドラマで出てくる親父に憧れ声を出す行為を日課としていた。
が、この日は少し違った声であった。お湯と思いきやバスタブには水が溜まっていたのである。真澄はメイドロボットにわなわなと怒りを感じ廃棄してやると叫びそうであったが水で頭を冷やされて冷静になるのに時間はかからなかった。
「ドジっ子機能も取るか・・・」ポツリと言いながら真澄は瞬間湯沸しボタンを押してもう一度湯船に浸かった。ため息しかでなかった。
何をやってもうまくいかなかった。こういうときに不運は重なる。嫁に逃げられてから全てが駄目だ。勤労者優遇制度によって得られた可愛い嫁、親権、贅沢な暮らし。全てのことに意味は無いのかと考え始めた。よもや生きることにも。
働く時に決心したあの熱い思い。堕落した人間に生きる意味はあるのか。死んでいるのと同じではないのか。無駄を省き効率よく生きることになんの面白みがあるのか!レトロな漫画が好きでそういう気質に憧れている真澄は常日頃周囲にそう豪語していた。そうして勤労することにより得られたものは変わり者という烙印と孤独感と心地よい疲労感。さらには配給飯以外の食物―特に好きなものは果物―である。初めて果物というものを食べたとき真澄は思わず涙していた。配給飯は全ての人間が健康に生きられ、安定的に供給される液体分の多い食物である。毎日決まった時間に自動的に口に注ぎ込まれる仕組みである。昔の書籍に出てくる『うまい』も『まずい』も『腹減ったー』という概念もないのである。書物を読み進め、初めて味という概念を理解したときに真澄はより一層、働いて生きるという目標を持つことは間違ってはいないと思うことができた。好奇心旺盛な真澄の興味は味というものに偏っていった。それだけに果物を初めて食べたときに涙がでることは至極当然である。さらに働き始めた時は初めて世界の色を見た気がした。それまでは何もないただ生きるための無機質な視界、人生だった。友人達は毎日楽しいとは言う。確かに真澄もそう思って幼少期を過ごした。しかし全てに飽きがきていた。また向上心の全くない腐った目をしている周りの人間にも飽き飽きしていた。ところがある日真澄は就職セミナーと言われる古い習慣を行う集まりに参加して生き生きとしている人達を見た。世間ではこの集団をカルトと呼んでいるが、真澄にとってはこの少数派こそが本来の人間であると思えた。聞けば日本以外の国であるアメリカ、ロシア、イギリスは全てこの体制であるそうだ。最も発展している日本は周囲を後進国と嘲り、見習おうともしない。しかし彼らは違った。
また、外国も二ホンスタンダードに習い、コスチュームを着るスタイルや、機械に可愛い女の子の外見を導入することが当たり前となっているらしい。レトロ趣味をもつ真澄にとっては昔の痛車から始まったこの文化も少数派だからよかったのであり、スタンダードになるとなんの面白みもないと思っていた。
彼の世界大戦後日本は広大な土地を手にし多くのものを奪ってきた。生活習慣、文化、言葉までも。外国や日本にとって二ホンスタンダードは絶対であり、英語などを基にした特殊なカタカナ語以外の言語は学者しか知らない。敗戦国である他国の三国は日本に頭が上がらないようである。また機械を製作する母体や機械とそれの基となる資源を独占支配している日本に太刀打ちできないのは当たり前のことである。
奴隷として毎日自らの家族と日本の為に働いている外国人には昔の生活が残っているらしい。農耕ロボットも家医者ロボットもメイドロボットもごく僅かに所持している人がいるだけで、多くの事が人間の手で行われている。真澄の父はごく普通の日本人の親父であった。外国の様に土人生活に落ちたくなければ外国に行きたいなどと言うなと好奇心旺盛な年頃によく言われたものである。日本からわざわざ働かなければならない外国に行く人はほとんど存在しない。制度によって永久に日本には帰れないからだ。逆に外国から日本に来ることができる選ばれた人というのも厳しい条件があるらしい。仕事の成果はもちろんのこと『貯蓄』というものを全て投げ出し家族も一生離れ離れになるという。このことは外国人にとって大きな痛みとなるようである。また外国には規制というものがあまり無いらしい。仕事以外で外に出て歩くことも男が女に話かけることもカメラを持ち、写真を撮ることもできるらしい。日本では勤労者の特権であるにも関わらず、働いていない人でも規制は無いらしい。あくまでも噂なので眉唾ものであるだろう。とても信じられないと真澄はいつも思い勤労している自分を誇りに思い気持ちを高揚させたころに入浴完了の音声が流れた。
メイドロボに身体を乾かさせているとさっきの怒りは消え、ふっと外見を元妻にしようかと考えたがすぐにやめた。実在の人物をモデルにすると全てがイライラすると思えたからだ。仕事なんて変なことして私をほったらかしにしてるじゃない!そう叫んだ後、妻は真澄にビンタした。日本では仕事をしている様な男は豊かさを求める卑しい男というイメージがついているので結婚後は立場が弱い。果物も化粧も外出もできるのは誰のおかげだと思っているんだ!この言葉を数十年我慢できていたのに何故あの時は我慢できなかったんだろう。原因はわかっている。オカルトとしか思ってなかった腹痛にあったことだ。腹痛というのは地獄にいるような痛みで汗が止まらなかった。怪我と違って内蔵が痛くなるなんて想像するだけで恐怖であったし、ありえないと思っていた。配給食以外の食べ物はごくたまにそういうことが起きるというとも聞いていたがまさか自分の身に起こるとは考えてもいなかった。その痛みを除くために配給食を時間外に食べて痛みが引くまで自室で寝ていたところに妻はやってきたのだ。俺は前述の言葉と共に妻を叩いた。自分でも考えられなかった。人をましてや妻を殴るなんて悪魔のようなことをしてしまったと感じ涙も出た。すぐに妻の付き人ロボットが来て痛み止めを打ち、診断すると頬の骨が折れていたようだ。配給食のみで生きている妻を叩けばそうなることは土荒にだってわかる。その場で手術が行われ、十四分もかかって骨が治された。妻は昔の言葉でいう離婚をしようと提案してきた。レトロ趣味が合うところに気が合っていたのだがここで仇となるとは思いもよらなかった。あれ以来全てが駄目である。嫌な気持ちになることも多い。これがストレスかと勤労者独特の病にかかっていることを自覚した。

今日も疲れているから遊んでくれないんでしょ?
土荒に言われた。私はああ、と言いながら質問を考えていた。
「今日は学校で何をしたんだ?」
今年で二十歳なので高学年になる土荒は「昨日の続きで電子工学の授業だよ。まあどうせ覚えてないと思うけど」膨れながら土荒は言った。
「すまんなどうしても興味がないんだ」と言うと
「知ってる。」と土荒はそっけなく答えてまたネットに没頭し始めた。
しばらくの沈黙のあと土荒が言った。
「どうして意味も無く働くの?俺あいつら嫌いなんだ。臭いし。話しかけても楽しくないし。」伊澤園の子達の事を言っているのだろう。
「そんなこと言うもんじゃない。ちゃんとメイドロボに毎日身体を洗わせているし職員の村田さんがしつければどんな子でも良い子になるさ。今はまだ無理かもしれないが毎日話しかければ良い反応が返ってくるよ。働いていると果物だって食べれるしまだわからないだろうけど達成感というものがあるんだよ。それにあの子達の成長を見ていると楽しいんだ新入生の洋も親が良いから成長が早くってね。もの覚えも良いし・・・」というと
「お父さんが働いているせいで一軒家に住んでるから友達と遊びにも行けないし。」と土荒に遮られた。明日の仕事の予定を思い出しながら
「わかったわかった明日は朝からマンションに連れて行くよ。ちょうど父さんも友達に会いに行きたいと思っていたところだ。」というと土荒は
「ほんと?約束だよ!」と久しぶりの笑顔を見せた。
これでまた仕事が滞る。村田さんに連絡しておくかと私は考えながら口内に自動給仕された配給食を吐き出し肉を食べた。

次の日
「来たぞー」私は友人宅に到着し玄関を開けた。
「おお来たか。相変わらずガリガリだなはっはっは」と友人は笑いながら私を招いた。
「最近はどうだ?」私は尋ねた。
「まあ嬉しいことになんにも変わらないいつもの生活だよ。政府も最近は歌っててもいちいち文句言ってこないし趣味を始めようかとは思ってるんだけどね。」
「例えば?」
「マイブームは鬼ごっこかな?成人してからやる鬼ごっこもなかなか楽しいもんだよ」とまさに鬼ごっこの最中の息子達に目を配りつつ言った。
「お前も仕事なんてやめて気楽に生活しようぜ。」とまたこの話だ。
「だからいつも言ってるようにやりがいがあるんだよ。」
「ふっやりがいねぇ」とどこか小ばかにしているように友人は吐き捨てた。
「ま、ともかく今日は普通の生活に戻るんだあいつらも呼んでいるししようぜ鬼ごっこ」「ああ、明日の仕事に影響しないぐらいな」
「まあ休みたきゃ休めばいいさ俺たちは勝手にやってるし」と友人は言う。
「流星!鬼ごっこは父さんたちがやるからお前たちはあやとりでもしてなさい。」友人はにこにこしながらそう言った。
私はふと部屋に望遠鏡があるのを見つけた。
「おい。これ不味くないのか?条例違反だ。」
「さっきも言っただろ?そんな軽いものは歌を歌う程度の罪だしみんなやってるさ。お前も覗いて見ろよ。レトロなもの好きだろ?」私は好奇心に負けてレンズを覗いてしまった。
伊澤園がよく見える。働いている村田さんの姿も運動場の遊具も飼育している犬や豚までも隅々と。夢中になって見ていると背後から
「条例違反だ!勤労資格を剥奪する‼」
と怒鳴られぐいっと大きな力で望遠鏡から引き離された。私は焦り奇妙な汗をかいていた。
がしかし役人と思われる奴らの顔を見るとにやにやとしている。友人達だ。私はほっと安心していると友人の一人がタッチ!お前の鬼からねと叫び逃げ出した。今日はじゃんけんなしかよと真澄は思いながらも全力で友人達を追いかけた。
このように真澄は1ヶ月に1度くらいのペースで友人達と集まった。

  




    3―別れ―

 洋達は上の学級に上がった。身体はひとまわりもふたまわりもでかくなっている。こうなればもう部屋もクラスも性別で分けられ接点は散歩のときに柵のようなものの向こうに見えるのみである。
洋は日々の日課をこなし、ちゃくちゃくと来るべき日に備え自分の成長のためにできることはなんでもした。
洋だけでなく皆やる気に満ちていた。実際に古株であった晃達が天国に連れて行かれるであろう車に乗せられて満面の笑みで伊澤園を去っていったからである。上級生の晃は洋のみならず同級生や下級生の憧れの的であった。いつか自分もあんなふうになってやると洋は勇馬達のグループでガキ大将となっていた。

ある日洋達はいつものように遊んでいた。
政明は未だにみずほに好意を寄せるグループの一片であった。いつものようにおにごっこをしているとみずほの声がした、ような気がした。
政明にとって空耳はよくあることだった。大抵、誰かの声の聞き間違いや実際には風の音である。
しかしその度にみずほの顔を思い出し幸せな気分になれた。
洋は政明のにやにやしている顔を覗き込み、
「何にやにやしてるんだよ」と言った、
政明はすぐに否定したが、勇馬の
「俺も見たし!何考えてるんだよ~」と馬鹿にしながら政明を小突いた。
政明は怒鳴り口調で、
 「なんもしてねえって言ってんだろ!と叫んだ。」
「気持ちわりー!」と洋、勇馬に正也まで加えて政明をからかっている。
政明は憤慨しておもいっきりタックルをかまそうと猛然と走った。
逃げ回る洋たちに身体の小さな政明はいつも泣かされていた。

今日もそんな平凡な一日であるはずだった。

「ぎゃっ!」政明は小さくうめいた。
勇馬に追いつき、体当たりを決めようと突撃した瞬間に勇馬はひらりと身をかわした。
その先にあった木の柵に鈍い音と共にぶつかってたようである。

洋たちは目を疑った。目の前にいた政明が忽然と姿を消したからである。さらに地中からうめき声が聞こえる。いやそう聞こえたのは気のせいだった。
恐る恐る洋達は政明がぶつかった柵に近づいた。勇馬は下の方を向いて青ざめている。柵は真ん中からぽっきり折られている。その奥には大きな闇が拡がっていた。そこは何かを埋めるために深く掘られた穴であった。ほんの5メートルくらいではあるが洋達にとっては底が見えない程深い穴に見えていた。その下に政明が横たわっている。さらによく様子を見てみると政明にもう一本脚が生えている。先ほどまで血色のよかった政明の顔色は蒼白になっている。
脚が生えている辺りにぷつぷつとした黄色がかった白色の塊が見えている、脂肪だろうか。
息をするたびにこぽこぽと声をあげ白色のキャンバスを真っ赤に塗る『生命』がこぼれだしていた。政明は声にならない声をあげ苦しそうにもがいている。
洋はすぐに園長のもとに走った。
勇馬は俺のせいじゃない・・・俺の・・・とぶつぶつ言っていた。
 程なくして異変に気づいた村田さんがやってきた。
村田さんはすぐに園長に連絡した、が園長は出ない。ここ数日園長は友達の家に行ったきり帰ってこないようである。
参ったな。村田さんはそう言いながら宿直室に戻って行った。
洋たちは助けを呼びに行くのか助けるための道具を取ってくるのかと思い政明を励ましながら待っていた。
息も絶え絶えな政明に洋達以外の伊澤園メンバーも集まり皆で声をかけ励ましていた。
洋は待ちきれず村田さんを呼びに行った、がそこで信じられないものを見た。

村田さんも倒れていた。

初め洋は焦る村田さんも転倒事故を起こしてしまったのだと考えた。

急いで開いていたドアから身体を滑りこまし、村田さんに声をかけた・・・が反応が無い。
そして洋は恐る恐る村田さんの顔を覗きこんだ。
村田さんはあろう事か眠っていた。
村田さんのあの独特ないびきを聞いて洋は愕然とした。
「起きてよ!」洋は叫びながら村田さんの背中に飛びこんだ。
村田さんは目を覚ましたが視線を一度向けたきりまた寝入ってしまった。
洋は信じられなかった。何か悪い夢でも見ているのではないのかと自分を疑った。
あの世話焼きの村田さんが何故?
あんなに愛情を注いでくれている園長が来ないのは何故?
政明は死んでしまうのか?
洋の頭の中は白いもやがかかったように不明瞭になり何も考えられずにいた。
仲間たちの下に戻り、園長を待った。
願いごとをするように目を瞑りひたすらに園長の顔を思い描いていた。
それから五分もしないうちに政明は息を止めた。
この日から洋達は園長と村田さんをあいつらと呼び軽蔑のまなざしを送ることとなった。
真澄は楽しんでいた。
旧友や息子と共に遊び疲れる毎日を送ることで、仕事で悩んでいたこと、仕事自体を忘れて楽しんでいた。 友人の家に泊まり4日がすぎた頃友人の妻がそろそろ家に帰りたいとごねだしたことで集会はお開きとなった。これが真澄の家で集まったなら妻は皆に顔を出し、いつまでも居ても良いと言っていただろう。元妻は特権があることはもちろん、それだけでなくそういう空気を大事にする人だった。

奥さんと娘さんによろしくと言い真澄達は家路についた。

真澄は園児達の様子を伺うために宿舎を覗き込んだ。みな大人しくこちらを見ている。何気ない日常のはずであるが真澄はある違和感を覚えた。
伊澤園の子達がどこかとげとげしい気がする。
しかし真澄は4日間の疲れを癒すためにすぐに風呂に入った。今夜は暖かい。
やはり仕事なんてしないほうが楽に生きれるのではないか。改めて真澄はそう思い、顔を湯船に沈めた。
外で犬が鳴いている。
 「発情期なのか?最近うるさいなぁ」と独り言を言い、
来週食ってやろうか、どんな味がするのだろうと考えていたところではっとわれに返った。
遊びすぎて疲れているのか?可愛いライアンを食ってやろうだなどと考えるなんて。
第一肉食の動物はまずいに決まっている。果物以上に腹も壊しそうだし・・・などとぶつぶつ言いながら自らの味に対する興味に薄気味悪い感覚を覚えていた。
果物を食ったときは涙がでたなぁ犬でも出るのかな・・・肉は肉でも哺乳類から魚類まで色んな肉があるなぁやはり哺乳類のほうがうまいんだろうなぁ人間に近いし・・・と思ったところでまたもやはっとした。もし私の仮説である人間に近い方がおいしいのであるならば人間自体を食べてみたらどうなのだろう。果物なんて比べ物にならない、舌がとろけるくらいの旨さなのではないか。舌がとろける、そういえば他の人たちはいつも同じ食物を食べているがそのままの食生活で舌がとろけるという言葉を理解するのにどれ程の年月がかかるのだろうか。そもそも牛はほのかに草の味がしたのを覚えている。つまりは毎日の食事の味が移るのだろう。では人間はどうであろうか。配給食で生きているのでやはり人間も配給食の味なのであろうか。しかしそれではつまらない。配給食に『味』など無い。つまり人間に近い食べ物とは言え、人間は味がないのだろうか。食べてみたい。自分の欲求に真澄はぎくりとした。が自分が勤労者であることを思い出し、食材の選択肢の中に何故人間が入っていないのか疑問に思った。外人なら食べても良いのではないか。日本人よりかは食べるときに躊躇が無い気がする。それとも死体ならば食べられるのだろうか。伊澤園ではたまに不運な事故での死者が出る。それは避けられないことである。ただ焼いて埋めるよりかは食べてあげたほうが死者も喜ぶのではないか。とぐるぐると取りとめも無く自ら湧き出る興味の波に乗っているうちに火葬するときの肉の焼ける匂いを思い出した。その時、真澄の腹に異変が起こった。
ぐぅとお腹が鳴ったのだ。これは果物を食べてお腹を壊した以来の恐怖の旋律である。
何故だ?ここ4日間はずっと配給食しか食べていないから腹を壊すなんてのはありえない‼ もし腹を壊しているのなら早く配給食を食べないとまた地獄に落ちてしまう。ああ!また鳴りそうだ‼誰か助けてくれ!早く配給食の時間になってくれ‼
と真澄は願った。ここでふと我に返った。
ずっと入浴完了のアラームがなっていた。まずい。こんなにも長くお湯に浸かっていることは放射線に被爆し続けることと同意である。それぐらいまずいことである。
そう考えた真澄は急いで湯船から出た瞬間
―地球が大きく自転した。
勢いよく倒れた真澄は頭を激しく打ちつけた。遠のく意識。薄れ行く意識を前に真澄は土荒に助けを求めた。しかし声にもならずどんどん意識が遠のいていく。
ライアンはまだ何かを叫んでいる。ああうるさいなぁ・・・痛い、血がかなり出ているなぁ私は死ぬのか?土荒・・・ライアンでも良い・・・助けてくれ・・・ライア・・・土荒・・・食べてみたい・・土荒・・・。真澄は意識を失った。



   4―ライアンの失踪―

 ご主人様の危機だ!
ライアンはネズミを追いかけ夢中になっていたが即座に異変を感知していた。
ライアンは叫びながらまず村田さんの寝ている部屋の窓を叩いた。
村田さんは普段からあまり部屋を片付けない。今も散らかっているし寝ている村田さんは一部しか見えない。当の村田さんは一仕事終えて気が緩んで寝ているのか暗くて顔が見えないからわからないが、一向に反応が無い。ライアンは開いているドアに気づいたがいつも入るとこっぴどく怒られるのでその場を後にした。
駄目だこのままではご主人様が死んでしまう!
ライアンは踵を返し、伊澤園の子供達の元へ急いだ。
「みんな助けてくれ!」ライアンは必死にそう訴えた。
しかし言葉の通じない子供達はライアンに怯えているのみである。
ライアンは自分がパニックに陥ってることに気がついた。どの道この子達には何もできない。ではどうすれば・・・
そうだ!日本人には家医者ロボットなるものがあるのだった。それを村田さんの元へ誘導すればあるいは・・・
ライアンは走った。

ドアに付けられたライアン専用の入り口を使いライアンはすぐに居間に駆けつけた。
そこには土荒とばらばらにされているメイドロボットと家医者ロボットが『生気なく』横たわっていた。
「何をしているんだ!」ライアンは咆えた。
「いっつも入ってくるなって言ってるだろ!言葉の意味わかってるくせになんで言うこと聞かないんだ!今学校で習ったロボットのメンテナンスをしてるんだよ!わかったらあっちいってろ。」と土荒は作業が中断されたことを怒りながらライアンに言い放った。

ライアンは目の前が何も見えなくなった。気がついた時は既に土荒に攻撃を加えた後だった。
「何している‼」頭を抑えながら居間に入ってきた真澄は怒鳴った。
ライアンは自分のしてしまったことに青ざめた。
「この野郎食ってやる!」ライアンは大切なご主人にこの怒りの言葉を投げつけられ、今度は目の前が真っ暗になり、もう何も考えることができなくなっていた。
その後、誰も伊澤園でライアンを見ることは無かった。



   5―子供達の暴虐―

 あいつらはもう信じない!俺たちを叱り付けるだけで愛情なんて物はなかったんだ!
子供達は激怒していた。また、悲しんでいた。
「いつも俺たちはあいつらの言うことを聞いてきた!本当に愛情をもらっていると思っていたから!しかしそれは嘘だった‼俺たちは裏切られた、いや!初めから利用されていたんだ‼」正也が叫んだ。
「俺たちはもうあいつらに頼らないし天国へ行くための日課もやらないぞ!」
「お仕置きがなんだってんだ!そんなの政明の痛みに比べたら対したことではない‼」隆弘が叫んだ。「いつか復讐してやろう!」洋が叫んだ。
「そうだ。そうだ!」皆が同意してくれて洋は少し得意げになった。そして様々な復讐方法を考えようと皆に言った。
色々な意見が出た。毎日の日課や寝るときなどの生活で困らせてやるという消極的な復讐から政明と同じように崖から突き落として殺してやれ!と過激な意見まで出た。
「けどあまり困らせると配給食がもらえなくなるかもよ?」と心配性の勇馬が言った。
「それならなんでもある物くってやろーぜ!果物とか貰ってるんだろ?それを奪えば良い!ってかあいつも食ってやろうか」としのぶが言うと
「でもあいつまずそうだしなぁ・・・食べやすい柔らかいのは顔だけじゃない?」と正也が言うと皆がそれに頷いた。
無邪気な集団の前には悪魔も戸惑う。
早速集団は食べ物を荒しに村田さんの宿舎へ押しかけた。遠くであの怖い犬の鳴き声が聞こえるが集団は怯まない。
集団の狂気はもはや止まるところを知らなかった。村田さんの宿舎に通ずる道をまるでイノシシの突進のように走り抜けて行った。そしてすぐに村田さんの部屋の前まで来た。洋は思いっきりドアに体当たりした。勢いよく空いたドアと共にドス黒い大きな悪意の塊が部屋になだれ込んだ。集団はまず村田さんの姿を探した。複数人で抑えていないと折檻棒で叩かれると思ったからだ。しかし村田さんの姿は見あたらなかった。部屋はすでに散らかり、何か様子がおかしいようだった。そしてドアから離れた部屋の奥で芋虫のように転がる村田さんを見つけた。
すぐに押さえ込もうとしたがどうも様子がおかしいことに洋は気づいた。
「動かないぞ」誰かが言った。
村田さんはどうやら死んでいるらしかった。しかし原因はわからない。
「これじゃあ復讐にならないじゃん」また誰かが言った。無邪気な悪意に満ちた子供達は村田さんの死になんの感情も抱かないようだった。ただ退屈に感じただけであった。
「とりあえずなんか食おうぜ」正也がそう言うと皆思い思いに部屋を漁った。
5分も経たないうちに集団は部屋の隅々まで食べ物を探し尽くしたようだった。しかし思うようにはいかず食べ物はほんのちょっぴりのお菓子といくつかの缶詰しかなかった。そうだ配給食があるんだからぜいたく品の果物などは村田さんが要求しないと無いんだ、と当たり前のことに気づき始めていた。そこで誰かが恐ろしい発言をした。
「じゃあ俺はこいつでいいよ」

真澄は様々な『処理』を終えて一息ついた。もちろん家医者ロボット任せではある。
幾分か気分が戻り真澄はここ最近の体長不良について考えた。就労前はこんなことおこったことなかったのに・・・やはり就労は身体に悪いのだろうか。と考え込んだ。
真澄は身体だけでなく心も病んでいることに気がついていなかった。その証拠に家医者ロボットが真澄の怪我を治した後真澄は無意識にロボットの電源を切ったのである。手負いの土荒を残して。そして一息ついたときに土荒の微かな弱弱しい呼吸音がやっと耳に入ってきた。
はっと気づいた真澄は土荒がいる方を一瞥するとまあ後で良いかという気持ちになり、メイドロボットにコーヒーを淹れさせたのである。その静けさに居心地の良ささえ感じていた。そして真澄は空腹を感じていたことを思い出した。食べてみるか・・・頭の中が食欲で満たされた真澄の目はらんらんと輝き怪しい光を宿していた。
その日真澄は珍しくメイドロボットの力ではなく自分自身で料理を行った。

ふと村田さんにも食べさせてみようと思いつき、下準備を済ました鍋をそのままに靴をはいた。

この日真澄は食に対する興味の一つが満たされた。さらに人の頭蓋骨や内部を肉眼で見ることができたことに喜んだ。つまり人の死に対して鈍感になっていた。
生前の面影が全く無い村田さんを見て真澄は食材を手に入れた喜びはあるものの、新しい人見つかるかなとめんどくさそうにつぶやいた。


   6―ライアンの冒険―

「父さん俺やっぱり行くよ。」
私はもう諦めていた。
「そこまで日本に行きたいなら行けば良い。もう立派になったしな。」と私は頑固な息子を見据えて言った。
「父さんのおかげだよ、もう二度と会えないけど俺は父さんを誇りに思う。」
「こんなことなら熱心に働くんじゃなかったよ。わかってるのか?日本人はあそこにいる豚どもと変わらないぞ。政府という飼い主からただひたすら餌を食べさせられてある年齢や体重に達したら天国に連れて行かれると言う。つまりただの安楽死だ。そんな一生になんの意味がある?ただ生きるだけならそのへんの畜生と同じさ、いや彼らも人間の言葉が理解できる翻訳機を通して話を聞いているから彼らこそ一生について深い考えがあるのかもしれないな。ともすれば日本人は豚以下の生物だ。」私はまだ引き止めれるのではないかとなるべく否定的なイメージ、噂を畳みかけるように話した。
「俺、向こうでも働くんだ。いやここの働くとは少し意味がちがうけど。誰か本当に尊敬できる人を探して無償でも付き人として一生ついていきたいんだ。できれば元外国人で日本にいつつ働いている人がいいと思っている。だって人間なんだもの!必ず向上心を持って働いている人はいるよ!そこで自分のできることや必要とされていることを実感しつつ興味のあることを知っていきたいと思う。」と言いライアンは荷物を詰めたかばんを背負った。
私は寂しさからか愛する息子にとんでもない言葉を吐く。
「そうかライアンわかったよ。お前は豚なんかではない・・・。」
「大好きだよ。パパ。やっとわかってくれたんだね・・・」
「ああライアン・・・お前は豚なんかではなく、一生ご機嫌取りをする犬だ。」
ライアンの笑顔は痛烈な言葉の暴力にみるみる曇っていった。そうして力なく行ってくるよと言い玄関へ向かった。
私は後悔した、がもう遅い。
こうして私の家族からライアンが消えた。



   7―成長―

 洋の身体はもうかなり大きくなっていた。
あの日以来正也達はまだ反抗して食事もあまり取らず毎日ぐだぐだと過ごしている。皆学級は上がりほとんどの子は自分のことを俺と呼ぶようになっていた。しかし洋は真面目を装うために自分のことを僕と呼びながらも中身は確実に成長していた。職員に嫌われないように数週間で日課などをこなす元の生活に戻ったからである。ご飯もよく食べるので周りよりも一まわりでかくなっていた。体重は大人の人と変わらないくらいに増えていた。洋は新しい職員にも懐き、また新しい職員も懐いてくれる数少ない子供である洋に可愛さを感じていたようである。洋は目標があったのだ。一足遅く入園したがクラスで誰よりも早く卒園し、天国へ行くメンバーに選ばれるという目標があったのだ。洋はこの頃から大人の人がしている『貯蓄』というものに興味があった。貯蓄は多ければ多いほど良いという事を理解していた洋は早めにすべきだと考え、毎日の食事を多く取り、日の持つものは蓄えていた。大人の人と違い、固定資産や『通貨』を得られなかったから食物を替わりとした。大人の人で働いている人は『通貨』というものを自分の欲しいものと交換するらしい。洋は真澄の趣味で集めた前時代のぶたの貯金箱型の容器に毎日蓄えた。その大きい容器は特大サイズで作られており、まるで自分のようだと洋は思った。自分の腹の中に食べ物を入れるのも自分らしいやと愉快な気持ちになり洋は満足していた。
ある日3つ上の学級で天国へ行ける者が選抜されると説明があった。中には2学級上の子供もいた。これを説明された洋は俄然やる気が出て、いつも以上にご飯を食べるようになった。このペースで行けば洋は誰よりも早く天国へ行ける気がした。故郷の母にも鼻高々で報告しようと考えていた。


私は疲れている。自分が自分で無い気がして毎日悪夢にうなされる。私は働くことも止めていた。正確には長期の休みを取っていた。だからお金を使えるだけ使、い食べたいものも食べてきた。しかしここにきて貯蓄が無くなった。働かなければ政府からお金をもらえない。新しい職員は毎日仕事に精を出しているようで、政府から報酬を得ていた。毎日毎日私はごろごろしていてただ配給食を飲み込むだけの毎日。私はダレだ・・・?そう毎日問いかけている。意味の無い思考に一日を費やしていると自分の存在に混乱してきた。私は人なんだ。犬や猫や牛や豚とは違う。生きていることに意味のある高等な人なんだ。しかしこの生活彼らと何がちがうのであろうか。ただすることもなく毎日同じものを生きるためだけに飲み込んでいる。それが当たり前の習慣に戻ると配給されたことに気づかず勝手に飲み込んでいる。豚共もこんな毎日だろう。汚い糞尿まみれの床に寝転がり、係りが餌をもってきたら仲間に負けじと喰らう。人と豚の違いってなんだっけ?四足歩行と二足歩行だけか?いや私は最近二本足で立っていない。感情もなくなっているようだ。何もしていないが眠たくなってきた。ぼんやりする意識の中で真澄は人影をみた。誰だ?職員か??政府のものか?いや違う。土荒なのか?いや土荒はあの怪我の日以来いなくなっている。幻覚を見ているのか。俺は死ぬのか・・・家医者ロボットが反応しないということは病気ではないはず・・・ああ眠い。真澄は意識を失い、また眠りについたようであった。




   8―失業―

 真澄はある日家のチャイムが久しぶりになったことで少し正気に戻った。目を覚まし誰が来たか確認するとどうも政府の人間らしかった。
真澄は話を聞きに玄関まで行くと封筒を差し出された。
そこには大きく辞令と書かれていた。真澄は勤労者にいつか訪れるチャンスの天国と呼ばれる施設に行けるという噂を思い出していた。ようやく真澄の番になったのだ。真澄はたんたんと封筒を空けるとそこには大きく解雇とだけ書かれている紙が入っていた。結局のところ真澄はなんのために働いてきたのかがわからない、答えの出ないまま天国へ行けるらしかった。真澄は集合日時をよく確認し、目を閉じて天に感謝した。

天国へ行く当日、真澄は子供の頃によくしていた日課をした。体重を量ったのである。労働を休んでいた期間が長かったということもあり、真澄の体重は以前にくらべてはるかに増大していた。しかし真澄にはもうどうでもいいことであった。ただ天国へ行くための書類に体重を書く欄があったからである。真澄は体重をかき終えると外にでた。家の前にもう迎えのバスが来ていた。結構な人数が向うらしく車内はぎゅうぎゅうのようだった。ここでふと真澄は気になることがあった。この人達は本当に勤労者なのか?多くの人がだらだら過ごしたであろう体形だった。みな若いではなく幼い顔をしている。非勤労者特有の顔である。いやしかしこの天国に行くということは特別なことであるはず。真澄は自らの勤労の苦労を思い起こしていた。結局は同じなら私もわざわざ働かなくても良かったのではと思いかけて真澄は頭を振った。違う私はその時々のよろこびのために働いていたのであって天国へ行くことはただの結果、おまけである。真澄は何度も自分にそう言い聞かせた。ここで真澄は友人達を思い出した。あいつらとは違う。現にあいつらはここには居ない。もうしばらく連絡をとっていないけどまだ家で遊んでいるのだろう。私はあいつらとは違う・・・バスのきしむ音がずっと聞こえていた。
しばらくするとうとうとし始めていることに真澄は気づいた。喜びで興奮しているはずなのに身体は睡眠へ向う一方であった。真澄は辺りを見回すと起きている人は誰もいなかった。運転手を除いては。そこで真澄はぎょっとした。運転手の横で見覚えのある円筒状のものを見つける。あれは・・・睡眠導入薬?何故眠らすんだ?場所を知られたくないから?いや窓なんて付いてないのだから元より外は見えない。これは何かおかしい気がする・・・と真澄は薄れ行く意識の中で危機感を感じていたが迫り来る眠気には勝てず床に倒れこんだ。



   9―旅立ち―

 園長が変わってから月日が経ったある日、洋達は元々園長が住んでいた家に遊びに行ってみた。今の園長は自分で家を立てたらしくそこは空き家になっていた。ドアが開いていたのでそこから洋達は侵入し、探検をした。メイドロボットが迎えにきて、洗濯物はありますかと尋ねてきたが洋達はそれを無視して奥へ入った。特に食べ物はないようである。あらかた探し終わり洋達が居間で休憩しているとセンサーでネットが開かれた。
ニュースがやっているようだが洋達には難しい言葉が多すぎて理解できなかった。
初めに動物の愛護団体がぜいたく品の食肉を止めるようにというデモを行っている映像が流れた。洋達にはそれがただ大人の人が集団で行進しているだけに見えた。その後生肉の映像が映され洋達のお腹は何かを要求しているようであった。誰かがまたあいつらを食べたいなとつぶやいた。
「立った今緊急速報が入りました。」
大人の人の焦っている声と尋常ではない様子から洋達はぎくりとした。
「はんせいふそしきがぼうどうをおこしています。彼らは新人るいと名乗っており、いぜんからきけんしされていた団体です。せいふかんていにせめこんでいるようです。繰り返します・・・。」
洋達はその異常な空気に飲まれながらも自分たちの行いを非難されているように感じ家を後にした。
「今入ったじょうほうに・・・何人かはすでに死亡しており、はんにんグループの名前は・・・太、誤等・ のぶゆき、・・ どあら、付き人のら・・ん、・・・ 男・、です。次々とししょうしゃの・・・が・・・ます。」メイドロボットが何かを言いかけたところで洋は後ろ蹴にドアを閉めた。
洋は緊急速報の前に流れていたニュース映像を気にかけていた。あの肉辺はなんであったのだろうか、以前食べた肉とはまた別の生き物の肉なのであろうか、どのような味がするのか?洋の興味はその映像に注がれ、いずれまた別の肉も食べてみたいと考えた。そしてふと自分もまた誰かに食べられるのではないかと半ば革新めいた空想を考えて嫌な気分になった。







   エピローグ

 政府―暴動対策チームにて
「遺留品はほとんど黒こげになってて残ってないようだ。」
「まあ体内のデータを読み込めば問題ないだろう。」
「そうだなまずはこいつからいくか。」
ナンバー024253466987番 中村 土荒のデータ

「は~こいつは母が反政府組織に入っていたのか。」
「家から出なければこんな死に方しなかったろうに」
「だよな~もう食えるところもない。」
「不謹慎だぞ。」
「すまんすまんでは次・・・」



ナンバー024253466987番 中村 土荒
―○月2日
今日は散々だった。ライアンには反抗されるは真澄は無視するわ・・・。良いことないなぁ。もう家を出よう。母さんなら愛してくれるかな・・・。

―○月25日
ようやく母と再会。母は一人になっても働いているらしく、自分で選んだ伴侶と暮らしていた。男は反政府組織の上役らしい。母と会って第一声が使えるのが来た!だった。ここでも愛情はもらえないのだろうか。
―○月12日
自分の人生について考えた。このまま生きてるだけじゃなんの意味もない。働けばその意味がわかるのかな・・・?少し父を思い出した。
―○月27日
新しい父の言うことは最もだ安楽死させられて配給飯になるなんて嫌だ!ここで過ごした数年で色々なことがわかった。俺は生まれかわったんだ。全ての裏側を知っているんだ。必ずこの国を潰してやる。そして皆が生き甲斐を見つけ、死ぬまで毎日働ける理想郷の日本を作るんだ!明日いよいよ決行だ。今夜だけは配給飯を食わずに豚を食おう。ああ、懐かしい匂いがする。

―END

理想郷、日本

理想郷、日本

洋と真澄とライアンの物語

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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