防御は最大の攻撃

 防御に身を固めた。
 俺はもう核弾頭が東京を襲っても、ハワイで快適に過ごすことができるほどの防御力を身につけたと思う。
 防御こそ最大の攻撃。あまりに防御が硬すぎると、相手はうんざり感が極限に達し、自滅するのである。
 俺はさらに防御力を高めるため、南極大陸へと向かった。
 南極大陸は無許可の上陸が禁止されているが、俺は防御力を生かして、国からの呼び出しもがっちりガードしているのだ。

 南極はペンギンが所狭しとたむろし、白と黒の割合で言うと7:3といったところだった。
 極寒のブリザードが吹き荒れていたが、俺はがっちりガードを固めていたので、小春日和の午後のように快適に感じていたのだ。その総重量はざっと70kgといったところである。
「それじゃあ、さっそく修行をはじめっか」
 まず手始めに地表の氷を砕き、地面に到達することを目指した。
 南極の氷の厚さは、平均1900m。
 俺は地面に手刀を繰り出し、およそ2mmづつ掘り進む作業を繰り返していった。
 およそ5cm程掘り進めたところで、少し休憩を取る事にした。
「あ~、だるい」
 俺は身に着けた防具を一つ一つ脱いでいった。
 運動した後だけあって、極寒の南極でもランニング一枚で過ごせるように感じられた。
 最初の5秒くらいは。
 即行で防具を身につけ、手足を丸めて小刻みに震える俺だった。
 まだまだ完璧な防御には程遠い、そう痛感せざるを得ない出来事だ。
「ま、まぁ、これからさ」
 俺は再び修行を始めるべく、食事をすることにした。
 北極の民、イヌイットはアザラシの肉を主食としているとのこと。
 俺はアザラシを捕食すべく、流氷の上を飛び回った。
 5つ目の流氷につくと、アザラシが無防備に寝そべっていた。
「ふふふ。そのかわいらしい腹をかっさばいてやるぜ」
 俺はアザラシに渾身の逆水平チョップを食らわした。

 ばふっ。

 アザラシは微動だにしない。
 ぬうう、やはり攻撃は苦手。俺の本分は防御なのだから。大体、どう考えてもアザラシを素手で倒すのは無理だ。アザラシに襲われても、無傷で乗り切る自信ならあるが。
 するとアザラシはおもむろに歩き出し、海中へと消えていった。
 そして、5分ほどすると魚を咥えて戻ってきた。
「まさか、俺にくれるって言うのかい、食おうとしていた俺に」
 俺は感動で、目の前が真っ白になった。
 涙が凍ったためだ。
 しかし、アザラシは普通に魚を食べ終わった。
「なんなんだ、バカにしてんのか」
 しかし、俺は防御の男。そんな仕打ちでは、気持ちに少しの乱れも生じない。早々にその場を立ち去ろうとしたその時。
 アザラシが、何か差し出してきた。
 見るとそれは、小さいエビのようだ。
「これはっ、やはりアザラシはいいやつだよ、食べようとしてごめんよ」
 と心の中で思いつつ、一口頂いた。
「うまいよ、これだよ」
 俺は感謝と後悔の念で、アザラシに対して一生付いて行ってもいい程の敬意を持っていた。
「ありがとう、アザラシ。お礼にイナバウアーを披露するよ」
 俺はアザラシの前で、華麗に氷の上を滑り抜けた。
 アザラシはとても感心した様子で、しばらく目を閉じて寝そべっていた。
 きっと、感動を噛み締めているのだろう。
 そして、そのまま寝てしまった。
 恐らく、感動してもらえたと思う。そう信じたい。

 俺はアザラシに別れを告げ、再び陸地の方へと戻っていった。
 戻ってみると、南極大陸の空はコバルトブルーに澄み渡り、ペンギン達は盛んに餌取りをしていた。
 そうだ、よくよく考えてみると、自分で潜って海産物を水揚げすればいいじゃないか。
 ということに気がついた俺は、鉄壁の防御を誇るウエットスーツに身を包み、海底へと旅立った。
 こんなこともあろうかと、ピチピチのウエットスーツを下着代わりに着てきてよかった。
 ちょうど、プールに向かう小学生のようなものだ。

 トプン。

 俺は、心臓麻痺に気をつけて、ゆっくりと海に入った。
 南極海はどこまでも透明な紺色で、ペンギン達が所狭しと泳ぎまわっている。
 そして、ショウワギス、ウロコギス、ボウズハゲギス。
 こう見えても、学生時代は魚介類同好会に所属していたからね。
「ぬおおおおおお!」
 とりあえず、そばにいたボウズハゲギスを手掴みしてみた。
 楽勝楽勝。
 さっそく、上がって食すとしよう。
 俺は、ボウズハゲギスをから揚げで食す事にした。
 今まで、どうやって南極に来たかについては一切触れていなかったが、実のところ自家用原子力潜水艦に乗ってきたのだ。
 そんな訳で、俺は潜水艦の調理室にてから揚げにすることにした。
 だったら、食料も積んできてるんじゃないのか? 取る必要あるの? と思うかもしれない。
 しかし食料はほとんど積んでいないのだ、防御用品で一杯だから。
 とりあえず油に火を入れ、温度が上がるのを待つ俺だった。
 そろそろかな、と指で温度を確かめてみた。
 180℃くらいだな、オッケーオッケー。
 もちろん火傷などするはずも無い。くどいようだが、防御力は常人の300倍はあるのだ。
 測定方法は不明だが。
 俺は魚を油にいれ、しばし待機した。
 パチパチという音と共に、香ばしい香りが辺りに広がっていく。
「もういいかな」
 絶妙のタイミングを見計らい、俺は魚を網ですくい取った。
 そして、おもむろにほお張った。
「あふい、あふ、あふい」
 口の中の防御力は、まだまだ甘いようだ。
 しかし、一匹だけでは到底腹が膨れるには至らなかった。
 大体焦りすぎだ、一匹のためにわざわざ油を熱してしまったじゃないか。たくさん取ってから、帰ってくればいいだけのことだ。
 自分に腹が立った俺は、大急ぎでウェットスーツを身にまとい、潜水艦の中から海中へと飛び出した。
 だが、火を消し忘れた事を思い出し、すぐさま引き返したのだった。
 火を消したとき、はたと気付いた。
 そういやあ今日から3月じゃないか。南極で3月といやあもう夏も終わり。これから寒い冬がやってくるわけだ。年中寒いが、特に寒いのだから防御力を上げるにはもってこい。
「よし、やるぞ!」
 気合を入れた俺は瞬く間に大量の魚を捕獲し、次々と煮え立った油に放り込み、流れ作業で口に放り込んだ。
「うまい! これだ、これだああ!」
 ということで、すっかり腹が膨れた俺は、一睡することにした。

 はっ!

 目を覚ました俺は、周囲のこの世のものとは思えぬ、独特の雰囲気に身を震わせた。
「来る、奴が来る!」
 俺はあたふたと身支度を整え、再び南極大陸に降り立った。
 辺りは完全な静寂に包まれていたが、俺には奴の息遣いが、地の底から聞こえてくるように感じられた。
「ちくしょう、まだろくに修行しちゃあいない。飯を食って、寝ていただけじゃないか」
 しかし、もう時間が無い。
 俺の鉄壁の防御力の1つである感知能力には、奴との距離が急速に縮まっていることがはっきりと感じられていた。
 その時だ、辺りに楽しげな歌が響き渡った。
「明かりを点けましょ、ぼんぼりに~」
 あああ、来た! 今日がひな祭りだということは、俺は丸一日寝過ごしたことになる。しかし、そんな事に驚いている場合じゃあないのだ。
「久しぶりだな、秋山」
 南極の空に、甲高い声が響き渡った。
「あ、ああ、久しぶり」
 俺は防御を完璧にするため、弱気に見せる作戦にでた。
 あくまで、作戦だ。
「私の完全なる攻撃に恐れをなして逃げたお前。しかし、私の攻撃に終わりは無い」
 俺の鉄壁の防御力の1つ、逃走力に敵わず見失ったというのに何て言い草だ、と心の中で思ったが、口には出さなかった。口に出すことは、奴の攻撃力アップに繋がるからだ。
「そんな事言わないで、仲良くやろうじゃないか」
 俺は奴の戦意をくじき、攻撃の手を弱めるため、友好的な態度に出た。
「バカな、攻撃してこその私。攻撃をやめることは、私をやめるのと同じことだ」
 ううむ、やはりやるしかないか。
「そうか、それなら」
 俺は覚悟を決め、腹当ての紐を締めなおした。
「来い!」

 シュババババッ! シュビッ!
 ふぉお、ぐふ、まだまだぁ、ぬおお、ぐふぉお、はう。

 細かいことはどうだっていい。分かっていることは、奴が攻撃をし、俺が防御する、それだけだ。
 奴の拳、蹴り、頭突きを、時にはかわし、時には受け、時にはまともに食らう、そんな時間が延々と続く。
 それが、俺たちの宿命なのだ。
 奴の正拳が俺の顔面にヒットする。
 まだまだ、なんてことは無い。俺の防御力からしたら奴の攻撃力など、瓢箪から飛び出した駒のようなものだ。
 かなり驚くほどだということだ。
 もう、ダメかもしれない。
 俺の防御力は刻一刻と低下していた。
 奴の攻撃力も刻一刻と低下しているのがわかるが、俺の防御力の方が押され気味である。
 いかんぞ、このままじゃ、いかんいかん。
 しかし、俺には秘策があった。
 ついにこの技を出す時がきたか。
 あまり使いたくはなかった。防御は最大の攻撃、それを決定付けてしまうことが怖かったのだ。
 しかし敗北には替えられない。俺は腰にある開閉ハッチを開け、緑色のボタンをクリックした。
「クリック! クリィーック!」
 俺の体からは眩い光があふれ出し、奴は怯んで攻撃の手を緩めた。
 そして、徐々に明らかになっていく禁断の秘儀。
 俺は自らの防御力の圧倒的な高さに、しばし呆然となるほどであった。
 これが俺の究極の防御形態。
 修行の成果は反映されていないが、それでも究極であることには変わりはないだろう。
 どのへんが究極かっていうと、ビニール状の防護服から透けて見える乳首のあたりだろうか。
 服の反射率を高めることにより日光を反射し、相手の視力を奪うのだ。
 無論、強度はダイヤモンドに匹敵する。
 週刊ダイヤモンド程度ということだ。
 体を鍛えていなければ、破ることはできないだろう。
「はは、それで身を守ったつもりとは、片腹どころか、両腹痛いわ」
 すっかり身を守っているつもりになっていた俺は、え? そうなの? と体を見回した。

 ふんっ!
 バリバリッ

 究極の防御形態は、究極の攻撃によって敗れ去った。
 奴の研ぎ澄まされた爪が、俺の防護服を単なるビニール袋に変えてしまったのだ。
 元々じゃないか、とかは言いっこなしである。
 しかし、これこそ俺の思う壺。
 防護服に仕込まれた粘着成分によって、奴の体の自由は奪われた。
「むはは、どうだね、俺の究極の防御策」
「ふごふご、ふごふご」
 奴は、口を開けることもできず、もがいている。
 俺は、とりあえず、寒さに耐えられるよう服を着ることにした。
 服を着なければ、普通に死んでしまうからだ。
 服を着て改めて見てみると、奴はどうにかこうにか口についた防護服を外したところだった。
 攻撃できなければ、もはや俺の勝利は確定。
 俺は奴に勝利を宣言すべく、マイクの電源を入れた。

「アニキー、もう俺の勝ちだろ、アニキー」

 言ってやった。
 似ていたかどうかは定かではないが、かすれた感じは出ていたと思う。
 奴は観念したのか、ぐったりと横になっていた。
 俺は奴の傍らに歩み寄り、守りの大切さを熱く語った。
 どのくらいの時間が経っただろうか、俺はぼちぼち防御ネタが尽きてきたので、奴の表情を確認した。

「む。
 おい、おーい!
 大変だ、全然動かないぞ」

 大急ぎで、潜水艦に運び、ベッドに横にさせた。
 そして俺の鉄壁の防御力の1つ、治療能力によって応急処置を施した。
 よかった、命に別状はないみたいだ。
 それから、丸三日の時間が流れた。
 俺の必死の看病により、奴は目を覚ましたのだ。

「ふふふ、気がついたか」
「ああ、なんてこった、攻撃できないというショックのあまり、気を失ってしまうとは」
 奴の目はじんわりと潤んでいるように見えた。
「もはや、俺を攻撃することはできん。俺の完璧な防御が勝ったのだよ、むほほ」
「そうか、そうだな、完敗だ」

 こうして俺たちの長きに渡る戦いは、幕を閉じたのだった。
 俺は、南極から舞い戻った。
 勝者として。
 防御こそ最大の攻撃。この事を俺は、全世界に伝えなければならない。
「ああ、そこの君、受身の取り方を学ばないか?」
「ちょっといいですか? 盾の使い方を教えましょう」

「教えてくれ、防御ってやつをな」
「谷川!」

 奴はにっこりと微笑んだ。
「もちろんだ、では、まず、面のかぶり方から」

防御は最大の攻撃

防御は最大の攻撃

防御こそが攻撃に勝る。そう信じ、ひたすらに防御力を高める一人の男がいた。

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-30

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC