血液型確定社会

残念ですが、このお子さんは間違いなくB型です」
医者の声が無慈悲に響く。この世には、神も仏もないものなのか、なぜ、私の子供がこんな目に合わなければならないのか。
そういう考えが、妻の顔から易々と読み取れた。
対する僕はと言うと、随分と冷ややかな気持ちでこの二人を見ていた。
僕は、実を言うとB型である。ただ、僕自身そうだとは知らずにずっと生きてきた。自分の血液型を知ることになったのは、僕が妻と結婚し、子供ができたと母に知らせた時だった。
「実は、お前はB型なんだよ」
奥さんには内緒にしておきなさい、という母をしり目に、僕はあまり現実味がないまま立っていた。
世の中には、四つの血液型がある。それはA,B,AB,Oの四つで、この中でも特にB型は性格、行動、すべてにおいて自己中心的。あまりにも他者を憚らず、重大な犯罪をいくつも起こしてきたため、百五十年ほど前に根絶を求められ、世の中のB型は消えうせた。
これが、僕が習った歴史である。そのB型像に、僕は似ても似つかないのだ。現実味がないのも無理はないといえよう。
そのB型の僕がなぜ生きているのかと言うと、母が変わり者だったからである。母は僕を身ごもったと知ると、その後一切の診断を拒否したのだ。母にどのような思惑があってそうしたのかはわからない。しかし、昔、母から聞いた、母が子供の頃の出来事に影響しているのではないかと思う。
母がまだ幼いころ、母の母、つまり僕の祖母は男の子を身ごもっていた。日に日に大きくなっていくお腹を触り、母は今か今かと弟の誕生を待ちわびていたのだ。しかし、その日々は唐突に終わる。祖母のお腹の中の子供はB型だったのだ。その後、何日か祖母が入院し、帰ってきた。母はてっきり子供が産まれたのだと思って出迎えたのだが、お腹が小さくなっているのにどこにも赤ん坊が見当たらない。どういうことなのか聞いてみると、祖母は言ったのだ。
「血液型がB型の人は恐ろしいからね! あの子は死にましたよ!」
祖母も動揺していたのだろう。もう少し、母を気遣うべきだった。それから、母は理不尽に消された弟のことを想いながら生きていくことになった。
なぜ、血液型ごときで弟は殺されたのか。
考えても答えはでない。それが普通である。世の中では血液型で人物を選別するのが当たり前だし、母もそういう教育を受けてきた。結果、弟を殺された恨みと、B型に対する恐怖にがんじがらめになってしまっていたのだ。
そして、自分が子供を産む番になった。きっと、母は自分の子供がB型だったとき、どういう行動に出るか恐ろしかったのだろう。だから、診断を受けずに、すべてを運に任せたのではないか。
結果、産まれた子供はB型だった。しかし、産まれてからも母は血液型に関することだけは頑として聞こうとしなかった。母がそれを知ったのは、僕が小学校を卒業する頃だ。
僕に、僕の血液型を知らせるときに、母はこうも言っていた。
「あんたを育てて確信したよ。血液型は当てにならない。弟も、きっとあんたみたいにいい子に育っていた。それなのに、私はそれを信じてやれなかった……。この世界はおかしいよ。血液型ですべてが決まるなんて、狂ってる。あんたには、それをわかって欲しい」
僕も、そうだろうと思っている。この世界はおかしい。その生き証人として、僕は何ができるのか、気付くとそういうことを考えている。
病院を出る。妻はうつろな顔をして僕の横を歩いている。無意識に、右手で少し大きくなったお腹をさすっていた。
「なぁ、子供、どうするつもりだ?」
僕は妻に尋ねる。しかし、妻は黙ったまま、顔を左右にゆっくり振るだけだった。
「僕は、産んでほしい」
そういうと、妻は急にこちらを鋭い目でにらんできた。
「簡単に言わないでよ! B型なのよ! 恐ろしい、呪われた子よ!」
ここで、僕の血液型を言ってしまったら、妻はどうなるのだろう。一瞬、そういう考えが頭をよぎったが、事態がよくなるとは思えなかったので、すぐに考えを改める。言うなら、もうすこし、落ち着いたあとの方が得策だ。
家に着くと、妻はソファに座りこんでしまった。僕も、妻の向かいのソファに座る。買ったばかりで、ふわふわと柔らかい感触が、僕を包んだ。
「社会科の教科書に書いてた、B型に関する記述。覚えてる?」
僕は妻にそう問いかける。
「忘れるわけないじゃない。B型は残忍で性悪、人を殺すことに何も感じない。悪魔のようなやつら。そんな感じのことが書いてたわ」
しかし、それは間違っている。
僕は、自分の血液型を知った後、図書館だったりインターネットを使ったりして、世の中の犯罪者について調べたり、過去の文献を調べたりしたのだ。
だが、図書館ではなにも情報を得ることはできなかった。新聞や書物などをいくつも見てきたが、それらしいものは、百五十年以上前のものが存在しなかったのだ。
なので、インターネットを使って調べてみると、図書館での不作がおかしく思えるほど情報が出てきたのだ。いや、現におかしいのだ。
インターネットの情報は、書物や新聞などのアナログ情報と比べて容易に拡散してしまう。つまり、新聞などと比べて遥かに情報規制が難しいのだ。
中には、英語の記事もあったが、それもなんとか翻訳して読んだ。それによってわかったことがいくつかある。

・犯罪者の血液型が公開されるようになったのは、百五十年ほど前だということ。
・国による大掛かりな情報規制が数十年前に行われたこと。
・犯罪者の血液型公開制度が実施された頃は、まだ様々な血液型の犯罪者がいたこと。
・血液型占いというもので、B型はひどい扱いをされていたということ。

このほかにも知り得た情報で考察すると、どうやら事の発端は血液型占いにあるらしい。
血液型占いがはやり始めた時、すでにB型のイメージは自己中心的というものだった。そして、血液型占いはいつしか市民の中で、絶対的な物と信じられるようになった。そこに追い風が吹くように、犯罪者の血液型が公開されるようになる。実際には、犯罪者の血液型がB型に傾いているということはなかったであろう。しかし、マイナスイメージのついているB型は、悪い意味で目立ち、徐々に周囲からさげすまされていくようになった。そして、過激派の一言で、世論は一気に動くこととなる。
「B型は害悪だ。この世から排除しよう」
もちろん反対する者もいた。しかし、世の中は多数派が正義だ。多数派による強行で、反対派は居場所を失い、とうとう崩れ去ってしまった。
その後の多数派がとった行動は、とても民主国家とは思えない所業だ。
血液型がB型の人間を排除したり、反対派がいたということが知られないよう規制をかけたりした。また、過去の文献においても、血液型占いを非難するようなものは排除された。
そして現在、B型を強制排除するということはもうないが、B型への印象は最悪のままだ。
妻の目を見つめて言う。
「もしも、B型が習った通りのような人間ではなかったら?」
「そんなわけ、あるはずないわ」
妻は僕のことを白い目で見る。
「どうして、そんなありもしないことをいうの? あなたも習ったでしょう?」
「でも、君は実際にあったわけではないだろう?」
「あるわけないじゃない! B型の人間はもうほとんどが昔に排除されているのよ! それに、例え子供を身ごもっても、ほとんどの人はB型と知ると中絶してしまうわ!」
「でも、君は悩んでいるんだろう?」
妻は俯いて黙り込む。そして、こういった。
「悩むに、決まってるじゃない。あなたの子供なの。私の子供なの。お腹の中で、もう生きてるのよ」
前髪から覗く妻の顔は、ひどく哀しげだった。


翌日の朝起きると、妻は珍しくまだ寝ていた。昨日の今日で、まだ心の整理がついていないのだろう。今はゆっくり休ませてやろうと思い、朝食を二人分用意して、仕事へ向かう。
職場に着いて仕事を始めてからも、僕は心ここに在らずという状態だった。自分がB型だということを、どういうタイミングで妻に打ち明けるべきか、そして、今身ごもっている子供をどうやって産むように説得するか、ずっと考えていた。
昼休み、社食に行って何かを食べようかと思っていると、後ろから声をかけられた。
「お前、今日はどうしたんだ」
振り向くと、入社以来の付き合いをしていた藤本がいた。藤本とは、入社式で知り合った。お互いのことを知らなかったのだが、実は出身校が同じだったということもあり、よく飲みに行ったりしていた。僕の血液型が判明してから、唯一それを教えた人物だ。
「子供がねぇ……」
社食では知り合いも多いので、会社近くのラーメン屋に来ている。そこで、藤本に事情を説明したのだ。
「そりゃ、お前がB型だから、子供もそうなる可能性はあったわけだもんな」
「うん。わかってたけど、いざそうなると、どうすればいいやら」
「まだ、自分の血液型のことは奥さんに言ってないのか?」
「うん。今いったら、余計に混乱させちゃう気がして」
そう言ったきり僕らは黙り込んで、出されたラーメンを食べ始めた。
「俺も一緒にいたら、少しは混乱もやわらがないかな?」
ラーメンを食べ終えて、店から出てすぐに藤本は言った。
「ほら、こいつはB型だけど、言う程悪い奴じゃないですよー、ちゃんと理解者も少しはいますよー、って」
「そんな簡単な話じゃないだろう。お前は、元からこういう話に無頓着だからよかったけど、妻は心底血液型主義なんだ。まんまと国のやつらに乗せられてるんだ」
歩きながら、僕は続けた。
「常識が、根底から覆るって、すごくこわいんだよ」
すると、横から軽いパンチが飛んできた。
「そこを、ケアするのがお前の役目だろう。どんなに混乱しても、怖くても、真実を受け入れなきゃはじまんない。お前は、それをサポートするんだ」
「簡単に言うな、お前」
「他人事だからな」
笑いながら、藤本はそういった。


会社が終わり、帰路に着く。電車に乗って、バスに乗り継いで、降りてから歩くこと十分程度。家が見えてくると、少し緊張してきた。昼寝からまだ起きていませんように、だとか、買い物で手間取ってまだ帰ってきていませんように、だとか考えながら近づいたが、無情にも窓からは明るい光が煌々と輝いていた。
「ただいま」
玄関を開けて言う。靴を脱いでキッチンを覗くと、妻が料理をしていた。
「あ、おかえりなさい。ごめん、帰ってきた音、聞こえなかったみたい」
野菜を炒める音がキッチン中に広がっているので、それも無理はない。だが、それ以外にも、妻はやはりどこか気が抜けているようだった。
「お風呂、もう入れるからね」
「ありがとう」
背広を脱いで、堅苦しい服から解放された体をあたためるために風呂へ向かった。
風呂を上がって、妻の作った夕食も食べ終わった僕らは、夜のバラエティ番組を見るともなしに見ていた。できればまだ何もしたくないが、いつまでもこのままではらちが明かないので意を決してテレビを消す。
「どうしたの?」
妻がこちらを向いてきたので、僕も体ごと妻の方を向く。無意識に、苦手な正座の姿勢になっていた。
「僕らの子供と、僕のことについて、大事な話がある」
妻の顔が曇った。まるで、考えないようにしていたのにとでもいうように僕をにらむ。
「これから僕の言うことは、結構ショックなことかもしれないけど、聞いてくれ」
深呼吸をする。一回、二回、三回……。四回としそうになって、いいかげんにやめようと止める。
「僕の、血液型に関すること」
そういうと、妻は体をびくっと震わせた。
「僕も、その子が出来てから母さんから聞いたんだけど、僕の血液型は、どうやらB型らしい」
「嘘!」
妻が突然に大声を上げる。もちろん、信じたくないのだろう。だが、そういわれることは予測済みなので、僕は区役所でもらった戸籍を見せる。ちなみに、戸籍に血液型をのせるようになったのは、犯罪者の血液型を公表されるようになるちょっと前だ。
「嘘……」
妻の目が泳いでいるが、僕は気にせず続けた。
「本当だ、僕はB型だ。だけど、君の知っているB型ではない。思い出してみてくれ。B型に限らない話だ。今まで生きてきて、血液型を正確に当てられたことなんてそうそうないだろう?」
A型は几帳面、O型はおおらか、AB型は天才。血液型で人間が決まるわけではないというのは、少し考えればわかることだ。この世界に、たった四種類の人間しかいるわけがない。そんな当たり前のことに気付かないほど、この世界はおかしい状態なのだ。
「僕だってそうだ。いや、僕だけじゃなくて、きっとB型の人間みんなそうだ。血液型を当てられたためしなんてない」
一度深く息を吸って、吐いた。
「だから、その子がB型だからといって、凶悪人が産まれるわけじゃない。信じてくれ。今は無理でも、僕が証明する。これから少しでも、行動を起こす。B型は悪じゃないと世間に伝え続ける」
この問題は、僕たちだけの問題ではない。世界中の人間の問題だ。罪のない子供たちが、ただの偏見によって殺されている現状。それは絶対におかしい。なんとかして、少しでも救いたい。幸い、僕には藤本という理解者がいる。行動を起こすには、十分すぎる戦力だ。
あとは、妻の返事だけ。妻一人説得できずして、どうやって世界を相手にするのだろうか。だが、もし妻がこの現実を受け入れようとしなくても、僕は妻に主張し続けるだろう。B型は悪ではない、みんなと同じなんだと、妻が受け入れてくれるまで。
「あなたは、B型」
妻はつぶやく。
「この子もB型。だけど、あなたは悪人でもなんでもない。私の好きな人」
僕の目を見つめる。
「信じて、大丈夫?」
その目には、不安が見て取れた。
「必ず、なんとかする」
妻が、お腹を右手でなでる。
「あなたのお父さんは、かっこいいね」
そう小さく言っていた気がする。あまりにも小さくて、うまく聞き取れなかったのだ。だけど、聞きなおすのも気恥ずかしいので黙っていた。


風当たりは厳しい。それは、別に今日の天気があまり良くないという意味ではなく、職場での僕の立ち位置が、という意味である。
妻に告白した次の日、まず僕は会社の同僚に事実を打ち明けた。藤本も一緒にいてくれたのだが、緊張で足がプルプルと震えていた。
その後の同僚の反応は様々であった。
ショックを受けているもの、あからさまに僕の目を見ようとしないもの、驚いてはいるが、決して悪い印象を抱いているわけではなさそうなもの。
いまだ、百数十年の偏見と言う名の壁は立ちはだかっている。だけれど、僕は戦っていく。
理解者の為に、なにより、愛する妻と、その子の為に。

血液型確定社会

血液型確定社会

血液型がB型の人は、自己中心的で残忍、人殺しを何とも思わないと信じられている世界で生きる、数少ないB型の男の話。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-30

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