びゅーてぃふる ふぁいたー(8)

誕生Ⅱ―Ⅱ

 さあ、準備はどうだ。プレイヤーが顔を近づけてきた。うっとおし顔だ。あたしを見つめている。一体、どんな、コスプレになるのか。だいたい想像がつく。じっと見つめる視線。鳥肌が立つ。嫌悪感だけが走る。そんなに、顔を近づけるな。歯をちゃんと磨いたのか。歯ブラシを上下だけしたんじゃないのか。歯の裏も磨いたのか。エナメル質が黄ばんでいる。少し、茶色も帯びている。コーヒーの飲み過ぎか。臭わないけれど、口臭の廃棄物処理場だ。
 魚眼レンズのように、プレイヤーの顔が見える。眉毛が濃い。目がくるりとしている。鼻は押しつぶされたような団子鼻だ。口は大きい。あたしのタイプじゃないことは確かだ。吊った立ったままじゃなく、さっさと、椅子に座れ。
 いやしくも、ゲームだぞ。あんたにとっては、時間つぶしだが、あたしには命がかかっているんだ。正坐して、よれよれのTシャツの襟を正せ。そして、スタートボタンを押せ。プレイを始めろ。そうすれば、あんたの顔なんか気にせずに、あたしは集中して戦える。
 おっ、どこへ行く。あたしの声が聞えないのか。キッチン、いや、そんな、きれいなものではない。ステンレスの流し台があるだけだ。そこで、何かを探している。
 口にほうばる。ほうばる。菓子パンだ。冷蔵庫を開けた。一リットルの牛乳パックを掴んだ。そのまま蓋を開け、三角形の飲み口から牛乳を流し込んでいる。右手には牛乳パックを持ち、左手にはバナナを一本、口には、メロンパンを咥えている。
 なんだ、この食事は。もっとましなものを食べないのか。バナナは許せる。だけど、あたしだったら、お肌のことも考えて、もう少し野菜や果物など、食べる種類を増やす。一日三十品目だぞ。いや、失礼。訂正する。あたしは、食事なんかを摂らなくても、十分、この美貌を保ち続けられる。ゲームソフトを動かすのは電気なんだから、あたしは電気女なんだ。
 なんだか、ショック。電気が体 中に走ったみたいだ。電気を喰う女なんて呼ばれると、美貌とは程遠いように思われる。髪の毛が逆立ち、目が吊り上がり、口角も笑みを浮かべているように見えるどころか、口裂け女のように、耳まで尖端が斜めに切れ上がっている感じがする。あたしのことなんか、もういい。問題は、奴だ。ゲーマーだ。
 メロンパンの表面が、かさぶたのようにぽろぽろと携帯のキーボードの上に落ち、隙間と隙間にはいる。キーが打てない。押しても下がらない。
いい加減にして。あんたは、これまで家庭や学校でどんな教育を受けてきたのだ。食事をしながらテレビや新聞を見てきたばかりじゃないの。ながら癖が、キ―を打つときまで影響を与えているんだ。もういい。さっさと、初めて。
 あたしは、あんたのお母さんでも、妻でも、恋人でもない。そこまでの面倒はみられない。男って、いつもこうなんだから。外ではえらそうな顔をしている癖に、家に帰ると、何もしない。ただ座っていれば、風呂や食事、掃除、洗濯ができていると思っているんだ。自分から動こうとしない。
 と、言っても、これは受け売りの言葉。あたしは美女戦闘員。食事や風呂や掃除、洗濯なんかはしない。ただ、ゲームプレイヤーの指示に従って目の前の敵を倒すだけ。もちろん、最近は、どんくさいプレイヤーに変わって、あたしの意思で敵を倒すことにしている。
 あたしの姿が決まった。何、これ?あたしはセーラー服を着ている。白の長シャツに、胸元は紫のスカーフ。スカートはミニ。太ももが半分程度見えている。少し屈めば下着が丸見えだ。下着は白。靴下は、ルーズソックス。待って、あんたはいつの時代の生まれなの。今頃の女子高生や中学生が、こんなダサい靴下なんか履くわけなんかないじゃないの。このプレイヤーの嗜好がわかる。自分の欲望をあたしに具現化させたわけだ。
 いや、悪いのはプレイヤーじゃなく、選択権を与えたソフト側だ。ちょっと、マザー、少しは時代を反映してよ。このままじゃ、時代に取り残されて、誰も相手にされなくなるわよ。あたしが、このまま勝ち続けて、本陣にいるマザーに会えたら、意見してやろう。
だが、その時は、このゲームを、マザーを破壊するときだ。靴下の選択肢に、ルーズソックスを削除する必要もないから、無意味だ。
 そう言えば、以前、高校の教師をしているプレイヤーが呟いているのを思い出した。女子高校生のスカートが、入学式の頃は膝が隠れていたのに、学年が一年上がると、膝上になるそうだ。だけど、太ももが半分くらい見えることはないだろう。これじゃあ、スカートの役割を果たしていない。風が吹けばスースーして風邪をひきそうだ。まさか、下に毛糸のパンツを履くわけにいかない。毛糸のパンツを履いた女闘士だなんて、強く思えない。
 と、言いながら、以前、毛糸のパンツと言えば、年寄り、おばあちゃんの必需品のイメージがあったけれど、今は、若い子、二十歳ぐらいの女の子も履いているらしい。もちろん、可愛いパンツだけど。でも、何でも可愛ければいいもんじゃない。まさか、毛糸のパンツなんて選択肢はないだろうな。おっ、あった。ゲームプレイヤーよ、お願いだから選ばないでくれ。
 こいつ、いや、このプレイヤーは、あたしにとっての主人は、女子高生や女子中学生が好きなんだろう。理由は、自分が優越感に浸れるから?大人の女性では相手にしてくれないから?でも、気をつけないと、今時の、中学生の方が、大人よりも怖いんじゃないか。だから、こうして、ゲームの中で、あたしにセーラー服の姿をさせているのだろう。いいかげんにして欲しい。どちらにせよ、どんな姿やかっこうにしても、あたしは、相手を倒し、次のステージに進むだけだ。
 あたしの姿・形は決まった。次は、対戦相手だ。プレイヤーはどんな相手を選ぶのか。いや、選ぶんじゃない。選ばされるのだ。全ての主導権は、このソフト側。マザーにある。これまで、あたしが負けて再生を繰り返し続けてきた時には、何も思わなかったが、あたしがあたしの意思で連戦連勝を繰り返し、最後のステージが近づくに連れて、ソフト側があたしを警戒しだしたようだ。あたしを負けるように仕組んでいるとしか思えないのだ。
 はっきりとしないけれど、ソフト自体を破壊してしまおうという、あたしの意思に感づいて、あたしを罠に落としいれようとしている。まだ、ソフト側は、あたしの最終意思までは気が付いていないはずだが、プレイヤーの動作以上にあたしが動いていることを気が付き、警戒しているみたいだ。もちろん、これはあたしの予測だから、どこまでソフト側が気付いているかどうかはわからない。
 そう言うのも、以前は、プレイヤ―が敵を選べていたのに、今は、シャッフルして、偶然、いや、必然として、ソフト側があたしに対戦相手を決めているのだ。プレイヤーは、そのことを不満、不審には思っていない。ただ、あたしの顔や姿、服装を選べたらそれで満ち足りているのだ。お目出度い奴らめ。

びゅーてぃふる ふぁいたー(8)

びゅーてぃふる ふぁいたー(8)

誕生Ⅱ―Ⅱ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-29

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