収束は黄昏の彼方
深夜の街を自転車でゆっくりと走っていく。池袋は街灯やネオンで照らされて輝いている。夜気は温かく空気は澄んでいて美味しい。沢山の人が街路を歩いていた。慶次郎は雑居ビルの前で自転車を降りるとエレベーターで五階まで上って一つのドアを開けて中へ入っていった。
「いらっしゃいませ」
「やあ、こんばんわ。久しぶりだね」慶次郎は店員に向かって言った。
「お待ちしておりました。慶次郎様」
「ああ、そうだ。君にプレゼントがある」そういうと慶次郎はショルダーバッグから小さな小包を取り出して店員の佐伯にわたした。
「なんでしょうか?ここで開けて構いませんか?」
「うん、どうぞ」
佐伯が小包を開けるとそこには小さな貝殻が七色に光っていた。
「こんな綺麗な貝殻をわたしにくださるんですか?」
「気に入ってくれたかい。沖縄の海で見つけたんだ」
「ありがとうございます。これは幸運のお守りとして大事に飾っておきます」
「そうだ、最近田崎を見かけなかったかい」
「いいえ、田崎様は最近来られていないです」
「そうかい、近頃会ってないんだよね」
「田崎様は最近忙しそうにしていましたから、来られないんでしょう」
「なるほどね、仕事か‥、幸せな奴だ」そういうとスツールに腰を下ろした。
「アードベッグはあるかい」
「はいあります」
「ダブルで頼むよ」
「かしこまりました」
スコッチウイスキーのアードベッグがカウンターに置かれると慶次郎はゆっくりとナッツを齧(かじ)りながら飲んだ。
「相変わらず美味しいスコッチだね」
「そうですね。アイラ島の香りがここまで漂ってきます」
一時間ほど経ってから店を出ると、酔い冷ましに街中を歩いた。ネオンがまぶしかった。煙草が吸いたかったが最近やめたことに気づいて我慢した。
ここのところ俺はどうにかしているんだろうか?街中で俺は一人寂しくこうやって流し歩いている。俺には友と呼べる奴は田崎以外にはいない。いや、田崎だって友と呼べるか定かではない。いったいどうしちまったのだろう。しかし、孤独というのは自省するのには一番かもしれないな。俺には俺という友がいる。それに俺が持っている膨大な書籍だって友と呼べるのではないか。さあ、家に帰って眠ろう。俺は最近疲れている。仕事のし過ぎだろう。有給が溜まっている。ここは一週間くらい休暇を取ってゆっくりしよう。
翌朝、会社に電話で一週間の有給休暇を取った。
電話で両親が暮らしている札幌に連絡をいれた。
「もしもし、お母さんかい。慶次郎だけど。ちょっと一週間ばかりお世話になるよ。有給休暇でそっちに行くから」
「あら、本当かい。久しぶりだね。楽しみにしてるよ」
札幌に帰るのは五年ぶりだった。こないだ帰ったのは大学生の頃だったな。あの頃は楽しかった、そういえば仲間は今頃どうしているんだろうか。社会人として頑張っているんだろう。俺も大人になったもんだな。いいや、年を取っただけといえるかもしれない。なにも成長は無しだ。
羽田空港は人でいっぱいだった。みんな何処へ行くのだろう。お土産を買ってラウンジで一息ついた。場内放送で迷子のアナウンスがあった。
チェックインを済ませて飛行機に乗ると心持緊張してきた。機内は満員でなにか一体感であふれていた。空気が乾燥している。ひそひそと話し合う人たち。楽しそうに窓の外を眺めている子供。機内は独特の緊張感があった。飛行機が離陸するとほっと一息ついた。
新千歳空港に着陸するとあたりは雪一色だった。みんなそれぞれ手荷物を持って出口に向かう。空港に降り立つと微かなどよめきがあたりに満ちていた。空港内を歩いてお土産を眺めているとなんだか懐かしくなってきた。
特急列車で新札幌まで行って電車を降りると辺りは突然静かになったような感じがした。空気は冷ややかで乾燥し、雪が積もって真っ白だった。手に取って雪玉を作り、看板に投げてみた。
実家に到着するとインターフォンを押した。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったわね」
「うん、これお土産」
「わざわざありがとうね。疲れたでしょう。ソファでゆっくりしなさい」
「お母さんも変わりはないみたいだ。相変わらず若いね。元気で何よりだ」
ソファに座って出されたお茶を飲んでいると愛犬のミミが近づいてきた。
「やあ、ミミ。俺のことを覚えているかい。久しぶりだね」
外では雪が降ってきた。
収束は黄昏の彼方