銀のペンダント

 群青色の空が押し寄せ、街には橙の灯りがともりだすと、星が瞬きだし、月はビルの狭間から顔を出す。駅前の通りは、人で溢れかえり、スクランブル交差点では信号待ちの人々が虫のように集まり、立ち止まっている。きっと人間も虫たちのように、決まった動きをしながら明るい方へと進んでいくのだろう。
「お姉ちゃん見てってよ。」
不意に声をかけられ振り返ると、大きな木で出来た、アタッシュケースみたいな入れ物を二つ開けている露店。そこには、プラチナブロンドの背の高い外国人が、真っ黒なスーツを着て立っていた。
「今日はいいわ。」
軽く手を振って、会釈して通りすぎようとしたが、その手をしっかりと掴まれていた。
「今日は珍しいのが入っているから見たほうがいいよ。」
そういえば、このアクセサリーの露店で、随分前にターコイズのピアスを買った事があった気がする。その時より、すっと流暢な日本語だった。
 駅の改札からは、魚群のように人が押し寄せ、流れ、また違う改札に吸い込まれていく。その流れに押されそうになりながら、美咲は無造作に肩から下げていたショルダーバックを自分の方へ引き寄せた。
「で?何が入ったの?」
ブロンドの髪は宵闇の風に流れ、浅葱色の瞳が怪しく光っていた。
「これよ。」
そう指差すのは、キラキラと光る貝殻のようなものが、銀色の台座に乗っているペンダント。闇のように黒いベルベットの布の上で、怪しく光っていた。
「ええー。ペンダントは要らないって。」
美咲はそう返したが、
「そう言わないで。」
言葉は柔らかいが、顔が真剣なのが気になって仕方なかった。いつもこんな言い方で商売をしているのだろうか。
 美咲は、透き通る浅葱色の瞳に吸い込まれそうになり、鼓動に支配されそうになっていた。不思議なことに、目を凝らして見つめると、その瞳と、ペンダントの石の輝きが酷似していた。
「これって、何の石なんですか?」
女性の赤く艶やかな唇は上弦の月のように弓を描き、そして、小さな声で美咲に耳打ちをしてきた。
「これは石じゃないのよ。鱗なの。でもね、あなたに幸運をもたらしてくれるわ。」
銀製のペンダント。誰の鱗かは分からないが、細かく繊細にカットされ、銀の台座に張り付いていた。
「綺麗ね。いいわ。これ頂戴。」
凄く惹かれる訳でもなかったが、買い物というものは、いつも突然に必然的に目の前にやってくるものだ。美咲はそういう出会いを求めていた。
「ありがとぅー。」
女性はさっきとは全く違う口ぶりでペンダントを手に取り、小さな紙袋に入れた。
「あ、それから、守って欲しいんだけど、絶対に、この鱗をこの台座から外さないでね。」
「え!?」
そう聞き返すと、もうすでに、他の客の手を掴み、接客を始めていた。
「はぁ・・・。」
小さくため息をついて、美咲は振り返らずに、丁度青に変わった信号を見ながら、スクランブル交差点の人ごみの渦の中に足を踏み出した。灰色の二つのビルの間からは、満月が顔を出し、美咲を伺っているように見え、目を逸らし、地下鉄へと繋がる階段をゆっくりと降り出した。

 新しい何かがやってくると、いつも不思議な気分になる。身に着けるものだと余計に、慣れないからか緊張のような鼓動に体を包まれる。
 家に帰って来てからというもの、美咲は、小さな紙袋から出した銀のペンダントを光りにかざしながらずっと見つめていた。
「綺麗・・・。」
光りが当たると虹のように七色に輝き、月明かりの下ではゆったりと浅葱色に光りの粒を溜め込むように鈍い輝きをしていた。
「どうして、この台座から外したらいけないんだろう。」
気にはなるけれど、指で鱗の部分をなぞってみても、接がせそうにもない。裏返してみると、銀の台座には深く刻まれた文字。どこかの言葉で文字が刻まれている。そのへこみをまた指でなぞってみても、意味も分からない。
「まあ、いいわ。綺麗だし。」
テーブルの上にペンダントを投げ出し、ベットに体を埋めた。凄く素敵な気分だった。ふかふかの布団は体を包み込み、ペンダントの事なんて忘れてしまいそうに、意識はまどろみ瞼は重くなる。美咲はそのまま、意識をその波の中へ投げ出し、深く深く真っ暗な闇の中へと落ちていった。

 白い窓枠のレースのカーテン越しに、遠くからやってきた満月がテーブルの上のペンダントを照らし続けていた。
 知らなくていいこと。きっと、美咲は気がつかない。だけど、そうやって、運ばれていく。

銀のペンダント

でどころの分からないあやしいモノって家にあったりするよね。

銀のペンダント

キラキラと光る貝殻のようなものが、銀色の台座に乗っているペンダント。闇のように黒いベルベットの布の上で、怪しく光っていた。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-06-22

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