しまうまさん物語
大切なものの中に、想い出がある。
取り戻せない時間が、優しい想い出として動き出す。
本当に大切なものは、お金では買えないもの。
そして、今も想い出に変わってゆく。
僕は、この町で生まれたんだ。
そして、この日を待っていたんだ。
僕をうれしそうに抱き上げてくれたのは、
陽に焼けた大きな手だった。
僕は、首に赤いリボンをまかれて新しい家に着いた。
それから、幾日。
僕は、無口なおじいさんと一緒に静かに暮らしていたんだ。
やって来た。
その子は、隣町に住む可愛い元気な女の子。
おじいさんは、僕をはじめて抱き上げた時のように、
女の子を抱き上げ、その子にリボン付きの僕を渡した。
女の子は、大きな笑顔で思いっきり僕に抱きついてきたんだ。
僕に新しい家族が増えた。
僕は、女の子の住む隣町へ引っ越したんだ。
女の子は、僕のことを“わんわん”と呼んだ。
僕は、「しまうまだよ。」・・・・・でもいいんだ。
僕は、その子のためならなんにだってなれる。
女の子と暮らす毎日は、夢のように素敵だった。
そして、夢のように過ぎていった。
女の子には、次々と新しい家族が増えていった。
ピンクの耳のふわふわうさぎさん。
太鼓が上手な黄色いくまさん。
大きな口のぎざぎざわにさん。
いつのまにか、僕のことを忘れたように・・・・・
女の子は、通り際に僕の頭をぽんっとたたくだけになった。
そんな日が続いたある日。
僕たちに新しい家族が生まれたんだ。
その子は、陽に干した麦わらの香りがした。
僕は、なつかしい気持ちになった。
そして、男の子は僕を笑顔で包んでくれた。
男の子と遊ぶ毎日は、運動会のようだった。
僕は、馬やくになった。
僕と男の子は、一番の仲良しになった。
そんなある日、僕の足はつかれてしまったんだ。
男の子は、そんな僕をいたわって馬やくにはしなくなった。
僕は、また部屋のすみっこで君たちが遊ぶのを見守った。
見守るだけの毎日。
でも僕は、ここにいるよ。
君たちの笑い声が聞こえる、すぐそばにいるよ。
月日は、ゆっくりと確かに流れていった。
女の子も男の子も、ぼくよりずっと大きくなっていった。
僕は、もう君たちと遊ばなくなった。
僕は、部屋のすみっこでつかれはてた足を投げ出してじっとしている。
ある日ある晩、僕は子供部屋の出窓から夜空を見上げていた。
秋の夜空は、オリオン座まで続いていた。
僕は、決めたんだ。
夜空で待つオリオンを目指して旅立つことを。
君たちのことは、忘れないよ。
大好きなおじいさんのことも。
そして、楽しかった思い出も。
しまうまさん物語
君へ
しまうまさんは、今はオリオン座から帰省して実家の座敷に座っています。
おじいさんは、遠くの空からみんなの幸せを見守っています。
優しい時間、優しい思い出、懐かしいあの頃、
もしも、戻れるとしたらどこに戻りたいですか?