BOYS Story

プロローグ

今日も、豪邸の家の隣の小さな家の一室から、カタカタカタッと、キーボードを打つ音が聞こえる。メールを打っているようだ。何かよからぬことをたくらんでいるに違いない！・・・きっと。

「いつまでパソコンいじってるつもりだ？うるさくて寝られねぇじゃんか。おい、ジョゼフ？」
ジョゼフと呼ばれた方が振り返る。
「ごめんよぉ。兄さん。頑張って寝てね」
どうやら、先に話しかけた方は、兄だったようだ。
そしてまた、カタカタカタカタ・・・。
「ちっ。うるさいな。お前、彼女でもできたのかよ？」
「彼女？なんで僕に？」
「できるわけないってか？」
「そうは、言ってないよ」
「実際、どうなんだ？」
兄は、どうしても気になるようだ。
「じゃあ、そういう事にしておくよ。だから、文句たれないで寝てよ？」
ジョゼフが釘を刺した。
「・・・なら、許してやるよ」
そう言うが早いが、二段ベッドの一番上から、寝息が聞こえてきた。
「もう寝たのかよ・・・」
ジョゼフは、相変わらず、パソコンを打ち続けている・・・。

　さて、こっちは、小さな家の隣の豪邸の一室。こっちでは、携帯を使ってメールをしているようだ。
「ジェームスおぼっちゃま。そろそろ就寝の時間ですぞ」
「うるさいなぁ。執事のシーザー。いい加減僕のことを、おぼっちゃまなんて、呼んでくれるなよ」
「かしこまりました。では、何と？」
「呼び捨てでいいよ」
ジェームスが、すかさず答える。それを聞いて、シーザーは、少し焦ったようだ。
「そうはいかないのです。貴方様のお父様に仕える身なので」声が裏返っていた。
「ははは。何をそんなに焦っているのさ。呼び捨てはダメなのね・・・別に良いけど。まあ、おぼっちゃま以外なら、なんでもいいかな。別に」
シーザーは、少し考えているような仕草を見せた。
「では、ジェームス様と、呼ばせてもらう事にします」
うん、それでいいや」
「かしこまりました。・・・ジェームス様、就寝の時間ですが？」
やはり執事だけあって、時間には厳しい。
「まったく・・・。なんでも時間通りじゃないといかんのかね・・・」
シーザーは、少し傷付いたような顔をしたが、
「それが仕事ですから」と、答えた。
「分かったよ。そこまで言われたら僕の負けだ。寝ればいいんだろう？僕が言う事を聞かなかったら、怒られるのは君だ。それだけは・・・あれ？それもいいかもしれない」
「私に対抗するおつもりですか？」
少し強めの言い方をしたのは、何か策があるのだろう。
「うっ。それって、外出禁止とか？」
「違いますぞ。明日はすべて、自分のことは自分でやってもらいます」
シーザーに身の回りのことを任せっきりのジェームスには、難しい条件だ。
「それはダメだ。もう寝るよ。お休み、シーザー」
シーザーは、少し笑って、
「明日も早いですぞ。しっかりお休みください」と言い、部屋を出て行った。

　小さな家の隣の豪邸の家の電気も、豪邸の隣の小さな家の電気もすべて消え、ウェイバリー通りの明かりは、電柱のみとなった。

出会い

　二人の出会いは、運命的というのでもなく、ただ通りかかっただけだが、なんとなく興味を持ったというだけのことだった。
興味を持った理由は、互いにとても顔つきが似ているということだった。
さらに、相手と話しているうちに、自分の家と相手の家が隣り合っているということも分かった。
　この二人の出会いは、人生を生きていくなかであったであろう出会いだったのだから、運命的でもなんでもない、ただ今日が出会う日だったというだけの話である。

　最初に声をかけたのは、ジェームスだった。
「ねえ、君？僕たちって、似ていると思わないかい？」
ジョゼフは、多少驚いた様子を見せたが、
「本当だ。似ている気がするよ」と、答えた。
「気がするよ。じゃなくて、そっくりだ」
ジェームスが、すかさず正した。
「うん・・・そうだね」
ジョゼフの方は、あまり興味が無いようだ。
「君？この公園の近くに住んでいるのかい？」
ジェームスの方は、好奇心を止められないといった様子で、ジョゼフに質問を浴びせる。
「うん、そうだよ。あの小さな家なんだ」
ジョゼフが、指をさしたのは、ジェームスの家の隣の家だった。
「え？だとしたら、僕の隣の家だよ」
そう言うと、ジョゼフはやっと興味を持ったのか、
「ええ！君があの家に住んでいるのかい？知らなかったよ。僕もああいう家に住んでみたいなって思っているんだよね！」
ジェームスは、ジョゼフの変わりように少し驚いたが、
「そうなんだ。今度、遊びに来るかい？」
ジェームスは、言ってはみたものの、
「あ・・・でも、やっぱり駄目だ。執事がうるさいんだよ。遊ぶ時間なんかないんだ。勉強ばっかりで、教師もエキスパートばっかり。僕の周りは大人だらけだ。ろくな友達だっていやしないさ・・・ごめんね」とても残念そうに、あやまった。
そんな様子を見たジョゼフは、
「メールだったらいいんじゃないかな？」と、メールアドレスの書いた紙を渡した。「最近、兄ちゃんと共同のパソコンを買ってもらったんだ。メールならできるよ」
それを聞いたジェームスは、嬉しそうに、
「ありがとう」と、満面の笑みをジョゼフに向けた。「でも、もう時間がきちゃったみたい。たた必ずメールするよ」
そう言ってジェームスは、走って行ってしまった。
「時間が来たってどういう事？」
ジョゼフの質問の答えは、
「ジェームス様ぁ！」という、呼び声で分かった。
「ジェームス・・・か。カッコいい名前だな」
家に帰るまでのジョゼフの足取りが軽くなった。

実行

家に帰ると、速くもジェームスからメールが届いていた。

「君の名前、まだ聞いていなかったね。　ジェームス」

ジョゼフは、自分だけ相手の名前を知っていたという事に気付いた。

「僕は、ジョゼフ・フェネガン。よろしくね！」

返信のやり方に多少まごついたジョゼフだったが、学校で習っているからか、キーボードの打つ速さは、とても速い。
返信を終えてから二分後・・・

「ねぇねぇ、ちょっとした、ある計画があるのだけど・・・一緒にやってみないかい？」

　ジェームスが意味ありげなメールを送って来た。その内容にそそられたジョゼフは、

「計画？何のことかな？面白いことならやってもいいよ！」

と、返信を返すことにした。
このメールのやり取りがあった後も、しばらく二人のメールのやり取りは続いた。
最後に、また明日も『計画』について話し合うことを約束して、二人のメールのやり取りは終わった。

　その計画というのは、ジェームスと入れ替わるというものだった。具体的に言うと、ジェームスのような、普通の人より高級な暮らしにあこがれているジョゼフと、ジョゼフのような、普通の学校に行けて、規則や時間に縛られていない暮らしにあこがれているジェームスが、それぞれの暮らしを取り換えるというものだった。顔がよく似ていて、声も似ている二人にとって、入れ替わる事はたやすい事だが、言葉遣いや家の決まりなどを知る必要があった。そのために、互いの事について細かく知ることが必要になっていた。
　そこで、ジェームスとジョゼフは、メールで互いの事をよく知ろうとした。メールで入れ替わる時に必要な情報を伝え合おうとしたのだ。実際、二人は、このやり取りに半年を費やした。その半年の期間も終わり、いつでも入れ替わりが可能になった次の日の朝・・・。

「ジェームス様！起きる時間ですよ！」
ジェームスが起き上がった。
「うるさいなぁ、シーザーは。ラッパ無しでもその声だもんなぁ・・・」
「ラッパがあれば、もっと大きな声で起こすことができますぞ。いかがなさいますか？」
「いやややや・・・何を言うかと思えば！ありえないね！」
ラッパは、相当嫌らしい。
「アラームのみでもいいくらいだよ。朝は誰でも気持ち良く起きたい。そうだろ？シーザー？」
「そうおっしゃいましても・・・。今までで、一度も目覚ましで起きたことなどないでしょう？それに、毎回かけ忘れているではないですか」
そう言われると、言い返す言葉が無い。
「そっか・・・。今度から気をつけてみるよ。ところで、コーヒーはいらないかい？」
「えっ？コーヒー？・・・さては、いたずらでもしましたかな？」
おいおい・・・。そうきたか・・・。
「そんな訳ないだろ。ちょっと、ブレンドして作ってみたくなったんだよ。飲む人がいないと成立しないだろ？」
「・・・そうでございますか。では、お願いしたいですね」
よかった・・・。飲んでくれなかったらどうしようかと思った。
「うん、じゃあ、作って来るから待っててね！」
そう言って、部屋を出たものの、調理室って鍵あいてるのか？・・・まあいいや。行ってみよう。
　階段を下りていくと、「おはようございます。ジェームス様」と、あいさつされた。それに、全て「ああ。おはよう。今日も頑張ってね」と、返した。
　これのどこがいいんだろう？ジョゼフは・・・。そう思いながら歩いていると、調理室に着いた。
　中に入ると、一人のコックが、
「これはこれは、ジェームス様じゃないですか！おはようございます。お腹がへったのですか？まだ、朝食まで時間がありますぞ」と、聞いてきた。
「おはよう。お腹がへって来た訳じゃないんだ。コーヒーをブレンドして作ってみたいなっと思っているんだが・・・」
「コーヒーですか？それなら、あちらにございます。」
「ありがとう。一人で作れるから、ついて来なくていいからな」
「かしこまりました」
　コックが指さした方に行くと、コーヒーひきらしき物があった。コーヒー豆は、種類が異常なほどあった。コーヒー豆の事など全然知らないから、片っ端から、適当にブレンドすることにした。
　終わったら、シーザーのところにすっ飛んで行った。
「持って来たよ。シーザー」
「おお！ありがとうございます！」
　シーザーは、カップを受け取り、口に運んだ。そして飲んだ・・・と思った瞬間、「ブ―――――　！」と、おもいっきりはいた。
「あっつぅ～～～！」
熱い、コーヒーをまともに顔にくらったジェームスは、大きな悲鳴を上げた。
コーヒーの味が、最低だったらしい。
シーザーは、「ふにゃっ」という声とともに、「バタッ」と倒れた。
少し飲んだのか、眠り薬が効いたのはよしとして、このコーヒーは無いな・・・。
コーヒーのブレンドを学ぶのもいいかなと、ジェームスが本気で思った瞬間だった・・・。

ジリリリリリリリリッ・・・！

目覚ましが鳴った。
「う～ん・・・もう朝かぁ」
　朝起きたら、家には、兄のハロルドしかいなかった。両親は、病気の叔母さんの看病に行っていて、昨日の夜からいない。叔母さんは、一人暮らしなのだ。
「うるさ！おい！何で七時に、目覚ましなんかかけたんだ？八時でいいだろ」
　そういいながらも、ハロルドは、しっかりと起きて来た。
「もう一回寝ればいいだろ」
「二度寝は出来ないんだ」
「じゃあ、朝食を食べに行こうよ」
「ああ、そうだな」
　台所に行くと、パンが用意してあった。ジョゼフは、牛乳を冷蔵庫から出して、
「兄さん、今日はパンだよ」と言った。
「ふ～ん、そうなんだ」
　二人で机に座って、食べ始めた。
「今日は、日曜日だろ？」
　兄さんが聞いて来た。
「うん、そうだね」
「だったら教会に行かないと」
　じゃあ、なんで八時に起きようとしてたんだよ・・・。
「父さんも母さんも、なにも二人とも行かなくったって良かったのにね」
「まあ、そうだな」
　そう言って、ハロルドは、牛乳を飲んだ。
「・・・あれ？・・・んんっ？」
　ハロルドが、パンの上に顔を突っ伏した。
「うわ・・・この薬、効きすぎ。ごめん！兄さん」
　牛乳に、薬局で買った、強力な眠り薬を入れておいたのだ。
ドンドンドンッ・・・！と、窓をたたく音がした。ジェームスが来たのだろう。タイミングもバッチリだ。
部屋に戻ると、ジェームスが窓の外で待っていた。窓を開けて中に入れると、ジェームスは、ベッドに腰かけた。
「さすがだね。タイミングもバッチリだ」ジョゼフが言った。
「ありがとう。コーヒーのブレンドには、手がかかったけどね」
「それじゃあ、着替えに取り掛かろうぜ」
「そうだね」
　ジェームスが、ジャンバーを脱ぐと、スーツ姿だった。
「えぇ！君は、スーツかい！」
「ああ、今日は、父さんの会社の部下が来るらしいからね」
「そうなんだ・・・。ねぇ？これって、下着も取り換えるのかい？」
「君のが、僕のと交じっても、バレなかったら大丈夫だ。もしくはその逆も」
「君のは、ブランドとか気にしてるのかい？」
「いや・・・。特には」
「なら、大丈夫だと思う」
「分かった」
　着替えが終わると、ついに入れ替わりだ。
「僕が教えた事は、すべて頭に入れたね」
　ジェームスが聞いてきた。
「もちろんだよ。君は？」
「僕も、完璧さ」
「バレないようにね」
「君もな」ジェームスは、そう言ってから、
「それに、幸運を！」と、付け足した。
「君もね・・・」

　窓から外に出て、ジェームスの家の裏へ回った。裏口は、開いているはずだった。
　裏へまわって、ドアノブをひねってみたが、鍵がかかっていた。中から鍵をかけられてしまったか・・・。そう思った時、ブルルルル・・・と、ポケットに入っていた、携帯が鳴り、「周辺視野だよ。ジョゼフ！」というメールが来た。
すかさず、自分の部屋を見ると、ニヤニヤ笑いながら手を振っているジェームスが見えた。また携帯が、ブルルルルと鳴り、「裏口は、二つあるんだ」と、来た。
　いつもながら、ムカつくやつだなと思ったものの、教えてもらえなかったら、入るのをあきらめてたかもしれなかったから、少しだけ感謝することにした。
　ジェームスに教えてもらった通り、裏口は二つあった。二つ目は、鍵がかかっていなかったから、中に入る事が出来た。中に入って、鍵を閉めると、ジェームスがくれた、見取り図通りの廊下があった。
　まっすぐ進んで、階段を上にあがると、ジェームスの部屋に行けるはずだった。見取り図は、しっかりと頭にたたきこんであるから、間違えるはずがない。
　階段を上にあがると、やはりそこに、ジェームスの部屋があった。
　中に入ると、床に、コーヒーがしみ込んでいた。その横には、執事のシーザーが横たわっていた。計画通り、ジェームスも眠り薬を使ったらしい。
　ジョゼフは、シーザーを起こすより先に、やりたい事があった。家の中の探検だ。どこに何があるのか、出来るだけ知っておいた方がいい。
　とりあえず、二階から調べることにした。部屋を出ると、左は壁、右隣が、シーザーの部屋で、向かいが、ジェームスの両親の部屋だった。この二つの部屋には、入れそうもなかったので、入るのはやめておいた。シーザーの部屋の右が下に続く階段になっていて、その奥の六つの部屋が、全て客室になっていた。
　客室の中に入ったって、面白くもなんともないから、下に降りることにした。
　一階は、二階と違って、とても広い作りになっていた。