静寂と微かな足音
真っ暗な室内。
ライターで机の上にある二つのアルコールランプに火を灯すと暖かく二人を照らし、同時に机に書かれた歴代のらくがきたちをも浮き上がらせた。
ナオヤは四角い手製のような椅子に座り、肩まである髪を揺らすアキは右手にアルコールランプを持ち子供のようにはしゃぎながら言った。
「私ね。ちょっとドキドキしてるんだ」
「どうして?」
とライターをYシャツのポケットにしまいながらナオヤが聞いた。
「だって、ここ夜の理科室だよ。見つかったら怒られるんだろうな…」
アキは棚に並ぶ薬品や模型をランプで照らしながら眺め歩く。
「嫌なら帰って良いよ」
「嫌じゃないよ。あっこれってツバサの模型だよね。何の鳥かな?」
「え? ああ、それは鳥じゃないよ」
「じゃ何?」
「ヒトの…」
アキは振り返りナオヤの顔を見て笑った。
「真顔で何言うかと思ったら、そんな冗談面白くないよ」
「冗談じゃないよ」
「え?」
「こんな話し知らない? ボクらヒトが生まれた時、背中に透き通りそうなぐらい真っ白な『ツバサ』があったって…」
と静かに話すナオヤ。アキは気になりナオヤの隣の椅子に座った。
「天使ってこと…」
「違うよ。天使は自分のツバサを鳥のように羽ばたかせて飛ぶんだ。でもヒトの持つツバサは飛べないんだ…」
「へーそうなんだ」
「で、ヒトが成長するにつれて『汚い物』を『綺麗』と言うようになるのと同じぐらいの速度で、ヒトが嘘をつくたびにツバサは薄れて消えてしまうんだ」
「へー」
「そんな大人たちを意味なく嫌っていたボクも、いつかは汚い大人の仲間入りをしているんだ。きっと…」
アキはじっとナオヤを見つめ言った。
「そんなことないと思うけど」
「いいや、絶対そうなんだ」
アキはナオヤの体が震えていることに気づきそっと手を掴んだ。
「だからこんなに震えてるの?」
「あぁ。怖いんだ。大人になるのが…。大人になった瞬間ボクの透き通って綺麗だったツバサが無くなってしまうのが嫌なんだ…」
「大丈夫だよ。ツバサはあるよ」
「ホントに?」 とナオヤはアキの身体を掴み揺すった。
「うっ、うん…」
「…嘘つき。気づいた時ボクの白く透き通ったツバサは黒くよどんでいた。何度も水をかけて石鹸をつけて洗っても黒くよどんだツバサは決して元に戻らなかった。いつの間にかボクのツバサは姿を消していたんだ」
「そう…」
「教えてよ。何でだよ。何でボクのツバサは消えてしまったんだよ…」
アキは目線をそらせた。
黙り込んだキミは決して悪くない…。
「醜い大人になった時ヒトは気づくんだ。自分がどれだけ嘘をついてきたかを…。ごめん…怖がらせるつもりじゃなかったんだ…」
「別に怖がってないよ」 とアキは静かにつぶやいた。
コツコツコツ…。
廊下の方から足音が聞こえ急いでアルコールランプを消し、ドアから見えないように椅子から降りしゃがんだ。
アキはナオヤのYシャツを掴み小声で言った。
「でもね…」
「え?」
「その話信じてもいいかなって…」
「そっ」
「うん…」
アキは微かに笑った。
- end -
ツバサ(原詩)
ねぇ知ってる?
ここだけの話なんだけど僕らの背中には、ツバサがはえてるんだ。
ウソじゃないよッ。
信じれないんだね。
ほら、僕の白く透き通ったツバサは良く手入れされてるだろ。
キミにも、ミンナにも、ツバサがあるんだ。
でも、気づいてないだけなんだ。
ツバサはね、ひねくれ者だから気づいてやらないといつの間にか姿を隠してしまうんだ。
でね、気づかれないツバサは持ち主が大人になるにつれて消えてしまうんだ。
だから、キミも早く自分のツバサに気づいてあげないとジキに消えてしまうよ。
でもね、ツバサに気づいているのに手入れも何もしてあげないとツバサがよどんだ川のように黒くなっちゃうよ。
一度黒いツバサになったら最後、水をかけても、石鹸で洗っても黒いツバサは元の白いツバサに戻らないんだ。
空は飛べないよ。
だって空を飛ぶためには禁断の魔女ステファニーに一番大切なものをあげるって約束しなきゃいけないんだ。
そんな怖いこと、僕には出来ないから僕は空を飛べないんだ。
でも、僕はね、ずっと探してたんだキミを。
キミと出会えると思ってずっと探してたんだ…。
血?
あぁ、うん。
分かってる。
どうしてもキミに会いたくてステファニーと約束したんだ。
僕のツバサを片方あげるからキミを探し出す力が欲しいって…。
泣かないでよ。
別に痛いわけじゃないんだ。
僕はね、キミの笑った顔が好きなんだ。
だから…泣かないでよ…ねッ。
ヒトは成長するにつれて『汚い物』を『綺麗』と言うようになるのと同じぐらいの速度で、ヒトが嘘をつくたびにツバサは薄れて消えてしまうんだ。
そんな大人を意味なく嫌っていたボクもいつの間にか汚い大人の仲間入りをしているんだ、きっと…。
怖いんだ、大人になるのが…。
大人になった瞬間ボクの透き通って綺麗だったツバサが無くなってしまうのは嫌なんだ…。
気づいた時、ボクの白く透き通ったツバサは黒くよどんでいたんだ。
何度も水をかけても、石鹸をつけて洗っても黒くよどんだツバサは元に戻らなかった。
いつの間にかボクのツバサは姿を消していた。
教えてよ! 何でだよ! 何でボクのツバサは消えてしまったんだよ…。
醜い大人になったときヒトは気づくんだ。
自分がどれだけ嘘をついてきたのかを…。
- end -
静寂と微かな足音
以前作った『ツバサ』と言う詩を元に、小説を書いたらこうなった。支離滅裂な気が…。