一枚のMD
私は一年前音大に通う為に家を出て行った双子の兄の部屋に向かっていた。
何度ケータイにかけても繋がらないからだ。
別に緊急を要する用事じゃないけど、ただ何となく嫌な予感がしていた…。
チャイムを鳴らしたが反応は無く、ドアノブをひねるとカギは開いていた。
恐る恐る中に入ると昼間なのに薄暗く、部屋中のカーテンが閉められていたがリビングの窓は開けっ放しで、風が吹く度にカーテンが揺れ部屋の中が一瞬明るくなった。
「鮎都、居ないの?」
返事は無く、兎に角リビングのカーテンを開けると部屋の中に光が走り辺りを照らす。
「何だ鮎都居るんじゃん…」
ソファーの上で横になり薄い毛布をかけ穏やかな顔で眠る兄がそこにいた。
何か良い夢でも見てるのかな…。
でも、起こしちゃおう…。
私は近づき毛布ごしに身体を揺すった。
「起きてよ。鮎都、もうお昼だよ…」
何度揺すっても反応が無い兄。
「鮎都ってば。もうー」
私は勢い良く毛布をはぐると、手を組み胸の辺り一面を濃い赤い絵の具をこぼしたように服が血で染まっていた。
「鮎都…」
私はゆっくり両手で兄の頬に触れた。
えッ?
冷たい…。
何で?
何?
えっ?
死んでるの?
えっ何で?
兄の頬は冷たくて固かった。
「鮎都、起きてよ…。鮎都、鮎都…」
何度も揺すったが何も応えてくれず、私は兄の胸に顔をふせ固まった血の上で泣いた。
まだ腐敗はしていなかったけど少しだけ生臭かった。
必死に悲しみをこらえポケットからケータイを取り出し警察に電話をした。
それから数十分後サイレンを鳴らしやって来た。
警察の報告によると兄は殺されたらしい事が分かった。
でも犯人は未だ捕まらず、兄は解剖され、やっと兄の葬式が出来たのはそれから三週間後だった。
兄の葬式が終わった後私は喪服姿のまま兄の部屋に向かった。
部屋の中はカーテンが開けられ明るいのに、ソファーには兄の血が染み付き、…微かに恐怖がよみがえる。
窓を開けると勢い良く風が入り込み私の長い髪を荒らした。
良く弾いていたピアノの上に置かれていた一枚のMDを手に取りラベルを眺めた。
「届けるね…」
私は呟き部屋を出た。
MDのラベルには『ハルカへ』と書かれていた。
ハルカさんは兄の前の彼女だ…。
- end -
一枚のMD