MOTIVATION VIDEO

「あっあっあっあ……」
 女はシーツに頬を押しあてて、あえぎ声をあげていた。両手を前に投げだし、腰をそらせて尻を高く突き出している。パンパンと男の腰が女の尻に打ちつけられる、湿った音が響いた。
 男は腰の動きをゆるめずに、女の片脚を肩にかついで、自分と女の太腿を交差させた。女の脚が高く上げられているので、結合部がまる見えだ。女のあえぎが切迫してきた。
「ああん!?」
 男が突然抜いた。ちゅぽん♡と飛び出した男のものが、ブラブラと揺れている。女は困惑した表情になった。
「もう少しでイクとこだったろ。コレが欲しいかい?」
 男は腰に手を当てて振ってみせた。女はコクリとうなずいた。男は女を仰向けにすると、今度は正常位で挿入した。
「ふぐぅ、ふぅん、んん」
 ディープキスで舌を絡めあった。体をピッタリと重ねて、腰を激しく動かす。愛液があふれてシーツに染みをつくった。
「イク、イクイク、イクーッ!」
 同時イキでギリギリに抜いて、女の腹の上に白濁液をぶちまけた。

 丸められたティッシュがごみ箱をそれて、ペシャリ、と床の上に落ちた。栗の花のような匂いが漂った(もっとも栗の花の匂いをかいだことはないのだが)。女優が男優のものを舐めてきれいにしていた。
「ふぅ……」
 おれはさめた気持ちになってため息をついた。
「むなしいよなぁ。しょせんは映像にすぎないし……」
「なるほど、従来のビデオでは満足できない、とおっしゃる」
 一間しかない狭いアパートの部屋で、玄関のドアを開けて、男が立っていた。まったくいつの間に……いつからそこに? おれはあわてた。
「だ、だれだよ、おまえは?」
 男はまったく意に介さないふうに、もみ手をして、
「あ、申し遅れました。私はユートピア企画の吉田と申します」
 満面に笑みを浮かべて、名刺を差し出した。
「今日、××様のお宅にうかがいましたのは、このたび当社が開発いたしました新製品を……」
「訪問販売なら、うちは買いませんよ」
「いやいや、そんなものではありません。現在、新製品のモニター期間をもうけて、特別に無料で使用していただくことになっております。そこで××様にもぜひモニターに、というわけなんです」
「ふーん、で、その製品というのはいったい何なんです?」
「それを今から説明いたしましょう」
 男はドアの外を見て、「おい」と声をかけた。配達夫が段ボール箱をかかえて入ってきた。でかい箱がおれの前に置かれた。
「ただ今持ってまいりましたのがその製品ですが、当社では6Sビデオと呼んでおります」
「ビデオですか……」
「しかし、ただのビデオではありません。これまでのビデオは視聴覚の二感にしか作用しませんでしたが、この新製品は眼耳鼻舌身意の六感すべてに作用するために、バツグンの臨場感が得られます」
「五感というのはわかるけど、六感というのは?」
「そこがこの製品のもっともほこるべき機能でして、特殊なセンサーによって使用者の精神状態を感知し、それをフィードバックさせることで、あらかじめ設定されている範囲内でストーリーの変更が可能になります。
 つまり、あなたは物語に参加し、その中で自由に行動することができるわけです。それはまるでビデオの中に入りこむようなもので、現実の体験と変わるところがありません。この点、従来の受身的なビデオ鑑賞にはなかった、まさに画期的な云々……」

 ビデオ装置を床に置いて、おれはその前に座りこんでいた。装置はディスプレイと一体になっていて、電極のついたヘッドホン状のものとデモディスク一枚が付属している。
「とうとう置かされてしまった……」
 おれはデモディスクをとりあげて、ラベルに印刷されたタイトルを見た。それには『MOTIVATION VIDEO』とあった。
「まあ、ためしに使ってみるか」
 ヘッドホン状のものを頭にとりつけ、ディスクをスロットに差しこんだ。ディスプレイの画面には、しばらくノイズが流れていたが、やがて街頭の風景が映しだされた。

「おや?」
 気がつくと、おれは街頭に立っていた。四方を見まわして、
「なるほど、これなら現実と違わないな」
 石をけっとばした。石は道路を転がっていき、一人の女のコの足もとで止まった。石の行方を追っていたおれの目と、女のコの目が合った。
「あら、あなた」
 女のコが近づいてきて、親しげにおれの手をとった。
「えーと、だれだっけ?」
「初対面よ。それより早く行きましょう」
「行くってどこへ?」
「きまってるじゃない。ホ・テ・ルよ」
 彼女は強引におれの手を引っぱった。連れて来られたのは、一目でラブホテルとわかるような建物の前だった。

 ホテルの一室。女のコはすでに全裸になってベッドの上で待っていた。
 おれはシャツを脱ぎながら、
「ちょっと安易すぎるんじゃないかな。つまりストーリーの展開としてはさ」
「いいのよこれで。時間が限られてるんだから、楽しまなきゃ損でしょ」
「そうだな」
 おれはトランクスをおろした。それから二人でたっぷりと楽しんだ。

 女のコがベッドのそばに、例のビデオ装置が置いてあるのを見つけた。
「私、これ知ってるよ。変なセールスマンのおじさんが持ってきたんだ」
 おれはシャワーを浴びようと、浴室に入るところだった。戸口から首だけ出して、
「よせよ。悪趣味だぞ」
「そうね。でも、あなたも私が見てるビデオの登場人物にすぎないのよ」
「しゃれてるつもりかい。ちっともおもしろくないよ」
 女のコは装置をセットしてスイッチを入れた。おれは浴室に戻ってシャワーを浴びはじめた。
「なに? これ!」
 女のコのビックリした声が聞こえてきた。ビデオになにかすごい変態行為でも写っていたのだろう。おれはシャワーの栓をひねって湯勢を強めた。

 おれがタオルで頭をふきながら浴室から出てくると、部屋から女のコの姿が消えていた。
「どこへ行ったんだ……」
 冷たい予感を背筋に感じて、おれは自分の服をあらためた。現金もカードも手をつけられていない。女のコの服は、下着からなにから、床の上に脱ぎ散らかされたままだ。
 つけっぱなしになったディスプレイの画面にノイズが流れていた。

 おれは恐慌状態でホテルからよろめくように走り出ると、タクシーを呼びとめて乗りこんだ。
「どちらまで?」
 運転手が訊いた。
「とにかく町の外へ出たい。行ってくれないか」
「残念ですが、市外はやってないんです」
「金は出すよ」
「でも、規則ですから」
「……なら、駅へやってくれ」
 タクシーは駅へ向かった。

 駅の構内は人であふれていた。アナウンスが流れている。
「……は上下線とも事故のため不通になっております。現在のところ復旧の見込みは立っておりません。繰り返しお知らせします……」
 おれは胸の内でつぶやいた。
「設定された世界の外には出られないというわけか……」
 雑踏の中にあのセールスマンの姿がチラリと見えた。たしか吉田とかいう……。人ごみをかきわけて近づくと、その男の胸ぐらをつかんで壁に押しつけた。
「いったいどういうつもりなんだ」
「私も被害者なんですよ。でなけりゃ、こんなところであなたに会うはずないじゃありませんか」
 おれは腕の力をゆるめた。
「どういうことなのか説明してもらいたいね」
「私の雇い主は……どうやら……人間ではなかったらしい……」

 片隅のベンチに腰を下ろして、おれは吉田から話をきいた。
「……私たちは別々の装置につながれていながら、皆この同じ町につれてこられ、お互いにコミュニケーションが可能な状態に置かれています。あなたが会ったという彼女もその一人だったんでしょう」
「どうして彼女は消えてしまったんだ?」
「おそらく彼女のビデオはそこで終わっていたんです」
「すると、彼女は現実の世界に戻れたんだろうか」
「そうだといいんですが……」
 少し間をおいて、
「しかし、そう信じきれないところがこの世界にはあります。それはこの世界があまりにも現実的すぎるということです。ビデオを見ているのだという感じがまったくない」
「これが現実だとしたら、彼女は本当に消滅してしまったことになる」
 沈黙。
「おれは町の外に出てみようと思う」
「ムダですよ。交通機関は遮断されているし、どうやって行くんです」
「残された時間を歩きとおしてでもやってみるさ」
 おれはベンチから腰を上げると、ズボンの尻を両手ではたいた。

10

 そこは一面の砂漠だった。おれは額の汗をぬぐった。
「町から出ることはできたが、設定されてないだけに、さすがに何もないな……」
 おれは砂の上に膝をついた。手で砂をすくい上げ、握りしめた指の隙間から少しずつ砂をこぼす。サラサラと砂の落ちる音が聞こえた。
「ノイズだ……」
 おれは手の中の砂を捨て、立ち上がった。
「あの町も結局は砂の城だったんだ。形を与えられて町の姿をとっているが、実体はこの砂なんだ」
 前方に例のビデオ装置が、なかば砂に埋もれていた。
「ここが世界の果てというわけか」
 おれは装置を掘りおこしてセットした。ディスプレイが明るくなった。

11

 画面には『おれ』の顔が映しだされていた。
「これは、いったい……」
『おれ』はうんざりした表情で、
「もうたくさんだ。なにが6Sビデオだ。やっぱりいかさまだな」
「どういう意味だ? おれはそのビデオを使って……」
「茶番だよ。要するにビデオの中の人物が話しかけてくるだけじゃないか。これをストーリーに参加するというんなら、誇大広告もいいところだ」
「おまえはおれじゃないな!」
「あたり前だ。おまえはビデオの登場人物さ。光学ディスク上の信号にすぎない」
「おれはビデオを見ているはずなんだ」
「もうつき合ってられないよ。切るぞ」
「待ってくれ。おれはどうなるんだ」
「消えるのさ。アバヨ」
『おれ』は画面の下方に手を伸ばした。
「ちょっと待……」

12

 最初と同じアパートの一室。ビデオ装置の画面にノイズが流れている。
 何者かが部屋を出ていき、ドアがパタンと閉まる音がした。

MOTIVATION VIDEO

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  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2013-03-26

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