宿
幼き日の夢
私の夢の中には女が住み着いていた。眠りにつくと現れる美しい女性。私は彼女とよく会話を楽しんだ。現実の世界で言葉を交わす人間なんていなかったから、彼女との会話は私の最高の楽しみだった。彼女にはなんでも話すことができた。毎日孤児園で独り過ごす寂しさ、誰でもいいから傍に居て欲しいという望み、そして、不思議な能力を持つ不安。彼女は全てを聞いてくれた。
「貴方は何者なの?」
「……さぁな、忘れてしまった」
彼女は自身のことを一切口にしなかった。ただ、私に『巴』と名乗った。巴は見たことがないほど美しい女性だった。やや青白い肌に凛とした目。細々しいながらも女性らしい身体。漆黒の髪が腰の辺りまでまっすぐに流れている。まさに高値の花と言える存在だ。
彼女は私の持つ能力をよく知っているようだった。
「其方に宿る能力だが、他人に知られぬほうがよい。尤も、凡人は信じることはないだろうが、この世は凡人ばかりでない。……国家の人間には知られないようにするがよい」
巴に言われたから私は今日までこの能力のことは誰にも言わなかった。でも、時々暇つぶしにこの能力を使って遊ぶことがあった。私の能力は人の心が分かること。でも、ただ、人の心を読めると言う訳ではない。人の心を読み、そこに住める。つまり、相手の心を思うがままにすることができる。私に住み着かれた心は必ず破滅へと進んだ。人の心に住めるのは心の持ち主ただ一人。そこに私の存在が加わるとどうにも許容範囲を超えてしまうらしい。人の心が破滅に進んでいくのを見るのは嫌いではない。
「其方はいずれ自らの能力に喰われるよ」
巴は嘲笑うかのように言った。私もそれは分かっていた。能力を使って遊んだあと、必ず何とも言えない恐怖に襲われた。
「その能力は元は違う人物のものだった。けれど元の持ち主は死んでしまった。行き場をなくしたその能力は彷徨い違う人物の元に宿る。それが其方だったのだろう」
「なんで私の元に?」
「……さぁ?」
巴は能力のことに詳しかった。どうしてかまでは教えてくれなかった。
でも、巴に能力のことを聞くとどこか安心できた。何も知らない不安から逃れることができた。私は毎日のように巴の居る夢の中を訪れた。巴はいつも闇に包まれた世界に一人煙管を吹いて座っていた。来る日も来る日も同じ場所で、座っていた。
ある時から私は、巴の場所に訪れることができなくなった。どうしても会いたくて仕方がなかったが、行き方が分からない。
そのまま時が流れた。今日、私は思う。自分の孤独ばかりを彼女にぶつけたが、彼女のことを何も知らない。彼女に心を許したのは私だけだった。彼女は決して私に心を許してくれていなかっただろう。あの闇の世界の中で、彼女は今日も一人煙管を吹いているのだろう。
宿