山の向こうに
大人にとって、極あたり前のことだとしても
子供にとって、すべてが未知の世界。
興味津々、わくわく、ドキドキ。
例え無駄でもダメでも
やってみて、出来ないことなんかないって信じて。
山の向こうに何があるのだろう。
おじいさんは言った。
「山の向こうには、行くな。」と、
空間をさえぎる壁のようにその山は在る。
ぼくが生まれるずっと前から、
おじいさんが生まれたずっとずっと前から、
「あの山の向こうに行って帰ってきた者はいない。」
視線をそらし言葉を落とした。
「山の向こうには、何もない。」
吐くようにつぶやいて、
山の向こうに、泳いでいく雲。
あの雲に乗れば、山の向こうに行ける・・・
ただ単純な願望が、僕を支配する。
ぼくは、絡みつく呪縛から逃れるように
まぶしすぎる空を睨んだ。
「山の向こうに行きたいんだ。」
叩きつけるように投げた言葉は、
その背中を一瞬で凍りつかせた。
「お前も、行くのか・・・」
凍りついたまま振り返らずに震える言葉が、
全てを語っていた。
「お前も・・・」
そうだったのか・・・
ぼくの迷いは風になって青い空に解けた。
その日から、
ぼくは、決めていた。
いや、決めなければ前に進めなかった。
山の向こうを、おじいさんに伝えると、
あの日から、
ぼくもおじいさんも言葉を探す事をあきらめていた。
おじいさんは、毎日を過ぎ去る為だけに生きていた。
ぼくが、行く朝も、
迷いは、もう、どこにも、ない。
山がぼくを、見下すように見下ろす。
ぼくは山に、向かい山に挑む。
ぼくは、みんなとは違う。
ぼくは、必ずこの山から戻る。
そこに道はない。
ぼくの歩く足跡が道になる。
1歩、1歩、・・・1歩、
歩けど歩けど山は一向に近づかない。
頂上は、永遠に空に向かう。
それから…
幾日過ぎただろう・・・
何度あきらめようと・・・
山の向こうは、なにもない。
ただ山だけが、そこに在る。
もはや目的が何か忘れ彷徨う。
投げ出せば、止めてしまえば、逃げ帰れば、
何故に、何の為に、どうして、
あこがれや夢は、幻に飲み込まれて、
自分さえ要らないと、単純に思えた。
信じるものは、誓った言葉は、何もない。
でも、その一瞬さえも1歩、1歩、1歩、
呆れ果てるほど山を見上げた。
疲れ果てるほど自分自身と会話した。
「山の向こうに行きたいんだ。」
あの時のあこがれが、
古い手紙のように心の中に木霊している。
ぼくは、違う。
ぼくは、この山に挑み、この山に登り、この山に立つ。
そして、山の向こうに行く。
空にポッカリと浮かぶ雲。
空間が広がり、目の前にあった山が足元に在る。
あるものの存在を無視したかのように。
いや、存在すらしていない。
両手を伸ばし、ゆっくりと1回転する。
山の上に広がる空は、限り無く丸く続く。
あこがれは、足元に広がる。
山の向こう・・・
ぼくは、山の上に立つ。
山は、ぼくの足元に広がる。
ここに、ぼくはいる。
ここに、山がある。
それだけでいい。
それが、すべてだと・・・。
ただいま。
今、帰って来たよ。
山の向こうに
ずっと以前に書いてたものです。
形式が分からなくて、形式の中にその他があればうれしいのですが。
読んで頂いてありがとうございました。