メール

平凡で幸せな日々を突然、悪夢のような現実で打ち砕かれてしまう。愛する人を失ったとき、人は何を求めて生きていけばいいのだろうか。

地獄の使者は突然やってくる。そして、大切なものをすべて奪い去り、深い暗闇へと連れ去ってしまう。


数日まえの寒さが嘘のように急に春めき、テレビでは今年の桜は例年より早く咲きそうだといっている。
ひな人形のCMが終わったとたん、鎧兜のCMがはじまっていた。
そういえば夫は、子供が産まれたら付けたい名前があるんだと、昔、言っていたことがあった。
結婚して20年、まだ一度も子供は授かったことがなく、身体に無理がかかるからと、不妊治療もしなかった。
もう、夫の夢も叶えそうにもないかと思うと、由美は夕飯の支度をしながら、ため息とともに一筋の涙がこぼれてきた。

気が付くと、電話のベルが鳴っていてた。出ると警察からの電話で、ご主人が事故にあわれまして・・・もうその後は記憶がなくなってしまった。
病院に行くと、夫はもうすでに冷たくなっていた。近くにいた年配の警察官が、ご主人は高速道路を走行中、サービスエリアから逆送してきた
高齢の男性が運転する車と正面衝突し、二人とも即死状態だったと説明していたが、何故か他人事のように聞いていた。
不思議なもので、突然地獄に突き落とされると、涙なんか一滴も流れ落ちないものだ。

気持ちの整理がつかないまま、もう2週間が過ぎようとしていた。正社員の事務職として勤めているゴルフ場も、上司も理解してくれて、落ち着くまで有休を使って
休みをとることにした。心配して、たまに、実家の母や姉が来て、身の回りの世話や食事を作ってくれるが、無理して食べてもすぐに戻してしまう日々が続いている。



メールの着信音が鳴る

トモちゃん、久しぶりだね。手塚です。先日、自宅に電話したら、奥さんが出て、主人は今、忙しいからすぐに電話できないからって、メアド教えてくれて、メールしたよ。
同窓会のはがきが届いてると思うけど、地元に残ってる俺が幹事をやることになったよ(涙)
まったく、何十年ぶりかで電話すると家族の人が出て、変な宗教の勧誘に思われちゃうから嫌になっちゃうよ・・・
15年ぐらいまえに、ほら、担任の文太が定年退職すんでトモちゃんの実家に電話して連絡先聞いたんだけど、今でも、やっぱりまだそっちに住んでるんだ。
あのときは、トモちゃん、海外出張で出られなかったんだよね。医療器具の会社に勤めてると大変だね。
何人かの友達と電話で話したけど、みんなトモちゃんに逢いたがってるよ。
遠くからで大変だと思うけど、なんとか都合つけて同窓会には出席してくれよなっ!m(__)m


トモちゃん、早速メールありがとう。社交辞令じゃないよ。本当にみんなトモちゃんに逢いたがってるんだぜ。中学のトモちゃんのキャラは強烈だったもんな。
とくに、中3のとき、受験でピリピリしていたクラスのムードをいつもトモちゃんが笑わせてくれたよな。トモちゃんのおかげで、うちのクラスは合格率よかったんじゃないのかな。
そんなトモちゃんも、有名校推薦で入っちゃうんだからすごいよな。
それに、オレは、文化祭のバンドで出演するときの練習で初めて人前でギター演奏したときに、トモちゃんすごく褒めてくれたじゃない。オレ、あのときマジ涙が出るくらい
うれしかったんだ。オレ、うちではいつも親や学校の先生たちに、できのいい兄と比べられてて、自分に自信なんてまったく持てなかったのに、トモちゃんのひとこと
ちょっと自分に自信が持てるようになって、あれからの人生にすごく助かったんだよ。



そうだったんですか、あまりのショックで何から話していいのかわかりません。


いやいや、奥さん、そんなに謝らないでください。なりすましだなんて、そんなことはないです。
トモちゃん、いえ、ご主人に突然亡くなられては、まだ事実を受け入れられないのは当然です。


ご主人の携帯を解約することができないで、突然来たメールに返信してしまったことは
反対だったら、僕もやっていたかもしれません。
だって、その中ではご主人が生きているんですからね。


でもね奥さん、ご主人、いや、ここではトモちゃんと呼ばせていただきます。
トモちゃんは、もう奥さんの中にいると思いますよ。
奥さんがいつまでも悲しんでいると、トモちゃんもいっしょに悲しんでいると思います。
そして、奥さんが喜べばトモちゃんも一緒に喜ぶと思います。

まだ、お辛いと思いますが、どうか耐えて、運命に負けないでください。

あと、変な記憶だけはいつまでも残るもので、トモちゃん、中3のときに、もう、自分の子供の名前考えていたみたいで
男の子や女の子、どちらが産まれても『彩』という字を付けたかったみたいですよ。



後日、母や姉にしつこくすすめられ、いい歳して、母や姉に付き添われていくのも嫌なので、ひとりで産婦人科に行ったら
妊娠3ヶ月だった。

『彩』と書いて、何と呼ばせよう。さやちゃん、あやちゃん・・・男の子だっていいかもしれない。
高齢出産で大変かもしれないけど、運命なんかに負けないよ、ママ絶対勝ってみせるからね。
おなかの我が子に語りかけるように、静かに力強く誓った。

気が付くと、桜並木は祝ってるかのように、満開に咲いていた。
そして、あふれ出る涙で、ゆらゆらと揺れながら輝くように見えた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-03-25

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