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第二章「調査」
入院してから一週間と少し。ようやく俺は退院することができた。
病院から出るが、当然のように誰もいない。
俺の家は、親子仲が悪い――というわけではない。お互いが相手のことを嫌ってるわけではない。かと言って好きだというわけでもない。つまり、お互いが相手に対する興味を一切持っていないのだ。だから親子関係は悪いというわけでもないが、良いというわけでもない。そう、あのときから――
当然、そんな親が迎えになど来るはずもなく。さらに言えば俺には友達もいないので、必然だーれも迎えには来やしない。
「別に、いいんだけどさ……」
そう、別にいい。そんなこと気にしない。あれから一年、俺はずっと一人で生きてきた。だから今更誰も迎えにこないくらいで悲しむはずもない。
「はは……」
そう、そのはずだった。だけど気づいたら涙がこぼれ落ちていた。
「おか、しいな」
久しぶりに一年前の夢を見たせいで、情緒不安定にでもなっているのだろうか。
「何なんだよ……」
涙は、止めようと思っても止まってくれなかった。
俺はもう退院したわけだから、当たり前のように学校に行かなければならない。
「はあ……」
だけど、もちろん行きたくない。ただでさえボッチの男がクラスの人気者の女の子を振った帰りに不良にボコられて入院しただなんて、目立って目立って仕方ない。もちろん悪い目立ち方で。
教室に入ると、早速好奇の視線を向けられる。
「……」
ただそれだけで、話しかけてくる人はいない。
これだってもうわかってた。
それに、初めての経験というわけでもない。今までに何度も何度も向けられてきた視線だ。
それなのに――どうしてこんなに悲しいんだろうな?
なんだか今日の俺は変だ。いつもはこうじゃなかったはずなのに。
「ふぅ……」
視線を向けてくる連中のほうを一瞥すると、すぐに視線はそらされる。
それと同時に美雪の姿を無意識のうちに探していた。けれど、美雪はいなかった。
(まあ、まだ時間じゃないし、そのうち来るだろ)
そう思っていたが、結局美雪は来ることなくチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。
「えー、蒼樹さんは家の都合で転校されました」
は……?
「せんせーい、どういうことですか?」クラスメイトAが担任に尋ねる。
「……それについては私の方から説明することはできません」
教室がざわめく。
「どうして、ですか?」再びAが尋ねる。
「答えられません」
解答の拒絶。さすがにこれではAももう一度訊こうなどとは思わず、また他の生徒もそんな風には思うこともなく、沈黙が流れる。
「では、HRを始めましょう。委員長」その沈黙を打ち破るのは担任だった。だが、当然先ほどの話題には触れようとしない。
「起立。気をつけ。おはようございます」
『おはようございます』
「では今日の連絡ですが――」
いつも通りにHRが進んでいく。だが、俺は美雪の転校のことしか考えられなかった。
思えば前にもこんなことがあった。俺がしばらく学校を休むと、再び登校するときには誰かが消えている。そうなったのは今回でもまだ二度目ではある。だが、そんなことが続くものだろうか。それに、他にも共通点はある。二回とも、美雪に関係がある。
一回目――一年前は、蒼樹美雪と付き合い始めた澤木望が交通事故にあって死亡した。
二回目――今回は、蒼樹美雪本人が転校していった。
この二つに何か関係があると考えるのは、早計かもしれない。だが――俺が動き出すには十分過ぎた。
調べよう。徹底的に、調べよう。これが俺の考えすぎならそれでいい。だけど、もしこれが重大な犯罪に関わっていたら?違和感に気づいているのにそれを見逃したとあっちゃ寝覚めが悪い。だから調べる。他にも理由がない――とは言えないかもしれないけど、そっちには今は目を瞑る。ただ俺が気になるから――それでいいじゃないか。
調査といっても、実際のところ俺にできることなんて限られている。所詮は俺なんて一介の学生でしか無いわけで、独自で調べるルートもなければ探偵に依頼する金もない。そんな俺にできることと言ったら、担任に転校先を聞くことくらいしか無い。
だが、なんというか俺はあまり担任に好かれていない。
ウチの担任は学校行事にものすごく力を入れていて、で逆に俺はそういったものに全くといっていいほど興味が無い。去年も彼女が担任だったんだけど、そんなわけだから文化祭の準備は全部サボったし、体育祭もサボった。一応体調を崩したってことにして連絡はしたけど、そんなものを信用するほどバカでもなかろう。
というわけで、担任に聞くのは正直かなり抵抗がある。
けれど、今の俺にはそれしか手段はない。だから聞こう。……まあ、仕方ないさ。
「蒼樹さんの転校先って、教えてもらえますか?」
「あなた、彼女の幼馴染なんでしょう?ならば私に聞かないでもわかってるのでは?それに、学校側からは個人情報を漏らすわけにはいきません」
「そう、ですか」
せっかく勇気を出して聞いてみたものの、結果はこの通り。畜生、個人情報をいいように使う犯罪者が心底憎いぜ……。
こうなったら、こんどこそ本当に手段はひとつしかなくなる。だけど、それだけは選びたくない。それだけは、選べない。
その手段――それは、ウチの親に聞くことである。
(だけど、いまさらどんな顔であの人達に話しかければいいってんだよ……)
そうは思うが、どれだけ考えても他の手段が思いつくことはなく。
だから、聞いてみようと、そう思った。
帰宅すると、母さんはいつもと同じく居間でお茶をすすっていた。
「すぅ、はぁ……」深呼吸をする。
母さんと最後にまともに話したのはいつだっただろうか。正確には覚えていないけど、たしか一年前に俺が引きこもる前だったと思う。
それから俺たち親子の関係は変わってしまった。父さんはもともと仕事が忙しくて俺にはあまり構っていられない人だったから、取り立てて変化はない。少なくとも、俺の側からはそう見えない。
けれど母さんは違う。あの時から確実に変わっていった。俺と同じように、全く別物へと変わっていってしまった。俺が知っているのは俺に対する態度だけだから、他がどうなっているのかはわからないけど、たぶんそっちは問題ないのだろう。もし問題があったら家に帰る時に近所の人にひそひそ話をされたりするだろう。まあ、最近は不良にボコられた噂が広がってるからそれに関係なく噂されてるんだけど。
「かあ、さん」久しぶりに話しかけた。心なしか、声が震えているような気がする。
「……何?」少し間を開けてから母さんが返事をする。
「その、聞きたいことが、あるんだ」ちゃんと返事をくれたことに少しだけホッとしながら本題に移った。
「美雪は、どこに行ったの?」
「……どうして?」
「え……?」
「どうして、そんなことを聞くの?」
「どうしてって……」
「あなた達はとっくに切れているのでしょう?」
「それは……」否定はできなかった。できるはずもなかった。
「なのに、なぜ?」
「ただ、気になるから、だよ。それ以外にはきっと理由なんて無い。入院している間に何の挨拶もなく消えてしまった幼馴染のことが気になるのは、そんなにおかしなことかな?」
「ええ、おかしなことよ。少なくとも、昨日までのゆうくんなら」
「ッ――」『ゆうくん』それは、一年前までの俺の呼ばれ方。けれど、あれから俺はそんなふうには呼ばれなくなっていた。でも、今呼ばれた。それはいったい何を意味するのか。
「ようやく、仲直りする気になったのかな?」そして、母さんは一年ぶりに本当の笑顔を見せた。
「かあ、さん……う、うあ、うわああああああああああああああ――!!」
それを見て、俺はみっともなく母さんの胸に飛びついて泣いた。それこそ小学校の時以来に。
それから母さんとたくさん話した。一年分を取り戻そうとするくらい、たくさん。
けれど、今はそんな余裕がなかったことを思い出す。
「あの、母さん。それで、美雪は……?」
「彼女は――」
それは予想だにしていない事実だった。
真夏の太陽に照らされながら歩く。どうすればいいのか何も分からなくて、ただ歩く。汗がアスファルトに落ちて蒸発する。知らぬ間に、かなり多くの汗をかいていたようだ。今更になって喉の渇きに気付く。
「はあ……」自然と溜息が漏れた。
今何をすればいいのか。そんなことは百も承知で、けれどどうしても『さっきの真実』が信じられなくて。それでどこへ行くわけでもなくウロウロウロウロ……。
「不毛だよなあ……」
そう、そんなことはわかってる。かといってすぐさま行動を起こす気にもならなくて。
「俺って前からこんなんだっけか?」
自問する。
「……そうだったかもしれないなー」
そして自答。
だけど、いつまでもこうしてるわけにもいかない。そろそろ目的地に行かなくては――
「でも、その前に水分補給だよな。ほら、適度に水分摂らないと熱射病になっちまうかもしんないし……。って、誰に言い訳してんだか……はあ……」
最近溜息が増えたなーとか思いながら、自販機へ向かう。果たして目的地にはいったいいつになったら着けるのやら。
そこは、とても静かだった。だけど俺はいったいなぜこんな場所に――それもアイツから呼び出されたのだろうか。
「……」
違和感はどうしても拭えなかったけれど、それでももう来たんだから、とその場所――廃工場の扉を開け足を踏み入れる。
ギィ……
「いらっしゃ~い」
出迎えたのは金髪ピアスにバタフライナイフをちらつかせたチンピラ風の男。
「お前、は――」
だけど見違えるはずもなかった。
「ひっさしぶりだな~、佐倉」
「さわ、き――」
死んだはずの、澤木望だった。
「よく覚えていてくれたなー。俺は嬉しいぜー?」ケタケタと澤木は嗤う。
「何で……?」
「ああん?」
「どうしてお前が生きているんだ!?」だってこいつは一年前に死んだはず――
「ああ、そのことか。お前も知ってのとおり、ウチの親父って超お偉いさんじゃん?で、実は俺ドラッグとかやってたんだわ。でもそれが親父にバレちまってな。だからさっさとやめようと思ったんだけど、そしたら俺のことを世間にバラすって脅されて。それで仕方ないから偽物の死体を用意して、俺は死んだことにしたんだよ」澤木はいつも通り――一年前までと何ら変わらず飄々と語る。
「……」突然語られる内容に俺は呆然としたまま立ち尽くす。
「まあ、俺のことはいいんだわ。けどな、お前の周りで『同じ事をしている奴が居る』ってわかってるか?」
「――ッ!?」
「おーその反応、一応知ってはいたみたいだな。じゃあもちろんそれが誰のことかはわかってるよな?――蒼樹美雪さ」
実際はたったの一日とはいえ、俺にとってはとても長い期間に思えた蒼樹美雪が転校した理由を調べるための調査。
その成果は――蒼樹美雪が薬物取締法違反で捕まったという事実だった。
安定志向(3)
前回までは言ってしまえばまだ準備段階。ここからようやく物語は動き出していきます。彼と彼女がこれからどうなるのか、それはまだ誰も知らない――そう、作者自身さえ……(えー