ダッチワイフは電動コケシの夢を見るか?

 未来の、とある探偵事務所。探偵とその女性助手がいる。探偵はデスクの前に座ってペンをもてあそんでいた。
「ひまだなあ」
 助手は探偵の肩にしなだれかかった。
「いいじゃない。せっかく仕事がないんだから、ねえ……」
「しょうがないやつだな」
 探偵はまんざらでもない様子で、助手の腰に手をまわした。
 二人がいちゃつきあって、もりあがってきたところに、突然、映話の呼び出し音が鳴った。

 タイレル邸の屋上にホバーカーが着陸した。屋上には、この邸の執事が待ちうけていた。
 車から、探偵と助手が降りてきた。助手はプンプンしている。
「なによ、せっかくこれからってときに……」
「しかたないだろう。仕事なんだから」
 執事が二人のそばに歩みよった。
「タイレル様がお待ちでございます。中へどうぞ」
 二人は執事に案内されて建物の中に入った。

 執事に先導されて探偵と助手が廊下を歩いている。探偵はもの珍しそうに、あたりをキョロキョロと見まわしていた。助手はそれを横目でちらりと見て、
(恥ずかしいわねーー)
 執事は扉の前に来ると、そばにあるインターホンに向かって、
「探偵社の方がお見えでございます」
「よし、はいれ」
 インターホンから返答があった。扉は真中から二つに割れて、スッと開いた。

 探偵と助手が部屋に入ってくる。遅れて入った執事が扉のそばで何か操作すると、扉は再び閉まった。
 だだっ広い部屋の中央には古風な天蓋付寝台が据えてある。その寝台の中から声がした。
「ベッドの中で失礼しますぞ。そばに来てくだされ」
 探偵と助手はおずおずと近寄った。執事は扉のそばに控えている。タイレル氏は体を起こして二人を迎えた。目の下に隈が出来ている。
「この家で使っていたアンドロイドが逃げだした。そいつをつかまえてほしいんじゃ」
「なぜ、それを私に? 警察へは届けなかったんですか」
「そこがやっかいなところでな。そのアンドロイドがただのアンドロイドではないんじゃ」
 助手はピンときた様子で、話にわりこんできた。
「セクサロイドの製造は禁止されているはずですわ」
「そこはそれ、ぬけ道というものがあってな。私用に使う分にはいっこう問題がない。しかし、ことが表沙汰になると……。しかも、この件には内部に手引きした者があったらしい。わしもうかつに動けんわけじゃて。ことは極秘裏に運ばねばならんかった。そこで有能で信頼のおける私立探偵を選んで雇うことにした。それがあんただったわけじゃ」
「なるほど。で、そのアンドロイドというのは?」
「詳しい資料はあとで執事が渡す。ここに写真がある」
 タイレル氏はナイトテーブルの引出しから写真を取り出した。探偵は受け取ってそれを見た。助手が探偵の肩ごしにのぞきこんだ。
 写真には女が写っていた。探偵はその女の美しさにギクリとした。助手は探偵の様子に気づいてムッとした表情になった。
 探偵は写真から目を離せないまま、
「寿命はあとどのくらいなんですか?」
「一カ月か、十年か、それとも百年生きるかもしれん」
「へ?」
 探偵はけげんな顔をした。
「普通の有機体アンドロイドはせいぜい四、五年しか生きられん。死滅した細胞の交換ができんからな。だが、彼女は特別なんじゃ。ある物質を摂取することで、細胞を更新することができる」
「ある物質……」
「男性の生殖細胞、平たくいえば精液じゃ。彼女は体のあらゆる部分から、それを吸収できるようにできておる。精液に不足せんかぎり、彼女は今の若さを保ったまま永遠に生きられるわけじゃ」
「そして、それを手に入れるのに充分な魅力を持っている……」
 タイレル氏は苦々しげに、
「テクニックもな。あやつはそのテクニックを存分に発揮しおった。おかげでわしはあやうく殺されるところじゃった。見つけしだい破壊してかまわん。報酬は二百万ポスクレッド出そう」
「二百万ポスクレッド!」
 探偵と助手は同時に叫んだ。金額の大きさに驚いたのだ。

 再び探偵事務所。探偵はすっかり有頂天になっていた。
「二百万ポスクレッド! 夢のようだ」
 助手はそれを冷たい目で見て、
「でもおかしいと思わない」
「なにが」
「タイレル氏が有能で信頼できる探偵を選んだっていったでしょう」
 探偵はカッとなって、
「おれがそうじゃないというのか!」
「少なくとも、実績がないわ」
「きっとおれの能力を見こんだのさ」
 助手はあきれて、
「で、どうするの、有能な探偵さん。アンドロイドをつかまえないことには、二百万ポスクレッドも夢のままよ」
「うん。キミは邸内に手引きした者があったかどうか、そっちを調べてくれ。おれはちょっと出かけてくる」
 探偵は立ち上がって、出かけるそぶりをした。助手は疑惑のまなざしで、
「どこへ行くの?」
 探偵は少しうろたえた様子で、
「い、いや、調査だよ。彼女が生命を維持するのに必要なものを手に入れるために、現れそうな界隈をさぐってみるんだ」
 助手の顔色をうかがうように、
「こういう仕事はきみにはむかないだろう?」
 助手は探偵にスッと近づいた。
「まあ、いいわ」
 探偵のネクタイを指でもてあそびながら、
「そのかわり」
 ネクタイをギュッとしめあげて、
「彼女を見つけたら、私のことを思い出してね」
 探偵は首をしめあげられた格好で、
「わかってる。わかってるよ」

 雑踏の中を執事が歩いている。
(二百万ポスクレッドだと、あんなヘボ探偵に。でも、まあ、奴がそれを手にすることもあるまいさ。なにしろ、アンドロイドはおれの手の内にあるんだからな。それに、奴はおれが調べたうちでもっとも無能な探偵で、奴が活躍してくれているかぎり、こっちはたっぷり時間が稼げるってわけだ。おれは二百万ポスクレッドぽっちじゃ満足しないぞ。二千、いや五千万しぼりとってやる。)
 執事は雑踏を離れて、建物と建物の間の狭い路地に入った。路地に面した建物の入口から中に入って、ある部屋の前に立った。そこが彼のアジトだった。
 執事はそっとドアをノックした。
「おい、おれだ。あけろ」
 部屋の中からは何の反応もなかった。
「なにがあったんだ。おい、あけろ!」
 執事はドンドンと強くドアを叩いた。

 ドアに体当りをした執事が部屋の中にとびこんできた。
 部屋の中では、意識を失った裸の男がベッドにあおむけになっていた。その上でやはり裸のアンドロイドが、夢中になって腰の上下運動を繰り返していた。
「こ、これは……」
 執事は驚愕した。
 アンドロイドが振り向いた。彼女は微笑しながら、手をさしのべて執事に近づいた。執事は恐怖の表情を浮かべた。

 郊外。探偵はホバーカーを道路に沿って低空飛行させていた。
 探偵はネクタイをゆるめ、ワイシャツの前をはだけている。鎖骨のあたりにキスマークがついていた。
(ちょっと遊びすぎたかな。ま、いいか。これも調査のうち、必要経費でおとせるさ。……ん、なんだ?)
 ホバーカーの前方、道路の脇で、アンドロイドが両腕を振って車を止めようとしていた。車は彼女の前で停止した。探偵はウインドー越しに彼女を認めてビックリした。
 ドアを開けると、彼女は助手席にとびこんできた。
「たすけて、悪い人たちにつかまっていて、逃げてきたの」

 執事のアジト。執事ともう一人の男がすっかり精気を吸いとられて失神している。
 壁には「正」の字がいくつも書かれていた。

10

 アンドロイドを助手席に乗せて、探偵はホバーカーを走らせていた。
(ついてるぞ。ご都合主義のたまものだね。このままクラム邸に直行すれば、事件は解決だ。)
 探偵はちらっとアンドロイドの方を見た。彼女の服はあちこち破れていて、そこから肌が露出していた。探偵はごくっと唾を呑みこんだ。探偵のズボンの前がもっこりとふくらみ、それにアンドロイドが気づいた。
 探偵は顔を赤くして、膝を持ち上げてそれを隠そうとした。アンドロイドはスッと手を伸ばしてそれに触れ、その上に身をかがめた。
「わ!」
 ホバーカーはフラフラと道路をそれていき、地面に車体をこすりつけて停止した。

11

「ん」
 探偵は気がついて目を開けた。
「な、なんだ!」
 アンドロイドが探偵の前にしゃがみこんで、探偵のそれをしゃぶっていた。彼女は顔を上げて、
「あなたは命の恩人だもの。お礼に、私のできる最高のことをしてあげる」
 中断した作業に再びとりかかった。
「うわ、やめてくれ。……くっ」
 口淫矢のごとし、探偵は射精した。アンドロイドはゴクゴクとそれを飲みほした。
「おいしいわ。今度は私の中でして」
「え!?」
 探偵の体が急に後ろに倒れた。アンドロイドがシートを倒したのだ。彼女は探偵の上に乗りかかった。

12

 探偵はアンドロイドの下になっていた。すっかり消耗している。
(こ、殺される)
 そのとき、アンドロイドの額がうちぬかれた。死体は探偵の上に倒れかかった。
「わっわっ」
 探偵は死体をおしのけようとしてもがいた。
 助手が銃をかまえて立っていた。
「や、やあ、たすかったよ……」
 助手は銃を探偵に向けかえた。
「わ~~っ」
 助手は銃をかまえたまま、
「ひとが心配して来てみたら……やっぱりこういうことになってたのね」
「誤解だ。おれは誘惑されたんだよ」
「どうかしらね。どっちにしても事件は解決したわ。あの執事が陰で糸を引いていたのよ。もうつかまえてタイレル氏に引き渡してあるわ」
 探偵は冷や汗を流しながら、
「それはよかった。報酬が手に入ったら、やっときみと結婚式が挙げられる」
「本気でいってるの?」
「本気、本気。これは正式のプロポーズだよ」
「いいわ。信じてあげる」
 助手は銃を下ろした。探偵にすり寄って、
「私のこと、愛してる?」
「ああ、愛してるよ」
「じゃあ、おねがい……」
 助手は探偵の下半身に手を伸ばした。
「あわわわ……」
 探偵は顔をひきつらせた。

ダッチワイフは電動コケシの夢を見るか?

ダッチワイフは電動コケシの夢を見るか?

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-23

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