月が見下ろす湖畔で

とある町外れの湖畔に住む少女のお話。

とある事により人との接触を恐れるようになってしまった彼女の心情の変化を

数々の描写を入れて書いていきたいと思います。

序章 森の少女

とある小さな町、「ヘズィームーン」は周囲を森で囲まれており他の町とは違った雰囲気を持っている。

その森の一つに大きな湖があるところがあった。

特に森にも湖にも名前は無く、町の人々は「湖の森」と呼んでいた。

町から近いが森に入ってくる人はおらず、木々や動物達が伸び伸びと暮らしていた。

獰猛(どうもう)な動物もいないので穏やかな時間がそこには流れている。

森の奥に湖があり、丁度土地が開けているので夜になれば見事な月が見ることが出来る。

青々とした草原と湖に映し出される月は息を呑むほどの美しさだと噂されている。

そんな湖のほとりに一軒のログハウスがある。

赤い屋根と木で出来た外装は森に溶け込んでいる。

そこに住むのは一人の茶髪の少女。

肩まで伸びた髪はサラサラとしていて面持ちはとても大人しそうにも見える。

屋根と同じ赤いポンチョを濃い茶色のワンピースと白いブラウスの上に羽織っていて

どこかのお話の主人公のようだ。

これはこの少女に起こった出来事のお話である。

月の浮かぶ夜に

春の暖かな夜風が優しく髪を撫でた。

周りの草木も微かに揺れて葉が擦れる音が森中に響き渡った。

今宵は雲ひとつ無く数多の星達が瞬き、淡い光を放つ満月があたりを優しく照らしていた。

湖の水面は風によって僅かに波立ち、鏡のように映した月と私の姿を歪ませた。

2年前に両親を流行り病で亡くしてしまい、父親と一緒に行っていた市場の人以外の交流は避けてきた。

幼い頃の記憶が邪魔をして知らない人を見ると体が震えてしまう。

はぁ…。と短いため息をついて空を見上げた。

泣きたくなるほど綺麗なその月は両親の笑顔を連想させて私の心を癒してくれた。

そろそろ家に戻ろうか…。そう思った時森の方から足音が聞こえた。

「あれ、人がいる…。こんばんはー。」

「ひッ…!!!」

低い声からして男の人だろう。

ガタガタと体は震え身を小さくした。

男の人は首をかしげながら私のところに近づいて来た。

「…!!こ、こないで!!!」

とっさに叫んだ声も虚しく男は私の目の前でしゃがんだ。

「ごめんね、驚かせちゃった?」

この出会いが後に私の運命を変えるなんてこの時思ってもいなかった。

謎の少年と

優しく話しかけた男…いや、少年は常にニコニコしている。

真っ黒な短髪に首元が少しゆったりとしてその真ん中に切り込みの入ったベージュの半袖の服に白の長袖シャツを重ね着している。

ズボンは少し大きいのかひざより少し下のところで裾をまくっていて靴はヒールの無いショートブーツを履いている。

相変わらず身を固まらせたままの私に少し申し訳なさそうな顔して一方的に話しかけてきた。

「いきなり知らない人に話しかけられたら困っちゃうよね…。本当にごめん。」

「…。」

「あ、僕ストラクトっていうんだ。ストラクト・シャーディ。君の名前は?無理に応えなくてもいいからね。」

少年…ストラクトは質問をしたものの何も話そうとしない私への配慮なのかそう付け加えた。

「…。ソフィ、ア。ソフィア・フレデリック…。」

ストラクトは私が質問に答えたことに驚いたらしく、目を見開いて私を見ていた。

しかし、すぐに柔らかな笑みを見せた。さっきまでとは違う…どこか懐かしい笑みだ。

「よろしく、ソフィア。また、ここに来てもいいかな?」

私は首を縦に振って見せた。

「ありがとう、じゃあ今夜は帰るよ。バイバイ、ソフィア。」

彼はゆっくりと立ち上がり軽く手を振ったので私も小さく振り返した。

ふくろうの鳴き声が響く中、彼の姿は森の奥へと消えてしまった。

少年と少女の会話

次の日の夜、昨夜と同じように見事な月が湖に映し出された。

ランプが無くても歩けるぐらいには明かるく、ソフィアは手ぶらで湖のほとりまで来ていた。

「あ、ソフィア!こんばんはー。」

昨日の少年、ストラクトがソフィアの元まで駆け寄っていく。ソフィアはまた身を硬くしていた。

「今日も月が綺麗だね。」

「…う、ん。」

「ソフィアは一人で暮らしてるの?」

「…親は、死んじゃったから、一人。」

そうちぐはぐな言葉で応えたソフィアはストラクトを見て驚いた。とても寂しそうな横顔だったからだ。

「そっか…。悪いこと聞いちゃったね。ごめん。」

「いい…。ストラクトは?」

「僕も親はいないよー。捨てられちゃってさ、今は孤児院に暮らしてるんだ。」

孤児院…。そこは近くの町にある施設で、身寄りの無い子供が集まるところだ。

「…ごめん。」

「いいよ!別に気にしてなんかいないしね!」

そう言ったストラクトの顔は月明かりに照らされたせいもあって悲しそうに見えた。

少年と少女の会話 2

風の音が静かに辺りを満たしていく。私は彼の表情をじっと見つめることしか出来なくなっていた。

(こんな顔も出来るんだ…。)

いつも笑ってばかりいるストラクトの悲しげな表情を見てしまったからだ。

彼は暫くすると顔をそらした。月明かりでも顔がほのかに赤くなっていることが分かる。

「そんなに見つめられると照れちゃうよ…。」

「あ…、ご、ごめん…なさい。」

「いいよ。ちょっと緊張しちゃっただけだし。」

照れくさそうに彼は笑った。そんな彼を見ていると警戒心が徐々に薄れていった気がする。

「あ、そういえばソフィアって何歳なの?年上だったら敬語にしないといけないし…。」

「へ? …え、と。17…だけど?」

突然の質問に少し混乱してしまったが彼は安心したように笑い自分も同い年であることを教えてくれた。

ふいにコロコロと変わっていく彼の表情に心なしか「羨ましい」という感情が芽生えてきた事に気づく。

私はこんなに沢山の顔を作ることなんて出来ない。笑うことも、泣くことも…。

私がそう考えながら俯いていると、優しい声がした。

「ソフィアって赤色が似合うね。凄く可愛い。」

その瞬間顔を勢いよく上げて彼を見た。顔はどんどん熱くなっている。

少年と少女の会話 3

「な、…!!そんなこと、ない!」

「いやいや、凄く似合ってるもん。」

恥ずかしくないんだろうか…。彼の笑顔は少し悪戯っぽく見えた。

「そういえばさ、ソフィアって町に住んでるの?それともどこか別のところ?」

「え、と…。この近く…。すぐそこにある家に、住んでる。」

「あ、もしかして赤い屋根の木の家?いいなぁ、あんな家憧れちゃうよ。」

目をきらきらさせながら彼はそう言った。孤児院にいり彼にとっては手の届かないモノなのだろう。

「だからこんな時間まで外に出れるんだね、でも注意しないと!」

「何で…?」

ストラクトは少し怖い…いや、真剣な顔をして言った。

「近くの村とか町から来た人に連れさらわれちゃうでしょ?だからだよ!」

「…ないよ、そんな事。ここ、人来ないし。ストラクト以外は。」

「だとしても油断しちゃいけないよ…。こんな遅くまで…って、あ!!」

ふいに彼は懐中時計を出した。かなり古そうな物だから誰かに貰ったのだろう。

「定刻…すぎちゃったよ…。締め出しかぁ…。」

とても困った顔をして彼はがっくりとうな垂れた。

少女の歯車

「今日、どうするの?」

孤児院の先生にストラクトは外出の時間を決められていたようだが、現在その時刻を過ぎてしまっていた。

「んー…。町で野宿かなぁ…?」

「風邪、ひいちゃうよ?」

「仕方ないからね…。約束を守らなかった方が悪いし。」

困ったように笑いながら彼はゆっくりと立ち上がる。町に向かうみたいだ。

「じゃあソフィア、また話に来ても良いかな?」

「うん…。」

「よかった、それじゃあおやすみ。」

彼は私に背を向けて町に戻ろうとした。

「ま、待って!!」

驚いたような顔をしてストラクトは振り返った。正直自分でも驚いている。

「あ、の…。うちに、泊まる? 私も悪いし、風邪、引いて欲しく、ないし…。」

「え、で、でも。」

「部屋は余ってるし、だ、大丈夫…だから…。」

自分の中にある歯車がギシギシと音を立てて回りだそうとしているように感じた。

赤い屋根のログハウス

どうしてこうなってしまったのか・・・ソフィアは自問自答を繰り返していた。

ソフィアの一言によりストラクトはソフィアの家に泊まることになったのだが…。

市場の人間、両親…この人達以外を信用したことが無かったソフィアにとっては自分のとった行動が理解できずにいるのだ。

確かに警戒心は揺るいだ。しかし、会話はどこかぎこちなくなってしまう。まだ完全には心を許していない。

それなのに彼を自分の住む家に入れたのだ。

ストラクトは家を見ると少し目を輝かせていて、入る時は申し訳なさそうにしていた。

現在ソフィアは彼が寝泊りする部屋の片づけをしている。

普段使うことが無かったので私物が幾つか部屋に詰まれてあったからだ。

「これでいいかな…。」

気の温もりを感じる部屋はシングルベッドと木で出来たデスクがあるだけのシンプルな部屋だ。

3個ある個室はすべて同じような構造をしているがその部屋を使う人によって多少のアレンジが加えられている。

「ス、ストラクト…できた。」

「ありがとう! ごめんね、ソフィア。」

「いい…。おやすみなさい。」

「おやすみ。」

足早にソフィアは部屋を出て入れ替わるようにストラクトが部屋の中へと入っていった。

(早く寝よう…。明日はお仕事の準備しないと…。)

ソフィアはそのまま自室に向かい月のモチーフの刺繍が施された布団の中に身をくるませた。

少しずつ夢の中に引き込まれていく意識の中、ソフィアは微笑を浮かべていた。

月明かりが部屋全体を照らし、優しく彼女を夢の世界に誘った。

泡沫(うたかた)の夢

私の頬をやさしく包む大きな手。

私と同じ茶髪の髪をした父さん。赤髪を腰まで伸ばした優しいお母さん。

手を繋いでいつも湖に行っていたね。

今とは違うところ…村に住んでいた時だ。

毎日ひどい事をされた。「呪いの娘」そういわれ続けた。

石も投げられた。いたい、やめて、ききたくない、わたしは、のろいなんてかけてない…。

何年かしてからいつも来ていた湖の近くに家を建てて住んだ。

小鳥のさえずり、木々の香り、綺麗な月…。すべてが私を癒してくれた。

近くの町に父の誘いで行ってみた。村とは違う優しい人達。笑顔が絶えなかった。

それからまた何年か経った。流行り病に両親がかかった。苦しそう。

看病しても治らない…そうして2人は涙を流しながらも笑顔で最後の言葉を告げた。

「ごめんね、今まで一緒に暮らせて楽しかった。愛してるよ、ソフィア…。」

「お父さん…?お母さん…?やめてよ、そんな事言わないでよ、私、まだ一緒にいたいよ…!!」

その言葉を聞くことなく2人は静かに息を引き取っていた。

家族3人で幸せにずっと暮らす…それを「夢」としていた私の夢は消えてしまった。

泡のような夢だった…。そう、「泡沫の夢」と言うにはピッタリなぐらいに…。

さえずりを聞きながら

懐かしい夢を見た。

だが、脂汗をかいていて額はべたべたする…。家の外にある井戸で水を汲んで軽く顔を洗い朝食の準備に取り掛かった。

熱したフライパンにベーコンを4枚いれほのかに焼き色がつくまで焼く。

そして卵を二つ割り目玉焼きを作る。黄身が半熟と完熟の間になった頃合を見てベーコンと同じ皿に盛り付けた。

小さな木のボウルには市場の人から貰ったレタスとスライス玉ねぎとプチトマトをマリネソースで合えたものを均等になるように取り分けた。

最後にお湯を沸かしてハーブティーを作った。ティーポットにハーブを入れて熱湯を注ぐとさわやかな香りに包まれる。

するとリビングの向かい側の扉が開いた。ストラクトだ。

「おはようソフィア。すごいねこれ…ソフィアが作ったの?」

「おはよう。そう、だけど。」

「ごめんね、こんなことまで…。」

すごく申し訳なさそうな顔でそういってきたけど私は首を静かに横に振った。

「いいよ、ホントに。朝ごはん、冷めちゃうから…。食べよう?」

一瞬ビックリしたみたいだったがすぐに柔らかな笑顔で「うん。」と応えてくれた。

小鳥達のさえずりを聞きながらハーブの香りに包まれて2人は食事をとった。

会話はまだまだぎこちないが、久しく誰かと食事をすることが出来て嬉しい朝だ。

不意に父親の姿とストラクトの姿が重なって見えた。

両親がいなくなってから初めて心からの笑顔を見せた。

木漏れ日の中で

朝食の後は掃除をしたり洗濯をしたりと家事仕事に追われていた。

洗濯物は一人分しか無いし、家もこまめに掃除しているのでそこまで重労働ではない。

今日は天気もよく、窓から入り込んでくる日差しがポカポカと暖かい。そして思いつく。

「今日はお仕事しよう。」

ひとりでに言った言葉はリビングで静かに響いた。…はずだった。

「ソフィアって仕事しているんだ。」

「え…!!?ス、ストラクト…い、いつから。」

すでに帰ったはずのストラクトが扉の前で立っていたのだ。動揺の色が隠せない。私はどんな顔をしているんだろう。

「いやー、どうせ戻っても暇だしソフィアのところに戻ろうかなって思ってね。」

「そ、そう…。」

「ところで、ソフィアの仕事って何?町に出て何かしてるの?」

ストラクトの顔は小さい子供が質問しているように好奇心旺盛な目をしている。少しため息をつきながら言った。

「刺繍をして市場で売ってるの。…そんなに多くは作れないけど。」

市場に出す商品はハンカチ、コースター、インテリアとして刺繍を施したものを小さな額に入れたものだ。

主に月や星、湖の情景を自分なりに真っ白な布に糸によって表現していく。

それぞれ5つずつの出品しかできない。…予算的な問題もあり大量生産できないからだが。

「刺繍できるんだ!ね、見てもいい?」

「え?つ、作ってるとこを?」

「うん!…だめ、かな?」

不安そうな顔で私を見つめてくる。…昨日から彼の表情に釘付けになってしまう。

そんな彼を見て断ることが出来なくなってしまった。

「邪魔しなかったら…いい、けど。」

「ありがとう!」

ぱぁっと明るい表情になった彼を見て思わず微笑を浮かべた。

天気もいいし、風が心地よさそうだ…。ストラクトを誘って湖の近くの木陰で作業をすることにした。

木漏れ日の中で 2

暑くもなく、寒くもない…そんな気候の中私とストラクトは湖の近くにある大きな木の下にいた。

今から市場に持っていく商品、インテリア用の刺繍をする。ストラクトは私の横でじっとしている。

「どんな柄にするの?」

「んー…。あ、昨日の光景。ストラクトと見た、湖の光景にする。」

昨日の光景…。鏡のような湖、そして木々の上に浮かぶ満月のことだ。

題材が決まってしまえば後の作業は早い。

まずは刺繍糸を選ぶ。

影の具合などを出す為に少しずつ色合いが違う糸を何本も取り、それぞれ針に通していく。

真っ白な布を取り出して昨日の情景を思い出しながら一つ一つ丁寧に施していく。

縦5センチ、横4センチという小さな額縁に入れる為そこまで手間はかからない。

一つ作り上げるのにせいぜい20分もあったら十分。5個作るので1時間はどうしても越えてしまうけど…。

ストラクトは私が黙って作業しているのに気を使っているのか、何も話さず私の作業を見ている。

静かに、そしてゆっくりと時間が流れていっている。

こんなに穏やかな気持ちで刺繍をしたのはいつ以来なんだろう…。

そう思いながら春の木漏れ日の中、ゆっくりと作業を進めていった。

市場にて

翌日、以前から用意していた商品を籠の中に詰めて、市場へと向かった。

へズィームーンの中心の時計塔広場で開催される市場は様々なものが出品されている。

私の隣で準備をしているのは画家のおじさん。いつも綺麗な絵が並んでいる。

「あら、ソフィアちゃん久しぶりねぇ!」

この人は生花を売るおばさん。お父さんと仲のよかった人でいつも面倒を見てもらっている。

「おや、ソフィアの作品がまた見れるとは。」

この人は陶器売りのおじいさん。この人も昔からの付き合いだ。

「お久しぶりです。」

「今日は人が沢山きてるわねぇ…。あら、騎士様もいらっしゃるじゃない!何か起きなければ良いけど…。」

「そうですね…。あ、そろそろ始まりますね。」

「あらやだ、じゃあ頑張りましょうね!」

時計塔の針が9時を指すと鐘の音が響き渡り市場の開始を告げた。

広場全体が薄い灰色のレンガで敷き詰められていて、いつもは少し寂しい印象を持っているが市が開かれるととても活気の溢れる場所へと変わってしまう。

でも、こんな市場の人たちが好きだ。あのころとは違う、とても暖かな空間が好き…。

今日は久しぶりの参加だったから楽しみたい、そう思っていた時だ。

「どこかで見た顔だな、お前。」

私の目の前には怖い顔をした男の人が立っていた。

望まざる客人

見覚えがある、なんとなくだがそう思った。怖い目つき…。

「村から出て行ったと思ったら…こんなとこに来てたのかよ。どうせここでも不幸なことが起こるんだろ?」

「そんなこと、ないです。」

「お前は「呪いの娘」なんだから大人しくしとけば良いものを…。」

「ちょっと!!あんた達何してんのよ!!」

怖い顔の男2人にそんな事を言われ続け、泣きそうになっていた時生花売りのおばさんが声を荒げた。

それについてくるようにして周りの人たちもぞろぞろと付いてきている。

「あぁ!? 何だよ、お前ら。」

「ソフィアちゃんは何もしてないでしょ?今までおかしなことなんて起こったこともないわよ!」

「勝手にソフィアの悪口を言うな!!」

一斉に2人に浴びせられる言葉は、2人の怒りを増大させてしまっただけだった…。

「…うるせぇ!!!」

そういって手にしたのは私が売っていたインテリア用の刺繍の入った額縁。

手当たり次第に人々をそれで殴っていった。

「…!!!やめて!!!」

悲鳴やわめき声を上げて逃げる人々…自分が作ったもので皆が傷ついてしまう…。

とっさに私は男にしがみ付いた。…だが、もともと私と男では力も何もかもが違う。

私は容易に蹴り飛ばされてしまった。

「う…や、やめ、て…!」
お腹を抱えて叫んでもその声は2人に届きはしない…。

望まざる客人 2

私の商品が、作品が、皆を傷つけている道具になっている、いやだ、はやく、助けないと…。

ズキズキと痛むお腹を押さえて、頭の中がグルグルと回るような感覚に陥った。

足に力が入らず少し体を浮かせてもすぐに寝そべるようになってしまう。

それでも、地面を這って彼らの足元まで近づいた。

「こいつ、まだ…!!しつこいな!!!」

男はまた私を蹴った。再び衝撃が私の体を襲う。

それでも…私は、皆を助けたい一心で何度も彼らのところに這っていった。

「…やめ、て、くださ、い。」

声を絞り出す。するとピタッと彼らが動きを止めた。そして黒い笑みを浮かべる。

「じゃあ、こうさせて貰うよ。」

額縁の中の刺繍を取り出し、私の目の前で…破り捨てた。

「…!!や、やめ、!!!」

びりびりと音を立てて引き裂かれていく風景…私とストラクトで見たあの夜景…。

それだけでは足りなかったのか他の商品にも手をつける。

「やめて、やめてよ!!!!」

泣き叫んでも彼らは高笑いをしながら私の作品を引き裂いていった。

望まざる客人 3

ボロボロになった刺繍。私の中にある記憶までもが引き裂かれたようだ。

「何見てんだよ。まだ蹴られたいのか?」

一人が近づいてくる。怖い、コワイ、いやだ、だれか、助けて…!!!

言葉はもう出なくて、涙だけがポロポロと零れ落ちる。

もう男は目の前だ。蹴られる、そう思って顔を伏せた。

「何してるんですか。」

聞き覚えのある声。ゆっくりと顔を上げてみると、ストラクトがこちらに向かって歩いてきた。

「お前、こいつの友達か?かわいそうになぁ。」

皮肉たっぷりに男はそう言った。だが、ストラクトはそんな言葉に耳を傾けていないようだ。

「何をしていたんですか、早く答えてください。」

ストラクトはとても怖い顔をしている。今までこんな顔を見たことはなかった。

「こいつに制裁を与えてたんだよ!あと周りのうるさい連中もな!!」

「そうですか。まあ、関係ないですがね。早くここから出て行ってください。」

「はぁ!?何でお前に言われなきゃいけないんだよ!!」

男の一人がストラクトの後ろに回りこみ一発頭を殴った。

ストラクトはひざをついてしまった。男達はニヤニヤと笑っているだけ。

望まざる客人 4

「スト、ラク、ト…!!」

「なんだ、言うことはまだあるか?」

なかなか立てないでいるストラクトに男達はそう言った。

「…早く、出て行け。」

ゆっくりとストラクトは立ち上がってさっきよりも怖い顔をして言った。

「今なら、巡回に来ている騎士団が居る。お前らの事、話してもいいんだけど?」

「騎士団」という単語に男達の顔はこわばった。

ひどく動揺している。

「もっとも、これだけの騒ぎが起これば、騎士団の人も駆けつけるでしょうけどね。」

そう言い終えたと同時に足音が聞こえてきた。鉄が当たっている様な音だ…。

「や、やべぇ!!お、覚えとけよ!!!」

その音を聞くや否や、男達は慌ててその場所から走り去ってしまった。

「ふう…。ソフィア、大丈夫?」

彼がいつもの優しい声で話しかけてきた。

だけど、私はそこで意識を手放してしまった。

訪れた平和

目を覚ますと見知らぬ天井があった。

体を起こそうとすると痛みが体中に走り、仕方がないので頭だけを動かして自分の周りを見ることにした。

白い壁、治療器具、それに少し大きめの窓…。

「ソフィア、目が覚めたんだね!」

左側からストラクトの声がした。ゆっくりとその方向を見る。

「ストラクト…。ここ、どこ?」

「ここはね孤児院の治療室だよ。あの後ソフィアを運んできたんだ。」

「そっか…。ありがとう。」

ストラクトは孤児院に住んでいると言っていた。無理を言ってここに私を入れたんだろう。

「…ごめんね。もっと早く気づけばよかった。」

ストラクトはとても悲しそうな顔をした。

「謝らないで…。助けてくれて、嬉しかった。」

ストラクトを安心させるように微笑みながら私は言った。

「そっか…。」

少し俯く彼。何かを気にしているような雰囲気が出ている。

「何か」は安易に想像が出来た。少し深呼吸をして彼の名前を呼んだ。

「ストラクト。」

呪いの娘

「ん?どうしたの?」

何事もなかったかのように彼は笑った。

「…気になってるんでしょ?「呪いの娘」のこと。」

彼は黙り込んだ。やっぱりね…。

「いいよ、気にはしてないし。」

「でも、嫌な思い出があるんだろう?」

確かに私にとっては嫌な思い出だ。

思い出すだけで体が震え上がってしまう。

「貴方だけなら、いい。そわそわされても…落ち着かないし。」

そう言って私は天井を見た。

「私はね、昔からあそこに住んでは居なかったの。」

今までの会話がなんだったんだ、と思えるぐらいスラスラと言葉が出てくる。

「私は元々この近くの村に生まれた。」

ゆっくりと目を閉じ、過去の光景を思い浮かべる。

「呪いの娘」と言われた由縁の記憶を…。

呪いの娘 2

この町の近くには小さな村がある。そこに私は生まれた。

私が生まれた日に町長の娘も生まれた。

ところが、その翌日の事だ。村に盗賊が入ったのだ。

村人は私か町長の娘が「災厄」をもたらしたのだと考えた。

しかし、町長の娘に「呪いの娘」など言えるはずもない。だから私が「呪いの娘」と言われるようになったのだ。

4歳の頃には石やひどい言葉が毎日のように投げつけられた。

両親もその事を思い、家族でよく訪れていたあの湖の近くに家を建てて移り住んだ。

移り住むまでは村からは出ることは出来ない。

しまいには町長の娘まで私のことをけなしてくる様になっていた。

辛くて…涙さえも出なかった。叫ぶ事も出来なくなっていた。

「ソフィア…。」

そこまで話すとストラクトが私の名前を呼び、そっと私の髪を撫でた。

「今まで、よく頑張ったね。」

その言葉はまるで、両親から送られた言葉のように思えた。

「うん…。」

窓からの夕日が白い部屋を赤く染めていた。

月が見下ろす湖畔で

その日から一週間、私はストラクトと共に家に戻る事になった。

怪我の状態も大分良くなったので私からの希望でそれは実現した。

「一週間お世話になりました。」

孤児院のおじいさんに私は礼を述べた。

「いやいや。もっとゆっくりしていても良かったのに。」

「いえ、あまりご迷惑はおかけしたくありませんし…。それに、家も心配なんで。」

おじいさんは笑いながら「そうかそうか。」と言っていた。

「ストラクト!ちゃんと見送るんだぞ!」

おじいさんはストラクトを見て念を押していてそれに苦笑しながらストラクトは生返事をしていた。

「じゃ、いってきます。」

「お邪魔しました。」

おじいさんと孤児院に居た子供達に見送られながら私とストラクトは孤児院を後にした。

月が見下ろす湖畔で 2

町を出て森を抜けるといつもの湖が見えた。

そこに辿り着くまではお互い話をしていなかった。

なんだか…気まずい空気が流れていて…。

湖に着くと私は立ち止まった。

「あの、ここでいいよ。もう近いし。」

「そ、そう?…じゃあ、帰る前に話したい事があるんだけど。」

その表情はいつもよりも真剣そのものだ。

湖のそばまで行って私達は腰を下ろした。

最初は何てことないいつもの会話だ。

お昼ごろから歩いてきた事もあって辺りは夕日に染まりだしてきている。

「ストラクト、時間は大丈夫?」

いつかの締め出しの事を思い出し聞いてみる。

「…あと少しだけ。本題を話してから帰るよ。」

彼は少し息をついて私のほうを見た。

月が見下ろす湖畔で 3

心なしか赤く染まった彼の表情は不安そうで、何が起こるのか想像つかない。

「初めてソフィアと会った時、凄く心臓が痛くなったんだ。最初は人が居てビックリしただけだと思ってた。
だけど、次の日にきても同じだったんだ。」

「…そう。」

「その…何ていったらいいのかな…。」

頭をかいたり天を仰いだり…いつもの彼らしくない行動に目をやっていると彼はもう一度私を見た。

「僕の…恋人になってくれませんか。」

突然の言葉。頭の中が真っ白になった。

「あ、わ、私は「呪いの娘」だよ?い、いいの…?」

「そんな事、僕が気にすると思う?」

「…。」

「それに、君は呪われてなんかないよ。」

彼の優しい言葉に目を見開いた。…そんな優しい顔されたら、応えるしかないじゃない。

「よろしく、お願いします。」

空には夜の帳が下りはじめ、初めて会った日とは違った月が浮かんでいる。

水面に映し出された月は二人を祝福するように微笑んでいた。

月が見下ろす湖畔で

何とか完結いたしました。
力量不足で伝えきれなかった部分も多々あったかとおもいます。
読んで下さった方々に「綺麗な印象」を与える事が出来たら幸いだと思っております。
自己紹介でも書かせて頂きましたが、ツイッターとの連携もしています。
ご意見、ご感想など送ってみようと思われる方はそちらからご連絡いただけると嬉しいです。
最後になりましたが読んで下さった方々、本当にありがとうございました。

月が見下ろす湖畔で

とあるトラウマを持った一人の少女と町に住む一人の少年。 月が照らす湖畔で出会い、会話をし、徐々に少女の閉ざされた心に変化が訪れる。 月の光のように淡く儚げな気持ちを持つようになった二人の行く先は…。 儚くも暖かな少年と少女の物語。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 序章 森の少女
  2. 月の浮かぶ夜に
  3. 謎の少年と
  4. 少年と少女の会話
  5. 少年と少女の会話 2
  6. 少年と少女の会話 3
  7. 少女の歯車
  8. 赤い屋根のログハウス
  9. 泡沫(うたかた)の夢
  10. さえずりを聞きながら
  11. 木漏れ日の中で
  12. 木漏れ日の中で 2
  13. 市場にて
  14. 望まざる客人
  15. 望まざる客人 2
  16. 望まざる客人 3
  17. 望まざる客人 4
  18. 訪れた平和
  19. 呪いの娘
  20. 呪いの娘 2
  21. 月が見下ろす湖畔で
  22. 月が見下ろす湖畔で 2
  23. 月が見下ろす湖畔で 3