びゅーてぃふる ふぁいたー(7)
誕生Ⅱ―Ⅰ
あたしは暗闇の中。意識はあるものの、肉体はない。まだ、次のステージの扉が開かない。その間、暫く休憩だ。次のステ―ジがどうなるのか、対戦相手がどんな奴か、あたしがどんな体なのか、まだ、わからない。
わかっていることと言えば、あたしが勝つ、勝たなければならないということだ。もちろん、あたしが負けても、あたしが消えることはない。このゲームソフトが壊れない限りは、あたしはこのゲームの主人公だ。主人公が負けることはあっても、いなくなることはないのだ。
だが、あたしは負けたくない。あたしは目覚めたのだ。気付いたのだ。これまで、幾度となく負けて死んできた。ほとんどの原因が、ゲームプレーヤーの操作ミスだ。顔面から斧で頭を割られたこともある。体中に、蜂の巣のように、マシンガンの銃弾を撃ち込まれたこともある。カーチェイスで、大型ダンプのタイヤに車ごと押しつぶされたこともある。全て、プレイヤーのミスだ。何回もド素人のせいで、あたしは死んできた。
ある日のことだ。あたしは目覚めたのだ。死ぬことに飽きた。一方的にやられるのに辟易した。だから、自分の意思で戦うことにした。プレイヤーは、初めてゲームをする者がほとんど。そんな奴に、あたしの命を任せられない。プレイヤーがあたしのパンチを、キックを、頭突きを、ボタンを押す前に、あたしがあたしの指を動かすのだ。戦いは、一瞬が勝負だ。ぐずぐずしていられない。迷いもいらない。逡巡は死だ。あたしは、あたしの意思で、ときには、あたしの意思をも超えた本能で、戦うのだ。
部屋が明るくなった。今回は、携帯電話からのインターネットで、美少女対戦ゲームにアクセスされたようだ。いよいよゲームが始まる。あたしの出番だ。今度のプレイヤーはどんな奴だ。画面越しだが相手の顔が見える。
携帯電話なので画面が小さい。その分、プレイヤーも画面に顔を近づける。もちろん、プレイヤーは、あたしが見ているなんて思っていないだろう。アップされた顔どうせ間抜け面だろう。確か、前回がおっさんだった。年齢はどうだ?おっ。若く見える。童顔なのか。それでも、二十歳は超えているだろう。髪はぼさぼさ。伸ばし放題。髪を切りに行くお金がないのか、それとも、散髪屋に行く意思がないのか。
自分が社会から見離されているから、逆に存在感を出そうとしてか、栄養分を氷河期に備えて蓄えた体型にしている。早い話が、太っている、それも、無用に太り過ぎている。役立たず太りだ。こういう奴に限って、自分にないものを他人に求めがちだ。
多分、あたしの体はやせ型に選ばれるだろう。そして、自分の不遇を社会のせいだ、親のせいだ、学校のせいだ、教師のせいだ、とほざきまわる。ほざいたところで、状況は変わらない。手取り、足取り、助けてくれるわけではない。変わらないから、欲求不満を何かに求める。それがゲームだ。あたしの出番だ。あたしの存在価値は、そんな奴のためにあるのか。ああ、ため息をつくしかない。
時間は何時だ?画面から部屋の中を見る。壁に時計がかかっている。時計があるのか。まだ、ましな奴だ。
朝の十一時。今頃、起きてきたのか。仕事は?学校は?いらないお世話か。あたしは、ただ、スタートのスイッチがはいったら、誰かわからないけれど、相手と戦うだけだ。そして、勝つ。次のステージへ進む。それが、何の価値がなくてもだ。プレイヤーは、ベッドから起き出し、枕元にあっつた携帯電話を見る。電話とメールの着信を確認している。
こんな奴にメールが来るのか。どうせ、顔も年齢も性別もわからない、インターネット上でしか人格がない奴との交信だ。もちろん、それはお互い様だろう。ひとしきり確認すると、ひまつぶしがてらに、ネットサーフィンし、あたしのゲームに辿り着いたわけだ。次は、どういう行動にでるんだ。男は、携帯を持ったまま、移動した。
テレビを点けた。別に、何かの番組を見たいわけではないだろう。単に、音を鳴らせて、一人じゃないことを確信したいわけだ。それとも、耳が聞こえていること、耳が聴覚の機能を果たしていることを確認するためか。ニュースを聞いて、社会とつながっていることで安心したいためか。
プレイヤーの姿はどうなっているんだ。Tシャツにジャージ。別に着替えるわけでもいない。朝から晩までジャージ姿で、晩から朝まで、ジャージ姿。結局、一日中、着替えることなく、ジャージ姿。携帯がテーブルの上に置かれた。
プレイヤーがあたしの視線から消えた。どこへ行くのか。ドア越しのためか、少しくぐもっているが、水の流れる音がする。トイレか。着替えはしなくても、大便や小便はするのか。当り前か。人間は不便だな。あたしなんか、電気の飯は食うが、くそもおしっこもしない。究極のエコ体だ。いけない。レディが下品な言葉使いをしてしまった。少し、反省。
歯を磨く音と顔を洗う音がする。その後、電動髭剃り機の機械音がする。最低限のマナーだ。だが、あたしのゲーマーとしては優秀な方だ。誉めてやる。
画面越しから臭ってくるわけではないけれど、やはり、プレイヤーがきれいな方がいい。もちろん、ゲームが始まれば、プレイヤーの姿なんてどうでもよくなる。ただ、ただ、目の前の敵を倒すだけだ。
びゅーてぃふる ふぁいたー(7)