半藤晴生の一生
小学生の晴生と恵と君の助の日曜日、クワガタムシを捕まえて売りに行くと言う晴生と君の助に、もっといい事があると恵が自分の兄の勤める工場に行こうと偉そうに誘ったが着いてみると恵の思いは砕かれ、晴生と君の助に励まされ、3人でクワガタムシを捕まえに途中の小さな山に入りスズメバチの巣に遭遇する。
スズメバチの巣から少し離れたどんぐりの木の下に子供がうずくまっていて、蜂に刺されたと察した君の助が晴生と恵に大人を探そうと言って山を出た
初夏の日曜日の青白い朝靄が、小さな山裾を貫いた自転車道のアスファルトの上を棚引き、朝顔のツルが巻き付いたガードレールの上に、青と赤の靴下を履いた運動靴の足を揺らしている2台の自転車に、北の黄金色に光る靄の中から黒い自転車の影が通り抜け様に「朝からカブトムシか」と焼酎臭い声をかけ、一文字に目皺を寄せて南で晴れ出した自転車道の煌めく湯気立ちを突っ切って行った。
上の坂道から自転車に乗ったまま車道に降りるのが苦手な苫多恵(とまだ・けい)はそれを誤魔化して、にやにやと笑いながら自転車をわざとゆっくり押して降りてきた。
「遅いんだから、一発で降りてこいよ」
晴生が恵の嫌がるかっこわるいと言うのを濁して言うと「大物は堂々と後から入場」と恵は、床の間に飾ってある怖い翁面のような顔をして,赤い靴下の伴立(ともたち)君の助を引かせた。
「本当にクワガタやカブトより凄いのか」
晴生は昨日の夕方に君の助との会話に割って入ってきた恵の大人ぶった思わせぶりに期待とふざけた疑りを向けて楽しんだ。
「ふつ、ふつ、ふつ、ずーっつ、君たち、大人の世界を見ることになるよ」
蓄膿ぎみの鼻で笑って鼻水を吸い上げ、プールで水が入ったみたいな不快感を押し殺し、また、わざと不遜に言って見せた恵は兄貴が間違って漂白した夏物ジャケットを着て大人を気取っていた。
「玉虫でも飛んで来れば高く売れるけどなー」
東の薄れだした朝靄に、虫の飛んでいた時間帯を重ねている君の助が、恵の話を全くあてにしていないように言ったので、眉間に何度も皺を寄せて、口をとがらせて勿体ぶった話をして気を引こうとした。
「自転車道の切れ目からそれは見えるのだ」
涼しさを呼ぶ朝露が至る所で飛び跳ねている中、3台の自転車はガードレールの切れ目で休憩しては、ギアで変速を掛けて互いに競いながら進んでゆく。
途中、自転車道を曲げる山裾で止まった君の助が点在するどんぐりの木を指して今から取ろうと言わんばかりに晴生を煽った。
このまま山に入られたら計算した時間に目的地に着かないと焦った恵は、へたくそな自転車の片手を離して君の助のケツを軽く叩こうとして自転車をガードレールによろけて挟み込んだ。
見事な突っ込ませ方をした恵に笑いと感心を交互にする晴生が挟まったハンドルを抜き出してやろうとすると、君の助と同時に声を上げた。
君の助は見たこともないような気持ち悪い赤系の蛇がその背の模様を動かすのに驚き、晴生は青白く色あせた青年誌に瞼がきりっとした二重に成った。
スナイパーの目で蛇を見ている様子の晴生が手を伸ばそうとしたので、君の助がその手を払って厳しい顔で首を横に振ると、晴生はいやらしく笑い、波打つように眉を動かした。
二人はそれぞれ違った意味で体が硬くなっていた。
いやらしい模様の蛇が丸いガードレールに頭を乗せようとすると、恵が昨晩、悪戯に飲んで鼻血の原因に成った滋養強壮剤の黄色い小便の集中を降らせた。
頭を引いた蛇が勢いをつけて恵の蛇に飛びかかろうとしたので晴生と君の助が両サイドから蹴りを見舞って身構えた。
いやらしい模様の蛇はのたうち宙を舞って、2人を怯ませると、ガードレール外の茂みの側溝に落ち、恵の蛇は付け根の2つの卵もろ共に君の助の空振りの一撃を食らい狭い、股間を抑えた彼は自転車道のアスファルトに背を着いて唸っていた。
晴生は側溝のほうに向かい、君の助は恵を抱き起し、蛇をしまわせたが、恵はしびれた蛇をジッパーに挟んでしまい、さらに悲鳴を上げた。
恵の蛇に血がにじんでいたので、君の助が晴生に血止め草(ヨモギ)を取ってくれと言うと、晴生が狙った青年誌とまわりのヨモギも恵の雨にやられていた。
歯噛みした晴生は、それでも青年誌をひとつ、ふたつと蹴り飛ばして開いたページを覗き込もうとしたが、思ったように開かなかったのであきらめると、離れた場所のヨモギをちぎって揉み潰して君の助に渡した。
君の助から奪うようにヨモギを取った恵は股を抑えるようにそれで蛇を包んでいた。
外からわからない程度をパンツに残し慎重にジッパーを上げると、体臭を君の助に嗅がせてしかめっ面をさせて、満足して平常に戻った。
「お宝、大発見だったのにさ」
晴生の無念の一言に笑った恵は恥ずかしさを振り捨てるように自転車のペダルの回転速度を上げて行ったが、ズボンの裾からヨモギをまき散らしていた。
君の助と晴生は愉快な悲鳴を上げては後ろの自分たちに飛んでくるヨモギを避けながら恵の後に自転車を走らせた。
半藤晴生の一生