hearsay.
顔剝し
ウーウー……ウーウー……
私立西明大学、そのキャンパス内でパトカーのサイレンが雨のせいで雲がうねる夜空にこだまする。
「また、か。」
タバコを吸いながら、刑事である岡本忠志がつぶやく。
「今月だけで3回目、手口も同じ、犯人は同一人物だろうな。」
吸いかけのタバコを携帯灰皿に入れ、現場検証を始める。だが、岡本は被害者の状態をある程度察していた。
「今回も顔が無いんだな?」
先に現場検証をしていた後輩刑事の森本圭太に話しかける。
「はい、今回の被害者も顔を剥ぎ取られ、身元不明の状態で発見されました。死後2時間といったところでしょうか。先の2件の事件と同一犯、通称“顔剝し”の犯行とみてまず間違いないと思います。今、決定的な死因を確認中です。」
「前の2件と死因は同じだろう。顔の皮を剥いだことによる大量出血、それによるショック死だろうな。にしても…」
ふと死体の方を見る岡本、その死体は地面にうつ伏せになった状態で、顔が剥がされている。
地面は血で赤く染められ、雨のせいでさながら血の池のようにも見える。顔以外にはこれといった外傷はなく、被害者が犯人に抵抗した様子は見られない。ただ顔だけが剥がされた状態。それが、ベテラン刑事である岡本の第一印象だった。
「エグイな……」
岡本がため息を漏らすようにつぶやいた。
「今、性急に身元を確認中です。ですが、おそらく…」
森本がバツの悪そうな表情をしながら言った。おそらく“今回も”なのだろう。
「身元の確認が出来ないんだな?」
確かめるように岡本が言った。
「はい、おそらく。今回もこの被害者の身元証明となるものが無いそうです。被害者自身、身分証明となるものは持っていませんでしたし、大学側に問い合わせても効果がなかったそうです。」
「先の2件の事件もそうだったが、なんで被害者は学生証なり保険証を持っていなかったのかは、犯人が持ち去ったと考えていいだろう。だが、不可解なんだよ。」
いかにも謎だ、というような表情をする。
「なにがです?」
「……前の事件があったのは1週間前、最初の事件があったのは今月の初め、2週間前にもなる。」
手帳で確認しながらつぶやく。
「もう、そんなに経つんですね……」
「お前はこの未だ身元不明の状況がおかしいとは思わないのか!」
岡本が少し声を荒げて言った。
「え……、そりゃあ身元不明なのは不思議だなと思いますけど…」
「そうだ、事件発生からもう2週間にもなる、最初の被害者の身元も不明なままだ。だが、俺がおかしいと思うのはそこじゃない。」
少し焦りが抑えきれない様子で岡本は続けた。
「お前は本当におかしいと思わなかったのか!この2週間、被害者の捜索願いが全くないんだぞ!」
「あっ!!」
森本が驚きを隠せない様子で言う。
「た、確かに。おかしいですね。被害者は一連してこの大学の生徒であることは間違いない、キャンパス内に入るには学生証が必要ですから。そうだとして、生徒が突然消えたら家族なり友達なりから捜索願いがあってもおかしくないはず。ましてもう2週間も蒸発しているわけですし。なのにそれがない、たしかにこれはおかしいですよ!」
やっと理解したか、といった様子で岡本が頷く。
「そうだ、この状況はおかしい。まるで……、」
まるで、“被害者の存在が最初からなかった”みたいじゃないか……
hearsay.