千人目の仙人
「仙人! あんた! 仙人だろ!」
「いかにも私は仙人ですが、それが何か?」
やった、俺は長年仙人に出会い続けてきた。あるときは道端で、またあるときはエベレストの山頂で、トイレの中で、あらゆる場所で仙人に会った。いろんな仙人がいた、口が臭い仙人、ハート形の禿がある仙人、瞬間移動ができる仙人もいたな。でも、今日ようやく千人目の仙人に出会うことができたんだ。
『千人の仙人に出会った者は、究極の力を手に入れる』そんな都市伝説を小耳にはさんでから四十五年。普段何気なく見過ごしてしまう仙人を、常に意識し続けてきた甲斐があった。
「どうなんだ、力はもらえるのか? どうなんだ? おい、どうなんだよ!」
「どうなんだって言われましても、私、何も準備してませんので」
「準備とかいいから、くれよ、俺はすごいやつになりたいんだよ」
「ああ、でしたら、まあこちらへどうぞ」
「おう!」
「おい、いったいどこまで行くんだよ、もう二十分は歩いたぞ」
「もうちょっとです、この路地を右に入ったところです」
「おおよ」
そこは古びた雑居ビルだった。七階建てくらいだろうか、非常階段がなくなっていて、非常ドアを開けたら真っ逆さま状態だ、まあ開かないんだろうが。
「足元、気を付けてくださいね」
む、廊下に妙なものがたくさん散らばっている、白いバーチャルボーイやら、ウォンバットの置物やら、パンツでできたぬいぐるみやら、なんなんだろうかここは。
「ふぅ、この部屋です、少しお待ちを」
連れてこられたのは、最上階の隅にある部屋だった。階段で八階まで登らされてへろへろだ、だがこれで究極の力が手に入るならなんでもない。
トントン。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
仙人が杖で安そうなドアを叩き、中に入って行った。いよいよだな、ふふ、ふふふふ。
「究極の力ください! おねがいします!」
入るなり俺は言い放った。こういうのは第一印象が大事だと思ったからだ。
中には、仙人が三人いた。
見分けはつきにくいが、強いて言えば垂れ目と釣り目と寄り目だった。
「ああ、その話ね、わかるよ、うん、わかるわかる」
垂れ目が言った。それなら、それなら、それならっ!
「きみぃ、まずは名乗ったらどうなのかね、まったく最近の若いもんは」
釣り目が言った。
まあそうかもしれないな。俺も今年還暦だけど、仙人と比べちゃあな、まあ。
「これは申し遅れました、俺、いや私、御前崎大一郎と申します。いまは無職です。昨年会社を希望退職しまして……」
「いや、名前以外はいいよ。興味ないから」
寄り目が言った。
そうか? 垂れ目は結構聞きたそうじゃないか? まあいいけど。
五分ほど沈黙。
おい、何か言うことがあるから話を遮ったんじゃないのか? 何もないなら喋らせろっての、この俺の壮大な人生計画を、人生は六十過ぎてからってもんよ。
「ああ、あの、皆さんお茶でもどうぞ」
千人目の仙人が、いつのまにか茶を入れていた。
「ささ、御前崎さんもこちらにおかけください」
ああ、すまん、ついつい入ってすぐのところで仁王立ちしていたよ。ということで、五人でちゃぶ台を囲む形になった。
「で、究極の力は?」
とにかく話を進めるしかない、俺の人生を掛けた壮大な計画だ。今後フロリダで余生を過ごすためにも、嫁を百人もらうためにも、千歳まで生きるためにもな。
「究極ね。究極っていっても、具体的にはどういうことだと思ってる? ちょっと言ってみてよ」
釣り目はなかなかに高圧的だ。いいだろう、説明してやるよ真の究極の力ってやつを!
俺は語った。力があればなんでもできる、有名なケーキ屋のケーキを買い占めることも、メイドにご主人さま大好きソングを歌わせることもできるのだと、一時間以上にわたって力説した。
「ああ、そんなもんね、だよねぇ」
寄り目がため息とともに言った。ちなみに釣り目は険しい顔、垂れ目は寝ていた。
「ともかく、欲しいんです! よろしくお願いします!」
こうなったら、勢いで押し切る。それしかない。
「ああ、ああ、ええと、それね、結局ね、うんうん」
今の声で垂れ目が目を覚ました。
「まあね、いちおうあることはあるんだよ。ただねえ、期待にこたえられるかどうかね、なにせ二百年ぶりくらい? これって」
「うむ、最近は仙人を気にかける者も減ってきたからな。まったく嘆かわしい」
「まあ、どっちでもいいよわしは。やるならやっちゃって」
「でも、あの話からすると……」
「いや、むしろだからこそすべきでは?」
なにやら色々と話しているが、おおむねいい方向っぽい感じだ。
「では、長老、お願いします!」
「うむ」
あれ、千人目の仙人? あれ、長老? 偉かったの? あれ、こっちの三人が、あれ?
「いやあ、準備にだいぶ時間がかかってしまって申し訳ありませんでした。どうやら、三兄弟にも気に入られたようで、私としましても千人目になった甲斐があったというものですよ」
兄弟だったのか、確かに似ているが。他の仙人も大体同じ感じだし、と思っていたら、もう長老が隣に来ていた。
「トントン、はいおしまいですよ」
「あ、これで? いいの? ああ、どうもありがとうございました、ほんとに」
「いえいえ、お役に立てましたかな」
準備って一体何だったんだ? 心の準備だろうか? まあいい、そんなことは究極の力の前には些細なことだ。よし、ではさっそく。
「ふぉお、ふぉおおお! 究極の力発動! 札束の雨よ降ってこい!!!」
一分ほど経過。
「いや、それは無理ですよ。常識的に考えて」
「え、そうなの?」
「いや、でも、究極でしょ、究極ならこれくらい……」
「いえいえ、究極の力っていったら、不死に決まってるじゃないですか。ほっほっほ、これで私たちの仲間入りですね、ようこそ仙人界へ」
「あ、ああ、なるほど。じゃあ、仙術とか使えるってわけ?」
「もちろん使えますとも、一生懸命修行してくださいな」
「修行? どのくらい?」
「そうですねぇ。例えば空中浮遊なら、ざっと五百年ってところでしょうか。目からビームなら七百年、口から炎なら七百五十年といったところですかね」
「ほ、ほほぉ」
「まあ、せいぜい頑張ってくれたまえよ」
「五百年なんてあっという間だよ、ほんと」
「別に、やってもやらなくてもいいけどね」
あんたらは、たまたまいただけだったのか。まったく緊張して損したよ。
「ああ、もし修行されるのでしたら、この地図の場所にいらしてくださいな。いつでも歓迎しますよ」
長老が、真新しいパンフレットを渡してきた。『仙人育成センター』『行者募集』『最新設備で仙術を最速ゲット』とある。
「う、ううん、まあ考えておきますよ。時間はたくさんあるわけですからね、今日はもう疲れたんで帰ります」
「そうですか、ではまたいつかお会いしましょう」
「じゃ」
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仙人コレクション① 初めての仙人
祖師ケ谷大蔵の路地裏で仙人にあった。
突然の仙人だったけどボクはこころよく迎えた。お茶もいれたし、もみあげも長めにしてもらった。
仙人は杖をぼくにくれた。
「ところで、替わりに仙人になる気はありませんか?」
と言うので、
「いや、無理です。これから学校なので」
と答えた。
仙人はうなだれながら去っていった。
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仙人コレクション② 二人目の仙人
暑いので、涼しいところへ行くことにした。
北にいけばいいと思ったので進んで行くと、千歳烏山で仙人に会った。
祖師ケ谷大蔵の仙人とは、戦友だそうだ。
「暑いのか、ではこれをやろう」
仙人は僕に、アイスをくれた。二本に分かれるうちの一本だ。
うまかった。
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仙人コレクション③ 百人目の仙人
踊り狂っていたら、仙人にあった。
かなり久しぶりだったので、熱い抱擁を交わした。
もちろん、その仙人とは初対面だ。
ちょっと、ヒゲがちくちくした。
仙人はボクに輪投げをくれた。
さっそく帰ってやってみた。
全然入らなかった。
だから、すぐやめた。
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というわけで、俺は究極の力を手に入れたのだ。いまから五十年前のことだ。
ちなみに、いままでは適当に年金暮らしをしてきた。だが、年金はいつまでもらえるんだろうか? 仙人お断りってことはないだろうか、でないと破たんだし、もしばれたら……没収? もう使っちゃったし。
そろそろ、仙人暮らしを本気で考えねば。
ええと、どこにしまったかなぁ、たしかこの引き出しに――ううむ、無いなぁ、最近物忘れが激しくて、こっちだったかなぁ、財布の中とか? いやいや、この本の間に――まてよ、この戸棚の――ううむ、ひょっとして捨ててしまったとか――そんなはずは、ううむ。
仕方がないな、いずれ出てくるだろう、今日のところは飯を食って寝ようではないか。幸い体の方は健康そのものだからな、仙人になったおかげか。老人の一人暮らしでも全く問題ないわい、問題なさ過ぎて怪しまれる程な、はは。
どれ、今日はさんまでも焼いて、ふおっ、ふおおおおっ、これはっ!
それはあった。冷蔵庫に貼ってあった。五十年もの長きにわたり、冷蔵庫の顔として部屋に同化していたのだ。
まさかこんな所に。しかしよかった、この場所に行けばいいわけだろう。仙人としてな、そろそろ役所の職員をごまかしきれんしな。
まあ明日にでも行ってみるさ、さんまさんま、と、無いな、ししゃもでいいか、これで。
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仙人コレクション④ 二百三十四人目の仙人
「イェイドゥオリアーン」
ということで、ドリアン助川のマネをしようかと思ったけど、やめた。似せられそうになかったから。
ドリアン助川は、叫ぶ詩人の会をやっていたということで、そういった意味では、当たらずとも遠からずといったところだ。
そこで仕方なくとぼとぼと岸壁を歩いていると、仙人に会った。
かなり懐かしい展開に目頭を熱くしているボクに、仙人はこう言った。
「最近冷えるねぇ、特にここんとこ」
指差したとこを見ると、カツラだった。
しかも、ちょんまげの。
なるほどと思った。
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仙人コレクション⑤ 三百七十一人目の仙人
ある日空気を吸っていると、仙人に会った。
また仙人か、もう飽き飽き八代亜紀だ、と思ったけど仙人をないがしろにすると仙術でいやがらせされるかもしれないので、とりあえず挨拶を交わした。
「こんにちは、仙人」
「こんにちは、大ちゃん」
仙人は初対面なのに名前を知っていた。けど、仙人なので特に気にしなかった。
仙人はボクにデコピンをくれた。
痛かった。
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仙人コレクション⑥ 四百十六人目の仙人
晩ごはんを食べていると、仙人に会った。
突然、右斜め四十五度の方向に現れたのだ。
ボクは、横目で仙人をちらちら見ながらも、晩ごはんをたいらげた。仙人はボクが気付いていないと思っているようだ。しめしめ。すきをついてつかまえてやろう。
今だ!
「うはぁ」
逆につかまってしまった。さすが仙人。
いまは、弟子として暮らしてる。
いつ帰れるのかなぁ。
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あー、眠い。
今日はやめようかなあ、残念なことに晴れてるし、暑くも寒くもない、おまけに星占いは一位ときた、行かない理由は見つけにくい、ううむ。
「行くか」
その場所は、都心から電車で二時間ほどの温泉地にあった。こんなところで修行って、遊んでるんじゃないのか、むしろそっちの方が好都合だけども。ええと、地図の上がこっちで、いや、こっちか、ああ、こっちね、ええと、このへんだな。
ああたぶんこれだろ、古びた表札に仙人養成センター(ふるさと創生事業)って書いてあるし。でもやってる感じがしないな、あまり人の気配が感じられない気がする。しかしここまで来たんだ、入るしかないだろう、ということで、俺は半開きの門から敷地へと足を踏み入れた。
受付らしきところにも誰もいない。ただ奥の方でなにやら声がする、無人ってわけでもないようだ。とりあえず、俺はひんやりとした廊下を進んでいった。
「あんた!」
突然、右側から大声がした。
見ると、白衣のような制服に身を包んだ、おばさんというかお婆さんというか悩む感じの女性が立っていた。
「脅かさないでくれよ、ここの職員の人?」
「そうだけど、何よあんた、馴れ馴れしい、新人? 百歳や二百歳でいい気になってんじゃないわよ!」
いきなり恫喝された、えーっ。
「いや、ええと、仙術を習おうかなって、思って……」
「ああ?! じゃあこっち、この書類書いて、ほら」
「は、はい」
書類に名前と年齢と仙人になった理由を書かされた。理由には『究極の力を手に入れるため』と書いたが、正直騙された気がしないでもない。
「じゃあ、今度はこっち! もたもたしない!」
「あ、あの、ここって……」
「ああ?! なに?!」
「い、いや、人少ないな、なんて……」
「もう新しい施設がどんどんできてるからね、こんな時代遅れのとこ誰も来やしないよ」
「は、はあ」
「あたしゃ、しがない雇われセンター長さ。まったくやってらんないよ、ほら、ついたよ」
そこは場末のレジャーランドのような奇妙な施設で、まばらに仙人達が修行をしていた、というかくつろいでいた。
「じゃあ、あたしは仕事があるから、適当にやってな」
センター長がのしのしと去っていく、後ろ姿は意外と悪くないのだが、ガニ股を除けば。しかし五十年放置していたのは失敗だったな、こんなことなら最新のところを調べてそっちに行けばよかったよ。
まあ、せっかくだからちょっとやってみるか。と俺は、滝というか打たせ湯に打たれている仙人に声をかけた。
「あ、どうも」
特に反応はない。
「え、ええと、こちらにはよく来られるんですか?」
「五十年」
「え?」
「五十年いる」
あ、ああ、なるほど、なるほどね。オープン直後からいるってわけか、きっと始めてしまったら引っ込みがつかなくなったってところだろう。
「ええと、これはどんな仙術が?」
「鼻から水を出す」
「ほ、ほほう、それは……ちなみに何年で?」
「二百五十年」
「は、はは、がんばってくださいね、はは」
ううむ、やはり道は険しそうだ。
よく見ると立て看板に修行の内容と仙術が書いてあるようだ。
しかし、どれも微妙だ。足の裏に毛を生やす、手のひらを鏡に変える、まあまあよさげなのはきつそうだし時間もかかりまくりだ、これはどうしたものか。
お、これは。
水を炭酸水に変える、これならひと儲けできそうだぞ。修行内容は水をひたすら飲み、尿を我慢する……ううむ三百年か、ううむ、決心がつかないな、ううむ。
「迷ってんならやっちゃいなよ、ミスター」
背後に、金髪の仙人が立っていた、といっても明らかに日本人だが。
「いやあ、なかなか決心がつかないねぇ」
「思いきりだよミスター。ミーなんか二つも使えるよ」
「ほう、どんなの?」
「パンツから白い粉と、口からアルコールだよ、とてもグッドね」
いいといえばいいのか、よくわからない。
「でも三百年とか長いじゃない、やっぱ」
「オー、じゃあとっておきのあるよ、カムヒアー」
金髪の仙人は、建物の奥へ手招きした。そこは地下のボイラー室からさらに階段を降りたところにあった。巨大な鋼鉄の扉に、赤いペンキで立入禁止とある。
「ここだよミスター、ここに最強の仙術があるってもっぱらの噂だよ」
噂か、思えば俺が仙人になったのも噂を信じたことが始まりだった。もう一度、もう一度かけてみるか!?
「じゃあ、ミーは戻るから、ファイト、オーね」
「ああ、すまんね、よければ一緒に……」
「ノーノー、ミーは今のままでハッピーね、グッドラックね」
早口でそう言うと、金髪の仙人は、そそくさとその場から去っていった。まあこうなったらなるようになれだ、やってやるよ! 根拠のない決心をした俺は、鉄の扉の取っ手を思い切り引いた。
「あ……」
中には、今まさに湯船から出てくる、センター長の姿があった。タオルなどは持っていない。
「あっ、あんたー!」
「い、いや、俺は修行を、修行を」
「あんた、扉の字読めないのかい! まったく、ふりがなが必要なのかい! 小学生以下なのかい!」
「い、いや」
「やっぱり鍵を直さなきゃだめなんだよ。まったく、予算がないから書いときゃいいかって、ああ、なんてことだよ、このド変態が」
「はあ」
「んまあ、仕方ないね。乙女の裸体を拝んだ責任はきっちり取ってもらうから」
「え、そんな、ちょっと待ってくれよ、これは事故で……」
「いやいや、理由なんて関係ないんだよ。あたしの気持ちが問題なんだよ、なめんじゃないよ」
「う、ううむ、わかった、ちょっと考えさせてくれよ、五百年ほど」
「ああ、構わないよ、ゆっくり考えな。自分の犯した罪の重さをね」
正直、そんなに重いか? とは思った、しかしここで言い返したら余計に重くなる、そんな気がした。だから俺は、無言で地上に戻り、金髪の仙人を睨みつけ、一心不乱に修行に励んだのだ。
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仙人コレクション⑦ 五百三十八人目の仙人
股の間がスースーするなぁ。
と思っていたら、仙人に会った。
一見したところ、ごく普通の会社係長といった所だけど、今まで数々の仙人に会ってきたおいらの目はごまかせない。
「あなたは何仙人ですか?」
と聞くと、
「第一営業部専任係長です」
と答えてくれた。
「そうですか、大変ですね」
と労をねぎらった。
仙人は、ボクに名刺をくれた。
すぐ捨てた。
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仙人コレクション⑧ 六百九十五人目の仙人
スープを飲んでいると、仙人に会った。
仙人ねぇ、どうせなら亀仙人のじっちゃんにカメハメ波でも教えてもらいたいよ、と思ったら仙人が近付いてきた。
「おぬし、カメハメ波を習いたいとな?」
さすが仙人だけの事はあると思った。
「しかしながら、私はカバ仙人、カバカバ波しか使えないがよろしいか?」
「まぁ、似てればいいです」
「よろしい、まず腹に力を入れる。そして、今だ! と思ったらへそを出すのだ」
「ふんぬ」
ドカン
「こりゃすごい、がんばります」
「うむ、がんばりなさい、ではさらば」
でも、がんばるのはやめとこうとおもった。
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仙人コレクション⑨ 七百三十人目の仙人
昼下がりの公園でアイーン体操をしていると、仙人に会った。
仙人はボクにこう言った。
「わしのヒゲを掴むことがもしできたなら、その時は、ふふふ、わかるじゃろ」
もうやるしかなかった。何があるのかはわからなくても、やるしかなかったんだ。
そして手を伸ばすと、仙人は首の動きだけでかわし始めた。
でも、ヒゲはすぐに掴むことができた。
仙人は言った。
「おめでとう、商品じゃよ」
そして、ヒゲを一本くれた。
仙人が去るのを見届けて、捨てた。
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仙人コレクション⑩ 七百七十七人目の仙人
せんべいをぼりぼり食っていたら、仙人に会った。
もういいよ、仙人は。それより巨乳アイドルに会わせてくれ。
と思ったけど、無視はできないので、軽く会釈した。
そしたら、三時間にわたって、仙術の講習が繰り広げられた。
なんてこった、もううんざりだ。
でも、おかげで快眠することができた。
仙人も、たまには役に立つもんだと思った。
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仙人コレクション⑪ 八百三十五人目の仙人
携帯で、パロディウスだ! をやっていると、仙人に会った。
たこの口から飛び出してきた。
「あああ、仙人もう勘弁してくださいよ、仙術なら習いますから」
と言ったら、
「いや、今回はそういうんじゃないんじゃよ、ちょっとした茶目っ気じゃよ」
ということで、軽く周りの皆さんに手を振って帰っていった。
なんなんだか。
画面は、しっかりゲームオーバーになっていた。
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仙人コレクション⑫ 九百六十二人目の仙人
やることがないので、仙人を探すことにした。
困った時の仙人頼み、仙人に会えば、何とかなると思ったからだ。蒸し暑い海岸線を歩いていると、波打ち際でぼこぼこと泡が立ち始めた。
お、出てくるかな、仙人、と思っていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、仙人が立っていた。
あれ、じゃあこっちのは、と海の方を見ると、海坊主がいた。
「わしのペットじゃよ、かわいいじゃろう」
と仙人は言った。
三人でビーチバレーをして楽しんだ。
――――――――――
「完成だ、俺の究極奥義!」
俺の心は、輝くばかりの充実感で満たされた。
修行を始めたきっかけ、仙術を選んだ理由、修行をした年数、そんなものは記憶の彼方に消えていた。ただ、俺は厳しい修行をやりとげ、仙術を手に入れた、そのことが今の俺の全てなのだ。
俺の身に付けた仙術、それは千里眼。鋼鉄の扉の向こうも見通せる、とにかくこの能力がどうしても俺に必要に思えた、その気持ちだけが俺をここまで導いたのだ。だから毎日、目隠しをしたままでんぐり返しを続けた。壁にぶつかっても、崖から落ちても、坂でも階段でも、いが栗が落ちていても、そして、ようやく……今……うう……。
「よくやったじゃないか、あんた」
そこには、お爺さんかお婆さんか悩む感じの、多分7:3くらいで女性が立っていた。
「それで、責任はどうとってくれるんだい?」
その時だ、俺の記憶は走馬灯のように甦り、同時に俺の心は闇よりも深い絶望感に包まれたのだ。
「いや、責任って言われてましても、長い人生色々なことがあるわけで、ここはひとつ水に流すというのはどうでしょう? 昔のことですし」
「ああん!?」
「いえ、ああ、そうですか……」
「なんてね、もう怒ってないよ。どうだい、コーヒーでも」
おお、おおお、これは、天国から地獄、そしてまた天国。死んで行くことはない二つの世界を生きながらにして往復することになるとは。
俺の心は至上の喜びに包まれた。
――――――――――
仙人コレクション⑬ 九百八十五人目の仙人
はぁ、もう正月も終わっちまった。
そう思い、真冬の裏路地を歩いていると、仙人に出会った。
そうか、そうだよな、仙人だって、正月は実家に帰って、今頃戻ってきているのだろう。
と思っていたら、仙人は、お土産のマカダミアンナッツを渡してきた。
「オー、アロハ、アロハ、みなさんアロハ」
「仙人、実家には帰らないんですか? と聞くと」
「実家? 実家のハワイ帰りじゃよ」
とのことだった。
なるほど、色黒だと思った。
――――――――――
仙人コレクション⑭ 九百八十六人目の仙人
横歩きをしていたら、仙人に会った。
うおおうおおお、仙人だ! どうしよう、久しぶりすぎて接し方がわからないよ。そしたら、仙人が話しかけてきた。
「あんた、わしのことを無視しようとしたじゃろ」
「いや、そんなことは……ただ久々で、なんと言ったらいいかと思って、その」
「決まっとる――おっす、久しぶりっ、じゃよ」
そうか、そんな簡単なこと、だった、なんて、うう。
「言ってみぃ」
「おっす、久しぶりっ」
「いや、初対面じゃよ、ふぉふぉ」
なるほど、確かに、と思った。
――――――――――
仙人コレクション⑮ 九百九十六人目の仙人
リモコンのどのボタンを押そうか悩んでいたら、仙人が現れた。
「それじゃよ、その丸いやつ、そう、それそれ、それで解決じゃ」
言われたとおりに丸いやつを押すと、仙人の鼻が少し伸びた。
「どうじゃ、鼻高々じゃ」
そうか、そうだったんだ、もう悩まなくていいんだ!
ありがとう仙人、心のもやもやが一気に晴れたよ、澄み渡った青空のように。
そしてさようなら、鼻はどうやって戻すんだろう、知ったこっちゃないけど。
――――――――――
仙人コレクション⑯ 九百九十九人目の仙人
幸せってなんだろう、そんな事を考えていたら、仙人に遭った。
「ふむ、わかったぞ」
と仙人は言った。
「わかってしまいますか、やはり顔に出てしまうのですね」
「いや、顔ではない」
「では」
「その手に持っているものだ。」
「ああ、これはお恥ずかしい」
「いやいや、若い者はいいのう、大事にせいよ」
「どうも」
――――――――――
そして三日後、俺は結婚した。
まさに文字通り永遠の愛を誓ったのだ。
あまりの感動が愛に変わった、理屈じゃあないんだ。
今は修行しながら、千里眼で非破壊検査のバイトして暮らしてる。
結構いいもんだよ、究極かはわからないけど。
千人目の仙人