サイレン

サイレン

作品イメージは Roxy Music "Siren" のアルバムジャケットから

 太陽は蒼穹の天頂にあった。オデュッセウスは腕を組んで甲板に立っていた。赤銅色の滑らかな皮膚に被われた筋骨逞しい体を、眩しい光の下に曝している。険しく寄せられた眉根の下で、目はじっと彼方を見つめていた。
 葡萄酒色の海は波ひとつない。水平線はどこまでもまっすぐで、欠けたところなど見当たらなかった。日に晒され擦りきれた帆は、力なく帆桁にぶら下がっている。船は海の真ん中にぽつんと取り残されていた。こんな状態が何日も続いているのだ。

 いつの間にかオデュッセウスの傍らには、老水夫が寄り添うように立っていた。老練な船乗りであり、航海のあらゆることに通じていた。オデュッセウスはことある毎に彼の提言を尊重した。最も信頼のおける部下だった。
「反乱が起きようとしています」老水夫は声をひそめて言った。「気をつけねばなりません」

 後部の方が騒がしかった。船員たちが右往左往している。船倉の戸蓋が開いていた。その前で、甲板にうずくまっているのは、人間のようだった。人間の女のように見えた。

 女は肌着しか身に着けていない。体つきは華奢で、妙に歪んだ印象を与えた。黒い髪が腰まであり、おどろに体にまとわりついている。まさか、水気を含んでぬめっているのではあるまいか……。
 二人の男が両脇から腕を差し込み、引き上げて女を立ち上がらせた。男たちが顔を顰めた。生臭い匂いが鼻をついた。

 女の顔が露わになった。全体に左右が狭まっていて、額が狭く眉間が開いている。目はまん丸く見開かれ、瞼がないかのようだ。鼻はつぶれていて、唇は薄い。肌は青白く、首筋に皺が寄っている。
 目を背けたくなるような容貌だった。にも関わらず、また目をやらずにはいられなくなる。野蛮な魅力があった。

 男たちに背中を突かれて、女はよろよろと数歩進んだ。そのまま膝をついて倒れ、また甲板にうつ伏してしまう。うまく歩けないのか? 女の脚は内側に彎曲していた。その上、これほど乱暴に扱われて、呻き声ひとつたてないのだ。まるで、下等生物のようだ。女は目ばたきをしなかった。

 船員たちの群れの中から、一人の男がオデュッセウスの前に進み出た。
 男は大きな声で何かをまくし立てていた。唾を飛ばし、オデュッセウスに掴みかからんばかりのいきおいだった。

 どうしたことだろう? あの狡知に長けたオデュッセウスが、不作法な男の暴言におし黙っている! オデュッセウスは俯いて、足もとの甲板の上を見つめていた。舌を痺らせる魔法でもかけられたのだろうか……。

 男はひと息つくと、今は不恰好に帆柱に括りつけられている女を指さした。

 オデュッセウスのそばに侍立していた老水夫が、耳許で囁きかけた。
「オデュッセウスよ、男の振舞を見せてやりなされ」

 オデュッセウスは、手に何かが押しつけられるのを感じた。切先の反った青銅の短剣だった。老水夫が握らせたのだ。老水夫は静かにそばを離れた。
 オデュッセウスは手もとの短剣を見つめた。それから男と背後に控えた船員たちの方を見た。最後に、帆柱に括りつけられた女に目をやった。

 女が顔を上げた。奇妙なことが起こっていた。船員たちにざわめきが走った。女が大きく口を開いている。細く並んだ歯が見えた。歌を……唄っているのか……。

 オデュッセウスは老水夫に向かって力強く踏みだした。どうと倒れた老水夫の胸には、青銅の短剣が柄まで刺さっていた。甲板に血だまりが拡がっていく。老水夫の口もとから一筋の血が流れた。顔に驚愕の表情を浮かべていた。
 オデュッセウスはその場にしゃがみこむと、両耳に蜜蝋の塊を押しこんだ。すべての音が消えた。

 船員たちの混乱は頂点に達していた。口ぐちにあらぬことを叫びながら、入り乱れて逃げまどう。恐怖に見開かれた目は、必死に逃げ道を探して彷徨うが、ここは絶海の船上なのだ。
 恐慌にとり憑かれた男たちは、次々と舷側を越えて、黒い海へ飛びこんでゆく。海面にはいくつも水柱が立ったが、水泡以外に浮かび上がる者とてない。

 老水夫の骸の傍らから、オデュッセウスが身を起こす。音の消えた世界でただ一人、甲板上に影を落としていた。帆柱を背にした女が、呆けたように口を開けて、無言歌を唄っていた。

 女の目はオデュッセウスを見ていなかった。かまわずオデュッセウスは女の乳房を摑んだ。薄い肌着越しに冷たい体温が感じられた。こねるように揉みしだくと、ぐにゃぐにゃと形を変える。プロテウスの如く変幻自在だった。
 肩をはだけて胸乳を露わにさせると、オデュッセウスは直接その蒼白い乳首に唇で触れた。母豚の乳を吸う子豚のようにむしゃぶりつき、舌を這わせ歯を立てる。いく分か温かみも移ってきたようだった。もし歌声が聞こえていたら、そこに艶っぽさが加わっていたかもしれない。

 もう片方の乳房を弄んでいたオデュッセウスの右手は、徐々に下に下がっていった。臍のあたりを撫で回していたかと思うと、腰に移り、強く握って太腿の外側に赤い手形の跡をつけた。そこで向きを内側に反転させると、今度は上に上っていった。
 女がいやいやをするように首を左右に振った。女の足もとの床をぼたぼたと水滴が落ちて濡らした。

 オデュッセウスは手を振って愛液を払った。女の両脚の間に割りこむように腰を当てがう。女の肌着の裾が捲れ上がった。オデュッセウスは更に突き上げるような動作をした。女が首をのけぞらせた。床の上の泡立った液体に赤いものが混じった。
 歌声がひときわ高まった。

 空に一点の黒い染みが現れた。それは、みるみる内に一面に拡がっていった。

サイレン

年齢制限をつけたほうがよかったかな?
この話を読んで、性的に興奮する人がいたとしたら、私のせいじゃないと思う。

サイレン

ホメロス『オデュッセイア』中セイレーンのエピソードの再話です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-20

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