初恋の記憶

初恋の記憶

 それは、カタカタカタ…と古い映写機でスクリーンに映されているようなセピアがかった曖昧な祭りの古い映像なのに、少女の姿形だけがはっきりとしていた。
薄紫で花柄の浴衣を着た髪の長い少女は寂しげに「忘れないで…」と振り返った顔がはっきりしないまま僕は目を覚ました。
「夢か…誰だったんだろう、あの娘?」
 その直後ケータイが鳴り出しビクッとして、電話に出た。
「はい」
「香織。起きてた?」
「今起きた…」
「そう。お休み中悪いんだけど、引っ越し手伝ってくれるんじゃなかったっけ?」
「えっ? あっ忘れてた」
「やっぱり…」
「ごめんごめん。今からそっち行く」

 一週間後、僕は結婚する。
僕の部屋に彼女が引っ越して来る事が決まり、仕事が休みの今日彼女の荷物整理を手伝う約束をしていた事を僕はすっかり忘れていた。
 急いで着替えてる間に朝見た夢の事も忘れていた。

 香織の部屋で段ボールに食器を詰めていると少し離れた場所で段ボール詰めをしてる香織が言った。
「ねぇ、初恋の人ってどんな人だった?」
「は? 何だよ、急に」
「知りたくなったの。で、どんな人?」
「どんな人って…小五の頃かな。近所の花火大会に一人で行ったんだけど…」
「一人で? 寂しい少年時代」
「るせー」

 淡く光る露店街。
 浴衣、ハッピ、おめん、綿アメ…。
 花火大会だと言うのに、会場の直ぐ横で露店が開かれ賑わっていた。
 僕は河川敷を歩いていると人通りの少ない石階段に一人で座る薄紫で花柄の浴衣を着た同い年ぐらいの髪をツインテールにした女の子がいた。
 あまりにも寂しそうで内気な僕は勇気を振り絞って声をかけた。
「あの…」
 俯いていた少女の儚げな瞳が僕と目を合わせた。
 可愛い…。
「何やってんの?」
「友達とはぐれちゃって…」
 当時小学生がケータイ何て持って無い時代だった。
「そう。一緒に探そうか?」
「え? 良いの?」
「良いよ」
 一緒に露店街を歩きながら、寂しげで口数の少ない少女を何とか笑わせようと僕は思い「ちょっと良い?」と言っては射的をしたり、金魚救いをして何とか笑わせた。
 「これ、やるよ」と僕は釣った金魚を渡すと「ありがとう」と小さな声で喜んでくれた。
 よし、やっと笑った!

 少女は何処か少し遠くを見つめながら「あっいた」とピンクで花柄の浴衣を着た少女に手を振り、その少女も手を振り返しこっちにやって来るようだった。
「そっ、良かったじゃん」
「うん」
「じゃ…」
「うん…名前、聞いて無い」
「隆志。そっちは?」
「雫。来年また来るから私の事、忘れないでね」
「あぁ、うん」
「バイバイ…」
 呟き、やっと友達が見つかったというのに少女は寂しげに、行ってしまった。
 その後ろ姿をずっと僕は見送った。

「友達とはぐれたって言う薄紫で花柄の浴衣着た女の子がいてさ、たぶんその子が初恋だったと思う」
 ん? あぁそうか。
 今日の夢あの娘だったんだ…。
「へー」
「その次の年も、その次の年も、花火大会に行ったんだけど結局会えなかったな。たぶん地方の娘だったんだと思うけど」
「で、その女の子の名前は?」
「名前? 何だったかな…」
「それさ雫って言わなかった?」
「そんな感じの名前だった気がする。でも何で?」
「その子私のいとこかも…」
「またまた…」
「隆志とその子が探してた相手って私かも」
「冗談?」
「ホント」
「えっ、だって…」
 香織は段ボールに入れる所だったアルバムを開き「この娘じゃない?」と見せてくれた。
 その写真には薄紫で花柄の浴衣を着た少女と、ピンクで花柄の浴衣を着た幼い頃の香織が楽しげに花火をしてる写真だった。
「あっそうそう、この娘。うろ覚えだったけどやっぱり可愛いよな…、香織は面影有り過ぎ…」
 「この娘。今どうしてる?」と香織の顔を見ると「今?」と口ごもり視線を外した。
「亡くなったよ」
「は?」
「元々雫って病気がちで小六の花火大会の少し前に亡くなったの」
「そっか…」
 僕はもう一度その写真を覗いた。
「雫ね、花火大会で会った男の子にずっと逢いたがってた。また逢いたいなって、今度はちゃんとお礼が言いたいって…」
「そっか…亡くなってたんだ」
「うん」
「なぁ」
「何?」
「この写真貰ったらダメかな」
 アルバムを眺めていた香織は一瞬僕の顔を見ると「いいよ」とアルバムから写真をはずし僕に渡してくれた。
「ありがとう…」
 僕はじっとその写真を見つめ「これって浮気?」と聞くと香織は「さぁ?」と口の端を持ち上げた。

 - end -

初恋の記憶

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一週間後、僕は結婚する。僕の部屋に彼女が引っ越して来る事が決まり、仕事が休みの今日彼女の荷物整理を手伝う約束をしていた事を僕は…。※続きは本文へ。

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更新日
登録日
2013-03-20

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