針の音
夢の痕
呼吸がいつも通りにできなかったらどうしよう。
一昨日はそればかり考えて、なかなか眠りにつけなかった。毎日私はどうやって眠りに入るのか。
私はよくこんな夢を見る。
胸は苦しくて、とても空腹だ。足も手も動かない。知らない人々に囲まれているが、その人たちが誰なのか目がぼやけて全然見えない。ただ同じ場所にいて、私は仰向けで天井を眺めている。夢の中で必死にもがこうと、拳を固く握り、声を絶えず出すのだが、乱暴な女にうるさいから黙るように言われ、それに従い、また、あたりを見渡す。正常に頭は働かず、体を縛る紐の結び目に手を伸ばす。
無限地獄
叫びとともに目が覚めると太陽の光が顔に当たり、汗をびっしょりかいている。部屋は寒く、時計の針だけがカチカチと動く。家の中にはいるはずの家族は姿を見せず、見知らぬ子供が炬燵から顔を出し、こちらを見つめてくる。この子供に何かしてあげたい、なぜだか分らぬがそう思った。でも、今の私には何もできない。
作業着を身につけ、車で職場である工場へと向かう。途中に死んだはずの友人と似た男が、酒を片手に田圃の畦道に腰を下している。職場に付き、決められた場所で体操をし、決められたボタンを押す。あとはトラックに荷物を載せるだけだ。私はいつもほめられ、そして今日も当然のようにほめられる。嬉しくて「いつものようにお金はいらないよ」と言う。返事は返ってこない。
仕事の帰りに行きつけの飲み屋による。醜い女に見惚れながら、まずい酒を一気に飲み干す。トイレに急いでかけこみ、靄のかかった鏡で己を覗くと、顔中皺だらけで髭も髪も白いのを見つける。
目覚め
長い夢から覚めた時は必ず、視界がぼやけ、こめかみに滴が流れる。悲しくはない。ただ、目から涙が流れるのだ。
皺だらけの顔をしかめて、動かない体に力を入れてもなにも起こらず、瞼を閉じてただ流れる時間に身を任せるだけである。言いたいことも言えず、見たいものも見れず、頭もいうことをきかないこの身で。
針の音