桶狭マーチ
戦国BASARA、鉄壁主従と桶狭間ーズ、時々東西アニキの入り乱れた、現パロとも戦国ともつかない極めて適当設定による、ほのぼのギャグ。
【一】ヤァ! ヤァ! ヤァ! と、やってきた!
ご町内の一角に堂々とそびえる白亜の城。徳川さんちの家康君のお住まい、通称『浜松城』だ。
ここは、桶狭間町。真冬の空気はキンと澄んで、普段より心持ち清らかな気すらする。
それもそのはず、本日は元日なのだ。
しかし、はわはわと大あくびしながら起きてきた大邸宅の主、ちんまり小柄で童顔の豆狸系少年、家康からは、そんなおめでたさはまるで感じない。
昨年中は大晦日までかかって、空き地になっていた両隣に急遽何かが建築され出したのだ。広大な空き地で、浜松城の者以外に文句を言う相手もいないせいか、連日夜中まで工事という突貫っぷり。安眠妨害もいいところである。
除夜の鐘が鳴り出す頃ようやく終わったらしく、家康を始めとする浜松城の住人達は久しぶりに熟睡できたのだ。
おめでたい気がしないのは、それだけではない。
「むー。結局義元様も信長公も来なかったなあ……」
家康にはありがたくも鬱陶しい存在ではあるが、育ての父とも言うべき相手が二人居る。
尾張町で恐れられている強面の魔王、織田 信長と、地位にも関わらず駿府町で舐められきってる奇人、今川 義元の二人だ。
家康自身は亡き実父母の後を継ぎ、浜松城の年中行事を執り行わなくてはならないのに、毎年、年末年始はどちらの邸宅で過ごすかとしつこく誘いに来るのだが、今年に限って姿を見せない。
結局、年越し蕎麦を一緒に徳川家と共に食べ、夜更けにほろ酔いで肩を組んで帰っていくのだが……その後ろ姿のない大晦日はちょっと物足りない。
揃いも揃って未だに家康の事を幼名『竹千代』と呼び、張り合って無駄なケンカを始めるので、一緒には来て欲しくなかったのだが、まるで姿を見せないとなると寂しい。というか、心配だ。
「……! ……!! …………!!?」
過保護な家臣筆頭、本多 忠勝が、新年早々だらしなく過ごしている主の元へ着替えを持って、ひょっこり顔を覗かせた。忠勝自身も主の前だというのに大欠伸を繰り返しているが。
「ん、忠勝、すまねぇな。今起きる……ふぁああ!」
ご町内で鉄壁主従として知られる暴れん坊二人が同時に欠伸を漏らす。
まったり。
えへへ、と顔を見合わせてお互い照れ笑いを浮かべた瞬間。
どがしゃーん!
派手な破壊音が城を揺るがした。
「なっ、なんだ、なんだ!?」
僕の町は戦場だった。
ポカーンと口を開けて窓の外を見た家康は目をゴシゴシ擦って、もう一度見る。
隣の忠勝を見上げたが「こっち見んな」とばかりに首ごと視線をそらされてしまった。
織田家と今川家の面々が、門の外で睨み合っている。それだけならば嫌になるほど見慣れた光景なのだが、双方ともに『全軍』そろい踏みとなるとただ事ではない。
「むきーっ! 何をするでおじゃ! 麿の新居が台無しでおじゃ!」
頭から湯気を立て、ぴょんぴょんと飛び上がりながら、怒り狂っているキンキラキンの着物に身を包んだ姿は、今川 義元のものだ。
雅さをかなぐり捨てて指差す先には、何やら鉄球付きの巨大な台座。物々しい。
先ほどの大音量は、この鉄球が浜松城を通り越し、いつの間にか隣に出来ていたキラキラしい建物に打ち当たったものらしい。
「ふっ、余の視界を遮る邪魔な物など、破壊し尽くしてくれるわぁ~!」
突き出す白骨を模した甲冑も禍々しい魔王、織田 信長がいつものように腕組みをしてふんぞり返っていた。
「信長公! 義元様! 元旦から一体ぇ何事だぁ!?」
「見ぃたーかぁ~、竹千代! これが余からの『お年玉』なりぃ~!」
「そうそう、お年玉の語源は、鉄の玉を隣んちにぶつけることから……って、んな訳あるかぁ! 物騒な事はやめてくれ、信長公!」
「ほほ、そうじゃそうじゃ! 言うてたもれ、竹千代! やっぱり竹千代は、麿の味方の良い子よのぉ~! 尾張のうつけなど、おしりぺんぺーんでおじゃ!」
「ぬう!? 血迷ったか、竹千代~!」
「義元様も、いらん挑発はよしてくれ! ワシは別にどっちの味方でもね……ん?」
律儀にノリツッコミしながら、ようやく家康は両隣の建設物の正体に思い至った。
「ま、まさか……」
片や、厳つく黒々とそびえる禍々しい城。
片や、キンキラキンの装飾過剰な派手な城。
「まったく、尾張のうつけと来たらいきなりお年玉などと無粋が過ぎるでおじゃ。ささ、竹千代、麿からの蕎麦を受け取るが良いでおじゃ!」
「よ、義元様、年越しなら夕べ終わったぞ?」
というか、いきなり新居を攻撃してきた鉄球はお年玉の扱いでいいのか。
内心でツッコミつつ、敢えてその可能性を避けてとぼけた家康の努力虚しく。
「ちっがーう! 蕎麦は蕎麦でもこれは『引っ越し蕎麦』でおじゃ! 誘うても竹千代がいつまでも来ぬから、麿が隣に来ることにしたでおじゃるよ」
ああっ、決定打を打たれてしまった!
「ぐっ……ひ、引っ越し蕎麦だと……!」
破壊活動を優先させる余り、そこには考えが至らなかったらしい信長が、言葉につまり、ヒクヒクとこめかみに青筋を浮かべた。
「信長様、大丈夫にございます。まつめが参りますれば! そのような市販品、この打ち立て蕎麦に敵う訳がございませぬ」
「家康ーう、あけおめー! お年玉ちょーだーい」
「まっ、まつ殿! 利家に慶治まで!?」
呑気な声をあげて、前田家まで一緒にやってきた。
「もちろん、私たちも一緒よ、竹千代君。今日からご近所ね」
「濃姫様……き、今日もお美しいなぁ……!」
思わず思春期まっただ中な事を呟いて赤面するのを口悪く魔王の子、蘭丸がからかい、更にその後ろでは明智 光秀が不気味にくねくねしている。強面ながら、なんだかんだと結局慕われている信長にはファミリーが多い。
勢揃いされると、どうしたってまるで人望のない義元には分が悪い……のだが、そこを無闇なゴリ押しでなんとかしちゃおうとするのが奇人の奇人たる由縁である。
「たっ多勢に無勢とは卑怯おじゃ! えーい、こうなったら、義元砲発射準備おじゃ!」
「だからって反撃もよしてくれ、義元様ぁ!」
家康の制止虚しく、今川邸から無数に突き出された銃口が、ズババババと砲撃を開始した。
もっちり、もちもち。
しかし、その銃弾、やけに白くて重たげだ。
餅だった。
浜松城を飛び越えて、黒くいかつい城にへばりつき全体的にもっちもちに装飾していく白い餅。シュール過ぎる光景だった。
「お年玉返しなりぃ〜!」
大扇子を振り回しながら腰をくねくねさせて勝利のダンスを踊る義元。
唖然と口を開ける鉄壁主従。しかし、不屈の魔王だけはいっそう闘志の炎をメラメラ燃やし、傲然と高笑いで返す。
「ファーハッハッハ! 片腹痛いわぁ、これしきの餅で勝ったつもりか。……ゆけい、光秀、丸!」
「わっかりましたぁ!」
「目には目を、歯には歯をという訳ですね……ククク」
ジャカジャカジャカッ!
光秀の合図で織田邸からも無数の砲台がセットアップされ、蘭丸の矢による一斉射撃とともに銃弾が放たれる。
……紅色の餅が。もちろん、矢の先に括り付けられているのも餅だ。
浜松城を挟んで飛び交う無数の紅白の餅。新春に相応しいおめでたい光景、といえばおめでたい光景なのかもしれないが。
流れ弾の一部が忠勝の巨体にも被弾し、鋼鉄の甲冑をも、もちもちの紅白に変えているにあたり、ついに家康が我慢の限界を超えた。
こちとら大所帯の苦しい台所を一人で切り盛りしてる東の貧乏太郎なのだ。
「二人ともいい加減にしろーっ! 食べ物を粗末に扱うんじゃねえ! ……やってやれ、忠勝!!」
「!!!!!!」
おうよ! とばかりに、忠勝がゴウッとバーニアを吹き上げて宙に舞う。彼もまた、自慢の甲冑をもちもちにされて腹に据えかねていたところらしい。だいたい餅とか固まったら落とすのが大変だし。
「こりゃ、竹千代! 本多を使っちゃいやんばかんでおじゃ〜!」
「是非も無しぃ! 見せてみい、竹千代」
「織田のうつけも焚き付けるでなーい!」
騒ぎの張本人達の叫びも無視して、空をつんざく爆音と共に無数の稲光が周囲を一瞬青白く染め上げた。
そして、辺りに漂う、こんがり焼けた餅の香ばしい匂い。
「ええーい、こうなったらしょうがないでおじゃ!」
「ふん……面白い。余と食べ比べで勝とうというか……醤油を持てーい!」
「はっ! まつめの特製醤油ダレも抜かり無く用意しておりますれば!」
かくして始まる織田軍、今川軍のみならず、徳川、前田両軍までをも巻き込んだ混沌の餅の宴。
醤油派ときな粉派の派閥で新たな火種が巻かれた所、律儀に新春の挨拶に訪れた独眼竜率いる『ずんだ』派の主張により、事態の収拾は混迷の彼方へ消えて行く。
醤油派の中でも一大勢力を誇る『からみ餅』派代表として、がっふがっふと餅を詰め込む家康は、ふと、静寂の大晦日を思う。
「もっと夕べののどかさを楽しんでおくべきだったな……な、忠勝!」
「……!!……!」
いつのまにかちゃっかり竜の右目特製の雑煮を口に運んでいた忠勝は、ふっと小さく笑って囁いた。
(でも、お寂しかったのでしょう?)
「……てっ、程度ってもんがあるって話だ!」
大人気なくって、迷惑ですらあるんだけれども、一方的に巻き込んでくれる『大家族』の喧噪と温もり。
やっぱり、いいものだな、と思うし、それがない大晦日は確かに……寂しかった。
全てお見通しの忠臣の言葉に、真っ赤になった家康は言い捨てるなり、残りの餅を搔き込んで、むせた。
慌てて背中をトントンとしてやる過保護な忠勝と、しっかりしているようでまだまだ甘えたい盛りでもある小さな主の前で、信長と義元が縛りアリアリの羽根つきで新たな勝負を始めていた。
「けど、やっぱワシを口実にしてただ遊びたいだけなんじゃって気もするよな、あの二人」
「……!!」
うんうん、と頷く忠勝。
これから毎日が大騒ぎになってしまう事を考えれば、やっぱり迷惑だなあと思わずため息がもれるのだけれど。
(ワシが、しっかりしないとな!)
決意新たに、ふくふくのほっぺに小さな笑みを浮かべた家康の前で、信長の放った羽根が、義元の羽子板の上で爆発した。
「ああああああ! もう!」
決意が一瞬にしてぐらつき、頭を抱える家康の隣で、忠勝は呑気に雑煮のお代わりを要求していた。今度はまつ特製の前田家のものである。
「雑煮にはあんこ餅だろうがぁ〜!」
知らないうちに乱入していた西海の鬼が『あんこ』派の主張で、爆撃を開始していた。
ちょっとやそっとの覚悟では太刀打ちできそうもない騒ぎが、きっと、これからの毎日。
ちょっと寂しい大晦日が運んできたものは。
桶狭町、狂乱の日々であった。
終わり
桶狭マーチ