寂しがり人形
~【魂の宿る人形】と【赤い涙】~ 全ての人間を呪い殺す少女
※本章のイメージとなった音楽です。
【作品引用曲:人形遊び →http://www.hmix.net/music/v/v2.mp3】
彼女は人形だった。
長い長い黒髪と、光の差すことのない黒い瞳。
青いリボンに赤いドレスを着飾って、ちょこんと、ピアノの上に置かれている。
彼女を不憫に思い、ピアノが曲を弾き始める。
そう、彼女は人形だった。
動かない。動けない。
腕を引き千切られ、足を引き千切られ、
顔を切り裂かれ、頭をナイフで串刺しにされた。
薄暗い部屋の中、ただ1点を凝視している。
何もない虚空を見つめ続けて、彼女は何を思っているのだろう。
何もない時間を過ごし続けて、彼女は何を感じているのだろう。
その暗い瞳からは、何も窺い知ることはできなかった。
だが、私が思うに、約束を果たせなかった彼女は恐らく他者を恨んでいるのだろう。
約束を果たすことができたすべての人間たちを恨んでいるのだろう。
明確な理由などそこにはなく、ただひたすら呪うがままに。
「そういえば、私は何を恨んでいるのだろう。一体誰を呪っているのだろう?」
自分に聞いてみる。何を恨み、誰を呪っているのか自分でも覚えていない。
悔しくて、悔しくて、無性に悔しくて、彼女は赤い涙を流した。
流し続けた涙は彼女のドレスを赤く美しく染め上げていく。
しかし、それでも答えは出なかった。
なぜならば、そこには彼女の意志など初めからないからだ。
ただのルーチンワーク。「恨み」「呪う」という断片的な思念が
人形である彼女の中に機械的に存在しているだけの話なのだから。
「彼女こそ至高だ」複数の思念がそう叫ぶ。
わけもわからぬまま彼女はその思念に突き動かされて
何をというわけでなく、誰をというわけでもなく、ただひたすらに呪い続けていた。
それでは、人間だった時の彼女の話をしようと思う。
さぁ、思念集めを始めよう。
~【こうもり傘の主】と【鵺】~
※本章のイメージとなった音楽です。
【作品引用曲:暗黒の始まり→http://www.hmix.net/music/z/z5.mp3】
…寒い。
そう思って【貴方】は目を覚ました。
…薄暗い。
狭い部屋の中―――――。
いや、洞窟の中だろうか?
辺りを見回すと無数の成長した鍾乳石と石筍が見られた。
赤い花と青い花、そして白い花が咲いている。
季節は夏のはずであるのに、肌寒い。
天井からの雫が頬にかかっていた。
「君たちは知っているだろうか。」
唐突に太く響く声がそう問いかけてきた。
「――――ッつ!」
あまりの唐突さに【貴方】は身体を強張らせ振り向いた。
「・・・そんなに構えないでくれたまえ。」
声のするほうに目をやると、こうもり傘をもった―――初老の女性―――いや、男性だろうか?
目の前にいるはずであるのに、顔が何故かぼやけていてはっきり見えず、性別すらよくわからない。
だが、声から察するに男性―――いや、女性なのだろうか?(・・・・・・?)
その場にいるのかいないのか、存在すら曖昧な気がした。
「君たちは知っているだろうか。」
―――思考を遮る。
改めて【こうもり傘の主】が先ほどと同じ質問を繰り返し、
カツカツッと靴音をならしてこちらへ少し歩み寄った。
「この世は輪廻転生である。
つまり、死んであの世に還った霊魂(魂)が、この世に何度も生まれ変わってくることを言うのだが、稀に、この輪廻転生の運命から外れる者がいる。」
「…?」
【貴方】は話の意図が見えずに【こうもり傘の主】を見つめた。
【こうもり傘の主】はしばらく【貴方】を眺めていた(様な気がする)が、しばらくして
「それは、霊魂(魂)がひどく傷つけられた証拠でもある。」静かに【貴方】を見つめてそう続けた。
そして、自虐的に小さく笑う。
「霊魂(魂)は無限ではない。輪廻転生を繰り返し、長く同じ場所にとどまっているうち霊魂(魂)が汚されたり、あるいは、誰かによって直接傷つけられることで徐々に力が低下してくる。そうした中で霊魂(魂)が再生できなくなった場合、輪廻転生は終わる」
元々の口調がぼんやりとしていて曖昧であったのだが、なんとなく力が入っているようにも思えた。
「その昔、鵺というひとりの少女がいた。彼女はいわゆる超能力者だった。・・・君もそうだ。」
【貴方】は【こうもり傘の主】に恐怖心を抱いた。「・・・・?」
この人は何を言っているんだ?頭がおかしいのだろうか?
それに、そもそも一体ここはどこなんだ。どういう経緯でこういう状況になったのかまったく思い出せない。
「霊魂(魂)は有限ではあるが、新生される。つまり、輪廻転生では記憶が失われる。
だが、霊魂(魂)が再生できなくなった場合はそれができない。霊魂(魂)を復活させるしかないのだよ。その場合は生前と同じ人格を保ったまま転生するしかない。」
意を介さぬ【貴方】に【こうもり傘の主】は嘆息した。
「こんな話を知っているか?
これは、有名な話ではるのだが・・・・とあるところに新婚夫婦がいた。
結婚は順風満帆であり、幸せで何も言うことはない生活を送っていた。
しばらくして二人には子供ができた。二人はそれはそれは喜んだ。妻も健康的で順調におなかも大きくなり、幸せも最高潮であった。
だが、生まれてきた女の子は、夫婦の期待を裏切り、ひどく醜くかったのだ。
そのために夫婦の仲もだんだんと冷えた。二人はいつしか自分たちの幸せを壊したのは少女だ、と考えるようになった。
そしてある日、二人は少女を誘い公園の池のボートに乗った。池の中ほどに行くと周りに誰もいないことを確認すると少女の首や手足が不自由なのをいいことに池に突き落としてしまった。だが、二人は口裏を合わせ「あれは事故だった」と主張し、その通りに処理された。外面の良かった夫婦を疑うものはおらず、逆に同情も集めた。それから数年が経ち夫婦にまた赤ん坊ができた。今度生まれてきた赤ん坊は女の子ではあったが、前の子とは違い、とてもかわいい赤ん坊であった。それから成長した少女が「ボートに乗りたい」と言ったので、夫婦は子供をつれてあの公園のボートに乗った。
ボートに乗ると少女は大はしゃぎしていたが、池の真ん中になると子供はボートの外を向いて沈黙してしまった。疑問に思った両親が話しかけようとすると少女は口を開いて、今度は落とさないでね。と言った。・・・さて、君はこれをどう思う?」
【貴方】は【こうもり傘の主】が何を言いたいのかさっぱりわからなったがとにかく答えた。
「・・・少女が輪廻転生ではなく、復活だったといいたいのか?」
「そうだ。」
【こうもり傘の主】は頷いた。
~【こうもり傘の主】と【鵺】~
※本章のイメージとなった音楽です。
【作品引用曲:暗黒の始まり→http://www.hmix.net/music/z/z5.mp3】
「・・・少女が輪廻転生ではなく、復活だったといいたいのか?」
「そうだ。」
【こうもり傘の主】は頷いた。
「生前と同じ人格を保ったまま転生する・・・・復活だ。―――簡単に言うが、それが一体どれだけ非情なことであるか、君には想像することができるか。」
【こうもり傘の主】はわずかに怒気を含んだ声色でそう告げた。
こうもり傘を左手から右手に持ち替えて続ける。場の空気がピリピリと張りつめているのがよくわかる。
…静かな怒りだった。
吐き気がした。嫌悪感といってもいい。
頭に鈍痛が走り、一瞬、感覚と意識を失いそうになる。
両手足が震える感覚を思い出しながら【貴方】はかろうじて立っている。
「…その少女が鵺だ。復活は輪廻転生とは違い一度しか行えない。つまり、復活した人生の中で魂を浄化しなければならないという事だ。」
ゆらゆらと左右に揺らめきながら【こうもり傘の主】は身体を鬼に変化させた。
歯をかみしめ、眉を吊り上げ、眼を血走らせて周囲全てを怨むように睨みながら。
「―――あの子はどうあれ、満たされていた。死にはしても両親を愛していたのだ。」
そのあと【こうもり傘の主】は10歳ほどの少女に身体を変化させた。少女の身体のまま話を続ける。
野太い声に少女の声が入り混じった。
「…逆に言えば、魂を浄化できなければ二度と輪廻転生の運命には戻れないということだ。戻れなかったものがどうなるか。
それは、生と死の狭間で未来永劫に過ごすことを意味する。怨霊化する者もいるだろう。」
【こうもり傘の主】は元の姿に戻った。元の感情のない声で続ける。
「君に救ってほしいのだ。彼女を」
「…救う?どうやって?大体…何故…僕が?」
【こうもり傘の主】が小さく笑った。
「君が鵺と同じ能力を持っているからだよ。君にはこれから鵺の輪廻転生の数度の記録すべてを実際に君の眼で見てもらう。
そして、行く先々で彼女を救ってやってほしいのだよ。それが来るべき君たち人間の災厄を防ぐことにもつながる。」
「災厄…?どういう意味だ。」
やはり、こいつは頭がおかしい。狂っているといってもいい。
それ以上に目の前の人物の支離滅裂さに【貴方】は混乱していた。
もはや思考が役に立たない。
「…さぁ、行って来い。君自身の為にもな。」
【こうもり傘の主】がそう言うやいなや視界が回転し始める。l
全身が震え痙攣を起こしているかのようだ。わけもわからぬまま視界が真っ白になる。
ひどい吐き気がする。
「…君の能力とは運命を捻じ曲げる力。そして、死魔の力―――生殺与奪の力だ。死神とも言う。
私は【イザナギ】という。君の名前は【ナギ】…私と君は親子のようなものだ。」
視界がほとんど見えなくなってきている中、【こうもり傘の主】の右腕に1匹の蛇が纏わりついているのが見えた。
【こうもり傘の主】はそれをこちら放り投げた。
赤黒い蛇が地面に叩きつけられ、【貴方】の身体を這い回る。
気持ち悪かった。ぬめぬめとした感触が伝わってくる。
得体の知れない何かが自分の中に入ってくる気がして狂いそうになり――――――
…【貴方】は意識を失った。
寂しがり人形