最強リーゼント伝説

 ある静かな日。
 山田は昔とった杵柄というやつで、髪型をリーゼントにしていた。
「俺様のリーゼント魂もまだまだ衰えてはいないな。と言うよりむしろ、普段真ん中で分けている分、強まっていると言えるんじゃないだろうか。どうかね、どう思う?」
 そんな風に自問自答を繰り返す山田だった。
 するとそこに、一匹の三葉虫が現れた。
「甘いよ、甘い甘い、あまあま」
 三葉虫は言った。
「甘いとはなんだ! 失敬な、理由を言いたまえ!」
 山田は声を荒げて言った。山田のこめかみには、二本のしわが浮き出ていた。
「では言おう、この私の三億年間の経験から言わせてもらえば、そんなリーゼントじゃあティラノサウルスレックスにも勝てやしないさ、ましてあいつにはな」
「なに、あいつ? あいつとは?」
「あいつは、そりゃあすごい奴だったさ、あいつのリーゼント魂は、三億年間でもダントツだった」
「誰だ、誰なんだそいつは?」
「さあな」
 と言い残し、三葉虫は海中深くへ帰っていった。
「誰なんだ、うおおお、誰なんだあぁああ!」
 山田はただ打ちひしがれるしかなかった。
 一番でなかったのは仕方ない……。
 しかし、ティラノサウルスレックスにも負けていたなんて……。
 そのことが、山田の心に深い闇を落としていた。
 アンモナイトに負けるならまだしも、ティラノサウルスレックスとは……。
 アンモナイトのリーゼントは確かにすごい。
 が、それが三葉虫の言うあいつなのだろうか?
 いや、もっとすごい奴がいたのだろう、何せ三億年だ。
 山田は思った、もうここまできたら行くしかないな、最強のリーゼント魂を求めて。
 こうして、山田の旅が始まったのである。

 とりあえず、山田はティラノサウルスレックスに会うことにした。まず、ティラノサウルスレックスを越えなければ、何も始まらないと思ったからだ。
「白亜紀か、南南西だな」
 山田はひたすら歩き続けた、たまに走ったりしながら、歩き続けた。しばらくすると、ティラノサウルスレックスが、シダ植物の向こうに見えてきた。
「すいませ~ん」
 山田は、低姿勢でティラノサウルスレックスに話し掛けた。
「なんじゃぁ、貴様」
 なるほど確かにすごいリーゼントだ、負けているかもしれない、いや、完敗か。
「そのリーゼントはいつから?」
「ん、これか? これはな、わしがまだ中学生の時じゃった。当時、わしは坊ちゃん刈りでな、ずいぶんとなめられていたもんじゃよ。だがな、その時わしには好きな女ティラノサウルスレックスがいてな、なんとか気を引きたいと思ったもんじゃ――」
 そして、延々と思い出話を聞かされた。
 丸一日語った後、ティラノサウルスレックスは言った。
「まぁ、そういうわけで、わしはこのリーゼントを手に入れたってわけじゃよ」
 山田は、ほっと胸をなでおろした。
「それでな、わしがリーゼントになるやいなや――」
 しかし、山田の希望はもろくも打ち砕かれ、さらに二日間の忍耐を要する羽目になったのである。
 ともかく、ティラノサウルスレックスは女にもてたいためにリーゼントを始めたが、いつしか真のリーゼント魂に目覚め、さらに高みを目指すようになったことで、色々と冒険やバイトや結婚式の仲人を積み重ね、現在に至るということなようだ。
 山田は、その間ずっとこのデカ頭に勝つ方法を模索していた。
 そして、山田は名案を思いついた。
 そうだ、こいつのリーゼントの髪を引っこ抜いて、自分の頭に植毛すれば! こいつに勝てる!
 そうに違いない、と山田は思った。
 だが、相手は十mを超す巨体だ、そう簡単にはいくまいに。しかしその点も、山田は考慮していた。
 それは、ティラノサウルスレックスが靴紐を直そうと、頭を下げた隙に引っこ抜くというものだ。
 幸いにも、ティラノサウルスレックスの靴紐は見事にほどけていた。
「あ、靴紐ほどけてますよ」
「おお、いかんいかん、わしのエアマックス97が」
「いまだ!」
 山田は一瞬でティラノサウルスレックスのリーゼント頂点の毛を抜き取った。
「うおおおお!」
 ティラノサウルスレックスはもがき苦しんでいる。
 そしておもむろに、抜き取った毛を自らの頭頂部に植え付けた。
「わしの……負けじゃよ…………」
 がっくりと崩れ落ちるティラノサウルスレックス。
 山田は、ティラノサウルスレックスを越えたのだった。
「しかしな、あのお方にはまだ敵うまい、あれは三十年前の事じゃった――」
 山田は既にその場を後にしていた。

 そんな山田が次に向かった先、それはアンモナイトのところだった。
 山田は、アンモナイトに憧れてリーゼントを始めたといっても決して過言ではない。
 まさにアンモナイトと言えば、リーゼント。リーゼントと言えば、アンモナイトってわけだ。
 薄暗い海底を進んでいくと、アンモナイトが突っ込んできた。
「危ないな、気をつけたまえよ君ぃ」
 アンモナイトは言った。
「いや~、やっぱり素晴らしいリーゼントですね」
「ん~、なに、これは生まれつきだよ君ぃ」
「憧れてたんです、サインしてください」
「あ~、サインするの、ほれ、どうかね、こんなもんで」
 アンモナイトは触手を巧みに使ってサインをした。
「ぬおおおぉ! やったよ! 俺やったよ!」
 念願叶い、うかれる山田。
「んで、用は済んだのかね?」
 しかし、山田は思った。
 聞きづらい、聞きづらいぞ、最強のリーゼントは誰ですか? だなんて。ここまで持ち上げたら、最強だと思ってると思うに決まっている。何とか、うまく聞き出さなくては。
「え~と、あの、リーゼントの手入れはどうしてるんですか?」
「手入れ? あ~まぁ、ふじつぼとか付いたらたまに取ったりとか、そんなもんかね」
「そうですか~、ところで、あの、さ、さいきょ、埼京線に乗るにはどっちへ行ったら」
「あ~、それなら、そこの道を真っ直ぐ行って、タバコ屋の角を右だな」
「ああ、あ、そうですか、あの」
「痴漢に間違われないようにしたまえよ、君ぃ、手は上だよ」
「ああ、はい、どうも、ええと、あの」
「まだあるのかね、早く言いたまえ、そんなことじゃリーゼント魂は極められんよ」
 おお、やった。
「リ、リーゼント魂を極めるにはどうしたら?」
「うむ、まぁ我輩が手取り足取り教えてやってもいいがのう。だが、まずは、あのお方に会うことかね」
 うおお、なんてこった、うまい、うますぎる。
 山田はあまりの展開の都合よさに、目眩がしそうなほど喜んだ。
 しかし、それを表情に出しては不自然がられる、山田は真顔とも笑いとも取れるような、微妙な表情をするしかないのだった。
「あのお方とはいったい誰!」
 思わず、大き目の声で聞いてしまう山田。
「聞きたいか、やはり聞きたいのかね、君ぃ」
 不敵な笑みを浮かべるアンモナイト。
 しまったぁ、全てお見通しって訳か、さすが憧れのアンモナイト。
 図らずも山田は、自らのリーゼント魂の未熟さを再確認する羽目になってしまった訳である。
「ん~、まぁ、教えてやらんでもないがね、とりあえず、南へ向かいたまえ、赤道直下に答えはあるんだよ、君ぃ」
 ともかく、行き先は決まった、山田の新たな旅が始まる。

 赤道直下目指して、歩を進める山田。
 木々は高々と生い茂り、その枝々には幾重にもツタ植物が絡み合っていた。背丈ほどの多くの刺々しい植物が、山田の行く手を阻んでいる。
 しかし、山田は臆することなく、毅然とした態度でゆっくりと、そして確実に進んでいた。もはや、山田のリーゼント魂にとって、灼熱の太陽や熱帯雨林特有の豪雨、巨大毒蜘蛛の猛毒や南国美女のセクシービームですらも、全く障害ではなくなっていた。
 最強のリーゼント魂を手に入れる、そのことしか山田にはなかったからである。
 そんな山田の前に、一匹の小猿が現れた。
「お待ちください、閣下」
「ん、閣下って俺のこと?」
「もちろんです、閣下。そのリーゼント、さぞかし位の高い方とお見受け致します」
「いやぁ、それほどでも」
 山田は、思わず鼻の穴が膨らんでしまった。
「よろしければ、私めを弟子にしては頂けないでしょうか?」
 弟子か、山田は思った。弟子がいれば、ちょっとアンパン買って来てとかいってこき使えば、色々と便利かもしれないぞ。
「ああ、ついてきな」
 山田は、ダンディーな師匠を意識して、斜め三十度の角度を保ちつつ微笑んだ。
「おおお、感激です! 私めはノザワと申します、よろしくお願い致します」
「ん~、じゃ、とりあえずジュース買って来て」
「はい、師匠」
 山田は、師匠と呼ばれる快感に酔いしれ、ちょっとお小遣いでもあげようかというくらいの気持ちにまでなっていた。
 しばらくするとノザワは、ドクターペッパーを一ダース抱えて満足そうに戻ってきた。
「いや師匠、一本百円だったんで衝動買いしてしまいましたよ。
「そうか、はは、ご苦労、釣りはいらんよ」
 山田は、千円札を一枚手渡した。

 二人で旅を続ける、山田とノザワ。赤道直下は目前に迫っていた。
「師匠、師匠にとってリーゼントとは? ノザワが不意に尋ねた」
「うむ、よくぞ聞いた。俺にとってリーゼントとは――愛だ」
「おおお、素晴らしい。そんな素晴らしい言葉を聞いたのは、校長先生の始業式の挨拶以来です」
「そうだろう、むははは」
 山田は得意げにリーゼントの向きを直した。
 ノザワも、まねしてリーゼントの向きを直す。
 既に二人の間には、強い絆が発生していた。
 幾多の苦難を乗り越え、遂に赤道直下へ到達した二人。
「よくぞ辿り着いたな」
 はっ、と振り返ると、そこには三葉虫の姿があった。
「ここまで辿り着いた者は、三億年間でも一万人くらいしかいないわい」
 その言葉に、多いのか少ないのか理解しかねる山田であった。
「ともかく、あのお方に会うとしようか。そこの銀行を左に曲がってすぐのところにいるから」
 そう言うと、三葉虫はすたすたと歩いていった。
「いよいよですね、いかがですか今の心境は?」
 ノザワが尋ねた。
「うむ、期待と不安で胸が一杯だ、もはや俺の人生は今がピークといっても過言ではないだろうな」
 山田は、やや低めのダンディーな声色でそう答えた。
「師匠、私もです」
 ノザワも真似して、低めに言った。
「ほら、あそこの小さい建物にいるよ」
 三葉虫が二本の足で、指差した。
「ごめんください」
「はーい、どなたかしらん」
 三葉虫が入ると、奥から声が聞こえてきた。
 そして出て来たのは、軽めのリーゼントを施した女性の猿であった。
「ね、姉さん!」
 ノザワが叫んだ。
「もしかして、ノザワ!」
 二人は猛ダッシュで駆け寄ると、涙ながらに熱い抱擁を交わした。
 場面は急転直下で、生き別れた姉弟の感動の再会シーンへとなだれ込んだのである。
 山田も、もらい泣き。
 三葉虫は呆然としてそこに立ちつくしていた。
「姉さん、姉さんが最強のリーゼント魂だったんだね」
 ノザワの顔は、涙と鼻水でぐしょぐしょになっていた。
「ううん、違うの、それはうちの旦那よ、今日は遅くなるらしいの」
 姉さんの顔も、同じようにぐしょぐしょだ。
「では、待たせていただけますでしょうか?」
 山田が言った。
「みなさんどうぞ、これから夕食を作りますから」
 姉さんはエプロンを直すと、そそくさと台所に入っていった。しばらくすると、なにやらおいしそうな料理が運ばれてきた。
「子羊のソテーブルゴーニュ風エシャロット添え赤ワイン風味ですわん」
 なんとも豪勢だ。しかも突然来たのに、ちゃんと全員分用意できるなんて摩訶不思議。もちろん、三葉虫の分もあるぞ。
「いただきます」
「いや、うまいですな」
「うん」
「むほほ」
「ご飯のお代わりは、言ってくださいな」
 みんな、あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
 まだ戻るまで時間があるということで、ウノをやることになった。もちろん、リーゼント大全集のカードだ。
 隣の三葉虫が、スキップばっかり使うから、順番が回ってこないぞ。
 山田は、憤りを感じていた。
 ノザワのカードはみるみる減っていくのに、山田のカードは増える一方。
 三葉虫め、最強のリーゼント魂を手に入れたら、真っ先に始末してやる。
 山田は、決意を新たにした。

「ピンポーン、ただいま~、おーい」
「あら、旦那が帰ってきたわん」
 うおおおお、ついに、最強のリーゼント魂とご対面だ。山田は、思わず鼻水が出そうになってしまった。
 そして、のれんをくぐって出てきたのは、な、なんと!
 ペンギンであった。
「ああ、お客さんかい。初めまして、イワトビペンギンのイワ・飛五郎です」
 確かにすごいリーゼントだ、身長と同じくらい、いやそれ以上だろうか。でも、身長は六十cmくらいだけども。
「あなた、お風呂にします? それともご飯?」
「うむ、風呂にしとくか、では失礼して」
 イワトビペンギンは、お風呂に入っていった。
「あの方が、最強のリーゼント魂?」
「うむ」
 三葉虫は深くうなずいた。
「いや、いつ見ても凄まじいわい、くわばらくわばら」
 かなり緊張している様子だ。
 ノザワは、口を開けたまま遠くを見つめている。
「いや~、本日はどのようなご用件で」
 イワトビペンギンが、お風呂から上がってきた。
「実はな、この方が最強のリーゼント魂にお目にかかりたいと言うもんでな」
「おお、これは三葉虫さん。お久しぶりですなぁ」
 山田は、紹介されたからにはやるしかない、最強になるしかないと思った。その気持ちからか、山田は言い放ったのだ。
「俺と勝負しろ! この短足野郎!」
「ほほう、威勢のいい方だ。では対戦方法はリーゼントじゃんけんでよろしいかな」
「おおお、リーゼントじゃんけん! また見ることが出来ようとは」
 三葉虫は、あまりの興奮に目が点滅していた。
「リリ、リーゼントじゃんけんとは?」
 山田は、リーゼント界の常識なのかもしれないという気持ちから、多少萎縮しながら尋ねた。
「簡単だよ、リーゼント魂でリーゼントを変形させてじゃんけんをするだけさ」
 事も無げに言い放つイワトビペンギン。
 そんな、そんな事が、いやしかし、今なら、今の俺ならできるかも。山田は、わずかな望みを自らのリーゼントに託した。
「では、よろしいかな――あ、出っさなきゃ負けよ、じゃんけん、ぽん!」
 山田は、全神経をリーゼントに集中した。
 グーを出すために。
 その時だった。
 激しい雷鳴が轟いたかと思うと、イワトビペンギンのリーゼントが真っ二つに裂け、その周りには暗雲と稲妻がほとばしった。
 そして表情はあくまでダンディーに、男の色気を二百%余すところなく発揮していた。
「うあああ、勝てるわけない、なんてこった」
 山田は打ちひしがれた。
「まいった……」
 突然、イワトビペンギンはうなだれた。
「君はグー……私はチョキ……私の……負けだ……」
 よく見ると、山田のリーゼントは微妙にグーっぽく変化していた。
 ひいき目に見れば。
「私に勝つとは、君が二人目だよ、そしてもう一人は」
「わたくしですわん」
「うむ――あまりの美貌に油断し、そして負けたのだ。しかし今回は本気だった」
 なんという事だろうか、山田はやった。
 やったのだ。
 まさに今、山田は最強のリーゼント魂の名を手に入れたのだった。
「ありがとう、みんな、ありがとう」
 山田は、周囲に手を振り続けた。
「師匠、素敵です」
 ノザワも、感極まって、鼻にティッシュを詰めている。
 そして、それは山田の旅の終着駅を意味していた。
「ノザワ……お前ともお別れだ……」
「うう……師匠……私……私……」
「俺は帰る、経理の仕事に」
「がんばってん、あなたならきっとやれるわん」
「うむ、その通りだとも。なんせ、最強のリーゼント魂だからな」
 皆の熱い視線を背に、日常へと帰る山田であった。

最強リーゼント伝説

最強リーゼント伝説

山田の前に突如として現れた三葉虫。その導きにより、この地球で最強のリーゼント魂を求めた旅が始まった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-16

CC BY-NC
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