異動
この世界が嫌いだって、思ったら気を付けましょう。
今の世界に嫌気がさした主人公は、別の世界で幸せと絶望を見つける。
少しずつ絶望が勝っていくのを感じる。
主人公には世界を創る力と渡る力がある。
「死」という言葉をキーワードに物語は進んでいく。
主人公の力は一体何のために、なぜ存在するのか?
序章
「なあ、今俺がいるのって何個目の世界かな、、、、。」
そんなことはもうわからない、だってこれだけ大きな罪を犯したんだ。
でもさ、少し誇らしいんだ。だって神様と追いかけっこしたんだよ。
神様をびびらせたんだ。
もうこの世に用はないかな、え?違うってば、この世界じゃなくてこの世、だよ。
「雪の積もった大きな通りをあるきながら、こんなことを考えていました。」
なんてことはない、全部うまくいくんだ。
努力していなくても、気にしなくても、いつも真ん中でいられる。
中心ではないさ、平均のことだよ。
全ての能力はほぼ平均、いや平均以上なんだ。
少し貧しい家庭で育った、父の記憶など両手の指で数えられるほどだ、
頼りになる兄はついこの間死んだ、昔からひとりだった。
でも特に不自由はなかった。
「何もないこの世界でだれか私を必要としていたでしょうか。」
普通に生きて、彼女もいて、友達も多くて、少しサボり症。
何の不自由もない、なさすぎる。
それだからこそ意味が感じられない。
悩みといえば退屈ということのみだ。
一人の時間にはたくさんのことを考えた。
もう一人の人格を探したり、物語を創ったり。
孤独だったんだ、とても。
自分の妄想に希望と安心を感じていた。
みんなと同じで、暖かくて守られている、そんなことも考えた。
「もしもの世界」ついては特に時間を使った。
もしもちゃんと両親がいて、
もしも兄が生きていて、
かわいいペットがいて、
大きな一軒家にすんで、
妹や弟がいて、
もしも兄が姉で、
ついに自分だけの世界を創ってしまった。
「当たり前に憧れていたんです。」
悲しくなった、うれしくもなった。
どれもかなわないんだから。
儚いとは、自分のためにある言葉だ、と。感じた。
これが最大の失敗だったと今思う。
創りだした世界のほうが勝っていた、
そんなの当り前だった。
夢と喜びを作り出し、現実には無感情で接した。
あくまで妄想であり、ただの希望でしかなかった。
「あんなことが起きるとはだれも思わないでしょう!!」
ついに日常にすら夢を持ち出した。
会話もままならなくなってきた。
友人は減り、恋人とは別れ、しかし泣きはしなかった.
むしろだんだんたのしくなった、嬉しかった。
現実から逃げ、虚無の希望にまみれた。
周りが見えなくなり、ぶつぶつ一人で喋っていた。
気づいたら道路のど真ん中だった。
迫りくる車体にまるで気が付かなかった。
また白昼夢のような妄想をしていた。
自分が悪いなんて考えなかった、こんななにもない世界が悪いんだ、
そう思った。
体がトラックに接した瞬間に光が見えた、まぶしかった。
暖かかった、嬉しかった。
その光から現れた手を握った。
体がへしゃげていくのと同時に、感覚はまるで別の世界にいた。
「幸せを感じました、これが初めての異動です。」
ベットの上で目を覚ました、生きていたのか。
少しがっかりした、あのまま光に飲まれたかった。
しかし、ある奇妙なことに気付いた、どこも痛くないのだ。
4tトラックにひかれるほどの事故でこんな表現もあれだが、
まったくいたくない、そしてもうひとつ、こちらのほうが重要だ。
ここは治療施設ではない。まわり見渡せば見渡すほどに、おかしい。
時計を見つけた、事故が起きたのは下校時の4時半。
もし今目が覚めたとしたら、わたしは1分で目を覚ましていることになる。
確かに日付も間違いない。
「あの時はただの夢だと思っていました。」
試しに身を起こした、体には1つの傷もなかった。
やはり夢かと思った、しかしそこは自分の部屋ではない。
「っ!?」
恐ろしいことが起きてしまった。
この時計、このベット、ポスターに本の数々
この部屋は私が妄想により作り出した部屋と、似ているどころかまったく同じだった。
やはりまだ意識を取り戻していないのかと考えた。
しかし意識があまりにもはっきりしている、それに五感だってしっかり働いている。
「こうへい、もう起きなさい!!」
不意に名前をよばれた。無意識に返事をして着替えを始めていた。
なにか心が満たされていく感覚があった。
Ⅱ章
不意に呼ばれ体を起こした。
そうだ、この世界での名前は「こうへい」だ。
名前まで創ったのに特に深い意味はない。ただ現実とかぶっていて欲しくなかった。
返事をした、心が温かい、呼びかけに返答しただけなのに。
これほど心が衰弱していたのかと少し情けなくなる。
「一時の幸せだ、と少し悲しい気持ちもありました。」
着替えをした、そうここで着替えをするんだ。
もはや習慣や感覚ではない、完全な記憶で動いていた。
まったく別の世界とはいえ、これは自分で創ったのだ。
全てわかる、次は、そうだ、くしゃみをする。
「どうしたこうへい、風邪か?」
父の声がした、もちろん実の父ではない「こうへい」の父だ。
肉親に心配されるのはいつぶりだったろうか。
なんでもない会話が愛おしい、胸がしめつけられた。
「この世界は僕が最初に創った世界です。」
なんでもない日常を送り、2ヶ月が経った。
もう2ヶ月かまだなのか、充実しすぎて感覚が変だ。
もとは高校生だがこちらの世界では中学2年生だ。
勉強に関してはもとの記憶があるから問題ない、部活はなんと野球部。
野球なんてしたことなかったが設定的にはバリバリのエース。
身体が勝手に動いた、やはりスポーツはできると楽しい。
学校生活も家族関係も完璧な設定にしてあった。
もとの生活も忘れていた。
しかし最近妙な夢をみるようになった。ただ一言、「勝手なことを。」
そうつぶやく声が聞こえたのだ。
「目が覚める、生きている、なんてこと考えませんでした。」
部活の大会が終わり、葉の色が変わり始めた。
下校時に考え事をした、いままで起きたことを思い返すことにした。
自分は確かにひかれた、そして全く別の人物としていまここにいる。
そして大事なことだ、この世界は自らの手で創ったものだ。
そうだ、細かいこと以外はすべてなにが起きるか知っている。
コントロールできるわけではない、でも同じだ、妄想と、一致する。
なにかの能力なのかとも思う、自分にしか作用せず自分にのみメリットの
ある能力。まさに自分らしい。
「どしたの?この世の終わりみたいな顔して?」
友の声だ、返事を忘れていた。
友の言葉から今、恐ろしいことを思い出した。
もうじきこの世界が終わる、確かそうだ。
そしてその終わり方は、
「逃れられぬ死」なのだ。
Ⅲ章
「逃れられぬ死」
これはこれから何度も聞くことになる言葉、呪い。
友の言葉はただの平凡な会話の一部でしかなかった。
しかしこの夢は甘くない、そうだ。
世界など自らの死で終わりを告げる儚いモノなのだ。
「なんで死ぬことばかり考えたんですかね。自分は。」
自分が創った世界なんだ、どうなるかなんてわかってる。
明日、自分は、なにをしても死ぬ。
「こうへい」としての自分は終わりを迎える。
「なんで逃げなかったって?まぁ聞いてくださいよ。」
「逃れられぬ死」の理由それはくだらなく恐ろしい。
ストーカー殺人だ、もてる設定したのが間違いだった。
いや、異世界の幸せに順応したのが間違いだ。
明日、あまりパッとしない女子に刺し殺される。
あまりにあっけなく簡単に。
その後の設定もある、でもそれはみることができない。
死は絶対のルール。創造主にも変えられない。
逃げようがストーカーじゃしかたない。
せめて迷惑をかけずに死のう、あの子と一緒に。
死の恐怖がありながら驚くほど爆睡した。
目が覚めた、午前九時、遅刻。
最悪なミスをした。ストーカー殺人決行時刻は。
午前九時十分。家の前でその子は「こうへい」を待つ。
待ちきれずに、インターホンを押す。
母が扉を開ける、母はその子を知っていた。
自分が面白半分にストーカーのことを話したためだ。
「迷惑だから帰って?学校は?」母はそういったはずだ。
その直後、悲鳴は聞こえる、午前九時十分ちょうど。
あれほど落ち着いていた自分も肉親の悲鳴を聞いた途端に、
焦り、恐怖し、冷や汗を流し、涙していた。
母に何が起きたかはわかる、胸を一突き。
顔面には無数の穴が開く、ただの肉の塊へと姿を変えた。
靴も脱がずに家の中へ入る足音、笑い声。
階段を引きずり上る音。
恐怖でおかしな声が出る、母の姿を想像し嗚咽する。
早起きして一人で死ぬつもりだった、
学校に行かず、あの子と一緒に。
思い出す、鮮明に自分の亡骸の姿を、そう母の次は、
次は、次は。
次は、
「こうへい君。」
その言葉は、あまりにも絶望にまみれ、
顔は歪み、にやけ笑いを浮かべていた。
「こうへいぐんっ!だいすぎぃぃぃぃぃぃ!!!!」
その言葉が次の世界への、次の「逃れられぬ死」への架け橋だった。
「なんでこうもうまくいかないんですかね。はは。」
「お前があまりにもわがままだからだ。」
Ⅳ章
体に刃が突き刺さる、痛み、苦しみ、恐怖。
それは本来ならなければならない気がする、もちろんのことだ。
しかし、傷口は温かく、どこか安心する。
そう、これは夢なのかもしれない、そうだと思いたい。
また母の呼びかけで目をさまし、なんでもない日常が欲しい。
「また、願ってしまったんです、夢が欲しいと。」
その瞬間、歪んでいたはずの女の子の顔が豹変した。
母のように優しく、父のように力強い。
刺されながらもそんな様子はわかった。
意識は遠のく、血液が足りないのだろう。
視界は閉じ、形のおかしな人形になった。
その時、女の子から別の手が生える、光る手が。
握ったらどうなるかなんてわかっていた、そうだよ。
自分の体からも別の手が現れ、その手を強く握った。
「なぜかまた次の世界があるってわかっていました。」
目が。また、目が覚めてしまった。
同じ過ち、そんなことは思わない、罪なんてない。
自分は悪くない、幸せになりたい、ただそれだけ。
自分を正当化するのに相当な時間を要した。
周りを見渡す、もちろん覚えがある。
ここは、あぁそうだ、夢の世界だ。
まあ言ってしまえば前の世界も夢の世界だろうが。
「夢の世界って呼んでいたんですよ。」
なんとも言えないファンタジーの景色。
これも以前憧れによって創った世界だ、まるでRPG。
自分の姿を見て少し呆れる、青い鎧に、赤い柄をした長剣。
何分か前にストーカー殺人にあった少年には見えない。
この世界での名は確か「ゼウス」、本気で恥ずかしい。
この世界を創ったのは中学2年の時、まさにという感じだ。
「ゼウス!!大丈夫か!?」
大げさな声が耳に突き刺さる。
身長が優に2メートルを超える巨漢に体を揺すられる。
そいつは武道家、名前はない、はず。
名前は考えていたがついにしっくりこないため、呼び名は武道家。
「レイラ!回復だ!」武道家は叫ぶ。
「ゼウス」に向かって手をかざす女性がいた。
おかしなくらいに美人でスタイル抜群だ、おかしなくらい。
なんせ理想が生み出したんだから。
レイラと呼ばれた女性はなにか難しい言葉を口にしている。
体力が回復する、そんな感覚がある。
魔法だろうか、心まで癒される。
感心しているあいだに女性は次の詠唱を始める。
「この世界はちょっと楽しかったな。」
「なにが楽しいだ、こっちは迷惑だよ、まったく。」
なにかふさふさした物が顔をくすぐる。
大きなオオカミのような生物が「ゼウス」をかばう。
これは、相棒だ。相棒の、なんとかウルフ。
この世界の記憶が曖昧なのは自分でも恥ずかしいと思っていたからだ。
しかし世界としてはっきり存在している。
やはり五感もはっきりと、働いている。
こんなことがあっていいのだろうか。
あくまで前の世界は、現実でもありうる範囲だった。
しかし今は違う、おかしな獣と、魔法がある。
もう夢には思えない、三途の川だって見当たらない。
自分は何をしてしまったのだろうか。
異動
連載です