夏のゾッとする話
「明日から学校だよー。最悪。」
「夏休みなんかあっという間だよね。」
「9月いっぱいまで休みにしてくれればいいのに。」
「秋休みなんか1週間しかないもんね。全部繋げちゃえばいい。」
「確かに。まだまだ遊び足りない。」
「千佳子、今年のBBQ参加できなかったもんね。」
「そうだよ。家族旅行とか、なぜかぶる!」
「あははっ、しょうがないしょうがない。」
「そういえばさ、あのBBQの日に正裕が土岐ちゃんに告ったらしいよ。」
「マジで!それ初耳なんですけど。」
夏休み最後の夜、私は千佳子と長電話に勤しんでいた。
学校への不満から、高校のBBQ大会の話、そこからクラスメイトの噂話へと。
途切れることのない会話は時間をあっという間に感じさせる。
休みに入ってからほぼ毎日誰かと長電話をしていた私にとって、夏休みなんて本当にあっという間に過ぎ去った。
その相手が3分の2は千佳子だったのだから、きっと彼女も同じ感覚なのだろう。
「てかこの前、バイト先にハゲ山が来てさ。」
「え。なんでなんで?」
「知らない。」
ハゲ山というのはうちの学校で数学を教えている先生のことだ。
ハゲの神山。通称ハゲ山。
数学が好きだからなのか理論的な説教が生徒たちからうざがられて、気付いたらそんな屈辱的なあだ名で呼ばれていた。
私も2年生に上がった頃から便乗して呼んでいる。
そのハゲ山が千佳子のバイト先に現れたらしい。
「で、その場で説教。こっちは仕事中なんですけど。」
「うわー。それで?」
「30分くらい説教されて、しかもその内容がマジないのよ。」
「進級させないとか?」
「そう!ちょっとあくびしたからって、気に障ったんだろうね。村谷、お前3年になりたくないんかって。お前にそんな権限ないっつーの。」
「大丈夫だよ。ハゲ山こそ50で出世のひとつもできてないんだからさー。」
「絵里言うねー。」
そう言って、ハゲ山には悪いが2人で爆笑した。
「千佳ー。あんたハムスターいつ埋めにいくの?」
携帯の向こうから千佳子のお母さんらしき人の声が聞こえた。
「夜行くってー。」
「夜ってもう十分夜じゃない。」
「だって、パパが人がいなくなってから行けって言うんだもん。」
「どこまで行くの?」
「学校の隣の公園にでも埋めるよ。」
「気をつけて行ってきなさいよ。」
「はーい。あ、ごめんね。今日うちのハムスター死んじゃってさ。」
遠くにいた千佳子の声が戻ってくる。
「あらら。ご愁傷様。千佳子ハムスター飼ってたんだ。」
「うん。親うるさいからちょっと行ってくるね。」
「はいはーい。じゃ、また明日学校でね。」
「あぁ憂鬱。じゃあ、おやすみ。」
夏休み最後の夜、私たちはそう言って長い長い電話を切った。
学校が始まり1週間が経った。
夏休み気分にどっぷり浸かりきったまま土曜日を迎え、その証拠に千佳子とすでに2時間電話をしている。
首にまとわりつく長い髪を右手で押さえ、左手で携帯に喋りかける。
さっきまで親が見ていたテレビの音がうるさくて、髪から手を離しリモコンに伸ばす。
電源のボタンを押そうとしたその時、緊急ニュースが入った。
「今入ってきたニュースです。今日午後12時頃、私立新白恵高校の隣にある白恵公園から遺体が発見されました。被害者は新白恵高校の数学教員。神山忠信氏(50)。2週間前に家族から捜索願いが出されていました。頭部に黒の油性ペンのようなもので[ハムスター12号]と書かれており、詳細は未だに分かっていません。」
思わず声を出してしまいそうになったのを抑えて、鋭い目つきで淡々と読み上げられるニュースを最後まで聞いた。
器官が細くなっていくのが分かった。
千佳子の声で我に返った私の脳はテレビの音量を素早く下げた。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない。千佳子さ、あのハムスターどうした?」
「ハムスター?あ、この前死んじゃったやつね。白恵公園に埋葬してあげたよ。」
「そうなんだ。ていうかさ、ハムスター飼ってたなんて知らなかったよ。」
「あれ、言ってなかったっけ。また新しいの買ったんだ。」
「いっぱい飼ってるんだね。」
「そう。今まで12匹くらい飼ってたかな?全部死んじゃったんだけどね。」
携帯が震える。左手を握る右手も震える。
「今度のは長生きするといいんだけど。」
千佳子は笑ったけれど、私は肩の力を抜くこともできなかった。
静かにテレビを消すと、ブラウン管に[ハムスター13号]と書かれた自分が映っていた。
慌てて両目を擦ると、暗闇の中でただ立ちすくむ今の私がいた。
夏のゾッとする話
怖いというか不思議というか、ゾッとしましたか?
会話が極端に多くて読みづらいかもしれないです。
このお話は友達と電話してる時に思いついた半分ノンフィクションです。笑