ねこ

ねこ

私は、かつて大きい猫を飼っていた。

猫好きというわけではなかったのだが
当時、妻も子供もいなかった私にとっては、まぁなんとなく会社から家に帰ってからのぬくもりがほしかったのだ。
将来結婚でもしたときの為に、と、両親も早くに亡くして孤独な私であるのにも関わらず
郊外に立派な一戸建てを購入したのは良いが
夜に玄関を開けてただいまぁと言ったところで、そこに何者の気配もないというのは、いささか寂しすぎたのだ。

会社からの帰り道、駅前のペットショップを覗くと、それはそれは奇麗な毛並みの猫ちゃんがいっぱいいたのだが、
どれもこれも、高すぎて高すぎて、ただでさえ無意味になりかけている家のローンにつぶされそうだった私には、到底払えそうもない額であった。

そんな折、家の前まで歩いてくると、玄関先に段ボールにはいって小さな猫がいるではないか。
これはしめたものだ。だれかが捨てていったに違いない。
私はその段ボールをかかえると、誰が取りにくるというわけでもないだろうに、
そそくさと家に中に駆け込んだ。

さぁ君の名前は今日から、
ええと、今日から、

しまった。突然の出来事に、頭が真っ白で、名前が浮かんでこない。
まぁよしとしよう。名前は「ねこ」だ。
何が悪い。これはだれがどう見ても「ねこ」だろう。
万人にわかりやすい名前というのも大切だ。

あまりに小さい猫なので、わたしのコーヒーカップにすっぽり収まってしまう。
これはかわいい。さっそく写真をとってブログにアップするなど、
ひととおり親馬鹿らしきことはやってみた。
まぁ3日で飽きたが。



それから1年が過ぎ、猫は大きい大人の猫となった。
昔はあんなに可愛かったのに…、が口癖になるとは
1年前は思いもしなかった。

最初の苦情は、隣の家からだった。
なんと交通事故がおきたのだ。
隣の家の車が、車庫から出てきたところで、たまたま私の「ねこ」が
飛び出したのだ。

ブレーキを踏んだのも束の間、車は「ねこ」に衝突した。
そして、車は、ボンネットの部分が潰れ、無惨な姿になった。

私の「ねこ」は、なにごともなかったかのように、あくびをしながらつぶれた車を見下ろし、一瞥すると去っていったという。



次の苦情は、2軒となりの家からだった。
私の「ねこ」が、飼い犬を食べたと言うのだ。

もう、このころから、もはや、「ねこ」は私の手に負えるものではなくなっていた。
もはやどうしようもない。
わたしに苦情を言われてもねぇ。
そんな心境だったので、隣人たちには、納得してもらうことにした。
どうしろというのだ。

そして、夜になるとちゃんとわたしの家に帰ってくるのだから、これもまた困ったものだ。
餌は外で調達してくるらしく私はなにも世話もしないのだが、
やはり生まれた家が落ち着くのだろうか。
家の中には大きさ的に入れないので、庭で丸まっていつも眠りにつく。
しかし、そんな「ねこ」であっても、寝顔をみているとかわいいものだ。
1年前となんらかわらない。
やはり私にとって「ねこ」は家族なのだ、などと思ったりもする。

それから猫はさらに成長を続け、半年が過ぎた。
この頃、「ねこ」が散歩先で高層ビルをなぎ倒してから、もはや私の暮らしは平穏ではなくなった。
自衛隊が出動し、戦車砲が「ねこ」に打ち込まれるのをみて
わたしの涙は止まらなかった。
これは人間のエゴだと思った。ビルと猫、どっちが大事なのだ?と叫ばずにはいられなかった。
きっとビルの中からおいしそうな匂いがしたに違いない。
「ねこ」はお腹がすいていたのだ。
ちょっとご飯を食べたくて、それで手を伸ばしただけ。
たぶん、それだけなのだ。
なのに、なぜ?なぜ、「ねこ」はそんな目に遭わなければならないのだ?
ビルはまた作り直せば良い。しかし、しかし「ねこ」はわたしにとってかけがえの無い家族なのだ。

自衛隊と「ねこ」は互角だった。
そうだ。「ねこ」は強い。自衛隊なんかに負けるな!

しかし、補給のある自衛隊と、
体力に限りのある「ねこ」の勝負は、最初から決まっていたのかもしれない。

30時間におよぶ激闘の末、ついに「ねこ」はレインボーブリッヂを押しつぶしながら、その巨体を横たえた。

がんばったね。
もう、休んでいいのだよ。

わたしの「ねこ」は二度と目を開くことは無かった。

そんな10年も昔の事を懐かしく思い出す私の膝には今、2匹の猫がいる。双子の可愛い黒猫だ。
名前は「ね」と「こ」。
喉をならしながら餌をおねだりする彼女たちをなでながら、
何事もほどほどがよいのだなと、わたしは思うのであった。

ねこ

ねこ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-15

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