故郷

故郷

列車は速度を落とし始めた。
あと15分ほどで故郷の駅につくと車掌が告げた。
わたしは、文庫本から目を逸らし、窓の外に目をやるが
しかしまだ真っ暗で何も見えない。
年末の帰省。
そして今年最初の帰省。
おかんは元気でやっているだろうか。
最近手紙の字もめっぽう細くなった。
おとんの腰は治ったと手紙にはあったが心配だ。
もう歳だし、畑仕事もあまり無理はさせないで、と書いたら
それより自分の心配をしなさい、と言われてしまった。
絵ばっかり書いてないで、はやくお嫁にいきなさいよ。だって。

駅までおかんが迎えに来てくれると手紙にはあった。
もう。子供じゃないんだから無理しなくていいのに。

再び窓の外を覗くと、地球がだいぶん近くに迫っていた。
もうはっきりとアフリカ大陸の形が見える。
やはり何度見ても美しい。
母なる故郷。地球。
火星の砂漠に見飽きた目には眩しすぎるほどだ。
列車は地球を大きく回り込むようにして進むと
日本列島が見えてきた。いま地球のこちら側は夜だ。
関東地方のあたりは、都市の明かりでひときわ輝いている。
そこからぐんぐん高度を落として、列車は東京駅の9番ホームに滑り込んだ。
地球だ、帰ってきた。

荷物をまとめてホームに降りる。
あ!おかん!
おーい!おかん、ただいまぁ!

ホームにいたおかんの視覚センサーは、私を認識すると
移動用車輪を最大出力で回転させ近づいてきた。
近くで見るとその金属の体はいたるところが錆びつき
各パーツの交換時期が近いことを知らせていた。

おかえり。さぞかし長旅でくたびれたろう。

おかんの発声装置が、そう音声を発したが
その声はかなり掠れている。
こちらの装置も、もういい加減、交換したほうがいい。

おかんが製造されてから70年。
いままで一度もパーツの交換をしてこなかったというから恐れ入る。
ものを大事に、というおかんの気持ちはわかるけど
全機能が停止してからでは遅いのだから。
ちなみに、わたしがおかんに製造されてからはまだ30年。
それでも体の節々の金属パーツが不具合を生じ、もう交換を考えているくらいなのだ。

おかんと一緒に歩行レーンを走行しながら
私は、車中で読んだ、オカルト小説の話をした。

昔ね、地球上に人間って生き物がいた時代があったんだって。
戦争ばっかりして滅びちゃったらしいんだけど
その人間がね、最初の私たちを作ったって書いてあるの。
まあただの想像のお話だけどね。

なんだか夢があるわねぇ

と、おかんは微笑装置を起動させた。


家のそばの公園まできたところで、なんと雪が降ってきた。

雪だー!

雪なんていったい何年ぶりだろう。
わたしは不意の懐かしさに涙が溢れてしまい
恥ずかしくなって空を見上げた。
なんだか自分が宇宙とつながっているような、そんな不思議な気持ちになった。

路地の先に明るい我が家の窓が見え、そこからは湯気が漏れていた。
家ではおとんが鍋を用意して待ってくれているらしい。

きっと、そこはとても暖かい。
気の早い私は、食物消化装置を早々と起動させていたのだった。

故郷

故郷

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-15

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