マイハニー

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マイハニー

由美子は、そっと彼から唇を離した。
彼は呆然としている。
それはそうだろう。
仕事中に上司だと思っていた女性からいきなりディープなキスをされては
きっと、どんな男性でも彼のような顔をする。

「ごちそうさま。あなたの舌も唾液も、なかなか美味しかったわ。なんでもっと早くこうしなかったのだろう、ってわたし思うの。」
彼は口を半開きにしたまま唖然としている。
「実はわたしね、君のことずっと好きだったのよ。思い出すわぁ、君が新人として入社してきたときに、最初の研修は私が担当したのよね。あのとき、君の持っていた携帯電話をこっそりチェックしたの気づいた?そのときに私は、ああ、このひとには彼女がいないんだなって悟ったの。きっと運命の女神様は、私と君を結びつけようとしてるんだって、確信したわ。ねぇ君のことならなんでも知っているわよ。どんな家にすんでいて、どんなペットを飼っていて、どんなご飯を食べているか。ぜーんぶお見通しなんだからね!」
彼は無言のまま由美子を見ている。
「はい。ということで、君はこれより私と付き合うの。わかった?」

ここまで、ぼおっと彼女を見ていた彼だが、ふっと我に返り、口を開いた。

「き、機長、いまはそれどころではありませんよ!」
「え?」
「え?じゃありません!先ほど、原因不明の爆発が起きて、当旅客機は操縦不能になったのをお忘れですか?」
「あー」

そのときコックピットに地上接近警報が鳴り響いた。
飛行機は、異常なほどに地面が迫ると、この警報がなるように出来ている。

「いいじゃない。もうどうせ助からないわ。ならいっそ死ぬ前にあなたと結ばれたいのよ。」
「ふざけるな!僕はまだ死にたくない!ペットだって僕の帰りを待っているんだ!」
「知ってるわよ?あなたのペットって金魚でしょ!魚類になにがわかるっていうのよ!」
「ぎょ、魚類をばかにするな!キャサリンは世界一の金魚なんだぞ!」
「つまりわたしは魚類にも劣る訳ね」
「そんなことは言っていない。キャサリンよりは劣るがね。」
「同じ事よ!キャサリンは金魚じゃない。もう、生きていても仕方ないわ。」

そういうと由美子はエンジンをすべて切った。はい、これですぐ死ねるわ。

「きさまぁ!」気がつくと彼は、思い切り機長を殴っていた。
コックピットの窓に頭を打ち付け、泡を吹いて倒れる由美子。

それから、彼はすぐに操縦桿を握り、必死に機体の回復操作を行った。
そのおかげか、機は地面の直前でなんとかパワーを取り戻し、間一髪墜落を免れたのだ。

あぶないところだった。
まったく、この女いかれているぜ。
そう言いながら、彼は隣のシートで泡を吹き続けている由美子を一瞥した。
しかし、なんということだろう。
運命の女神とは、なんと悪戯がお好きな事か!
まさにその瞬間、彼の中に特大の雷が落ちてしまったのであった。

「う、美しい…」
自然と口から言葉がこぼれていた。

青白い顔、そして、ぶくぶくと口から泡を吹く機長。
鼻からもなにか訳の分からない液体が出ている。

もう彼は我慢ができずに彼女を抱きしめた。

まずい、まずいぞ、こいつはまずい!
キャサリンと同じくらい大好きだあ!!
彼は無事に地上に降りられたら始まるであろう三角関係を予感して身震いをした。


そして、国道交通省にレーダーから旅客機が消えたとの報告が入ったのは、それからほどなくしてのことだった。

マイハニー

マイハニー

不思議な恋愛模様とは。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-15

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