びゅーてぃふる ふぁいたー(4)
死Ⅰ―Ⅰ
「ふう」
男はため息をついた。「勝ちやがった」吐き捨てるように呟く。ゲーム終了後、「次のステージに進みますか、途中でやめますか」という選択枝が画面に映っている。男は迷わず、途中でやめますかをクリックする。画面が変わる。
「ありがとうございました」
先ほどまで戦っていた美女が、にこやかな顔でおじぎをしている。息も荒くない。服も乱れていない。「当り前か。これはゲームなんだ」ゲームを終了させるとともに、パソコンの電源を落とした。「まさか、勝つとは」男は再び呟く。適当にボタンをクリックしていただけで、勝つつもりはなく、予想どおり、ほとんど負けそうであったが、最後は逆転勝ちした。それも、相手が自滅したようなものだ。
それとも、自分の操作がよかったのか。いや、俺は何もしていない。このゲームは初めてだった。インターネットで、暇つぶし、憂さ晴らしに、無料ゲームを探していたら、見つかったのが、「あなたが選ぶ美少女ヒロイン無料格闘ゲーム」だ。
美少女という言葉に魅かれた。なんとなく、クリックする。無料ということと、主人公が美女で、顔からスタイルまで、細かい所まで自分で選べることが決め手となった。
男は、髪の長い女が好きだった。長い髪だったら全てが許される気がした。全ての魅力の象徴が髪の毛にあると思った。じゃあ、翻って、自分の魅力は?と聞かれた場合どうなのか?そんなものあるのか。
自分の魅力?朝、顔を洗った後、髭そりの際に、鏡を見ることはあっても、自分の魅力について考えることなんてなかった。目やにがついていないだとか、鼻毛が見えていないだとか、寝起きのためよだれの垂れた跡が残っていないだとか、どちらかと言えば、マイナス部分をゼロにするために鏡を利用していた。だが、女性に対しては、清潔で、髪の毛が長いとか、目がぱっちりしているとか、口は小さく、スカートはミニで、足がすらっとしているだとか、過大な要求ばかりしている。可笑しなもんだ。
まっ、人間なんて、みんな、自分の欲求、欲望を他人にばかり求めては、それが叶わないと文句ばかりを言う動物なんだろう、と、妙にに納得する。
「ふう」
再び、ため息をつく。そして、机のかたわらのビール缶を掴む。口に注ぐ。何滴かが舌に落ちた。空き缶を握りつぶす。「ちえっ、もうないのか」ベッドの下には、同じように潰された空き缶が二本転がっている。
一日、缶ビール三百五十ミリリットル三本。これが男の決めた自分への約束だ。だが、今日はそれで我慢できる気分じゃない。もう一本飲みたかった。もちろん、もう1本がもう二本に増えることは目に見えていた。
安富隆弘。四十歳。独身。派遣社員。毎日のように、冷凍倉庫で、段ボールや木枠に囲まれた冷凍食品を右から左、左から右、上から下、下から上へと、フォークリフトを使って運んでいる。倉庫は、マイナス二十度。倉庫に一日中は入っていられない。一時間置きに、同僚と倉庫の中と外の仕事を変わる。
毎日、荷物の上げ下ろしばかり。俺でなくてもできる仕事だ、と思いながらも、金のために働く。いや、金のためじゃない。なんとなく生きているのだ。生きるという連鎖地獄。
朝、目覚め、飯を喰い、車に乗り込み、仕事場に行く。タイムカードを押し、作業着に着替え、社員全員で朝の体操をして、倉庫に向かう。何度か交代した後、仕事場の目の前のうどん屋で昼飯だ。差し当たって、何かを喰いたいということではない。ひとつの流れとして飯を食っているだけだ。うどんは早い。待つことが嫌いで、食べることに時間を費やすことも嫌いだ。味を噛みしめることもなく、さっさと、口の中から喉を通し、胃の中にうどんを放り込む。喉越しがうまいわけじゃない。時間節約というか、鶏舎のニワトリが餌を突くように、カウンターに並び、みんなで飯を喰うことがいやなだけだ。厭な時間は、できるだけ少なくしたい。それは、誰だって、本音だろう。
今日の食事にかかった時間は十五分。並んで待った時間も含めてだ。休憩は十三時までだから、残り四十五分。会社の駐車場に停めている自分の車に乗り込む。ラジオを点ける。別に聞きたいわけではない。時間を知りたいからだ。シートを倒し、そのまま仮眠。ラジオから流れる音楽が子守歌だ。
ちぇ、四十歳になっても子守歌か。自嘲気味に笑う。五分前には目覚め、再び仕事場へ向かう。午後からも、フォークリフトに乗り、冷凍食品をあっちに運んだり、こっちに運んだりの繰り返しだ。たまには、このまま、自分も冷凍漬けにして、どこかに運んでもらいたい気分になる。どこがいい。そりゃあ、南極か北極だ。一万年後に発見され、進化前の人類として崇められたい。やっぱり、くだらん。いくら崇められても、俺は死んでいる。何の利益もない。何度かの目の交代の後、終業時間の十八時がくる。
フォークリフトを片付け、作業着を脱ぎ、タイムカードを押して、さよならだ。今日も、昨日と同じ一日が過ぎた。明日も同じ日が続く。今日が、何月何日なんてどうでもいい。曜日の感覚もない。ただし、いつも月曜日が来ると、次の休みの土曜日、日曜日が何日後に来るのか考えてしまう。どうでもいいことなのに、どうでもよくない。
びゅーてぃふる ふぁいたー(4)