修学旅行の思い出

 村の話題にしか興味を示さない、狭い社会で生きていて他の話題には見向きもしない。そんな人たちに捧げます。

 修学旅行の朝、雪山に出掛ける前に旅館の部屋で小田とタッくんが本気の喧嘩を始めた。タッくんの伸びのあるストレート!小田の肩にヒットしてめり込んだ。やめて!やめてよ!!ガソリンが必死に叫んだときには平穏が戻っていた。ゲレンデに部屋割ごとに出て行く。昨晩に係員が急ごしらえで作ったカカシがいたるところに立っていた。急斜面からリフト乗り場に至るまで。タッくんはインストラクターの電話番号を聞き出そうとしているが、ついに泣かせてしまった。大学生アルバイトの彼女は山形の実家に電話をしてそのまま帰ってしまったから誰もスキーを教えてくれる人はいなくなった。
 邪眼が探検をしようと言い出した。1斑6人であるから探検に行くには3人1組として2チーム編成にする必要がある。芋けんぴを武器がわりにして邪眼、タッくん、小田が1チーム。ハゲ、荒ちゃん、ガソリンの3人が1チームとなった。たしか昼飯はカレーだったな、タッくんがつぶやいた。タッくんとしては昼ごはんを済ませてから出かけたかったが、小田は頑なに反対した。小田は出先でケモノをハンティングして飼いたいして食うことを熱望していた。そのほうが旅人がサバイバルしている臨場感が味わえるからだ。しかしタッくんはケモノなんて雪山にいるか!ニホンカモシカは天然記念物だぞ!とカレーを食べて確実な体力を温存したい派だった。小田はロマンを追求する理想主義者でもあるから修学旅行でありふれたカレーが出ること自体が許せないでいた。邪眼はサランラップと海苔を旅館の人にもらっておにぎりをつくることを提案してみたが、おにぎりの具がカレーの具になることを知らされて結局カレーじゃねえか、と小田が一括してこの餡は水泡に帰した。結局タッくんが折れてアンテナチームは何も食べずに出かけた。一方の世界城ザボリチームはスキー場と旅館のある山の中腹から下山して街に出てゲーセンを探すことが満場一致で決まった。2チームは甲子園の入場をモチーフにして行進するというボケをボケる気力が続く限りやりながら別れたのだった。

 世界城ザボリチームは栃木の老人会がチャーターした観光バスがちょうど帰路へと出発するところだったのでパンチパーマの運転手を呼び止めて老人たちの理解を得ることに成功した。ぐるぐると曲がりくねった山道を蛇行して降りていく。木々が生い茂る森厳とした雰囲気に未知なる世界に向かう緊張感が世界城ザボリチームを包んだが、勾配が緩くなるにつれて緑色の景色はコンクリートの壁となりカーブに差し掛かると目下に夥しい民家や商業施設が並ぶ国道の景色が広がりわずか10分で街に出た。森林の切れ間から街が視界に現れると昨夜旅館で見たNHKBS1のビートルズの特集を思い出し、Hey Judeが記憶の海馬から流れ出す、その前半のやさしさの旋律と後半のゲラゲラゲラゲラナーナーナーナナナナーからのダイナミズムでオーディエンスを圧倒するカルテットのやけくその合唱にガソリンは耳を澄ませて感慨を深めていたが、すぐに降りるハメとなった。バイパス沿いのドラッグストアにバスは停車した。バイパス沿いの標高では、田んぼが一面を覆い、その隙間に駐車場の広いコンビニやファミレス、洋服の青山やブックオフ、TSUTAYAといった郊外の幹線道路沿いのありふれた景色が形成されていた。栃木の老人たちにお礼を言いながら下車しているときにハゲは温泉まんじゅうを隣の席の貴婦人というよりはババアから贈呈され、ガソリンはパンチの運転手からセブンスターを1カートン渡された。タバコと酒は青春のつきもんだんべ!と高校3年生をパンチの運転手は気持ちよさそうに口ずさんだ。荒ちゃんは鼻の横に大きなホクロがある婚期を逃した風情が漂う中年のバスガイドからメンチを切られて下車した。
 ハゲは貧民街の貴婦人のような老女から温泉まんじゅうを渡されたとき、正月や盆に親戚が集まって親戚のジジイやババアからお年玉をかき集めたことを思い出した。ハゲの父親の実家は岡山の農村にある。ハゲの父は8人兄弟の末っ子なので長兄の住む本家に里帰りするのだが、必ずといっていいほど長兄の家に行くたびに出前の寿司の大きな桶がちゃぶ台に所狭しと並ぶ。裕福ではないハゲの家庭環境では寿司はそういうタイミングでしか食うことができなかった。酒屋から配達されたビールの瓶ケースのなかに数本だけ子供用に頼んだバヤリースオレンジの250mlの便がある。オレンジジュースと寿司の相性は決して良いとは言えなかったが、親戚連中のなか唯一同世代の男の子がいた。彼はいとこではない。父には兄弟が多いため長兄と20歳近く年の差がある。その長兄のひ孫、つまりハゲのいとこは彼の母親であり、いとこ同士が親子ほどの年齢差がある。同世代のいとこの息子の彼と過ごしてきた時間を高校生になったハゲは懐かしむことができる。懐かしい思い出は美しい記憶だ。嫌な記憶はただのトラウマでしかない。旅先では環境が一変する。たかだか2泊3日でも昼夜を異郷で過ごすとセンチメンタリズムがこみ上げてくることがあるが、ハゲはまさにそのときそんな心境になっていた。親戚が集まると寿司を食うよな?とハゲは荒ちゃんに問いかけると荒ちゃんは、うちは両親駆け落ちだから帰る場所なんてねえんだよ、と覇気なく返事した。ガソリンはうちの場合は親戚が集まると出前じゃなくて回転寿司に行くんだけどな、と答えた。雲間から一筋の光が漏れてきた。3人は幹線道路をただひたすら歩いているのだが、この日で唯一晴天の兆しを感じさせる瞬間だった。田んぼがある。やはり宅地されて間もない土地であり、古い生活様式がいたるところに残っている。季節外れのカエルが泣いていると思ったらリュックサックにいれたペットボトルと触れてうるさく震動するケータイ電話だった。荒ちゃんは旅館の朝食の銀だらに添えられたハジカミをずっとくわえていたがケータイの音に驚いて吐き出してしまった。電話はタッくんからだった。

 一歩進むごとに膝まで積雪に埋まる。乾いた雪の質感でも数歩とたたないうちに靴下のなかまでずぶ濡れになってしまった。タッくんは引き返すことも勇気ある決断だ、と小田に言ったが小田は聞く耳を持たずにいた。邪眼はしんがりを務めながら足跡が消えないことを祈った。新たな降雪があれば人跡は自然の力によってあっという間にかき消されてしまう。自然に立ち向かうことは自然に逆らわずにやり過ごしながらもいかにして自然と同化せずに人間としての自覚を保ち続けることだ。これは植村直己が残した言葉だ。そうだ自然と同化したらそれはすなわち土にかえるということだ。植村の人格は後世に彼の存在意義を伝えはしているが植村自身は死線を乗り越えながらの一日をひとつずつ積み上げていった6日目マッキンリーで消息を絶った。厳とした彼のファイティングスピリットは意を介さずに最高峰は無自覚に欧州に横たわり尊厳を人々に与え続けている。ゲレンデの上級者用コースをそれて道なき道を進み始めて30分は経ったがいまだに観光スキーヤーがあんなに近くに見える。笑い声さえ響いてきて植村直己の回想を墨で塗りつぶされたようなバカバカしさで計画を台無しにされた感がある。ふと神社の社が見えてきた。そこで半袖半ズボンでエアガン遊びをする子供たちを見たとき、理想主義者の小田は植村の幻想をかき消された苛立ちで、ただの地元っ子の遊び場じゃねえかよ!と嘆いた。出発から小一時間もろくに前進できずに苦しんでいた道は地元っ子には散歩道程度の道のりに過ぎなかった。小田の主導ではじめたナリキリ登山家ごっこはこの瞬間にフィナーレを迎えた。自分自身を伝説の登山家の姿と重ねていたことが急に恥ずかしくなった。子供を殴り倒してエアガンを奪い取った。泣かせてしまった詫びに小田は地元商工会落語研究会で疲労する予定の新ネタを聞かせてやった。

 風俗というのはいつの時代も廃れないものです。火事と喧嘩は江戸の華なんて言われた時代から遊郭というのがありました。いわゆる花魁ですな。当時の江戸の都には地方から出てきて城の修復などの力仕事をするという日常がありました。いつの時代も不況への対処は公共事業だったわけです。幕府は民衆の雇用確保に力を入れていて強盗や盗人などの犯罪を減らすことに一役買っていたわけです。労働者の立場から見ると現在と一緒のいわゆる上京と呼ばれる習慣ですな、これが時を隔てても変わらずに存在したのです。当然、野郎が江戸に溢れ返るという成り行きです。色気のない男は嫁が一向に来ない。人口比率的にも男が余っておりましたから下の世話ができない輩が数千人と出てくる。すると懸念されるのが性犯罪ですな。この対策に遊郭というものが登場するわけです。
 時代は変わって平成ニッポン、IT革命、グローバルスタンダードと叫ばれて久しい現在の世の中では効率化と先端技術の進歩から便利なものがたくさん生まれました。しかし自分自身の子孫を残せそうにないモテない輩は時代が変わっても必ず存在するものです。一方の下の世話をする箱物も進歩しました。ソープにデリヘル、オッパブにピンサロ。花びら3回転でチンポコも休む暇なし。たまに泡銭ができると行ってみたくなるってのが人情ってものです。アッシのような貧乏人が行ける場所といえば無論ピンサロと限定されてしまうのですが、暖簾をくぐればいつもピチピチ若い娘が出てくるわけです。話を聞いてみると出てくる娘みんな口を揃えて大学生とか専門学校生とか言うわけです。なんでも一人暮らしをしなgら学費を稼ぐには身体で稼ぐのがてっとり早いとね。合理的といえばそうだし、しっかり者といえばそうとも言える。何かの定まったビジョンを持ってまとまった金を稼ぐ、実に強かな女性が多いわけです。ただし年下の女の子となるとチンポコをしゃぶられても何とも情けない気持ちになるわけです。こんな若い娘が頑張っているのにアッシときたら、たまにはもっと包容力のある年上の女性、つまり人妻を欲するわけです。色気ムンムンのね。人生の酸いも甘いも知り尽くした経験豊富なお姉さんなら当然痒いところにもでが届く。背中が物語る。話にボキャブラリーがある。つまり言質を取るわけです。前頭葉をいちばん敏感な性感帯に変えてしまう。
 おう、こんちわ。
 いらっしゃい。あれ旦那、ずいぶん久しぶりですね。
 石亭、俺は貧乏人だからね。たまにしか来れないのよ。今日がボーナスの日だから。ほら飛脚なんて景気に左右されるだろう。この前の夏なんて経済破綻した夕張藩の尻拭いで支給がなかったわけよ。その分今回は奮発してなんと3両だよ。
 へえ、佐川さんほどの豪商となるとやることが派手ですね。
 そうよ、だから今日は3時間たっぷり遊んじゃおうと思ってね。こちとら財布もアソコもおっ勃ちまってるからよ。
 じゃすぐ色気ムンムンなドスケベ人妻ご案内しますね。どうでしょこの女なんて。先週入ったばかりのお鶴ってんですがね。亭主の浮気でここに来る決心をしたそうですよ。兼ねてからの長屋暮らしにうんざりだって言ってね。この似顔絵見てください。
 なんだい、墨の目線が入ってるじゃねえかい。
 そこは対面してからのお楽しみということですよ。
 そうかい、じゃあこいつにするよ。ほら1両とっといてよ。そのぶんサービスも抜かり
ないように頼むよ。
 おっこれは太っ腹!そりゃあもうあんなこともこんなことも。じゃどうぞ奥へ。
 いらっしゃいませ。
 おお、ずいぶんいい女じゃねえかい。あんたがお鶴さんってぇいう人かい。
 はい、お鶴でございます。わたしく生まれも育ちも葛飾柴又でございます。夫は女をつくり出ていき、4男3女の子供たちを女手ひとつで育てる誓いを立てたものの、賃金がいいからと堆肥の運搬で臭いを我慢しながらの力仕事を朝一番でお百姓さんの家を周り歩いて、それから家事をするために長屋に戻り、近所の陰口憎まれ口に耳を塞いで洗濯と炊事を済ませて子供を寺子屋に送り届けると、午前中は着物織りの女工になり、午後は縮緬問屋の店番をして生計を立てるのです。縮緬問屋のご主人に言い寄られ、断り続けること10月10日、ようやく諦めてくれたと思いきや、今度はわたしくの家計にかこつけて株仲間を紹介するというのです。絶対に失敗のない投資話と丸め込まれてなけなしの全財産を預けたものの、吉報は入らず家計は火の車、頼れる人は縮緬問屋のご主人だけです。援助を受ける代わりにわたしくは辱めを受けました。後日わかったことですが、投資話もはじめから大損をさせるための罠だったのです。わたしくのカラダをどうにか手に入れるための卑劣な手段であることが縮緬問屋の従業員の噂になってわたくしの耳に届いてきたのです。わたくしは死ぬことを決意しました。日本橋から身を投げ出そうとした中秋の名月が輝く丑三つ時、通りかかった金さんと名乗る桜吹雪の入れ墨をしたヤクザ者の男が欄干からまさに飛び降りようとするそのとき身を挺して止めてくださったのです。もう命を捨てる覚悟だったので身の上のひとつやふたつ恥を忍ぶことなく打ち明けました。子供がいること、借金の返済の引き換えにカラダを弄ばれたこと。すると金さんバッキャロと一喝、元気があればなんでもできると言うじゃありませんか。そもそも養うべき子供を残して死ぬなんて身勝手すぎるよ腐ったみかんだっとも叱られました。そうだ俺の紹介で、吉原で働いてみないか、と金さんがこの料亭を案内してくれて着の身着のまま、昨晩連れて来られていま、あなた様を最初のお客様としてお出迎えしている次第でございます。
 あのさ、お鶴さんだっけ?そんな話聞かされてさ。俺の股間のお亀さんはもうとっくに萎えてナマコみたいになっちまったよ。ちょっと悪いけどさ。石亭呼んでくれないかな?
 はい、かしこまりました。
 おい石亭、なんだよあの女は?この店で働くことになった不幸ななりゆきみたいなの聞
かされてさ。可哀想でこれから一発やる気分になれないよ。チェンジだチェンジ。
 へえ、そいつは愛すみませんでした。今度こそ上等な女ですよ。ちょっと年増なんですがね、なんせテクニシャンでミミズ千匹に数の子天井を兼ね備えた名器の持ち主のうえ、総入れ歯を外した甘噛み尺八なんて絶品なんですから。実は当店ナンバーワンの指名を誇る遊女でしてね。さきほど予約していた金満家の先生がキャンセルなさいまし、ちょうど空きができたんです。旦那、あんた運がいいですぜ。
 そうかい、期待していいんだね?
 もちろんです。
 よっしゃ、じゃあさっそく案内して。
 どうも、お待たせしております。総入れ歯の女王こと小田和子でございます。
 あれ、どこかで聞きなれた声?おい、母ちゃん!
 ノリマサ!あんたこんなところで何やってるの!
 それはこっちのセリフだよ!おい石亭!
 へい!どうなさいました?
 この女、俺の母ちゃんだよ。もう何だよこの店は。ろくな女いないじゃねえか。
 これは奇遇ですね。世の中狭いものだ。でもせっかくですからお母さんとプレイされたらいかがでしょうか?
 誰がやるかよ!
 あなたにとってはこの和子さんはお母さんかもしれませんけど。あなたと私もアナ兄弟になるわけですから。
 あんた母ちゃんとヤったのかよ。
 そんなことで内輪もめはよしましょうよ。言うじゃないですか人類みなアナ兄弟って。

 小田の落語タイムっが終わるとあたりは水を打ったように静まり返った。雪山の彼方に烏の鳴き声が響いた。白虎太郎と鼻水くんの2人の地元っ子の少年はまゆをひそめ怪訝そうに小田に殴られた頬をさすった。もう1人の地元っ子の少年である丸刈り雷電は紙パックの豆乳をものすごい勢いでストローを吸い込んだ直後に気を効かせて愛想笑いをした。声の続く限り笑い、過呼吸になった途端、丸刈り雷電の首が勢い良く空に向かって飛んでいった。黒ひげ危機一発のようなコミカルさがあったがそれ以上に映画ロケットボーイズの手製ロケットの打ち上げに成功した田舎にある炭鉱の町の郷愁が、頭上の天空を突き進む丸刈り雷電の頭部とその背景にある夕暮れの空模様に重なりノスタルジックな空気が景色を染め上げるのだった。邪眼は少しだけ涙ぐんだ。あいつ丸刈り雷電の通り名で親しまれている小学生の糞坊主ですが、本当はアンパンマンなんです。鼻水くんは村の秘密を部外者に漏らすべきではないと白虎太郎の告白を制止しようとしたが、白虎太郎はお構いなく続けた。アンパンマンは実在するのです。アンパンマンはやなせたかし先生原作の想像上の生き物ですが、この村では数年前から秘密裏にアンパンマンの開発を続けて念願のアンパンマン型アンドロイドを生み出すことに成功しました。白虎太郎の決まり悪そうな告白に小田、邪眼、タッくんの3人は絶句したのもつかの間タッくんが空を見上げると同時に大声で叫んだ。おい何か降ってくるぞ!ちぎり雲がたなびくピンク色の空に無数の黒点が散らばった。降下するにつれ実像あはっきりしてきた。それは無数のうぐいすパンだった!あれね会津名物うぐいスコールっていうんです。白虎太郎の説明によるとアンパンマンの頭部が成層圏まで達すると酸素が欠乏する為に急激に膨張して破裂する。圧縮されて詰め込まれていた約100万個のうぐいすパンは自由落下の加速後で記事に空気をたくわえながら空気と摩擦熱で焼きたて同様の香ばしさを加えながら地上の我々のもとにやってくる。つまりアンパンマンが爆笑するごとに頭が打ち上げられるんです。胴体だけになったアンパンマンに再びうぐいすパンの入った頭部を装着するわけですが臨時工を雇って三日三晩夜通しでパン工場をフル稼働するわけです。約1万人の雇用を創出して福島のGDPを0.1%押し上げる経済効果があると言われているわけなんです。
 へえそいつはすげえや、タッくんが感心したように頷く。地面にバウンドしたパンを野球部内野手じこみのショートバウンドのグラブさばきでタッくんは捕球した。邪眼はサッカー部らしいリフティングで手元にパンを運び、小田は野球部の控えらしくキャッチするときファンブルしてから拾い直した。ちゃんとビニール袋に放送されているところが東北人の真心を感じるねと小田はみずから取り繕って場つなぎした。あーあ今日に降ることになっはったから地元民も観光客も回収に一苦労ですね。白虎太郎がうぐいすパンの消費を心配している。自分たちだけ良い思いをするのはよくない。記憶の彼方にある日本昔話のいつだかの回のときのように食べ物を粗末にすると蜂に刺されるとか、肥溜めに落ちるといったようなバッドエンドになる気がしたのでタッくんはガソリンに電話することにした。

 おい!空見上げてみろよ!そう言われたガソリンの視線の先には特にいへんはない。別に何もないぞ。そでにうぐいすパンが降り終わったあとだった。タッくんはことの顛末を手短に伝え至急雪山にもどってくるように言った。わかった。電信柱に貼られた無修正ビデオというビラをはがしてガソリンはメモした。白黒プリントの黒くつぶれたグラビア女性の胸元には星印が2つ並んでいた。ガソリンがタッくんの兄貴のTSUTAYAカードを借りてエロビデオをレンタルしたことがあるが、18禁ののれんの向こう側に陳列されたAV嬢たちのパッケージにも星印があったことを思い出していた。電話を切ったガソリンは荒ちゃんとハゲに戻るようにヒッチハイク用の画用紙の製作に当たるように指示を出した。結局ゲーセンは見つからなかった。でも何か足りないくらいが思い出として色濃く記憶に刻まれるのかもしれない。いつか懐かしいなとまたこいつらと笑い日を想像して今夜はうぐいすパンをたらふく食ってセブンスターを吸いまくろう。
 荒ちゃん!ハゲ!ほら良さげな観光バスが来るぞ!
遠い未来の想像は輪郭まで読み取ることができないが、今日とか明日は自分で自分を裏切らないかぎりイメージ通りに形作ることができるんだ。ガソリンの無言のつぶやきに幹線道路の向こう側の乞食が反応して壊れかけのクラリネットを叩いて応えた。

修学旅行の思い出

修学旅行の思い出

希望と倦怠。協調性と競争意識。友情と嫉妬。背伸びと憧憬。恋愛感情と獣欲。 矛盾する思考がぶつかり交錯して歳月を経てやがて結合して溶解すると大河を形作り、渓流をときとして激流を進みながら人生の意義と向き合う。 その起点となる高校2年生の冬。目立たないグループの6人の男子生徒が、2泊3日の修学旅行の2日目、課外授業のスキー場を抜け出した。枠にはめられた行楽ではなく、お互いとにかく楽しいことをやったほうが勝ち、と下山する組、スキー場コース外の雪山登山をする組と2つのグループにわかれて脱走する。 青春のターニングポイントと言える修学旅行で不良でもない彼らの大胆な行動は何を生み、何を変えるのか?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-14

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