コロシダイアリー。
「やめて・・・」
「ごめん、柚奈」
「何で・・・」
「これ、先生に渡しといて」
渡された手紙。
「だから・・・」
「それとこれは柚奈に」
「栞梛・・・」
栞梛の表情は穏やかなままだった。
「じゃあ・・・ね」
そのまま彼女は、
地獄へと飛び込んだ。
第一章 日記
昨日、クラスメイトが自殺を図った。
それは、あの子のせいだと私は知っていた。
「柚奈、学校の松村先生から電話」
母のその声に私はイラっとした。
「はい」
「あ、西山か」
「はい、何ですか」
「昨日のことなんだが、やっぱり・・・西野は」
「栞梛」
「え?」
「栞梛は」
あの時の光景が、ふとフラッシュバックした。
「西野がどうした?」
先生の声で我に返った。
「いえ、何でもありません。」
「じゃあ、明日学校で話聞くから。楓と夏希とな」
「はい、では。」
一方的に電話を切った。
余計なこと言われたくない。
「柚奈、何だったの?」
「何でもないから」
私は勢いよくドアを閉めた。
ドアの向こうから、母の怒鳴り声が聞こえた。
「えー。では、先生が今名前を呼んだ生徒は昼休み相談室に来るように」
クラスがざわつく。
「起立、礼」
「ありがとうございました」
先生が立ち去ると、すかさず楓が立ち上がった。
「おい!誰だよチクったのは!」
「・・・」
「聞いてんのか?!」
誰一人言葉を発さない。
「おい」
楓が姫菜子を睨んだ。
「え・・・いや・・ちが」
楓は立ち去った。
姫菜子は安堵の表情を見せた。
しかし、数分経って楓が戻ってきた。
手には、ハサミ。
「え・・・」
姫菜子の顔が段々青ざめていく。
「夏希~」
夏希が姫菜子を羽交い絞めにする。
「え・・・いや!嫌だ!!」
「大人しくしてないと怪我するよ?」
姫菜子の長い黒髪が切られていく。
「いやあああああああ!!!」
教室には姫菜子の叫び声とハサミの切る音だけが響いている。
周りには、泣いている女子が多々居た。
「はいっ!」
長い黒髪が命だった姫菜子は放心状態で、小刻みに震えていた。
楓と夏希はただただ笑っている。
「アンタがホントのこと言わないからいけないんだよ?」
授業始まりのチャイムが鳴った。
「起立、礼」
「お願いします」
「着席」
教室の真ん中で、姫菜子は泣き喚いていたが、誰一人として姫菜子の方を向くことはなかった。
「先生」
突然楓が挙手した。
「何だ、平澤」
「なんか後ろで泣いてる奴いるんですけど。これじゃ授業に集中出来ません。」
「おい、米森」
先生は姫菜子の髪と、教卓からは見えなかった、床に散らばっている髪を見て、目を見開いた。
「・・・誰か、米森を保健室へ連れて行きなさい」
「私が行きます」
姫菜子の親友、愛佳が立ち上がった。
「川田、頼む」
愛佳は、姫菜子を連れ保健室へ向かった。
「・・・さ、授業始めるぞ」
教室の真ん中がぽっかり空き、そこに姫菜子の黒髪が落ちていた。
「今日もですよ」
私が職員室に入ろうとした時、その声は聞こえた。
「しょうがないんですよ、教育委員会にも口出しできませんし」
「次は先生が狙われちゃったり・・・してね」
「金崎先生、そんなこと言わないでくださいよ」
私はドアを二度ノックした。
「失礼します」
先生達は何事もなかったようにパソコンに目を向けた。
「おう、西山こっちだ」
「お願いします。未提出者は、平澤さんです。」
「ああ、平澤か・・・。」
松村先生の顔が曇った。
「よし。ありがとう」
「はい。あ、先生」
「何だ?」
「今日の昼休みどこに行けばいいんでしたっけ」
「相談室だ」
「あ、ありがとうございます。それと」
「何だ」
「さっきの会話、廊下に丸聞こえでしたよ」
松村先生は焦った表情を見せた。
その周りの先生達も、全く同じ反応を見せた。
「西山、頼むか・・・」
「分かってます。」
「おう・・・そうか」
「失礼しました」
先生が言いたかったことは何となく分かる。
きっと、“楓にだけは伝えるな”ということだろう。
私は、帰り道、書店に立ち寄った。
ペンが切れていたということもあったのだが、何よりノートが欲しかった。
別に、ノートのページが終わったわけでもない。
気分的に、新しいノートが欲しかった。
「あ。」
私の嫌いな松下がいた。
松下は、私の姿を見つけると、不機嫌な表情を見せて去っていった。
私だって、仲良くしたいと思っている。
でも、松下は違うらしい。
松下がそこまで私のことが嫌いなら、私だって嫌ってやろうと思いだした。
だから、今は松下が嫌い。
私は松下の後ろ姿を黙って見ていた。
「すいません」
「はい?」
「文房具のコーナーってどこにあるんですか?」
「こちらになります」
「ありがとうございました」
店員は持ち場に戻っていった。
色んなノートがある中で、一つだけ目に付いたものがあった。
可愛らしげなノートの奥の方に見つけた、一冊の古そうなノート。
少し埃をかぶっていて、明らかに最近のものではないと分かるほどだった。
デザインも随分昔のようだった。
私は何故か、それに惹かれた。
「これください」
「はい。では、商品の確認を行います・・・」
店員が困った表情を見せた。
「どうしたんですか?」
「あ、バーコード反応しなくて・・・担当のものを呼んできます」
店員は小走りで文房具コーナーへと向かった。
その間、私はずっとノートを見つめていた。
「これなんですけど・・・」
先程の店員は、男性の店員を呼んできたがやはりバーコードは反応しなかった。
「お客様、すみません。お金は要りませんので。」
綺麗に包装されたノートを渡された。
「え・・・いいんですか?」
「それ、多分売れ残りなんで・・・」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございました!」
元気の良い店員の声が、店を出たあとも、私の耳の奥で繰り返されていた。
私は机にノートを置いた。
ノートの中には、たくさんの落書きがあった。
「はっ・・・!」
そこには、あの子の名前があった。
“栞梛死ね”
ノートに書いてあった名前は、栞梛しかなかった。
これらの落書きは、全て、私の通う清華高等学校の生徒によるものだった。
しかも、3年A組。
栞梛のことを虐めるのは3年A組。
この落書きを書いたのはおそらく楓だろう。
ページを捲った。
案の定、白紙だったことに、少しホッとした。
私は、ノートを引き出しの奥にしまった。
しばしぼーっとして、また机の引き出しからノートを取り出した。
“6月24日、今日は雨だった。帰り道の書店で、このノートを買った。
今日は栞梛の話があったり、姫菜子の髪が切られたり、いろいろあった。
全ては楓が悪いのに、どうしてアイツは死なないんだろう。
死ぬべき奴は、絶対楓だと思う。”
ノートを閉じた。
第二章 殺意
「・・・なるほどね。ということは、平澤と井戸田は助けようとしたわけだな?」
楓と夏希は同時に「はい」と言う。
「それで?西山は?」
「私は・・・」
「柚奈も止めようとしたんです、先生。・・・ね?」
楓が私に同意を求めてくる。
「・・・はい」
ここで「違います」だなんて言ったら、後から楓たちに殺されるのは目に見えていた。
「・・・よし分かった。じゃあ、また明日な。」
「はい、ありがとうございました」
「それと・・・井戸田、ちょっと来い。」
「はい」
「またかよ」
楓のぼそっと呟いた声が、私にははっきりと聞こえた。
相談室に残っている夏希と先生が気になり、相談室の外で声を聞いていた。
「せんせっ・・・」
「夏希、お前を危ない目に合わせたりしないからな、絶対。」
「うん・・・せんせっ、大好き・・・」
相談室の中で、2人がキスをしているのはすぐに分かった。
「松村と夏希がねぇ・・・」
振り返ると、
「楓・・・」
「久しぶりに喋ったね、柚奈」
楓の笑顔はあの頃と同じだった。
「楓はアレ知ってたの」
私は顎で相談室の方を指した。
「ううん、知らなかった。いつも夏希が松村から呼び出されるのは知ってたんだけどね。」
「そっか。」
楓とまともに喋ったのはいつぶりだろう。
幼い頃は毎日のように楓の家に通っていたのに。
コロシダイアリー。