花を巡る騒動

日付も変わろうとする頃、雨が激しく降り始めた。雨粒が窓を叩き、風が雨戸をガタガタ揺らしている。これではしばらくは眠れないだろうと思い、僕は隣の部屋にいる同居人、昇平のことを考えた。彼はとてもいい奴で、敵も多いが憎めない愉快な関西人だ。彼は彼女を連れ込み、ニート生活を満喫しているようだ。かたや僕は仕事に勉強、バンド活動とやることの多い日々を送っている。仕事などは話すに足りないことだが、先日とても興味深い出来事があった。眠れぬ夜を少しでも楽しむために、今からその物語をもう一度辿ってみよう。

僕はロシア語を学び始め、あるインターネットサイトで知り合ったロシアの女性にレッスンをしてもらっていた。彼女は綺麗で物腰が柔らかく、常に笑顔を絶やさないユーモアに溢れる女性だった。年は僕より二つほど若く、日本には春休みの間中ずっといるらしい。何度かレッスンを受ける度に、僕はどんどん彼女に惹かれていった。雪膚花顔という言葉は、まさしく彼女のためにある言葉だなと、僕は強く思っていた。
僕はレッスンの度に手紙を書いて感謝を綴った。彼女はお礼に手紙を書いてくれたりしたし、バレンタインにはチョコレートをくれたりもした。
二人はあくまでも生徒と先生だったが、その距離は日に日に近づいていった気がした。

さて、三月八日は国際的な女性の日だったらしい。それから3日ほど過ぎた後のレッスンで、彼女は僕に言った。
「ロシアでは女性の日にはみんな、みーんな女の子、お花もらいます。でも私は何にもない!どうして?」
僕は言った。「じゃあ今日僕がプレゼントするよ。あそこに花屋があるから、帰りに寄る?」
彼女はそこまでしなくても、子供じゃないし、と言っていた。
それから、僕は機会を見て彼女にプレゼントするつもりでいたが、ある日メールがきた。

明後日、ロシアに帰ります。急になりましたが、向こうで用事ができてしまったので。レッスン受けてくれてありがとうございます。貰った贈り物、大切にします。そしてまた日本に来ます。あなたは素敵な方ですので、私も楽しく過ごすことができました。

こんな内容であったと思う。

僕は覚えたてのロシア語を使い、急いで手紙を書いた。出発の日には空港へ行き、
以前贈れなかった花を持って彼女に渡した。

手紙は、おおよそこんな感じだった。
「あなたの為にプレゼントを用意しました。本当にこの短い間ありがとうございました。あなたは優しく楽しく僕にロシア語を教えてくれましたので、たくさん勉強することができました。
何よりもあなたは僕の心をみたしてくれて、日常に彩りを与えてくださいました。
あなたといた鮮やかな時間は、もし色で表せたならこの真っ赤なバラよりももっと美しく綺麗な色をしているでしょう。さようなら、優しい人。また日本に来る時は、声を掛けてくださいね。私はいつまでもあなたをお待ちしています。愛を込めて。」

数日後、ぽっかり空いた心を埋める唯一の存在である彼女から一通の手紙が届いた。
それは僕が彼女に贈った手紙だった。中を開いてみると、必死の思いで書いた文章全てに赤く訂正線が引かれ、正しい文法や解説がぎっしりと書き込まれていた。
「ここは生格をとります。」
「времяはвремениと変化させてください。」
「こんな表現はありません。」
「женшинаは年をとっていたり、清純でない意味を持ちます。ここは素直にдевушкаです。」

と、こんな感じで書き込まれた後に、ちいさく追伸が書いてあった。

「私が帰ったのはもうすぐ彼氏が誕生日を迎えるからです。私を待つ?やめましょう。そしてもっとロシア語を勉強しましょう。」


今、雨は止んで風も収まり始めている。
ふと隣の部屋から昇平が出てきた。

私は横になりながら彼を見ると、目が合った。
彼は言った。
「う◯こ。あー◯◯◯◯のパンツ見たいよぅ!」
「◯◯◯のパンツがみたーいーラララみたーいーラララみたーいー♫」
「でもまてよ、ひょっとしたら洗ってへんかも。。。なぁ、お前どう思うよ?」

もし人生が苦難や不幸で溢れているならば、彼のような人間は貴重ではないだろうか。一人の男の悲しみを吹き飛ばし、心地よい眠りに導いてくれるのだから。

花を巡る騒動

花を巡る騒動

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-13

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